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2015年10月

ビジネスへ、水に流せないその機能 

Imgp8540  (2015.10.24)  勢いよく出てくる風呂のお湯に細かな泡が混じると、スーパー銭湯のジェット風呂のように腰痛に効く。

 というのが腰痛に悩むブログ子の実感である。しかし、水に、あるいは温水にそのほかの新たな健康効能があるとは知らなかった。

 真水が一番だと思っていた。

 ● 浜松で機能水学会

 知人からの誘いもあって、先日、浜松で開かれていた

 日本機能水学会の

  公開講座「機能水と健康生活」

に出かけた(写真左下=あいさつする鈴木鉄也大会長、JR浜松駅近くのアクトシティ浜松コングレスセンターで)。この分野は

 日本が世界に誇る独創的な技術

に支えられているというのだ。

 Imgp8541 水といえば、海洋深層水があり、オゾン水もあり、ラジウム水、水素水というのもある。今はどうか知らないが、かつて効能怪しげな

 マイナスイオン水

というのもあった。最近では何に使うのか知らないが、高温高圧蒸気の超臨界水というなにやら〝恐ろしげな〟水もあるらしい。

 先日のNHK「クローズアップ現代」では、ごくごく小さな泡入り水、

 マイクロ・バブル水

という話題も取り上げられていた。それよりさらに細かなナノ・バブル水というファイン水も洗浄力、殺菌力という点で、普通の水よりも優れているらしい。

 今回の公開講演では、

  水の電気分解で得られる電解水の話

というものに限って紹介されていた。有効性という意味の効能と安全性のはっきりしたさまざまな特性を持つ水、つまり

 機能水についてもっと知ってもらいたい

というものだった。

 講演では調理科学への具体的な応用も紹介されていた。このほか飲む健康水というのにまで研究が広がれば、ビジネスとしての可能性は計り知れない。

 ● 真水は最高の水か

 早い話、トイレの洗浄力、除菌・殺菌力のアップに最近では洗浄水として電解水が使われ始めているというメーカー開発責任者の話には驚いた。

 おどろいたというのは、中学校の理科の実験でよく行われる

 水の電気分解

を利用した技術開発であると知ったからである。

 電解水というのは、水道水(H2O)、ごく薄い海水(H2O+NaCl)を直流で電気分解しつくられる。具体的には、+極でつくられる酸性電解水(次亜塩素酸水=HClO)と、-極でつくられるアルカリ性電解水(通称、アルカリイオン水=NaOH)に分類される。

 効能としては、

  酸性電解水については、汚れに対して石けん水と同程度の強い洗浄力、ウィルスについてはアルコールと同等の殺菌(除菌)力を持つという。

 Imgp8553 アルカリイオン水については、抗酸化作用(アンチエイジング)や胃腸症状の改善効果があるという。

 講演会場には、女性の姿が目立ったのもこのせいかもしれない。

 そういえば、人間の体はほとんどは水。その機能をもっと知らなければ、健康生活などできないと気づいた。

 汚染水というのには関心が高い。しかし、意外にも、有効な効能と安全性のある機能性の高い水とは何かという点について、日本人はまだまだ関心が薄いように感じた(写真右= 洗浄力、殺菌力ともに優れた電解水で手洗いの会場展示。価格は約100万円)。

 天然の真水こそが「最高の水」というのは、無知からくるある種の錯覚かもしれない

 ● エセ科学との闘いも

 ただ、その場合において、ひとつ注文をつけるとすれば、身近な水であるだけに、学会は

 水のエセ科学

についても切り込んでほしいという点。水のビジネスにはこれがある。

 これと闘うことを学会の重要な社会的貢献と位置づけてこそ、学際的な学問の場としての学会自体の発展もある。さらには学会の社会的な存在意義や支持もおおいに高まるだろう。

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刑事コロンボの元祖 ?  - ヒッチコック映画「ダイヤルMを回せ」 

(2015.10.25)  先日、BSフジで

 映画「ダイヤルMを回せ」(ヒッチコック監督、1954年)

を見て、ちょっとびっくりした。

 イギリスを舞台にした刑事もの映画なのだが、普通の、あるいは古色蒼然とした名探偵ものとは違って、完全犯罪をもくろむ犯人が誰であるのか、あらかじめ冒頭で観客にはわかっている。いわゆる倒叙もので、刑事たちがいかにアリバイを崩したりして犯人を追いつめていくか、というおもしろさが味わえる仕掛けになっている。

 見ていて、完全犯罪の仕掛けが複雑で、追いつめ役のロンドン警視庁のエリート警部の種明かしはよくわからなかった。しかし、それでも、これは、1960年代にアメリカで人気番組となったよれよれトレンチコートの

 「刑事コロンボ」のさきがけ、元祖

ではないかと気づいた。

 ● テレビ時代、エリートから庶民派へ

 ただ、刑事コロンボのほうはエリート刑事ではない。テレビ時代を迎えて、視聴者がいかにも喜びそうな庶民派に設定し直したという点が決定的に異なる。これまでの探偵小説やドラマの常識をくつがえすものであり、つまりオリジナルであり、また、長寿ドラマとして成功する元になった。

 この視点については、日本のその後の推理小説にも大きな影響を与えたことがわかる。

 ただ、ともに、まだ殺人事件の動機やその原因に強い社会性を持たせるまでには至っていない。その意味では、

 ともにまだ化け物小屋のドラマ

の域を出ていない。

 殺人動機の社会性に着眼するという新しい視点については、日本では『点と線』(1958年)などの松本清張路線を待たなければならなかったといえまいか。この『点と線』では清張の境涯もあって、コロンボ刑事的な「下から目線」の視点があったことも特筆に対する作品となっている。

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空き地という「トナリのウチュウ」  - 昆虫の目、ファーブルの目

(2015.10.19)  久しぶりに、野外自然そのものを舞台にしているダンサー、田中泯(みん)さんの大人のためのサイエンスファンタジーを拝見した。

 BSプレミアムの

 「トナリのウチュウ」(10月17日夜放送)

という番組で、自然体験のありかたを、田中さん演じる猫役の目を通して考えるものだった。

 人間にとっては空き地かもしれないが、猫やカエル、昆虫たちにとっては、それは別のもう一つのかけがえのない宇宙である、ということを非常にわかりやすく表現していた。

 見終わって、その内容を一言で言えば、

 人間の目を通して昆虫の世界を描いたのが100年前の「ファーブル昆虫記」だとすれば、立場を代えて、ネコの目を通してみると、その同じ空き地がもう一つ別の宇宙になる

という中身だった( 注記 )。この宇宙には人間が描いた人間中心主義の宇宙だけがただ一つ存在しているのではないことを鮮やかに描いてみせていた。

 動植物の種の数だけ、もっといえば種の違いに見合う脳の数だけ宇宙はある、というわけだ。

 その意味で、ブログ子の感想を一言で言えば、

 これは唯脳論的なサイエンス・ファンタジー

ではないかということだった。

 日本の科学番組も、軽薄な単なる啓蒙主義を脱して、いよいよ洗練された、地に足のついた考えさせる内容のものに移行しつつあるのではないかという予感をもった。

 蛇足かもしれないが、田中さんは以前にも奈良のキトラ古墳の謎を語るBS番組で、焚き火を囲んでの野人風な解説、案内者を演じていた。山梨県在住だそうだが、今回のほうが、一段と洗練された野人ぶりを発揮した演技だったと思う。

  ● 注記

 この意味で、この番組は、人間世界を皮肉ったあの 

 夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』

とはまったく異なることに注意してほしい。

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リアリズム版カサブランカの「無防備都市」

(2015.10.21)  毎月1回日曜日に開かれるあるこじんまりとした学習会で、たまたま

 「無防備都市」(ロッセリーニ監督、1945年9月公開)

というのを見た。1時間半ほどのイタリア・リアリズム映画なのだが、なぜだか1部、2部にわかれていた。 内容は、簡単に言えば、第二次大戦中のドイツ統治下イタリアのレジスタンス活動を描いたもの。で、戦争中のさまざまな事実をいろいろとアレンジしてなんとか2部にまとめたらしいことがわかる。

 しかし見終わって、なぜこのようなタイトルになっているのかというのも、ちょっとわからなかった。

 ● わかりにくい原因

 わからないづくしの原因のひとつには、わたしたち日本人自身の大戦中のヨーロッパ情勢の無知にあることにまず、気づいた。

 同盟時期が大戦が始まる直前の1940年9月とはいえ、同盟を結んでいる枢軸国のドイツがなぜ同盟相手のイタリアを統治下においてたのかという、映画の舞台設定となっている事情がまず、われわれ日本人にはよくわからない。

 それについては、「世界史小事典」(山川出版)によると、次のようになっている。

 ● 1940年9月   日独伊三国同盟成立

 ● 1942年12月  ドイツ・イタリアとアメリカが相互に宣戦布告

 ● 1942年11月  連合国の英米軍、モロッコ・カサブランカなど北アフリカに上陸

 ● 1943年7月   イタリア、ローマの独裁ムッソリーニ政権が崩壊

 ● 1943年9月   イタリア(ローマの反ムッソリーニ政権)、連合国に降伏

 ● 1943年9月     ドイツ軍、北イタリアを占領。

              ドイツ軍を後ろ盾に、ムッソリーニ、北イタリアに政権

 ● 1943年10月   イタリア(ローマの反ムッソリーニ政権)、ドイツに宣戦布告

 ● 1945年4月    ドイツ、連合国に降伏。ヒットラー、ピストル自殺。

              ムッソリーニ、パルチザンにより処刑される

  このように、映画に描かれている舞台の1943年9月前後は、イタリアは内戦状態だった。これに対し、敗戦直前の日本国内にはこのような内戦はなかった。この違いが、日本人をしてこの映画をわかりにくくさせている。 

 このような事情を考慮すれば、アメリカ映画「カサブランカ」はメロドラマだが、

このイタリア映画は、拷問シーンも出てくる

 イタリア・リアリズム版「カサブランカ」

と言っていいだろう。いずれもドイツに対するプロパガンダ映画なのだ。

 ● リアリズム映画では時代背景を知る

 アメリカ映画のほうは、開戦したアメリカの北アフリカ上陸に間に合わせたプロパガンダであり、イタリア映画のほうはドイツ敗戦に間に合わせようとして製作を急いだロッセリーニの政治宣伝映画というわけだ。 

 「カサブランカ」ではレジスタンス指導者の恋人(I.バーグマン)は裏切らなかった。これに対し、「無防備都市」のレジスタンスリーダーの恋人は裏切った。ここにはロッセリーニ流イタリア・リアリズムの真骨頂がうかがえる。

 「カサブランカ」で主演したI.バーグマンは、自身ヒロインとして出演した映画にまったく満足しなかったという。そのせいか、「無防備都市」を見て感激し、ロッセリーニ監督に熱烈な手紙を書く。これが世紀の一大スキャンダルを引き起こしたことは有名。

 現実離れした甘ったるい「カサブランカ」のラストシーンに、バーグマンはきっと不満だったにちがいない。それに対し、「無防備都市」の処刑ラストシーンの迫真さに映画俳優として彼女は心打たれたのであろう。

 今回、わかったのは、

 リアリズム映画を見る場合、その時代背景をきちんと、あるいはある程度知っていないと、監督の本当の製作意図やテーマはつかめない

ということだった。

 そして、それにしてもわからなかったのは、

 ラストシーンで子どもたちの見ている前で処刑されるカトリック神父はこの映画では終始重要な役割を果たしていたが、それが何を意味するのか

理解できなかった。しかも、この映画の処刑シーン直後の最後の最後の映像は、ローマ教皇庁のドーム型の建物だったことは見逃せない。

 映画の中でも神父は

 「肉体は滅ぼせても精神は滅ぼせない」

とナチスの取調べで語っている。

 「戦争と宗教」というテーマもありそうだが、ここにも監督のメッセージがありそうだが、よくわからなかった。このことも正直に書いておきたい。

 「カサブランカ」のラストシーンには、ある種の明るい救いがあった。しかし、「無防備都市」には、神すらも頼りにならないという救いようのない暗さがあった。

 ひょっとすると、

 この現実を、目をそらすことなくしっかりと見よ

とロッセリーニ監督はいいたかったのかもしれない。甘ったるいロマンチシズムで現実をごまかしてはならないという警告かもしれない。内戦状態にあったイタリアでは、問題はドイツ対イタリアというような単純な構図では現実は表されないといいたかったのかもしれない。いわんや連合国と枢軸国という対立ではないとも。

 とすると、イタリア・リアリズムも捨てたものではないということになる。

 さて、そうか。

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歴史の上を歩く  - 『廃線紀行』

Imgp8528_2 (2015.10.18)  ブログ子は、地方紙の論説委員を長くしていたこともあって、ときどきEテレの「視点・論点」というのを拝見している。

 その道の専門家だけあって、ブログ子などが気づかない視点や論点を提示し、なるほどと感心させられることが多い。わずか10分間で話をするというのも、むずかしいはずなのにやすやすとこなしている人も多いのにおどろく。

 そんななか、先日は、肩のこらない

 廃線探訪の魅力

と題して、ノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子さんが話していた。梯さんといえば、たしか映画にもなった

 『散るぞ悲しき硫黄島総指揮官栗林忠道』

の話題作で知られる。番組では近著『廃線紀行 もう一つの鉄道旅』(中公新書)を紹介していた。

 タイトルに出ている魅力とは

 絶景廃線ともいえる風景に出合えることと、レールが敷かれた歴史の上を直接歩くことができること

だという。歩く鉄道紀行だというわけだが、今も営業中でレールが使われている状態では、そんなことは文字通りにはできない。廃線ならその歴史の上をたどることができる。これが魅力なのだという。

 その魅力に惹かれたわけでもないが、著書に取り上げられた50選のうち、ブログ子が暮らす静岡県の廃線、

 国鉄清水港線(廃線区間8キロ)

に目がいった。絶景廃線とまではいえないが、この廃線は、清水港を取り囲むように、今の清水駅から清水港駅跡、そし美保駅跡まで。

 物流の担い手が1960年代後半から70年代に鉄道からトラックに大きく変化した直後の1984年廃止という点に、ブログ子はしみじみとした感慨を持った。

 加えて今のJR貨物会社の巨額負債を抱えた赤字経営の淵源を知ったようで、歴史というものの残酷さもこの著作で味わったように思った。 

 その意味で、この新書はほかの鉄道物にはない、レベルの高い著作だと感じた。

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街歩き 入浴もできるラーメン店 錦華楼   - 浜松、昭和30年代をゆく

Imgp8524_1_2 (2015.10.18)  ブログ子は新聞記者をしていたせいか、暇になるとちょっとしたニュースを求めて街歩きをするという習慣がある。浜松に移住してきて丸5年がたつが、中心部の繁華街、鍛冶町に

 入浴もできるラーメン店( 写真上 )

を見つけた(写真の左上の屋根は石造りのりっぱな静岡銀行浜松営業部のもの )。店構えがユニークでうれしくなるが、浜松、いや東海地方では、たとえば「昔風ラーメン」など、おいしいラーメン店としてかなり知られている。のだが、写真右奥の店裏手にまわって、びっくりした。なにしろ、

 「アサヒ湯」

というのれんがかかっているのだ。

 Imgp8521_1 のれんには「女湯 男湯」と染め抜かれているし、入浴料金表もきちんと掲載されている( =写真。ちなみに、12歳以上の大人は15円)。浜松市内には、いわゆる銭湯という公衆浴場は別のところにある巴湯1軒しかないはず。だから、不思議に思って、入ってみようとした。そしたら、

 なんとそこはこの店の厨房、つまり調理場の入り口だった。

 店構えのユニークさが裏手の従業員出入り口にまで徹底していたのには、笑ってしまった。店のご主人の遊び心がいかにも浜松らしくて、うれしい。

 そして、ふとのれんの横をみると、なんと、ここにも、

 犯人逮捕にご協力を

Imgp8520_1_2 というゆかいな「WANTED」看板がさりげなくかかげられている( 写真= ダブルクリックで拡大可能)。ここには昭和35年という日付があることから、どうやらこのお店、そのころの創業らしい。ラーメン店としてはなかなかの老舗なのだ。

 長く市民に愛される店というのはなにかしら創意工夫があることを、あらためてこの店の店構えから教えられた。

 最後に店自慢の昔風らーめんは、病みつきになりそうな美味しさだったことを付け加えておきたい(「昭和の中華そば」=650円(おにぎり付き)、「ごまラーメン」=780円)。

 ● 注記

 なお、近くのモール街にある錦華楼千歳町本店の店構えは、以下の通り。やはり入り口真上にある大きくゆかいな「ブタのオブジェ」がトレードマーク。

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  ● 有楽店スナップ

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福井の新交通システムLRT、フクラムに乗る

Imgp84951_1 (2015.10.14)  浜松市内の交通渋滞を緩和したり、観光にも生かそうと、先月、浜松市内で次世代型路面電車(LRT)を本気で考える市民シンポジウムが開かれた。この10年間にわたる民間シンクタンク、都市交通デザイン研究会によるこの10年間にわたる検討成果も披露された。

 その結果を一言で言えば、

 東京五輪までの2020年に向けてまず市内と都田テクノ新産業エリアを南北に貫くLRT三方原本線を実現しよう

というもの。

 浜松市は全国の政令市のなかでも交通量に占める公共交通分担率が極端に低い(政令市平均は約20%なのに浜松市は5%以下)。これでは市内に交通渋滞が頻発しているのも無理はない。シンポでは、バス、マイカー、タクシーに大きく依存する市内の現状、あるいはあまりにも無秩序に郊外に広がっている実情を大幅に改善するには、新しい公共交通システムとして、次世代型の新交通システムの導入を考えるときに来ているというわけである。

 Imgp8498_1 会場からは、LRTを地方創生の切り札にしよう、あるいは切り札になるのではないかという熱気や期待が感じられた。将来、市内から東西にも広げていけば、浜名湖観光などマイカーのない外国人観光客も呼び込めるという計算もある。産業都市浜松を魅力ある観光都市にもしようというわけである。

 そんなシンポを拝見した後日、ブログ子の出身地、福井では、2013年、2014年と相次いで、新交通システムを導入しているという情報が郷里から寄せてくれた。

 そこで早速、先日、帰郷を兼ねて、福井電鉄(福鉄、本社越前市))への取材かたがた、試乗に出かけた。百聞は一見にしかずというわけだが、福井市内の「福井駅前」駅から、となりの市、越前市(旧武生市)の「越前武生」駅まで乗った。

 高校時代3年間、お世話になったなつかしい路線を次世代型電車(愛称フクラム。交通量の多い福井市内は車掌も乗車k路面電車として、郊外に出るとワンマンカーとして運行。郊外は多くの駅は無人)。1時間くらいの乗車だったが、料金は400円。

 Imgp8504_1 このフクラム路線は既存の電車路線とレールは完全に共通(右写真は2両編成の既存の電車=「福井駅前」駅)。つまり、5、60年前のものをそのまま今も使っている(すでに線路をまくってしまった浜松とはここが大きな違い)。オレンジ色車体の3両編成と、ブルー色の3両編成で運行している。

 乗客は、一般乗客もいるが、通学の中高校生たちがメイン。乗車中に数えたのだが、1両には、シート数は20席、立って乗車できるつり革が20で40人乗り。3両で約120人は乗車できる計算。バスの3、4倍力だが、見聞した平日夕方の乗車状況は、5、60人ぐらいだった。

 まだまだ便は少ないが、乗車した感想をいえば、フクラムの導入で街が明るくなった、あるいは車内がとてもオシャレな感じになったという印象である。

 これは地方の魅力を高めるにはとても大事なことであろう。

 Imgp8500jr_1 写真にもあるように、福井市内は今、まもなく北陸新幹線が開業するとあってJR福井駅を中心に開発ラッシュ。駅舎の壁面には福井のシンボル、恐竜が大きく描かれているというユニークさである。ブログ子の高校生時代には考えられないくらいのオシャレな街に変貌しつつあるのには、おどろいた。ここだけで比較すれば、80万都市のJR浜松駅はずいぶんとみすぼらしい。

 具体的な様子は、以下のスナップをみてほしい。

 以下の最初の写真は、9月12日の浜松市内にあるUホールでのシンポジウムの様子。そのほかは、すべてJR福井駅前にある福鉄「福井駅前」駅付近で(10月12日撮影)。

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不屈の100歳むのたけじ、次世代への遺言

(2015.10.10)  このブログでも3か月ほど前(6月30日付)、100歳のジャーナリスト、むのたけじさんの講演(石川県加賀市の硲伊之助美術館)を紹介したが、先日、Eテレ特集でも

 不屈の100歳、次世代への遺言

というのを放送していた。その内容は、ブログで紹介したものとほぼ同じだが、さいたま市のご自宅での日常生活の様子がよくわかって、おもしろかった。

 履歴としては、

 1915年1月2日生まれ。21歳で報知新聞社に入社、「報知」北支特派記者。その後退社し、20代後半に朝日新聞社に転職。「朝日」ジャカルタ支局特派(従軍)記者。敗戦の年、8月15日その日に退社(31歳)。郷里、秋田県に帰り、小さな新聞「たいまつ」を創刊、発行人に。『たいまつ16年』の著作がある。

 最近の安倍政権の政治手法批判も出ていた。

 こうした経験と反省から

 「やるなら死に物狂い、命がけでやれ」

と語っていた。戦争中の記者経験から、思ったことが自由に語り合える社会、自分の生き方に誇りが持てるように生きることなどが大事であると強調していた。自らの忸怩たる反省でもあろう。

 最後には、日本に平和がやってきたと実感でき、それを喜び、

 「死ぬときはほほえみながら、死にたい」

と締めくくっていた。

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〝正直者〟ワトソンの反論 『二重らせん 完全版』 

Image2239 (2015.10.10) その内容もさることながら、その書き方にとかく批判の多かった、あるいは専門家の間でも話題になったDNA構造の発見者の一人、J.ワトソンの

 『二重らせん』(原著1968年。江上不二夫/中村桂子訳、講談社)

について、45年ぶりの改訂版

 『二重螺旋 完全版』(原著2012年。青木薫訳、新潮社)

が出たというので、最近読んでみた。

 生命の設計図とまで言われるDNAの構造の解明に向けた激しい先陣争いの末、英科学誌「ネイチャー」1953年4月25日号( 写真 )に一番乗りで掲載されるまでの迫真のというべきか、あけすけな内幕というべきか、その内情をドキュメンタリー風に〝正直者〟、ワトソンの視点から書きつづったものとされている著作である。

 とはいえ、先陣争いをめぐる言い分をそのまま信じる関係者は少ない。激怒するものも少なくなかったという。

 今回の新著は、完全版と銘打っているが、失ってしまったとされていた50年前のさまざまなやり取りの手紙が、大量に発見されたことを受け、それらをできるだけ盛り込んだものになっている。

 旧著よりも新著のほうが一層事情や背景が複雑で錯綜したものになっているが、一読したブログ子の感想を一言で言えば、

 旧著に対してはさまざまな批判や非難がなされてきた。しかし、それらはお門違い

ということを新著は言いたかったのではないか

というものだった。

 つまり、いかに正確かつ慎重に当時の事実に基づいて旧著が書かれたかということを最近発見された新資料で、そして親しい研究仲間とはいえ第三者の目と分析を通じて証明しておきたいという狙いがこのワトソン氏( 写真下 )の新著にはあった。

 いわば、批判に対する45年ぶりの反論の書なのだ。

 新著のミソは、旧著はワトソンの単著なのに対し、新著は2人の第三者による分析が中心であることだ。主張の信憑性を高めたいという思惑からか、ワトソン氏自身が反論の表舞台には登場してこない。

 別の言い方をすれば、濡れ衣を晴らすためには、最近発見された当時の手紙類という事実をして語らせるのが一番という戦術である。

 いかにも、科学者らしいフェアで、合理的な精神のようにも思える。

 ● 非啓蒙的な科学ノンフィクション

 しかし、注意すべきは、ワトソン氏が現在存命であるという点。

 論旨にあう都合のいい手紙だけを引用したりするなど恣意的に情報を操作していることも十分考えられる。都合の悪いやりとりのデータは出さない。

 つまり、発見された手紙を公正に利用しているかどうかが問題。翻訳者にはこのことはわからない。知っているのは正直者、ワトソンだけというわけだ。

 _j79280294_50814900 そもそも当時、ワトソンは20代前半で、まだ学位を取得したばかり。うがった見方をすれば、そんな若き野心家がたとえば、科学者としてある種の逸脱行為をしたとしても、なんら不思議ではない。むしろ自然なことであり、研究社会にかぎらず青春というのはそういう残酷さがつきまとうものである。

 先陣争いの物語の真実、たとえば最後の最後、DNAの元となる核酸の分子構造は基本的に二重らせんであるとワトソンが理解したのは、あるいは気づかせたのは何だったのかという真実は、出るとしてもやはりワトソンの死後のことだろう。ひょっとすると、それはこれからも謎のままになるかもしれない。むしろ新著によって、ますますその可能性が強くなったと感じた。

 しかし、情報交換がホットに行われる最先端の科学者たちの研究現場は単純ではなく、もともとそういうものだともいえよう。国によってその研究スタイルも異なるという事情もことをさらに複雑にしている。

 ただ、はっきりしているのは、論文という形で明確に先陣を果たしたのはJ.D.ワトソンたちだったということ。発見にたどり着くまでに何があったかその如何にかかわらず、これは厳然たる事実であり、動かない。

 そんな冷酷な感想をブログ子は持った。

 と同時に、完全版と称する、あるいは詳細な注釈と絵入り「二重らせん」と原著タイトルとして銘打った新著。それ自体が、駆け引きや出し抜きなど科学的な発見の人間臭い一面、そして将棋で言えばなによりもスピードが決め手になる終盤の寄せのようなダイナミックな一面を見事に描いてくれていると強く感じた。

 その意味で、新著は啓蒙書とは程遠い、いい意味でも悪い意味でも、

 人間の顔をした科学ノンフィクション

といえば、いえるだろう。啓蒙書とはほど遠いところから、科学の何たるか、その本当の姿がみえてくる気がする。

 ただ、それが名著とまで評価が高まるのかどうか。それがわかるのは、ワトソン氏、87歳の死後、しばらくたってからのことだろう。

 以上が、〝正直者〟、ブログ子の言いたいことである。 

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憲法第九条はノーベル平和賞に値するか

2015.10.09)  「日本国憲法第九条にノーベル平和賞を」という推薦運動が日本や韓国で始まって、かれこれ2年、今年のノーベル平和賞に

 第九条(戦争放棄)

も有力候補となっているらしい。受賞者は、大江健三郎氏など「九条の会」らだという。一見、ありそうもないと思った。

 ● 政治性という難問

 しかし、よくよく考えてみると、

 原爆投下70年の今年、そして安倍政権が違憲性の強い安保法制を法案化し、成立させた今年、あるいは、ひょっとすると受賞するかもしれないと思った。

 きわめて政治性の強い授与だが、過去にも平和賞にはこうした強い政治性があった(たとえば、2009年のプラハ「核なき世界」演説などが評価され、オバマ大統領はその実績もないのに平和賞を受賞した。そのほかにも、非核三原則の佐藤栄作氏の例がある)。賞の性格からして、そもそも政治性を帯びるのは当然であり、政治性のない平和賞はほとんどおとぎ話のたぐいだろう。

 ここで肝心なことは、「九条に平和賞を」というのは、過去の実績もあり、

 世界の福祉に重要な役割を担った人や組織に授与する

というA.ノーベルの崇高な理念にはかなっているということだ。

 ● 誰に、どの組織に授与するのか

 その上で問題なのは、九条は、戦後間もないGHQ民政局がつくった、あるいは押し付けた法令であり、日本人は衆参両院の議決という形で日本国民の総意としてそれを、占領下という環境のなか受け入れたというやや込み入った事情があることだ。誰に、どの組織に授与するかという点でも選考委員会は悩むだろう。

 つまり、最初に条文をつくった人または、米側の事情から押し付けた組織か、それともそれを70年間誠実に守ろうと努力してきた実績のある日本側の人物、あるいは組織か。

 残念なことだが、いずれにしてもたとえ受賞が決まっても、これから九条改憲をもくろむ安倍政権としては、足かせになるので手放しでは歓迎しないだろう。

 この今の現実は、悲しいことだが国民にとっては不幸である。

 今日、2015年の平和賞が決まる。ブログ子の気持ちを、かつてのジェームス三木さんの小説『憲法はまだか』にあやかって言えば、

 平和賞はまだか

というものだ。

 しかし本音を言えば、平和賞などほかからもらわなくとも、平和主義が自らの力で貫ける日本であってほしいとは思う。

  ● 注記 ジャスミン革命運動に平和賞

 2015年のノーベル平和賞は、2011年のチュニジアのジャスミン革命を主導した民主化運動団体に決まった。長期独裁政権を崩壊に導き、アラブ諸国に次々と民主化運動を巻き起こした「アラブの春」の発端となったことが評価された。2015年10月9日 記。

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今年もまたノーベル賞予測の季節

(2015.10.03)  今年もまたノーベル賞の季節がやってきた。最新号の「日経サイエンス」11月号が

 ノーベル賞 次のフロンティアは?

というのを特集している。青色LEDで昨年受賞した天野浩さんなど、日本人受賞者がその期待されるあり方や、そこから何が受賞に値する有力分野なのか、自らの確信を語っている。

 そのなかの一人、小林誠さん(2008年に物理学賞受賞)はインタビューに答えて

 「ニュートリノの質量の発見と、その後のニュートリノ振動実験による様々な混合角の決定は(質量ゼロとする現代素粒子論の見直しを迫るものであり)重要な成果」

として、2015年の

 「ノーベル賞受賞への期待は大きい」

と語っている(この期待と予想は、ニュートリノの質量の発見で梶田隆章東大宇宙線研究所所長)の受賞で、見事に的中。補遺)。 

 ● 有力候補に宇宙論分野も

 それをもとに、いろいろな分野の識者が将来受賞しそうな有力分野ベスト10を拾い出している。たいていは期待はずれなのだが、おどろいたのは、実用性はほとんどないのに宇宙論や天文学の分野が堂々3つも入っていることだ。

 具体的には

 ニュートリノの質量の発見、太陽系外惑星の発見、暗黒物質と暗黒エネルギー

が挙げられている(系外惑星発見の第一号は、1995年、ペガサス座51番星)。

 これらが、実用性そのものといってもいい

 ゲノム編集で遺伝子操作

と肩を並べているのは、奇異な感じがしないでもない。

 もっとも、天野さんは、その中間的なやり方、あるいは自らの研究姿勢から

 あるべき姿の探求

という視点からの授与もほしいと述べていた。たとえば、ベスト10にも挙げられていた温暖化で悪者にされてしまった

 CO2からさまざまな有用物質を人工的に光合成する研究成果

などがそれに当たるだろう。植物ではすでに酸素という有用物質を生み出している。しかし、人工的となると、光合成のあの複雑なメカニズムを実現するのは相当難しいだろう。その実現は当分先といえまいか。しかし、賞の趣旨、人類の福祉に大きな寄与をした成果に授与するというノーベルの遺言にはピッタリである。

 ● 海外からみた日本像の作品

 一方、文学賞はどうか。

 これについては、10月2日付の朝日新聞「文化・文芸」欄に、現地記者によるこれまでの受賞者あるいは判明した候補者の作品分析が掲載されており、おもしろい。

 それによると、受賞作品あるいは候補作品の選考では、

 その時々の海外から見た日本像にあった、あるいは代表するような、しかも世界に通用する作品

が選ばれているというのだ。

 今回新たにわかった賀川豊彦(1947、1948年に候補)の原爆投下

 川端康成(1968年受賞)の戦後復興と伝統美

 大江健三郎(1994年受賞)のバブル崩壊後の窮地にある現代人

という分析である。

 いずれの場合も、そうした日本独自のファクターに加えて、そこでの文学的な価値観が世界に通用することがノーベル賞選考では求められる。その選考基準の基本は、これまでの受賞作品の傾向分析から

 理想主義的なリアリズム

である(より正確には、理想に向かう最も優れた作品を創作した人物に贈られる)。

 この基準で言わずもがなのことをあえて言えば、当然ながら、共産圏に国籍を持つ人に文学賞を与える場合、それは反体制側に限られることになる。そのことがいいのか悪いのか、そんなことは問題ではない。文学賞には文学性のほかに、だれも何も言わないが、もうひとつ政治性もあるということだ(極端な話、ローマ教皇庁の意向も無視はできない)。

 ● 今年はポップ・カルチャーの作家?

 さて、問題は日本。

 件の記事によると、選考委員会のあるストックホルムの日本学専門家は、海外からみた現在の日本像は

 ポップ・カルチャーの国

だという。日本は大衆文化の国だというのだが、このところ毎年注目される

 村上春樹さん

が、その範疇に入るかどうか。思うに、入るとするのは相当むずかしいだろう(注記)。

 また、それよりも村上文学の多くは、あるいは代表作と言われるものは、そもそも先の理想主義的リアリズムというのには、そぐわない。

 村上作品のおもしろさやオリジナリティは否定しない。応援している出版社には悪いが、いずれの授与基準にもマッチしていないという意味で、今年もまた村上春樹の受賞はないとブログ子は予想する。

 このことは村上文学の文学性を否定するものではない。単にノーベル文学賞の選考基準に合わないというだけのことである。

 それはともかく、ブログ子の予想が正しいかどうか、まもなくわかる。

 さて、どうか-。

 というか、こういうノーベル賞の楽しみ方もあることをお伝えしておきたい。

  ● 注記

 10月4日夜のBS-TBS 「週刊報道LIFE」は、

 村上春樹はなぜ国境を超えるのか

というのを、新潮社の編集者をゲストに招いて特集していた。

 編集者によると、村上文学は若者、とくにその国の変革期の若者に人気がある。そういう若者は村上氏の小説を読むと

 「自分のことが書かれている」

と感じる。しかし、村上氏自身は

 「自分のためだけに書いている」

と考えている(新潮社広報雑誌「波」2015年8月号寄稿)。こうしたことから、ひょっとすると

 村上文学は (国境を超えた世界の) 大衆文化の一翼を担っている

とも解釈できないこともない。

  ● 補遺 2015年10月5日

 それでは、村上春樹氏自身は、自分の小説についてどんな姿勢をとっているのかというと、それは近著

 『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)

で、うかがうことができる。

 この本の中で、要するに、唯一の武器は自分という徹底した個人主義哲学と、ストイックなまでにやり遂げる覚悟を説いている。取り立てて主張はなにもないごく常識的な話である。これでは、理想主義を志向するノーベル文学賞はおよそ無理だろう。

 ● 補遺 2015年10月8日夜 記

 今年のノーベル文学賞は、予想通り、村上春樹氏ではなかった。

 受賞したのは、ベラルーシの女性作家で、旧ソ連という社会主義体制に抑圧された人々の生の声や証言に一貫して耳を傾け、その暮らしにも目を向け、それらを文学作品として昇華させた反体制ジャーナリスト出身の人だった。

 イメージとしては水俣病の企業責任を問い続けている石牟礼道子さん、あるいは『沈黙の春』で環境問題に立ち向かったレイチェル・カーソンさんに相当するような作家なのだろう。いずれの人物も科学技術の成果について社会的な負の側面に、弱者の立ち位置から鋭く切り込み、問題点を社会に向かって臆することなく告発し続けた。

 その意味では、今回の受賞者は文学者というよりも、ジャーナリスト出身のノンフィクション作家というのが正解であろう。

 それにしても上記の選考基準を見事に体現したような今回の受賞だったと思う。もっと端的に言えば、20世紀という共産主義の実験を総括した受賞と言えるかもしれない。

 そういう意味で、これを機に日本語訳のある彼女の証言集『チェルノブイリの祈り』(1997年)をいつしか読んでみたい。

 余談だが、偶然にも、今回の受賞者はブログ子と同い年だったというのも、元気づけられて、うれしかった。

 ● 補遺

 ニュートリノの(静止)質量が、定説のようにゼロと仮定するのは誤りであり、質量は有限な量として存在することを、降り注いでいるニュートリノを直接地下で観測することで実証するまでの足どりと今後については以下の通り。

 1980年代  カミオカンデ(純水約3000トン)建設(元神岡鉱山の地下廃坑)

 1987年    カミオカンデでマゼラン星雲からのニュートリノを検出

         (小柴昌俊 ノーベル物理学賞受賞)

 1994年    質量があるらしいとの見通し(戸塚洋二、梶田の業績)。あるとした場合の上限値の推定。これを確実に実証するため、戸塚氏自らスーパーカミオカンデの設計にたずさわる。

 1996年   スーパーカミオカンデが稼働(純水約5万トン)

 1998年   この稼働で、高山市(現飛騨市)でのニュートリノ国際会議の席上、観測の中心を担った梶田氏、質量の存在を疑問の余地のない確実な事実として発表、実証した。参加者たちの立ち上がりこそはなかったものの、会場から異例の賛辞と大拍手というスタンディング・オベーションを受ける(この成果が、今回、物理学賞に結実)。

 2001年   スーパーカミオカンデが大破損事故

 2008年7月  小柴さんの後継研究者、戸塚洋二東大名誉教授、大腸がん病死(66歳)。

 亡くなるまでの10か月間、医師の診断結果の言葉「あと数か月」(The few more months)とのタイトルで闘病と病状分析ブログ。戸塚氏自らのがんについて二年間にわたる進行状況を冷静に分析、死の恐怖とも闘い続けた。

 2011年 亡くなった戸塚氏も心血を注いだニュートリノ検出ためのT2K実験成功。人工的に発生させたニュートリノをスーパーカミオカンデで検出できたことで、ニュートリノ自身の物理的な素性が明らかになり、物質・反物質のCP対称性の破れ問題解決への確実な道が開けた。言い換えれば、今の標準理論をこえる理論づくりの手がかりが得られた。

  もう一方の問題解決への足がかり、2010年ごろから始まったハイパーカミオカンデの建設計画(純水約100万トン)が、2013年ごろから宇宙線研などで本格化。稼働予定は、10年後の2025年ごろ。

 宇宙初期の物質・反物質問題(CP対称性の破れ)の解明などのニュートリノ天文学、あるいは観測宇宙論の世界的な研究拠点化を目指す。この観測的なアプローチにより、現在の標準理論をさらに発展させ、宇宙を記述する究極の理論として重力も含めた大統一理論完成への突破口、ブレイクスルーに迫ろうとしている。

 こうした理論的宇宙論のメインストリームに対して、アメリカで盛んに研究されているあらかじめ重力も組み込まれている超弦理論が、幾何学的宇宙論からどう展開、対抗していくのかが、究極の宇宙論への焦点となっている。

 ここには反物質うんぬんだけでなく、宇宙に満ちている謎のダークエネルギーの実体とは何かという難問の解明が深くかかわってくるだろう。

 宇宙論の研究は、今やあやふやで怪しげな空想の世界から

 厳密な観測的事実と理論とを突きあわせた疾風怒濤の時代

に入ろうとしている。

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サマースクール・イン足助 ヤナとは何か  

(2015.10.01)  今年の夏、具体的には8月末、ある生物系学会のサマースクールに出かけた。開いたところは、

 愛知県豊田市足助町

である。矢作川の支流、巴川水系、さらに言えば足助川という小さな川だった。

 雨模様の旅だったが、あまり生物のことは知らないブログ子にとっては、とても刺激的な夏の学校となった。

 かつては山の中の小学校だったものが、いまではユースホステルになっていたり、道ばたにあった馬頭観音を拝見したりと楽しんだ。馬頭観音とは、りっぱな伽藍などはないのだが、馬を大切にし、うやまい、あるいは道ばたに水場を置くなどしてねぎらうための場所といってもいいだろう。

 いわば、街道筋にある庶民信仰の場である。

 しかし、今回の夏の学校では、東海地方などによく見られる魚、たとえばアユをとる仕掛けで、

 川に設置されたヤナ

の体験は忘れがたい。簗と書くそうだ。

 以下に、そこで子どもたちが楽しんでいる様子や、その仕掛けについて、スナップにしてアップしておきたい。

 ● 平瀬ヤナのスナップ in  足助

    2015年8月30日撮影 

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ローエル協会研究の集いイン松江

Imgp8257_12015 (2015.09.30)  3年前の石川県穴水町に続いて、3年ぶりに先日、9月初旬、松江市で日本ローエル協会の研究集会を開催した。久しぶりの仲間たちとの再会だった。

 以下は、大会委員長だった平岡厚さんの報告である。 

 2015年9月25日 各位

 去る9月5-6日に開催されました日本ロ-エル協会松江研究集会の報告のニュ-スレタ-をお送り致します。

2015年9月24日 

日本ロ-エル協会ニュースレタ-

 日本ロ-エル協会松江研究集会2015が、去る95日(土)-6日(日)、松江市総合文化センタ-視聴覚室において開催されました。

 本会会員で、また、小泉八雲(L. ハ-ン)のひ孫である小泉凡氏(島根県立大学短期大学部教授)をChairpersonとして、八雲会および松江市観光文化課との共催でした。本会の会員・関係者14人に加えて、小泉氏の奥様が理事を務められている八雲会の方々などを含め、合計約20人が出席しました。

 ● 文化資源学の視点から

 集会は、95日(土)午後2時、小泉Chairpersonによる特別講演

 「文化資源としてのロ-エルとハ-ン」

で始まりました。

 Imgp8248_12015 続いての一般講演の部では、6人の会員諸氏が、途中休憩時の資料室見学をはさんで、各々、

 「ゴ-ストリ-の八雲、ロジカリ-のロ-エル、その違いはどこから来たか」(井上正男会員)

 「P. ロ-ウェルとE.G. カリ-ジョ:日本的アニミズムの理解者?」(上野影文会員)

 「荒山峠小滝の道」(長兼弘会員)

 「ロ-エルが結ぶモ-スと穴水」(坂下副会長)

 「Occult Japanの翻訳(共訳)の完成と訳書「神々への道」の出版」(平岡厚会員)

 「宮崎先生を偲ぶ」(山崎和恕会員)

について発表し、そのあと参加者とともに討論を行いました。

 各々の講演に対して、多くの質問が出て、終了予定時刻(午後6時)が若干伸びるほど、活発な議論が行われました。

 集会には、地元の地方新聞である山陰中央新報社の記者が取材に訪れ、翌日の朝刊に記事が出ました。

● 来年2016年は金沢で

 最後に会場近くのフレンチ・レストラン「ラグー」で懇親会が開かれました。その席で、次回の研究集会を、ロ-エル没後100年に当る来年(2016年)11月、金沢市において、長兼弘氏を

Chairpersonとして開催することが決まりました。

 また、井上正男氏は、新たにブログを立ち上げ、ロ-エル協会関係の情報発信のための活用、会員やロ-エルに関心を持つ人々が、投稿欄などで論議できるようにしたい、との提案をしました。

 翌日(96日、日)の午前中、小泉八雲ゆかりの地をめぐるエクスカ-ション(小旅行)が行われました。小泉氏御夫妻の案内で、国宝に指定されたばかりの松江城、小泉八雲記念館、旧居などを、マイクロバスで回り、最後に出雲そばの店で昼食をとって解散しました。

Imgp8274_12015

 今回は、同時期に松山で開催された東亜天文学会の影響により、天文系の会員の出席が少なくなることが懸念されていました。しかし、多くの演題があり、議論も活発で盛会となりました。御尽力いただきました小泉先生はじめ、出席された会員の皆様、八雲会の方々に深謝いたします。 

 ● 大会スナップ

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