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生命のいる〝第2の地球〟発見はいつか

Imgp86882015 (2015.11.08)  ブログ子は、毎年「文化の日」に浜松市で開かれる「新しい文化論」というコンサート演奏&講演会(浜松ホトニクス)を楽しみにしている。今年の講演テーマは、国立天文台副台長の渡部潤一さんの

 「宇宙に生命はいるか」

だった。これは、一昨年の林正彦国立天文台長の

 「現代天文学と宇宙における生命」

に続いての宇宙生命にかかわるホット講演。最近では宇宙ものが続いている。

 渡部さんの講演には

 天文学からのアプローチ

というサブタイトルがついていた(写真右)。

 ● TMT完成後の2020年代後半か

 この講演の結論を先に言ってしまえば、

 生命のいる太陽系外惑星はそこらじゅうにたくさんある。今ハワイに建設中の国際共同巨大望遠鏡(TMT、国立天文台も主要な参加機関)が完成すれば、必ず発見されるだろう。その時期は望遠鏡が運用を開始する2020年代前半から間もないころ、つまり20年代後半である。そのターゲットとなる太陽系の外にある「第二の地球」の有力候補は、20光年ぐらい離れている星、グリーゼ581の周りをぐるぐる回っている地球型惑星、グリーゼ581g(581自身はM型主系列という太陽とほぼ同じタイプの星)。

という、非常に具体的で、明解な話だった。 

Imgp8687   この系外惑星には大気があり、そこからの光のなかから生命が盛んにつくりだしている酸素分子をTMTでとらえる。そういう壮大な計画なのだ。大気中に酸素が分子の形で存在すれば、われわれのような地球型生命の存在は確実だという発想である。

 ブログ子も、ひょっとすると生きている間にも朗報が聞かれるかもしれないと、講演での予測、予言の的中に期待したい気持ちである。

 生物学からの悲観的なアプローチとは対照的に、いかにも天文学者らしいきわめて楽観主義の講演だった(注記)。

 ● 酸素分子、そして光合成の発見。

  まず第一に大気の中に酸素分子の存在が確かめられれば、そしてまた液体の水の存在が確かめられれば、生命の存在はほぼ確実。その上での確証は、つまり決め手は惑星の分光観測から光合成が行われていることの発見だろう。太陽系内の惑星や衛星には、地球以外では、その形跡はない。

 知的生命であるかどうかはともかくとして、もしこの手法で、ともかく観測的、あるいは分光学的に生命が確認されれば、ノーベル賞受賞は確実だろう。

 思うに、このアプローチでの成功には、日本の光学的な「すばる望遠鏡」、国際共同のアルマ電波望遠鏡、そしてNASAのハッブル宇宙望遠鏡の連携が不可欠になる。

 ● パラドックス「みんなどこにいるのだろう」

 Image2240_3  ただ、気がかりなのは、この楽観主義の講演内容にもかかわらず、依然として、フェルミのパラドックス

 いるとしたら、なぜ宇宙人から連絡がないのか

という難問が、提出されてから60年以上たった今でも未解決のままなことである。これだけ電波望遠鏡で50年以上にわたっていろいろと探しても宇宙人からのメッセージ信号が地球に届いていないということは、

 少なくとも知的な宇宙人は、宇宙広しといえどもいない

ということかもしれないのだ。これが正しいとすれば、パラドックスはパラドックスではなくなり、解決したことになる(右写真は、10年前に青土社から出たゆかいなパラドックスをめぐる好著)。

 ● 1995年、マイヨールの第一号発見

 これまでの太陽系外の惑星探索から、現在では、夜空の星の100個に一つは惑星系を持つと考えられるようになった。そのうちの10個に一個は地球のような「ハビタブル」にある。ということは、私たちの銀河系には

 生命あふれる可能性を持つ惑星をしたがえる星の数は1億個

という膨大な数になる。あとは、このうちどれくらいの割合で、その惑星に生命が発生するのかという難問だけが残る。1億分の1よりもずいぶん小さいようなら、わが銀河系には生命の惑星は存在しないことになる。

 逆に1億分の1よりもずいぶんと大きな割合で生命が惑星に発生すると観測などから推定されれば、宇宙には生命の惑星はありふれたものとなる。

 こういう推定値もTMTはいずれ答えを出してくれるだろう。

 さらに言えば、その芽生えた生命が知的な生命にまで進化するかどうかということも将来の課題だろう。その場合でも、進化はしたけれど、人間がたどった道のりとはおよそかけ離れていたということもおおいにありえる。

 天文学者、M.マイヨールたちが、主系列のペガサス座51番星に太陽系外惑星第一号(木星並みの大質量)を1995年に発見してから20年、もし仮にノーベル賞が将来、生命のいる第二の地球発見に与えられるとしたら、

 M.マイヨールの功績

を忘れてはならないだろう。そして、電波望遠鏡で長く挑み続けた「オズマ計画」のF.ドレイク博士の苦闘も。

 ● 注記

 世界的に高名な進化生物学者、J.グールド博士(元ハーバード大教授)は、かつて

 「この宇宙広しといえども、宇宙の全体構造(というような知的な事実)を知っているのは、地球人だけだ」

と言い切っていた。生物学者の悲観的な見解の代表である。これは裏返すと、生物というものには、驚嘆すべき精妙さが具わっているということでもある。

 ● 補遺 人間中心主義のおろかさ

 20光年先にあるグリーゼ581を周る惑星、グリーゼ581gが発見されたときには、ある天文学者は、早速、電波で〝あいさつ文〟をこの惑星に向けて発信している。交信の往復には40年かかるが、必ず返事が返ってくるというわけだ。かほどさように、天文学者は知的生命の存在には楽観的である。

 この背景には、これまでの3000年にわたる歴史において天体に関する認識で、いかに人間中心主義が愚かであったかをくり返し、実証し続けてきたという自負がある。宇宙の中心は人間の住む地球であるというのもしかり、宇宙には知的生命がいるのは地球だけであるというのも、またしかりだというわけだ。

 ブログ子も、宇宙的な視野では、人間中心主義は完全に誤りであると確信している。人間の存在などというものは、宇宙のどこにでもありえる普通の出来事に過ぎない。それでも人間に偉大さがあるとすれば、自分たちの存在が神に選ばれた特別なものなどというものではなく、ごくごくちっぽけなものに過ぎないということを自覚するところにある。 

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  ● 読書案内

 最近の宇宙生命、地球外生物、宇宙生物学の一般書にはづきのようなものがある。

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