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一筋縄ではいかない埋もれた歴史  ---- むざんやな、廃城

(2016.01.08)  歴史好きのブログ子だからだろうか、BS朝日の、全国に今も残る天守閣を持つ城12を紹介する先日のスペシャル番組をついつい見てしまった。

 その一つは昨年夏に国宝に指定された松江城であり、ブログ子も訪れた。紹介されたこれらの城はいずれも国の重要文化財か、国宝である。

 番組の内容は、これらの城について、いかに守りが堅く、また天守や石垣がいかにりっぱかという話に尽きていた。たとえば、天守閣を持つ城のうち唯一の山城である

 備中松山城(重文)

が紹介されていた(岡山県高梁(たかはし)市、1680年代完成)。こんな高いところに築いたのは守りにはいいのだろうが、肝心の

 「水の手」の確保

は大丈夫なのかと心配になった。それが確保されたとしても、そしていくら堅固でも、籠城戦というのは援軍が来ない限り、かならず落城する。援軍が当てにできれば、なんとかそれまで持ちこたえて敵を撃退できる可能性はある。しかし、なければ所詮、負け戦である。

 大阪城の冬、夏の陣

を例に挙げるまでもなく、これは当時も、そして今も常識。同盟軍という援軍もなく国際社会から孤立すれば、敗戦間近い日本を例に挙げるまでもなく、負け戦である。

 そんなこんなで、この番組を見ていて、どうも歴史の発想がおかしいと気付いたのだが、その違和感がどこから来るのか、最初、よくわからなかった。

 ● 反面教師の番組

 Image22572 が、気付いた。

 残った天守閣のあるりっぱな城だけが、城ではない

という歴史的な事実である。何百、何千とあった、そして今は忘れ去られた廃城にこそ、

 敗者と勝者の一筋縄ではいかない埋もれた歴史がある

という事実である。

 むざんやな、廃城をゆく

という番組があってもいいと思う。真の歴史認識はそこから始まるであろう。それには気楽な12天守物語ではなく、廃城の歴史を掘り起こす地道で困難な作業が要る。

 そんなことを教えてくれた反面教師番組だった。

 ● 追記

 この発想は、城だけに限らないだろう。

 廃止になった鉄道、あるいは廃止になった道

 廃線、廃道をゆく

という歴史紀行がもっとあっていい。司馬遼太郎さんの明るく楽観的な『街道をゆく』とは趣きのことなるもうひとつの歴史が浮かび上がってくるだろう。

 そんな思いで、後日、歴史の上を歩く

 近著 『廃線紀行 もう一つの鉄道旅』(梯久美子、中公新書)

を読んでみた。通常の鉄道マニアの著作とは異なり、梯さんの鋭い切り口と歴史感覚が随所にみられる深みのある良書だった。

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