浜名湖の水と生き物をめぐる集い
(2013.12.16) 去年に続いて、今年もまた「浜名湖をめぐる研究者の会」(東大弁天島水産実験所、浜松市)に先日、出かけた。世話人は、今春まで同実験所の教授だった鈴木譲氏。
浜名湖の水環境や生き物の生態について、多角的に語り合おうという集いで、大学研究者のほか、漁業関係者あり、高校生あり、地域住民あり、またブログ子のようなジャーナリズム出身者ありと、去年に比べて、一段と学際的なワークショップとなった( 写真上= 同水産実験所 )。
ブログ子の発表は、先日のこの欄でも取り上げた
「ラムサールへの道 何が課題か その自覚と覚悟」
というもの( =写真最下段はそのパネル展示の様子。発表の要約と考察は「補遺」 )。
あなたは、自分の仕事を社会の動きと結びつけて学際的に語れますか
というのが、訴えたい内容だった。
この視点から、パネル展示を拝見して、とくに2つの注目すべき発表があったので、報告しておきたい。
● 放射能汚染のコイへの影響
時事性のある現在進行形の深刻な社会問題に切り込んだのは、世話人の鈴木譲氏の
福島原発事故による放射能汚染のコイへの影響
というパネル展示( 写真中。右端が鈴木氏 )。まきちらされた放射性セシウムの主に白血球数などコイの免疫系への悪影響を調べたもの。
事故現場に近い福島県飯館村3か所の孤立した池で捕獲した天然コイと、比較的に影響の少ないと考えられる栃木県芳賀町の1か所の池で捕獲したコイを比較した。福島県内の採取地の空間線量は年換算値で平均して10mSv/年とかなり高い(このほとんどは放射性セシウムによるもの)。
それによると、白血球数も、リンパ球数も、栃木県のコイに比べて明らかに減少していることが分かった。
ただし、対照とした検体の採取場所が栃木県内一か所であることから、採取サンプルの偏り(= 地域特性)を排除できないので、確定的なことは言えないという。サンプル採取が少なくとももう一か所別のところ(たとえば、より影響が少ないと考えられる浜松市)があれば、かなりの確率でこのサンプル採取の系統的な偏りを補正できたであろう。
また、福島県内に限ったコイについては、放射性セシウム濃度の高いコイほど、白血球数は少なくなるという、統計処理上有意に、負の相関があることも分かった。この分析結果でも、放射線の影響を強くうかがわせる。
これらの結果はほかの生物調査からもある程度予測されたことであり、今後さらに継続した調査と分析が必要であると思う。
● コイの臓器に通常みられない異変
鈴木氏やその協力者たちは、こうした定量分析に加えて、コイの組織そのものの注目すべき顕微鏡検査も実施している。
それによると、脾臓、肝臓、腎臓などの組織に、通常では見られないマクロファージ集塊などの異変が起きている。こうした異変は、長年、コイ研究をしてきた鈴木氏自身ほとんど見たことのない異常であるという。
右図( 会場の展示パネルより。写真はダブルクリックで拡大できる )がそれである。
コイと人間とは種が離れているとはいえ、また、異変には個体差がかなりあったとはいえ、今回の事故の放射能汚染が今後長期にわたって人間に悪影響をおよぼさないなどという結論は少なくとも下せないことになる。
となれば、むしろ、万一に備え、疑わしきは安全の側に立った対策をとるという原則からは、無視し得ない悪影響が人間にも出てくるとの前提で対策をとるべきだ。
たとえば、飯館村への住民帰還を考える場合、このままでは今はともかく、将来、重大な健康問題を引き起こす可能性がある。そのリスクを帰還住民にきちんと説明することが求められる( 注記 )
そのためにも、コイを含めた生き物について、もっと組織的、継続的な調査が必要だと強く感じる(以前、この欄でも、進化生物学者、T.ムソー教授のチェルノブイリや福島県におけるツバメなどの野鳥の突然変異とその遺伝状況調査を紹介した。今回の鈴木氏の発表はそれとも整合性があり、不気味ですらある。
この鈴木氏の研究については、その要旨が以下にまとめられている(2014年5月10日、国学院大における飯館村放射能エコロジー研究会シンポ発表)。
「IISORA2014-05-10suzukiyuzuruyoushi.doc」をダウンロード
なお、ムソー教授の調査についての講演は、「注記 」参照 )。
● 奥浜名湖の産廃最終処分場問題に切り込む
浜名湖をめぐる社会の動きに切り込んだもう一つの発表は
奥浜名湖(奥山地区)の産廃最終処分場立地計画に対する問題提起
である( 写真下= 総合討論で発言する小野寺秀和氏(日本地質学会会員 )。
奥山地区環境保全対策協議会によるもので、計画のベースになるはずの浜松市発注の調査そのものが、たとえば活断層報告などにきわめてずさん、かつ多くの重大な誤りがあると批判している。その上で、この立地場所では、大規模な地すべりが起きる可能性がきわめて高く、処分場としては適格でないことを実証してみせている。
この破砕崩壊地形に、もし仮に処分場を立地すれば、将来、大規模な崩壊で下流にある浜名湖の環境に深刻な水質汚染などの悪影響が出るという。
もともと砂利の採取場だったこの地形ではかつて地すべりを起こしているという事実にも言及しており、この予測に強い信憑性を与えている。
全体の論旨も、土台となる地質構造の専門的な知識に裏付けられた事実に基づいて展開されているなど、この調査結果は明解かつ、きわめて実証的である( なお、より詳しい発表内容は以下の「補遺」で見ることができる )。
こうした地域に密着し、しかも時事性のある問題について、多角的に論議する場から、
浜名湖の「ラムサール」への道
も開かれてくるように思う。
● 注記 除染の見直しと帰還 2013年12月27
環境省は、これまで2014年3月までに完了するとしていた除染工程を最大で3年間延長する見直し案を公表した。これに伴い、帰還に当たっての被ばく線量の管理についても、これまでのモニタリングポストの空間線量計からの推計管理から、東電作業員並みの個人線量計測による実測に切り替える。
帰還の目処については、
長期目標としてこれまでの「年間1mSv以下」
は維持する。
(国際放射線防護委員会の勧告では、事故が収まるまでの一時的な空間線量としては、年間換算で20mSvまでは容認している。が、環境省は、帰還住民の健康にかかわるこのへんの取り扱いについて、明確な指針をいまだに打ち出していない。年間1mSv以下というのではあまりに厳しく、杓子定規。帰還の目処はとうてい立たず、現実的ではない。この長期目標を維持すると、今回の除染期間延長もあり、帰還がますます困難になっていくとの悲観論がますます広がるだろう。
この点について、年間換算で5mSvでも影響が懸念されるなど、チェルノブイリ事故後の健康調査結果も加味したブログ子の推定では、年間換算で3mSvが健康被害に大きな影響がでない個人線量の妥当な目安であろう。20mSvというのは、高すぎであり、帰還定住基準値としては容認できない。)
● 注記 本当に役に立つ「汚染地図」
飯館村などの福島での汚染地図については、最新刊の
『本当に役に立つ「汚染地図」』(沢野伸浩、集英社新書)
に詳しい。事故直後、現地入りした米国家核安全保障局(NNSA)の専門家がGIS(地理情報システム)技術で精密な汚染マップを作成した事実に注目したもの。この公開情報があれば、飯館村の一軒一軒の汚染レベルまでが精密に割り出せるという。京都大学原子炉実験所助教の今中哲二氏も推薦している好著。
● 注記 T.ムソー教授のツバメ調査
今、福島のツバメに何が起きているか=
http://lowell.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-dcae.html
● 補遺
● 補遺2 ラムサールへの道 何が課題か
- その自覚と覚悟
発表内容の要約 - 考察と結論 =
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