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映画「竹取物語」との意外な遭遇

(2016.03.27)  日本経済新聞系列の放送、BSジャパンを先日見ていたら、ずいぶんと古い時代を舞台にした映画の中で沢口靖子さんが十二単姿で主役のお姫様役を演じているのを偶然見て、ちょっとびっくりした。もう30年以上前になるが、夕刊紙記者の修業中だったブログ子が仕事で大阪の喫茶店でお話を聞いた女優だったからだ。

 女優と直接言葉をかわしたのは、引退するときの宝塚トップスター、大地真央さんを除けば、これが最初で、最後だった。

 ● かぐや姫役の沢口靖子さんとの会話

 途中から放送をみたので、最初は何の映画かわからなかったが、これがなんと30年以上前に特殊撮影で話題になったSF映画の超大作

 「竹取物語」(市川崑監督、1987年)

だった。日本最初の物語文学としてあまりに有名なあの「竹取物語」(=写真右)の映画化だった。

 Image2305 当時喫茶店で沢口さんに何についてうかがったかまったく忘れていたのだが、沢口さんの演技をみて、この映画の見所を聞きに出かけたことを鮮やかに思い出した。沢口さんもブログ子もともに駆け出し時代だったので、とても気さくにこたえてくれていた(下欄に注記)。

 これには沢口さんのお父さんが大阪市交通局につとめていたこともあり、大阪市政記者だったブログ子にこれサービスにつとめてくれたのであろう。つまり、夕刊新聞社は大新聞社ではないので、夕刊新聞の市政記者は日々の市政記事のほかに映画欄の記事も掛け持ちで書いていたわけだ。

 なぜ沢口さんと話が盛り上がったのかというと、ブログ子は当時としては珍しく理系出身の記者だったからだ。かぐや姫が月からやって来た宇宙人、いわば月人であるという話から、ラストでは

 かぐや姫が巨大宇宙船UFOで月に帰還する

という(当然、原作にはない)映画の筋書きをどう思うか、と沢口さんから真剣なまなざしで聞かれた。なんとこたえたかはもう正確には覚えていないが、

 宇宙にいるのはわれわれだけではない

とかなんとかあいまいな話をしたように思う。初対面だったのに話が弾んだのを今でも覚えている。そんなこんなでインタビューの前もっての約束が1時間だったのを大幅にこえて2時間くらいUFO論議で盛り上がった。

 ところが恥ずかしいことに、ブログ子はこの映画をついにこれまで見ることはなかった。俳優に限らず、記者たるものインタビューした人物の出演映画、著作物、芝居はすくなくとも一つぐらいは読んでからうかがうか、事後に確認しておくのが誠実というか次につながる。しかし、当時のブログ子は、未熟にもそれをしなかったのだ。

 ● ラストは「未知との遭遇」にそっくり

 それで、このコラムの冒頭で「ちょっとびっくりした」と書いたのだが、30年前に見損なった映画のラストシーンを見て二度びっくりした。

 Image2306 かぐや姫が、中秋の名月にあたる旧暦8月15日の満月の夜、平安人たちに囲まれる。そんな中、月に帰還するため月から巨大宇宙船が竹取の翁(三船敏郎)宅の上空に現れる。のだが、これはあのS.スピルバーグ監督の1970年代の世界的な大ヒット連作、

 映画「未知との遭遇」

のラストシーンとそっくりなのだ。もっともそっくりというのは構成のことであり、「未知との遭遇」では風采の上がらない電気技師がラストでUFOに吸い込まれてゆく。

 これに対し「竹取物語」のほうは、かぐや姫が芸術的、文学的な存在として淡いピンクの蓮(はす)の花型の巨大円盤に吸い込まれていく。

● UFOとは何か

 そして宇宙船を見つめていた父親の竹取の翁(三船敏郎)は

 「この世にはまだまだ自分たちの知らない(おどろくべき)世界がある」

と驚愕し、そのまなざしを巨大円盤に向ける。そこで終わるのだが、こうなると、

 「竹取物語」の映画のほうが、米映画よりも文学的には数段レベルが高い

と気づいた。主役の沢口さんに取材までしておきながらこんな映画を30年間も見ずに放置してきたことに対し、彼女に申し訳ないと思った。と同時に、この映画を見て

 SFとしてのUFOの役割とは何か

ということにブログ子は思いを新たにした。UFOというのは理系のテーマであるばかりか、文学的なテーマでもある。

 それはともかく、今にして思えば、映画に主役出演した体験から沢口さんは理系の記者に

 「この世にはまだ自分たちのまったく知らない未知の、そして別の世界が本当にあるのか」

と、その可能性を確かめたかったのだと思う。それに「ある」と確信を持ってこたえられなかったことに忸怩たる思いが今はする。

 それにしても、こんな芸術的なSF映画をつくるとはさすがは市川崑監督である。

  ● 補遺

 写真上は、世界的な天文学者、アレン・ハイネックのUFOに関するまじめな調査研究報告の解説版1975年。1981年に日本語訳(角川文庫)が出版された。この文庫本の表紙は、でこぼこのクレーターのみえる月からピンクの巨大円盤が(地球に向かって)飛んでくるデザインになっていることに注目(カバーデザインは石川俊氏)。このデザイン、企画から完成までに10年かかった映画「竹取物語」(1987)のラストシーンに、UFOの色彩といいイメージといい、そっくりなのだ。想像だが、市川監督もきっとこの本の表紙を手に取り、映画の見せ場のラスト・シーンを描くか、具体的なアイデアを練っていたに違いない。

  ●  注記 主演ドラマ「澪つくし」のこと

   沢口さんは、当時、たしかNHK朝の連続テレビ小説

 「澪つくし」(1985)

で一躍、脚光を浴びた女優。しかし、インタビューしたときは、まだ初々しさのある普通のひとみしりのするお嬢さんという感じだった。もっと正直なそのときの印象を言うと、押しの強い大阪の若い女性というイメージではなかった。

  ● 余談 ブログ子も遭遇

 03_27_1ufo 閑話休題をひとつ。

 実を言うと、ブログ子は20年間過ごした金沢でUFOに出会っている。

 27年も前の記事だが、地元の1989年7月7日付北國新聞朝刊社会面に

 金沢上空にUFO?

という写真付(=写真右)の記事が掲載されているのがそれ。撮影者は当時金沢市役所勤務だった浜崎泰彦さん(原本はビデオ撮影)。晴れた西の空に向かって夕方、ゆっくり10秒ほどで移動し、消えていった。当時同新聞社の論説委員会勤務だったブログ子だけでなく、金沢市役所勤務の浜崎泰彦さんも同時に目撃し、しかもビデオに記録していたことがこの記事からわかる。ブログ子が夕刊紙記者からこの新聞社に移って2年ほどしてからのことだった。いまでも不思議ななぞの体験だったと感じている。

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