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今、小保方晴子さんの『あの日』を読む

Image2343 (2016.05.23)  今から2年以上も前の華々しい「あの日」。その日の主役は小保方晴子さんだった。そのご本人の

 手記『あの日』(講談社)

を読んでみた。世界的科学誌「ネイチャー」に画期的発見論文を掲載したとして記者会見に臨んだあの日(2014年1月28日)からちょうど2年たった今年1月に出版されている。のだが、発売当時ベストセラーにはなったものの、もはやSTAP細胞だの、小保方何某だのということは世間からは忘れ去られようとしている。

 読んでみたのには、だからこそ、あの出来事について、今、冷静に考えてみたいし、考えることができるとの思いがあった。

 ● 2008年9月、ハーバード大医学部留学

 手記は、2008年9月、あの日の発表に至る生物の細胞に関するアイデアを手に入れることになるハーバード大への留学のため、大学のあるボストンへと旅立つところから始まる。青雲の志をいだいての渡米であり、小保方さん24歳の秋だった。

 そして、手記は、閉ざされた研究者の道というタイトルのついた第15章で終わっている。ここでは彼女の理学博士の学位が早稲田大学から落ち度があったとしてはく奪されるまでの顛末を語っている。

 Image2344 この本には、小保方さんを世界に押し出そうと指導した世界的な研究者、笹井芳樹氏が登場する。笹井さんは、小保方さんがハーバード大留学から帰国した後、所属することになる理化学研究所の発生・再生科学総合研究センター(CDB)グループ・ディレクター(副センター長、元京大再生医科学研究所教授)。

  上に、同氏の当時の活躍ぶりを紹介している「日経サイエンス」2011年12月号「挑む」を紹介しておく(写真のダブルクリックで拡大。写真の左端は小保方手記)

 この小保方本には触れられていないが、笹井さんは、研究不正の発端となる「あの日」を境に窮地に立たされる。その結果、遺書を残して「あの日」から半年後に自殺する。

 ● 集団的な過熱過激取材の犠牲者   

 そんなこんなの内容なのだが、手記を読んだ感想のまとめは次の通り。

 第一。

 この手記の第10章メディアスクラムにその実態が描かれているが、小保方さんは、メディアのすさまじい集団的で過激な過熱取材、つまりメディアスクラムという報道機関の暴走の被害者だったということである。きわめて重大な人権侵害であることをマスメディアは反省すべきであろう。国民の知る権利を負託された行為とはとても思えない。何が問題なのか、当事者にも国民にもわからなくさせる効果しかなかった。

 下品な言い方をすれば、水に落ちた犬を岸にいるみんなでいっせいに棒でたたく卑劣な行為である。マスメディアにはこうした行為を好む人種が多いことをあらためて思い知った。

 その意味で、この手記はメディアスクラムの実態を具体的に暴きだした貴重な著作であると断言したい(下記の補遺参照)。

 その上で第二。

 結局のところ、この手記は遺書を残して1人の有能な世界的研究者が自殺するまでの理系現場の人間模様を描いたもの、ということになる。

 比較として、思い出すのは、J.ワトソンの

 『THE DOUBLE HELIX(二重らせん)』(1968)

である。こちらは、発見のカギを握った有能な女性研究者を巻き込み、栄光をつかむまでの男たちの人間模様を描いていた。こちらも科学誌「ネイチャー」に発見論文を投稿するまでの息詰まるような緊迫の様子が描かれている。

 もっともこちらのほうには、1950年代のイギリスとアメリカでの出来事であり、メディアスクラムはなかった。

 ● 近い将来、また起こる第二の「あの日」

 それはともかく転落物語であれ、栄光物語であれ、共通しているのは、ともに描かれた人間模様が、世界的な反響のなか、悲劇的なスキャンダルに彩られている点である。

 手記を読んであらためて思うのは、悲劇的なスキャンダルを回避する方策を理系現場はとっているだろうかということだった。

 「あの日」の前後で何も変わってはいない。これでは、近い将来、第二の「あの日」が起こるだろう。

● 補遺 「婦人公論」に対談記事 2016年5月29日

 「婦人公論」6月14日号には、今回の本を公にした後の最近の心境について、小保方さん自身が語っている記事が掲載されている。瀬戸内寂聴さんと京・嵯峨野の寂庵で対談した記事「あなたは必ず蘇る」である。

 驚いたのは、小保方さんの外見の劇的な変化。「あの日」の小保方晴子さん本人とはとうてい思えないほどである。いかにメディアスクラムがすさまじかったかをうかがわせるには十分である。 

 そんななか、寂聴さんが対談を引き受けたのは、この対談にも寂聴さんが語っているように

 困ったときに助けてくれるのが、本当の親切

という思いからだったろう。寂聴さんの「あなたは必ず蘇る」という言葉を、ブログ子も信じたい。

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