スポーツ

魔球はなぜ、どのようにして生まれるか

Image21161_2 (2015.04.23)  以前、ブーメランはなぜ元に戻ってくるのか、という話をこの欄で何本かにわたって書いた(2014年9月)。

 原理は、古典力学で習う慣性モーメント

というものだった。重力や流体中のマグナス力、あるいはコリオリの力などは、この戻りとは関係ないと書いた。

 それでは逆に野球の直球、シュートなどを生み出すマグナス力で、なぜ、そしてどのようにして魔球が生まれるのだろうか。

 そんな疑問にビジュアル科学月刊誌「Newton」2015年5月号が

 魔球の科学

と題した特集で解説している。この特集では、野球だけでなく、サッカー、テニスなどについても、マグナス力について、相当詳しく紹介している。

 以下に、マグナス力について、同雑誌から解説図を紹介しておきたい。

 この図を頼りに、いろいろな魔球について考えてみるのも楽しいのではないか。

  ボールの回転軸が地面と平行の場合、垂直の場合、さらにはそれらの中間の場合を考えると、いろいろな魔球が生まれそうだ。野球の場合は手の指、つまりボールの握り方で回転軸の向きを変える。回転力はもちろん、手首のスナップである。

 これに対し、サッカーではボールをける足で回転軸の向きを変化させる。そうすると、サッカーボールはカーブしながら、あるいはストレートでゴールに飛んで行くことになる。シュートする選手はボールの回転力と回転軸方向をける足で同時にコントロールしているのだ。

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急がば回れ 開幕戦完封負けのジュビロ

Imgp3097_1 2014.03.02)  初めてJ2に降格したジュビロ磐田の2014年開幕戦、しかもホームゲームを1対0で、コンサドーレ札幌に〝完封負け〟した。

 テレビ観戦だが、明らかに地力がついていない。基礎体力がない。

 このブログ(昨年11月24日付)にも書いたが、この10年で徐々に失ってきたものを1年で取り戻し、来季J1復帰を果たそうというのは、この試合を見ただけでも無理なのがわかる。

 ジュビロファンの欲目で見ても、今回の試合は、いいところなしなのである。

 Imgp3096_1 そのことを象徴するのが、期待のFD前田選手のまさかのPK失敗。相手に完全に動きを読まれていた。地力不足で、ここぞというときの決定力がついていない。

  サッカーに詳しくないブログ子だから、これ以上は言わないが、

 ジュビロは変わった

という印象はなかった。山崎、金園両選手の途中投入にもかかわらず、生彩がなかった。

 急がば回れで、地力をつけること、若手をもっと育てること、くり返すようだが、これに尽きるのではないか。

 雨の中のゲームだった。ジュビロのチーム状況は依然として雨の中だと思う。

  ● 補遺

 翌日の3月3日付静岡新聞スポーツ面の観戦記事は、決定機は再三あったが

 「出直しを誓う磐田が課題を突きつけられた試合だった」と厳しい評価を下している。

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 ( いずれの映像も静岡「SBS」テレビ画面から。3月2日午後、ヤマハスタジアム )

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花の咲かない冬の日は ジュビロJ2降格

Imgp2037_1 (2013.11.24)  表題の

 花の咲かない冬の日は

の次は、

 根を下へ下へと伸ばせ

と続く。捲土重来(けんどちょうらい)を期すときのうまいたとえである。

 J2降格が決った直後のジュビロ磐田と、大混戦の首位争いで頭一つ飛び出した首位、横浜FMの先日の試合をBS放送で観戦して、つくづくこのことを痛感した。ジュビロにとってはホームゲームなのだから、ここで勝って、来季につなげてほしいという願いも、0対1でマリノスの勝ちパターンでくだけた。

 ブログ子は浜松に暮らしているから、当然、磐田ファン。その欲目でみても、この試合では、われかれのメンタル面の差だけでは説明できないほど、磐田の非力、地力の差をはっきりと感じた。地力あっての戦術。その巧拙、士気だけではどうにもならない事態に陥っている試合だった。シーズン途中、監督が交代しても状況を好転させることができなかったのは、このことを裏付けている。

 要するに、J1がスタートして20年、はっきり言えば、来るべきものがついに来たということだ。

 ● この10年、歯止めかからぬ凋落傾向

 最初の10年は上り調子だった。

 2002年には、いわゆる完全優勝するなど2001年前後の4、5年は常に優勝かそれにからむジュビロの黄金時代だった。その後一転、この10年のトレンドはJ2への降格という下り坂に向って長期低落傾向が続き、一向に歯止めがかかったようにはみえなかった。

 このトレンドからも、小手先の対策では汚名返上、名誉挽回はとうてい望めない。データはこのことをはっきりと示している。

 サッカーには詳しくないが、若手育成など、それこそ根を下へ、下へと伸ばす思い切った対策を打ち出すしかない。この機会こそ、過去の栄光をかなぐり捨てて、本気で抜本策に取り組む時期だ。

 あせって短期でJ1復帰を狙うのは、ますます深みにはまる。この10年のトレンドで徐々に失っていったものを、わずか1年で一気に取り戻せるほど、J1は甘くはない気がする。進歩どころか、チーム体質も含めて日々進化していかなければならないからだ。

 ● なぜ若手の人材育成が必要か

 先日出場国32チームが決まるなど、来年はワールドカップの年。華々しいばかりがサッカーではない。

 上を見るよりも、足元を見よ。そういいたい。

 心技体というチームの基礎体力づくりという足元から、地道に根を下へ下へと伸ばしてほしい。若手を育て地力のついたジュビロに生まれ変わってほしい。

 なぜ若手の人材育成が大事か。

 若手のやる気を引き出すだけではない。その下からのやる気が、チーム内に、進歩と進化に欠かせない生き残りの競争意識を生み出す。競争意識は選手全体のやる気と自主性を刺激する。それがまた、若手のやる気を一層引き出す。

 こうしたチーム活性化こそが今のジュビロに必要なことではないか。

 若手の登場とチーム内での競争意識、そして自発性。

 ファンはみんなそんな好循環が早くチーム内に醸成されることを、今願っていると思う。

 (写真は、11月23日にヤマハスタジアムで行なわれたジュビロ磐田対横浜FMの試合=BS1テレビ画面より)

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野球でいえば9回裏の逆転ホームラン 

Image176120130710 (2013.07.12)  サッカーに限らず、スポーツにはそれほど関心のないブログ子だが、この試合をヤマハスタジアムで見た感想は、

 プロ野球でいえば、9回裏の逆転本塁打

といえるほどの劇的な結果だった。この試合というのは、7月10日に行なわれた

 ジュビロ磐田とアルビレックス新潟

の対戦のことである(写真上)。

 ジュビロは、折り返し近くの今の時点で、J1の18チーム中、最下位である。このままでは、

 J2降格か

の恐怖がある。

 Jリーグができてから20年、これまで、ずっとJ1で活躍してきたジュビロ。この夏にはホームスタジアムが改装されて、観客席が増設される。そんな年に降格ではたまらない。

 そこで、浜松市在住の友人に誘われて、応援に出かけた。

 しかし、磐田は案の定、のっけから1点先行された。それが、後半ようやく同点に追いつく。また引き分けか、とあきらめかけていた矢先だった。

 いままでの磐田とは違った。攻撃パターンが変わり、決め手は欠くものの、シュートが出始めた。

 決定力不足かな

とブログ子も不安だった。

Image176520130711  しかし、なんと、4分のロスタイムに入って山崎の見事な決勝シュートが決った。

 翌日の静岡新聞にもスポーツ欄トップカラーで

 関塚磐田、初勝利

とでかでかと掲載されていた(写真下)。

 同紙スポーツ記者の観戦記に、

 「開幕から14試合で1勝しかできなかったチームが、失った自信を少しずつ取り戻している」

とあったが、その通りだろう。

 もう少しいえば、この決勝点は、勢いを取り戻す大きなきっかけになるだろうと思った。

 そうなるには、次の

 仙台戦

にはぜひとも勝たなければならない(補遺)これまでの「負けぐせ」から、勝ちぐせをつけたい。

 その意味で、ロスタイムでのこの決勝点は大きい。

 ジュビロのこれからが楽しみだ。スポーツは、やはり勝たなければ、おもしろくない。

 この日のビールは、うまかった。 

  ● 補遺 残念、ベガルタ戦は、1対1の引き分け

 その仙台戦は、7月13日夜、仙台市で行なわれた。期待して、パブリックビュー会場のJR浜松駅に近い

 ソラモ

で、ブログ子も生ビール片手に観戦した(写真=最下段、ソラモ)。前半PKで先行したものの、1対1の引き分け。試合終了10分前で追いつかれるという〝醜態〟だった。それにしてもシュート数では、

 ベガルタの20に対し、なんとわずかジュビロ4

 これでは勝てるはずがない。GKの川口がかわいそうなくらい孤軍奮闘。老骨に鞭打ってよく防戦したと思う。ドローゲームになったのが不思議なくらいジュビロは後半へたばっていた。連戦だった仙台に勝てなかったのは、実力の差だろう。

 ここで勝つのと、引き分けなのとでは、それこそ雲泥の差だったのに。

 いまだ勢いに乗れていないように感じた。

 素人考えだが、夏バテ対策が必要な気がした。

 とにかく、後半折り返しのこれからの夏場が、来期J1降格かどうかを占う正念場だろう。

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「心技体」の陸上男子100m ボルトの場合

(2012.08.25)  好事魔多し。ロンドン五輪のあとに、五輪の前に放送されたBS1のスポーツ・ドキュメンタリー

 世界最速の男、ウサイン・ボルト

というのを見て、つくづく、そう感じた。ものごとが順調すぎるときほど、ふと、魔がさす、思いもかけぬ失敗をする、まさかの事態が起きるという意味だ。

 陸上男子100mのボルト選手( ジャマイカ )は、2008年の北京五輪の金メダリスト。そして、2009年の世界陸上( ベルリン大会 )で、人類初の

 9秒58

の世界新記録で金メダル。実況アナウンサーの

 「また人類は速くなった」

との名言まで飛び出した大会だった。

 そして、2011年の世界陸上( 韓国テグ大会 )。スタートに苦手意識のあるボルト選手だったが、予選も準決勝も、おどろくほど見事なスタートで、最後は軽く流して決勝へ。順調な仕上がりに、金メダルは確実視されていた。本人はもちろん、冷静なコーチすら、そして多くがそう確信していただろう。

 だが、決勝で、本人すら予想しなかったフライングで一発で失格。「あり得ない」事態に試合、ボルト選手は直後半狂乱に陥ったらしい。

 番組で、このときのことを聞かれて、ボルト選手は

 「行け、との声が頭に鳴り響いた」

と語っている。修練に修練を積んできたが、最大の敵は自分だったと冷静に分析している。いわゆる油断から、あるいは過信から魔がさしたのであろう。あまりに順調だったので、集中力を欠いたのかもしれない。

 それでも、2012年のロンドン五輪の決勝では、スタートがわずかにほかの選手から遅れたものの、自信のある後半で巻き返し、結局、

 9秒63

で金メダルを獲得した。スタートの遅れには、おそらく1年前のテグ大会の悪夢が脳裏をよぎったことが影響していたのではないか。それでも、優勝したのだから、強靭な精神力である。

 カール・ルイス選手が、1991年の世界陸上( 東京大会 )で人類で初めて10秒00を切って、9秒86の世界新記録を出したときには、スポーツ科学の専門家は、9秒80前後が人類の限界だろうと予想した。しかし、その予測は、見事に外れた。今のボルト選手は、ゴールでルイス選手を2メートル以上引き離す計算になるのだ。

 今回のドキュメンタリーを見て思うことは、2020年までには、9秒50を切る日がきっと来るだろうということ。今のボルト選手をゴール近くで1メートルも引き離して優勝する。決して、それは荒唐無稽ではないような気がする。

 いや、このペースでいけば、9秒40を切る日が、ブログ子が生きている間にすら実現するかもしれないと思ったりもする。全盛期のルイス選手を4メートルも引き離して、ゴールする日だ。

 好事魔多しの格言を跳ね返し、選手が集中力を高めるなど、自分をいかにコントロールできるかにかかってくるのではないか。

 こうなると、100mは、もはや練習に耐える体力や素質、技術の勝負というよりも、つまりスポーツ科学の範疇というよりも、つまるところ精神力の強さが勝負を決める。 

 日本流で一言で言えば、100mは、「心技体」が三拍子そろわないと勝てない。

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ロンドン五輪、私たちは何を見ているのか

(2012.08.03)  このところ、連夜、ロンドン五輪を見ている。

  Image8880802_2  表題の問いかけに対して、皮肉屋はこういうだろう。「少なくとも、アマチュア精神にのっとってフェアプレイで正々堂々と戦う姿を見ているのではないことだけは確かだ」と。バドミントン種目では互いに「わざと負け」に必死になるという前代未聞の珍事が起きたことをいいたいのだろう。最終的にメダルを獲得するためには、目の前のゲームは負けたほうが有利とみて、互いになりふりかまわず勝つ努力をあえて怠ったとして、一度に4組、計8選手が失格になった( 写真= 8月2日付中日新聞朝刊 ) 。

 確かに、メダル獲得のためならば、五輪精神もなんのその、手段を選ばないということがまかり通るとしたならば、スポーツマン精神は、五輪ではもはや死んだといえよう ( 注記 )。

 これとは、逆に、身体的にも、精神的にも、人間の限界を見たいために観戦しているのだと主張する人は多いだろう。

 このことは、体操男子の個人総合で優勝した内村選手の

 「ようやく自分が自分であることを証明できた」

という喜びの発言でもわかるだろう。自分が、「金」をとることを期待されていた選手であることを証明できたという意味だろう。限界に挑む「金」への期待があるからこそ、そこに人間賛歌という感動が生まれるのだと素直に言い切る人たちだ。これも確かに、一理はある。

 これに対し、スポーツ関係者は、そんな情緒的なことではないと、覚めた目でこうこたえるだろう。「スポーツ基本法ができて1年。その成果をチェックしたり、今後の課題を探るため大会に役員として参加もし、テレビで観戦しているのだ」と。基本法では、プロスポーツを含めスポーツ立国を目指すとうたっている。これまでの「振興」から、競技スポーツに力点をおくなど国家戦略として「立国」を目指す。この方針の下、この3月にできたスポーツ基本計画では、人材養成として

 「五輪金メダル獲得ランキングで夏季で5位以内、冬季で10位以内を目指す」

と具体的な目標もかかげている。

 5位以内なら、「金」は少なくとも15個は必要であり、10年後の達成を目指すとしてもかなり高い目標である。しかし、夏季5位以内というのは、かつて大日本帝国が一等国5か国に入っていたことを踏まえたものだろう。だから、目標として、これを引き下げるわけにはいかないのだ。

 栄光の金メダル一番乗りの女子柔道の松本選手に、その闘争本能丸出しの気迫とともに、思わず、よくやったと感動したりするのも、この高い目標の一里塚といいたいのだろう。「金」だ、「金」だ、(ランキングづけとは関係のない)「銀」など要らないという発想に基づくスポーツ関係者の考え方にも一理はあるように思う。

 だからこそ、五輪は、人類最強の人間は誰か、それはどこの国かを決める試合であり、誤審は絶対にあってはならないのだというわけだ。ビデオ判定もそのためであり、当然だ。

 異例中の異例だった男子柔道(66キロ級)の準々決勝の海老沼選手と韓国選手の旗判定にも、勝ったには勝ったが、ハラハラどきどきだった。主審、副審の3審判員のほかにも、場外に、もっとえらい審判員を審判する審判委員、ジュリーというのがいることは、当を得ているというのも、スポーツ関係者としては無理からぬ論理ではあろう。

 しかし、間近にいる審判員、それも3人もいて、最終判定に事実上、当事者能力がないというのは、どう考えてもおかしい。「私がルールブックだ」と審判員の権威を守ったかつての審判員の心意気はどこへ行ったのか。畳の上よりも、その場外にいる、それも一人の人が試合判定を〝助言〟という形で最終的に決めるというなら、審判員の権威どころか、審判員そのものが要らないという論理にまでなりそうだ。日本はジュリーがいて助かったとはいえ、この制度は狂っているとしか言いようがない。審判員は進行係ではない。

  そんなこんなを見終って、ふと、思った。これらを要するに、今時の五輪とは一体何なのだろうかと。そして、私たちはロンドン五輪で何を観戦しているのだろうかと。

 どこの国の国民も、自分たちの国は、身体的にも、文化的にも、すばらしいと考えたがるし、考える。ただ、それを目に見える形で、しかも、客観的に、そして明確にランキングする方法がほしい。

 あけすけに、はっきりと言えば、

 五輪とは、金メダル獲得個数という客観的な尺度で、4年に一度改訂される上等国ランキングの順位決定大会

なのだ。

 つまり、五輪とはスポーツ版ノーベル賞授賞式

なのだ。だから、ノーベル賞の場合同様、ルールや選考は厳格を極める。私たちはロンドン五輪で、この授賞式を見ている。

 国際オリンピック委員会とは、ノーベル委員会同様、その権威ある認証機関なのだ。だから、個別種目の、それも個人の闘いである世界選手権大会には関心はなくとも五輪には関心が集まる。五輪ランキングの発想は、自然系ノーベル賞受賞者数による国別ランキングと同じであり、ともに国籍が特に問題になる。だから、隣国同士は近親憎悪もあって、金メダル争いが熾烈になる。

 だから、スポーツには、五輪憲章がいうように、国境はないのだが、その金メダルには国籍が必ずついて回る。無国籍金メダルなんてナンセンスなのだ。こう考えれば、金、銀、銅のメダルを贈る表彰台では、金メダルをとった国の国歌だけが流れるのも当然だろう。

 だから、「銀」メダルは要らないという発想にもつながる。だから、スポーツにも、日本は今後50年で自然系受賞者30人輩出という数値目標を10年前からかかげた科学技術基本計画とまったく同じ発想で、「金」による数値目標が今年から導入されたのだ。

 だから、ノーベル賞の場合同様、金メダリストとそうではなかった五輪出場者とはある意味、今まで以上の差別ともいえるような扱いを受ける。基本計画策定で、このことが今後ますます浮き彫りになるだろう。

 五輪は、もはや景気浮揚策でも、ビジネスでも、ましてや「肉体と意志と知性を全体として結合させる人生哲学」(憲章・根本原則)なんかではない( 注記3 )。

  注記

 このことは、バドミントンだけではない。

 サッカー女子、なでしこジャパンが決勝トーナメント進出をかけた予選リーグ最終戦、対南ア戦でもみられた。0対0で引き分けた試合である。引き分ければ、決勝トーナメントに出場できるだけではなく、日本にとって強敵であるアメリカには決勝戦まで対戦しないという状況になる。勝てば、遠い試合会場に移動しなければならない。

 そんな中、

 佐々木監督は

 「この対南ア戦については、負けではならないが、勝つ必要はない。引き分けで十分。グループ2位でいい。だから、

 試合後半、選手にシュートを打つな

と指示した」

と、その時の苦渋の決断について五輪直後のNHK総合特別番組で語っている(2012年8月14日夜「涙と笑いのなでしこジャパン」)。

 ブログ子もこの試合を中継で見ていたが、無気力試合のようにも感じた。しかし、批判があることを覚悟した上での佐々木監督のぎりぎりの駆け引きであったと思う。

  注記2  ロンドン五輪「金」獲得数

 アメリカが「金」46個で第一位。第二位は38個の中国、第三位は29個のイギリス、第四位は24個のロシア、13個の韓国が第五位。

 第六位は「金」11個のドイツ。7個の金メダルを獲得した日本は、「金」7個のオーストラリアに次いで第十一位。

  注記3  最新イギリス事情

 こうした指摘に対して、きっと新聞社の論説委員のなかには、

 メダルなんか気にするな、のびのびと

という論説を書く御仁も出てくるだろうと思っていた。

 案の定、8月15日付朝日新聞朝刊の「記者有論」という欄で、西村欣也編集委員が

 日本と五輪 「メダル数にこだわりすぎだ」

と「金」、「金」と連日大騒ぎしている日本人の熱狂ぶりや、金メダル獲得数で世界第5位内を目指すとしている政府のやり口をたしなめていた。

 西村編集委員は、ロンドン五輪を現地で取材している。この欄では「金」、「金」と騒ぐようなことのなかったロンドン市民の成熟した応援態度に感心し、共感している。もっと日本はロンドン市民を見習うべきだといいたそうだ。

 そして、金メダル獲得に目の色を変えることをやめ、五輪招致に大金を注ぐぐらいなら、もっとその費用をお寒い状況の生涯スポーツの振興に回したらどうだと嘆いてみせていた。

 ところが、どっこい、イギリスだって、アテネ五輪後、ロンドン開催が決まった途端、大慌てで競技スポーツの強化にどんどん予算をつぎ込んでいるのだ。:深刻な経済不況の中、総額では日本の強化費用より1桁も多く毎年つぎ込んだという。

 その結果、イギリスはアテネ五輪では「金」9個で第10位だったのが、北京五輪を経て、今回「金」29個の第3位に大躍進。ロシアを上回った。この間、日本はアテネ五輪「金」16個の第5位から、今回「金」7個の第11位にまで転落。

 これが、今回の日本と同じ「金」7個ぐらいで終わっていたら、開催国としての責任問題で今ごろ、イギリス国内は大騒動だろう。

 ロンドン市民の成熟した応援態度は、あるいは学ぶべきではあろう。しかし、それもこれも、「金」29個の第3位という余裕のなせる業なのだということを忘れてはなるまい。上っ面を見てくるだけではなく、そのへんを踏み込んで現地でしっかりと見極めてきてほしかった。

 以上、少し大人気ない指摘で恐縮だが、現地に行ってきた編集委員というえらい人の「有論」にしては、あまりにお粗末なので、ついつい、たしなめたくなった。

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バーベルあげちゃった 金沢学院大の女子重量挙げ

(2012.06.11)  偶然だが、日曜日夜、BS1のテレビを見ていたら、今をときめく西川美和映画監督が演出した

 「重力に逆らってまで」

というスポーツドキュメンタリーを見てしまった。金沢学院大学(金沢市)の女子ウエイトリフティング部のロンドン五輪挑戦物語である。ブログ子は、10年ほど前、同大の教員をしていたから、出演していた橋田麻由選手の今も健気で明るいその姿をなつかしく思い出した。

 見終わって、西川監督はどんなつもりで演出したかは知らないが、

 廃部寸前の大学相撲部を舞台にした「シコふんじゃった」(周防正行監督、本木雅弘主演、1992年)や

 埼玉県立川越高校の廃部寸前の水泳部をモデルにした青春映画「ウォーターボーイズ」(矢口史靖監督、2001年)

に次ぐ、第三の青春スポーツ映画に仕立て上げてほしいと思わずにはいられなかった。マイナーとはいえ、日本で初めての女性が主役のスポーツ青春映画である。マイナースポーツであるということで、かえって国民の多くが共感するだろう。

 学院大のトレーニング場には、

 常勝気流

という横断幕が高々と掲げられていたが、ブログ子の在籍した当時も今もこの気概に変わりがないように感じた。

  番組でも語られていたが、若い乙女が、なんで苦しい思いまでして「重力に逆らってまで」バーベルを挙げるのか。生きるとは何か、青春とは何か。そんな答えのないテーマにユーモアも交えてまじめに取り組む青春映画が今は少ない。それだけに、出演していた最重量級75キ超級の城内史子選手の明るい性格は貴重である。

 華やかな種目の、そしてオリンピックに誰が出場するのかということばかりが、放映されるようでは、日本のスポーツレベルやすそ野は飛躍しないし、広がらないだろう。

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岡田武史代表監督の怒り  「人間万事塞翁が馬」

 サッカーW杯がベスト8同士の戦いに入っているが、パラグアイ戦のPKに破れ8強入りを逃がした日本のW杯は終わった。

 120分間の死闘を終えた岡田武史日本代表監督が代表辞任の意向を表明した。そのときの言葉に岡田監督の、オシム監督の途中降板の後を引きついで以来、これまでの苦しみと怒りがうかがえる。

 「もう、(代表監督を)やることはない。これ以上、日本のサッカーを背負えない」

と吐露した。選手たちとの最後の食事会では、監督は別れの言葉として

 「人間万事塞翁が馬」

を選手たちに贈ったという。人生の吉凶禍福は予測できないものであり、あざなえる麻縄の如しである。福と思ったことも喜ぶには足りず、逆に災いだと思っても悲しむに足りないという意味だろう。翻弄され続けてきた岡田監督らしい言葉だ。結果を見て、後からは何とでも言えるが、そのときそのときを判断しなければならない監督の苦しみから、そして怒りから生まれた別れの言葉であり、二度と代表監督なんかになりたくないという気持ちがにじんでいる。

 具体的に言えば、W杯直前の「守備の崩壊」が、本番で守備重視に切り替えさせた。そして、それが大方の予想を覆して決勝Tに勝ち上がることにつながった。災いが福となった。しかし、それは結果論である。また、その福が果たして、これからの日本サッカー界で災いにもなりかねないということもあり得る。これではとても代表監督などやってられない。

 岡田監督の「怒り」と苦しみ

が静かに、そして強力に伝わってくる。

 選手の本田佳佑のパラグアイ敗戦後の言葉も

 「応援してくれた人にも、批判した人にも、感謝したい」

とバッシングしてきたファンに強烈な〝フリーキック〟をけり込んだ。しかし、そのバッシングに耐え、本番直前に「戦術変更」したからこそ、たぶん、格上のカメルーン戦、デンマーク戦に勝てたのだと思うと、なにがなんだかわからなくなる。

 守備の崩壊を立て直すため、MF、阿部選手の守備陣の安定感、FWの本田選手の攻撃の決定力、そして、ゴールキーパー川島の防御力が決勝トーナメントへの道を開いたのだと思う。

 とはいえ、課題もある。冷静にみると、日本のサッカーはとても、ベスト8入りするようなレベルではないことも、素人の小生でも感じた。

 ベスト8入りするような、ブラジル、スペイン、ドイツ、アルゼンチンなどは、いずれも、

 トップスピードを維持したまま、ゴールにけりこむなど、ボールを扱える

 日本の選手にはないスピード感だ。

 岡田監督は、パラグアイ敗戦直後のインタビューで

 「私の力、努力が足りなかった。まだまだ日本は力が足りないと感じた」

と冷静に、謙虚に話していたが、このことではないか。日本のサッカーがベスト8入りするには、

 トップスピードのままボールを扱えるようになる

ことではないか。

 テレビでは、

 世界で存在感ベスト16

とその各国の反響の大きさを、無邪気に伝えていたが、こうした課題をおろそかにしていると

 次のW杯には、出場すらできない

という事態も起こり得る。人生万事塞翁が馬とは、よく言ったものだ。2010.06.30

  退職のあいさつの帰りの新幹線の中で、岡田辞任意向の車内電光ニュースを眺めながら、この言葉をかみ締めた。

 つまり、人生万事塞翁が馬なのだ。だったら、先が見えなくても、自分のやりたいことをやろうではないか。それだったら、その結果が禍福どちらになっても、耐えられる。禍と感じても、それがいつしか福となることもある。しかし、たいていの人は、人生の晩年になっても自分のやりたいこととはなんだったのか、気づくこともなく、そしていつの間にか人生を終えている。

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世界サッカー界のオレンジ革命 ヨハン・クライフ氏が語る

 サッカーW杯の1次リーグ突破を決めたデンマーク戦に3:1で、日本が勝ったときの早朝の号外「中日新聞」が面白かった。日本代表チームの一人がこんなことをコメントしていた。

 「うれしいが、思っていたよりもなぜか喜べない。目標はまだはるか先にある。優勝と日本国民の前(記者会見)で公言しているので、一歩一歩、不可能はないと証明したい」

というのだ。さすがに、決勝Tでベスト4入りすると公言していた岡田監督らしい発言だと関心する人も多いだろう。しかし、この発言は、実際は本田圭佑選手(FW)のものだ。小生も、ゴールネットの近くで実際にこの発言を引き出したインタビューをテレビ中継で拝見したが、確かに、そんな趣旨の感想をむしろ淡々と話していた。

 じゃあ、岡田武史監督はどんなコメントだったかというと、

 「選手が集中を切らさずに頑張ってくれた。これがまず最初の目標。ある意味、ほっとしている。次はかなり強い相手なのでチャレンジしないといけない」

となっていた。小生、このインタビューを直接中継で聞いてはいないが、本田の発言に比べて、日本代表監督としては、さびしいという印象を受けた。「勝って兜の緒を締めよ」の心境かもしれないが、勢いも大事にしたい。これでは、どちらが、監督かわからない。優勝を目指す選手と、ベスト4を目指す監督の違いか。

 強豪ぞろいのヨーロッパ予選を勝ち抜いてW杯に出場してきた優勝候補の一角、デンマークに圧勝したのだから、もっと力強い、そして常識を破るぞと国民や選手にアピールするような、監督の挑戦心がほしかった。名将の必須条件だ。

 次の決勝Tまでしばらく時間があるようなのか、NHK日曜日午前のテレビ番組で、

 世界サッカー界の常識を破ったオランダの

 オレンジ革命(1970年代)

について、その立役者、ヨハン・クライフ氏(オランダ人)がインタビュー応じていた。オレンジとは、オランダ代表のチームカラーらしい。

 同氏を中核とするオランダは、それまでの役割の決まった「退屈なゲーム運び」を「トータルフットボール」、つまり、

 全員守備、全員攻撃、試合中のポジション・チェンジ

という攻撃的な試合展開にサッカースタイルを変えた。当時のブラジルなどの強豪に圧勝して、サッカーの常識を打ち破り、今のようなスタイルに近いものを確立したという。

 「小国が試合に勝つためには賢くなければならない」

 「退屈な勝利よりも、美しい敗北を」

とも語っていた。いかにも、当時、華麗なプレーで「飛ぶオランダ人(フライング・ダッチマン)」とも呼ばれた人らしい言い方だ。勝つことは大事だ。同時に、試合中のポジション変更など常識を破るゲーム運び、相手をオフサイトに誘い込む巧妙な戦術といった当時の監督の「見ていて楽しい攻撃的なプレー」を体現して見せるのもサッカーの醍醐味であり、欠かせない。

 これに対し、本田選手は共鳴することだろう。しかし、果たして、岡田監督はこうした「美しい敗北」をしてでも、攻撃的なプレーに挑戦する余裕があるだろうか。

 南アフリカの大会では、どの国も守りの試合を徹底させているという。そんな中で、岡田ジャパンが、ベスト4入りの試金石、つまり常識を破る攻撃的な試合をみせてくれるかどうか、決勝Tではこの点をじっくり見てみたい。2010.06.25

 追記

 最近、少し暇になったので、分厚い

 『DARWIN    世界を変えたナチュラリストの生涯』 Adrian Desmond & James Moore

という浩瀚な2巻本(総ページ1000ページ以上)を読み終えた。原著は1991年発行。翻訳本は、工作舎。ダーウィン伝の世界的な教科書との評価があるが、著者にはその後、

 『Darwin'Sacred Cause』(2009年)   翻訳「ダーウィンが信じた道 進化論に隠されたメッセージ」(NHK出版)

がある。「種の起源」執筆の動機は、当時イギリスで盛んになっていた人種差別撤廃、奴隷制廃止運動への科学的な根拠提供であったと執筆動機を明らかにしている。

 浩瀚な『ダーウィン』伝には、この点について、明示的に語っているのは

 「奴隷制への嫌悪感」(p317)

という2ページ足らずのセクションだけであるのには、驚いた。

  果たしてダーウィンの動機が、奴隷制廃止運動の一環であったかどうかは、これだけではなんともいえない。しかし、当時の、つまり、今から200年前から廃止運動が盛り上がっていたことは、たとえば、

 英で進む奴隷制の検証 ダーウィン、ディケンズも関与(2010年3月4日付毎日新聞夕刊)

の富山太佳夫青山学院大教授(英文学)の記事に詳しい。英国で奴隷貿易など奴隷売買が禁止されたのは、ダーウィンが生まれる2年前の1807年。奴隷制そのものが大英帝国内で禁止されたのは、ダーウィンがビーグル号航海から帰国して2年後の1838年。帰国の翌年、1937年春には、もうダーウィンは秘密の「レッドノート」(ノートB)に、生物起源の単一説、つまり系統樹を記録し、考察している。

 航海に出る前には、種の変化に対して、懐疑的、あるいは否定的だったダーウィンは、5年の航海後帰国してすぐに、種は変化するということを確信していたらしい。問題は、どのようにしてというメカニズムだった。そして、航海中にアフリカ、南米で見てきた悲惨な奴隷たちの実態を知っただろうから、そこから、強い奴隷制度廃止に向けた科学的な根拠づくりを始めたらしいことは想像に難くない。

 つまり、まず、人間を除いた生物一般について単一起源説を考察し、その反響を見ながら、人間の単一起源説(人種はみな同じ起源、血のつながりがある)という大変に宗教的に危険な考え方に踏み込んでいったと言うことだろう。

  こうした考え方について、まだ遺伝物質やその遺伝法則が知られていない時代に考察し、大筋正しい結論を導き出したのは驚異的であり、それを可能にしたのは育種家としての長い観察実験経験があったからであろう。さらに、種の変化の元、つまり、突然変異すら知られていなかった時代でもあり、ダーウィンの悪戦苦闘は並大抵ではなかったであろう。個体に発生した突然変異が、繁殖を通じてどのように種内に広がっていくのかの解明は、20世紀の集団遺伝学が受け継いだのである。

 多数の手紙類やメモ類を丁寧に整理してまとめられた今回の浩瀚な伝記は、奴隷制廃止に向けた科学者としての動機もさることながら、考察結果を公表するにはよほどの勇気が当時必要だっただろうことを語ってくれた。2010.06.27

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南アフリカは虹の国 ? サッカーW杯の熱狂の中で

 今夜深夜というか、明け方、注目の

 日本 対 デンマーク

のサッカー試合がある。予選リーグを勝ち上がるかどうか、日本の最初の正念場だ。ところで、連日、

 南アフリカは、「虹の国」

と放送されている。ワインのうまい国でもあるらしい。初代大統領の黒人、マンデラ大統領の就任演説に、将来、虹のようなそういうすばらしい国になるだろうという希望的観測の文脈の中で、出てくるらしい。

 しかし、現実は、とてもそんなものではない。暴力と犯罪にあえぐ泥沼の国だろう。

 そんな南アフリカの実態を伝えているのが、

 「ルポ 資源大国アフリカ 暴力が結ぶ貧困と反映」

というジャーナリストの白戸圭一氏の近著だ。確かに、金やダイヤモンドの世界的な生産国ではあるが、少女を美人コンテスト出場のうたい文句で集めて、南アフリカの都会で売買する男たち、成田に麻薬を運び込む女、出稼ぎに越境してくる若者を誘拐し身代金を要求する犯罪集団、石油資源に群がる企業幹部など、無法地帯のような紛れもない現実を描いていて衝撃的だ。この国を含めてアフリカで真っ当に生きるのは容易ではないことを痛感する。

 最近では、NHK特集番組でも資源大国に絞って

「アフリカン・ドリーム」

を声高に叫ぶような紹介の仕方をしている。果たして正鵠を射ているかどうか、とても判断できない。犯罪すれすれの離れ業で築く、ごく一部の人々のドリームではないか。

 この本で語られているのは、南アフリカばかりではない。繁栄し始めた南アフリカでのW杯の熱狂が過ぎ去れば、こうした現実も忘れ去られていくのが心配だ。2010.06.24

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