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「坂東の大学」足利学校 儒学を学ぶ杏壇

(2015.11.22)   作家、吉川英治の足利(高)尊氏を主人公にした

 『私本太平記』(全4巻)

にも出てくる、ばんな寺の境内にあった

 足利学校(栃木県足利市)

という建物にブログ子は以前から興味を持っていた。それがどのようなものであったのか、その復原された学校内を、じっくりと案内してくれる

 BS朝日の日曜昼番組

を拝見した(ただ、尊氏時代にはばんな寺自体はあったものの、境内内の学校についてはまだ整備されたとはいえない状態だったらしい)。1980年代から始まった復原プロジェクトに深くかかわった日本工業大学学長(日本建築史)の案内で番組が進行したのはうれしかった。

 番組は、まず

 入徳門、入学門、杏壇門

とくぐり、孔子坐像にいたるところから始まった。孔子の子孫だという若い女性の案内がおもしろい。杏壇(きょうだん)というのは、孔子が学問を講じた壇の周りにはアンズの木が植えられていたことから、学問所を指す。

 このことからもわかるが、ここは、当時室町時代15世紀中ごろの最先端学問である「徳」の孔子学、儒学を幅広く学ぶ学問所だった。

 この点が、奈良・平安時代からあった貴族を対象にした官立の官僚養成機関、大学寮とは大きな違いである。

 だから、当時の海外文献でも、日本最古の、そして

 坂東(原語ではbando)の大学

として、紹介されている。

 民放も優れた番組をつくろうと頑張っている様子がうかがえる良い機会だった。

 番組を拝見して、ともかく一度は訪れてみたい学校であると思った。

 ● 補遺 床の間に天文図

 番組の最後に、この学校の校長室にあたの和室の床の間に、なんと

 中国天文図

が掛け軸風に掲げられていたのには、おどろいた。暦学という理系の学問所でもあったことが理解できた。

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