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悲劇を喜劇で撮る岡本喜八 没後10年

(2015.11.20)  戦争を悲劇として描く。あるいはヤクザの世界を悲劇として撮る。そんな映画監督は多い。

 しかし、戦争やヤクザの世界を喜劇として描く。そのことで、その悲劇性やバカバカしさを一層見るものに印象づけようとしたのが

 岡本喜八監督

だろう。今年で没後10年になる。

 50年前の高校生のときにブログ子が見た岡本監督の戦争映画「血と砂」(1965)もそうだし、大学院生の終わりのころ京都で見た「ダイナマイトどんどん」(1978)もそうだった。

 しかし、岡本監督の映画で一番覚えているのは、それとは無縁の

 「日本でいちばん長い日」(1967年)

だった。大学に入ったときに見たのだが、戦争の悲劇性や愚かさを前面に打ち出した演出になっていた。

 だから、今まで岡本監督はシリアスなテーマを大真面目に描いてみせる映画人だと思っていた。

 ● 名もなき大衆の視点から

 ところが、先月下旬、「クローズアップ現代」のNHK番組をみて、そうではないことを悟った。

 日本でいちばん作品の多い映画監督というのは間違いないが、それらの作品の底には喜劇性を大事にしてつくられているということがわかった。

 そのことを一言で言えば

 名もなき庶民、大衆を大事にしている

ということだろう。そこには、荒唐無稽という名の真実がある。そう監督は喝破したのだろう。

 そんなことを没後10年たってようやくわかった。

 そんなことを今になった分かったのだから、ブログ子の映画の見方なんて、映画評論家並みの低さなのだ。

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