« 風が吹けば桶屋が儲かる「温暖化」の怪 | トップページ | 仏映画「太陽がいっぱい」を思い出す   - パリ同時テロの背景 »

普通の暮らしをしている人間に会いたい - 映画『野火』

Image2244 (2015.11.22)  レイテ島などフィリピン戦線で捕虜体験を持つ作家、大岡昇平さんの畢生のドキュメント大作、

 『レイテ戦記』(中央公論社、1971)

をふとしたきっかけで読んだのは、もう40年も前のこと。1970年代に入り、大学紛争が一段落したころであり、戦争のにおいなんて、まったく感じられない平和な時代だった。

 その戦記なかに、レイテ戦記の文学版とも言うべき自作

 『野火』(創元社、1952年、写真中)

について、みずから語っていた。こうだ。

 司令部のあるレイテ島・パランポン港に向けて敗走中の、

 「ある十六師団の兵士が同年兵にめぐり会った。ほかの中隊の下士官がいっしょだった。猿の肉と称する干し肉をすすめられたが、気味が悪くやめた。その夜同年兵から秘密を打ち明けられた。下士官を殺して食料を作り、米軍の陣地を探して投降しようと誘われたが、気味が悪くなって逃げ出した。

 Sbk0960 これは筆者(大岡)が『野火』という小説にした挿話である。この十六師団の兵士は生還している。しかしこの場合も彼の行為はすべて「未遂」であり、実際に行われたことについては伝聞しかない。」

 当時、この「投降と人肉食」をテーマにした小説を読んでみたいとは思ったのだが、ついにこれまで読む機会がなかった。忘れていた。

 ● 「投降と人肉食」にテーマ絞る

 ところが、先日、NHKBSのプレミアムシネマで、この作品を原作とした

 「野火」(市川崑監督、1959)

というのを、偶然に拝見した。そんな映画があるとは知らなかったが、ようやく原作を読んでみた。この映画は、おそろしくといっていいほど原作に忠実に映像化されていた。

 ただし、一箇所、主人公(一等兵)と一緒にいた同年兵が下士官を殺して、食料にしようとするラストシーンのところだけが原作とは大きく違っていた。市川監督の脚色なのだ。

 この脚色によって映画のテーマを死の恐怖のなかでの「投降と人肉食」に絞らせている。あるいは原作の人肉食をめぐる「神と人間性」という観念論的なテーマを薄めさせようとしている。絞った分、衝撃度の強いラストシーンになっている。

Image2246  荒涼としたレイテ島の山間に立ちのぼる農民たちの野焼き「野火」。主人公は同年兵の蛮行に怒り、そして彼を銃で殺した後、農民の焚く野火に向かって

 「普通の暮らしをしている人間に会いたい」

と狂ったように駆け出していく。しかし、野火のほうからの銃弾に主人公は崩れ落ちる。

 戦争の非人間性に目をそらさず、具体的に、即物的に描いたわけだが、画面には

 昭和20年2月 比島戦線

との文字がかぶさる。ここでも観念論を排除しようという監督の意図が読み取れた。

 芸術院会員にもなれた大岡昇平氏だったが、原作よりも映画の「野火」のほうが、ブログ子にはより高い文学性を感じさせたことを正直に書いておきたい。

 それにしても、40年ぶりに『野火』に出合えたのは、ありがたかった。

 (いちばん下の写真は、『野火』の「私は頬を打たれた。」で始まる冒頭部分。筑摩書房版「大岡昇平全集」第3巻(1994年)所収。)

● 補遺

 この全集には、『野火』が書かれた時期に発表した

 「わが復員」

 「愉快な連中」

という作品も収録されている。前者は、昭和20年12月に復員船で博多に帰還したときの様子が、具体的に詳しく書かれている。戦地にいて敗戦で引き揚げてきた元兵士たちと内地にとどまって空襲に悩まされた人々との意識の違いが見事に大岡さんの目を通して描き出されている。

 また、後者の「愉快な連中」では、引き揚げてきた元兵士たちが、復員列車で故郷に戻る列車内の様子や内地にとどまった人たちとの意識の違いが描かれている。あるいはこれらの人々のたくましさが、ある種の開放感のなかで浮き彫りにされている。 

 いずれの作品も、敗戦直後の大岡さんの体験と心中をほぼ忠実に語ったものだろう。そこにはフィリピン島を舞台にした『野火』のような暗さはない。日本の戦後は、貧しくともこの明るさから始まったのだということを、読む人にあたえるような書き方である。

 市川監督に言わせれば、復員者たちの

 「普通の暮らしをしている人に会いたい」

という願いがかなえられた情景を、大岡さんはこの作品で描いたと言える。

|

« 風が吹けば桶屋が儲かる「温暖化」の怪 | トップページ | 仏映画「太陽がいっぱい」を思い出す   - パリ同時テロの背景 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/62727565

この記事へのトラックバック一覧です: 普通の暮らしをしている人間に会いたい - 映画『野火』:

« 風が吹けば桶屋が儲かる「温暖化」の怪 | トップページ | 仏映画「太陽がいっぱい」を思い出す   - パリ同時テロの背景 »