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仏映画「太陽がいっぱい」を思い出す   - パリ同時テロの背景

(2015.11.22) 今日は日曜日とあって、NHK午前には

 日曜討論会 パリ同時テロ

について中東情勢やイスラム世界に詳しい専門家が

 事件の背景や、世界はどう向き合うか

について解説委員長を司会役に議論していた。

 ● 青春の持つ輝きと残虐さ

 専門家の話をひととおり聞いて、貧しく孤独な青年が富裕な若者に憎しみをいだきその若者に対し完全犯罪を犯すというストーリーの

 アラン・ドロン主演「太陽がいっぱい」(1960)

を思い出さずにはいられなかった。青春というものが持つ残酷さが、太陽の光がふりそそぐなかで見事に演じられていた。

 ただ、映画では犯行に及ぶのは白人フランス人の主人公(アラン・ドロン)であるのに対し、今回のテロ事件では移民の貧しいIS過激派の低学歴若者たちだったという違いがあったこと。

 背景は、IS過激派うんぬんというよりも、それに踊らされた、あるいは利用された貧困低学歴若者層の増大だろう。貧富の格差が広がっている。その層の拡大によって社会がますます不安定化している。

 その格差をまざまざと見せつけていたのが花のパリなのだ。ニューヨークの同時多発テロもそうだった。みんなが貧しければ、このような事件は起きない。このへんが人間というものの不思議なところだろう。

 テロは、格差を是認する自由資本主義社会においては永遠に失われることはないだろう

ことに気づいた。社会主義の国では国家が国民に対しテロを行うので、貧しいテロリストの出番はない。

 こうなると、映画から50年以上がたったが、自由主義社会の中では

 青春というものが本来もつ輝きと残虐さ

は、貧富の格差拡大も手伝って、ますます先鋭化する。

 ● なぜパリは燃えているか

 そう考えると、

 今、文化的な格差の大きい「花のパリ」が燃えている

のも理解できる。みんなが貧しい北朝鮮ではこのような事件は起きようがない。起きるとしたらテロではなく、国家に対する民衆による革命であろう。

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