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鈍感力で生き延びた古代漁たち       -- インドネシアにシーラカンスを追う

(2016.01.17)  インドネシア海の深くに幻の古代漁、シーラカンスを追い、その生態を撮影しようという最新の調査(岩田雅光研究員)がBS朝日で紹介されていた(BS朝日「地球紀行」1月16日夜放送)2015年にはあらたに2匹の生態撮影に成功した。

 シーラカンスといえば、アフリカ大陸東部のマダガスカル島周辺の海が有名だが、インドネシア海の複雑に入り組んだ島々も穴場らしい。具体的にはスラウェシ(セレベス)島北部の島影。生息が深海なので、人間が直接生息している場所まで潜るのは困難であり、代わって自走式水中ビデオカメラを持ち込んで船上でその装置をコントロールするというやり方で根気よく探索が行われていた。

 どんな理由でそんなにシーラカンスが大事なのか

という点については、水中に生息していた魚類が、4億年も前の古生代デボン紀にどのようにして陸上4足歩行の両生類に進化していったのかという進化の過程の謎解きにあるという。シーラカンスは魚類の仲間だが、ヒレの魚体への付き方が普通の魚と違ったり、また浮き袋状の肺もあったりして正真正銘の魚というわけにもいかない。さりとてまだしっかりヒレがあったりしてヒレなどない両生類の仲間というのでもない。

 シーラカンスは、それらの合いの子

なのだ。そこで一応、魚類ではあるが、二の腕のような筋肉の先にふさ状のヒレがくっついているという特徴から

 魚類のなかの肉鰭(にっき)類

という位置づけで系統分類されているらしい。ヒレと魚体の間に二の腕のような筋肉がついているので、泳ぎが非常にうまい。流れの速い流域でも定点にとどまれるよう筋肉(二の腕)でヒレを上手にコントロールできる。その安定して泳いでいる様子を番組でも紹介していた。

 ● アクアマリンふくしまの調査から

 Imgp3753_1 この調査をしたのは、アクアマリンふくしま(福島県いわき市小名浜=写真左、2014年4月撮影)。ブログ子もこの海洋博物館には、東北大震災の3年後に被災状況の現実を拝見するために出かけたのだが、博物館については震災の被害はすっかり払拭されていた。ただ、見学時間がわずかしか取れなかったこともあり、ここが、日本におけるシーラカンスの生態研究の一大拠点になっていたとは知らなかった。

 2001年からじまったシーラカンス生態調査研究で、10年前に初めて今回と同じ地域の海で一度に7匹のシーラカンスの撮影に成功している。その後タンザニアでもたくさんのシーラカンス撮影に成功するという実績を上げている。

 番組に登場した安部義孝館長は、東北大震災では津波で全館停電となったり、水槽が破壊されたりし、多くの展示魚類が死亡した。しかし、なぜか古代魚の仲間たちは、そんななかでも何とか生き残っていたと話していた。

 その理由を問われて、館長は

 「古代魚は環境の変化に鈍感。すぐれた鈍感力がある」

と笑ってこたえていた。環境適応もいいが、あまりたくみに適応しすぎると、ちょっとした環境異変で種全体が絶滅に追いやられるということを言いたかったのだろう。

 ● 絶滅種の生の声を聞く

 大部分の古代漁は環境の変化に耐えられず遠い遠い昔に種としては絶滅してしまった。しかし、そのなかで鈍感力にすぐれた一部の個体の末裔だけが、今日まで環境変化の少ない深海でひそかに遺存種としてわずかに生き延びてきたというわけだ。

 4億年も前に絶滅した古代魚の生き残り(遺存種)からも、

 なぜ元のまま生き残ってきたのか/なぜ種全体は大昔絶滅したのか

という点で学ぶことがある。魚類から陸上への進化の解明とともに、わずかに残った遺存種の姿から、生の声を直接聞くことも重要であろう。そこには、現生生物というごく一部の勝者の進化にはけっして書かれていない膨大な絶滅した敗者の論理と歴史が潜んでいる。

 そんな思いで、今度はしっかりと「アクアマリンふくしま」を訪れてみたい。 

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