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手でドアを開ける器用な小恐竜 ------------ 再見「ジュラシック・パーク」

(2016.04.07)  晩酌をしながら、日経新聞系のBSジャパンを見ていたら、偶然、20年以上も前に公開された

 映画「ジュラシック・パーク」(S.スピルバーグ監督、1993)

を放映していた。懐かしさもあったので、しばらく見ていたら、思わず、20年前には気づかなかったものを発見した。

 Imgp9512 建物の中で恐竜が大暴れして、子どもたちや大人の主人公を追いかけるシーンで、比較的に小さな恐竜が後ろ足に比べて小さな前足(手)でドアカギを回し、逃げ込んだ主人公たちのいる頑丈な部屋に入り込もうとする。その手は3本指(鋭いツメ)だが、なんと人間の親指同様、ほかの2本のツメと向かい合わせになっていて、ドアの向うのカギやロック装置が巧みにつかむ。映画ではその様子をクローズアップで数回、映し出していた。

 これにはびっくりした。なにしろ、1億年か2億年前に栄え、6500万年前に絶滅した恐竜が現代の建物のドアロックを、いくらよみがえったとはいえ、何の苦もなく開けてしまいそうになるというのだ。

 そんなバカな

と思ったのだ。そしてまた、厨房に隠れていた子どもたちを、恐竜がいかにも注意深く、そして俊敏に探し回る。まるで人間のように、である。爬虫類とはいえ、霊長類ばりの頭のよさとすばしこさを映し出していた。

 思ったのだが、まあ、娯楽映画だから、このくらいのいい加減さは、このくらいのむちゃくちゃは仕方がない

と晩酌の酔いも手伝って笑ってしまった。のだが、S・スピールバーク監督ともあろうものが果たしてそんなハチャメチャなことを根拠もなく映画化するかと思った。

 ので、手元の資料(写真上=左端に晩酌用の徳利)を念のため調べてみて、また、びっくりした。

 そういうことも、あり得るのだ。

 写真の図録は、世界的な恐竜研究機関、ロイヤル・ティレル古生物学博物館(カナダ)が発行したもの。ブログ子の故郷、福井県の県立恐竜博物館での恐竜特別展示の際、ブログ子が購入した(2001年購入)。

 この図録のなかには、この映画に出てくるつとに有名な巨大肉食恐竜

 T.レックス(いわゆるブラック・ビューティ=図録表紙)

の実際の発掘の様子の写真も掲載されている。映画の中では野外パークで大暴れする。もうひとつ、図録には映画の厨房で追い回したり、ドアをこじ開ける小さな肉食恐竜にあたると思われる、

 トロオドン

の復元模型も載っている。説明によると、

 「トロオドンの脳は(中略)現生の鳥類やほ乳類と同じくらいだといっていい。(中略)トロオドンは鳥類的な特徴を多く持っており、鳥に近縁。目は前向きについており、立体視が可能になっている。手は、我々と同様に親指のおかげでものを上手に扱える。足は長く、快走する動物のプロポーション」

というのだ。1993年製作のこの映画もこうした事実を踏まえていることがわかる。

 恐竜というと草食性の巨大なもの、この映画でも冒頭近くで長い首の

 巨大イグアノドンの群れ

を登場させている。が、手は(三本ツメではあっても)器用ではない(だろう)。

 Imgp9513_2 しかし、この映画を見て、小さな肉食恐竜が

 やがて空を飛ぶほ乳類の鳥に進化していった

という話につながったとしても納得できる気がした。小さくなっていった前足が羽毛のついた羽に進化していったというわけだ。

 (小)恐竜が空を飛ぶ

というのも、こう考えると荒唐無稽ではない。

 ● 2億年後には「空飛ぶ魚」「水中に生息する鳥」も

   -- だったら、陸に生息するイカとタコも

 意外におもしろい学術的にしっかりした娯楽映画を見たので、ふと、2億年も前の恐竜時代のついでに、

 今から2億年後の生物界はどうなっているか

について、知りたくなった。こういうおよそ浮世とは関係ない話が飛び出すのも、晩酌の酔いのせいだろう。そこで調べてみた。

 ブログ子の本箱に、驚異の進化を遂げた2億年後の生命世界とサブタイトルのついた

 『the FUTURE is WILD』(ダイヤモンド社、2004年)

という愉快な翻訳がある(日本語訳の監修は松井孝典東大大学院教授)。ある世界的な米生物学者も科学的に根拠があるとして推薦しているこの本によると、2億年後の地球には

 空飛ぶ魚

 水中に生息する鳥

が繁栄しているらしい。それどころか、

 イカやタコも陸に生息している

というのだから、驚く。もっとも、小さいものに限るとはいえ恐竜も空を飛ぶのだから、魚が空を飛んでもなんら不思議ではない。しかし、これはダーウィンが主張したように、回りの地球環境に適応するように自然選択がおこなわれるという仮定をした場合の話。

 それにしても、変われば変わるものである。

 そういえば、かつて手も足もあり陸地でのそのそと四足で歩いて生息していたほ乳類のクジラ。これだって、今はより環境に適応するために手も足も退化させた。そして再び、3億年くらい前の魚類時代に生息していた海にほ乳類の体制をたもったまま戻っていってしまった。

 ● よみがえった恐竜は生き残れるか

 この映画から、ブログ子はいいヒントをもらった。一つは、

 今の生物観は不変なものではない

ということである。環境に応じて変化する、進化するとしたら

 普遍な生物観とはなにか

ということを考えさせられる映画だった。言い換えれば、これは生物世界の基本的な性質の生物多様性とは何かという問いかけでもある。

 もう一つは、この映画では6500万年前に絶滅した恐竜が、遺伝子工学の技術で現代によみがえるとしている点にかかわる。

 この点、よく考えると、おかしい。たとえ遺伝子工学で生命の設計図DNAどおりに恐竜が現代によみがえったとしても、この6500万年の間の地球環境の劇的な変化のなかで、生きながらえることなどできるだろうか。

 大気の酸素濃度も気候も恐竜が栄えた時代とは大いに異なる。極端な不適応で子孫を残すことはもちろん、生存することすらとうてい無理だろう。

 この映画では、

 進化とは歴史であり、生物は後戻りのできない因果関係によって規定されている

という考え方が完全に欠落している。生物の進化では、その間の環境変化を抜きにした、時間をジャンプさせるようなタイムトラベルは科学的には意味がない。 

 夜更けに、そんなことを考えていたら、せっかくの酔いがだいぶさめてしまった。

 (写真はダブルクリックで拡大できる)

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