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馬鹿が戦車(タンク)でやってくる

(2015.09.22)  しばらくこのブログを書かずにいたら、いつのまにか、安保法案が参院を通過、成立してしまっていた。違憲性の強い安保法は難産だったが、これからも事あるごとに訴訟が提起されるなど、のろわれたというべきか、難業苦行の連続だろう。

 ● 山田洋次監督の喜劇

 そんななか、先日、BSフジだったと思うが、

 喜劇「馬鹿が戦車でやってくる」(山田洋次監督、主演ハナ肇、1964)

というのをみた。少し乱暴だが打算のない元少年戦車兵(ハナ肇)が故郷の村人に馬鹿にされ続けたせいで怒り狂う。挙句の果て、戦車で村人を追い掛け回すというストーリー。劇画調タッチである。それだけにペースソスというか哀感があった。

 虐げられた好人物が繰り広げる大騒動だから、村人の共感もあった。意表を突くおもしろさもあった。

 しかし、もし、国民の前に権力をもった「首相が戦車でやってきた」となれば、どうだろうか。

 それは喜劇ではなく、きわめて深刻な悲劇であろう。とても国民の共感などは得られまい。

 今から、50年も前の映画だが、論議の乱暴さ、粗雑さ続きに終始した安保法の成立という大騒動のニュースを聞きながら、聞く耳持たぬという怒りに任せ、

 権力者が馬鹿になる

ことの恐ろしさを知った。

 砲身を国民に向けた戦車のわだち(轍)の先には、何があるのだろう。

 ● 映画「博士の異常な愛情」

 もう一本、おもしろい映画をBSプレミアムシネマで最近見た。

 サスペンス仕立ての喜劇「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか」

である。この映画もさきほどの映画とほぼ同じ時期、1963年に公開されており、これまた有名なスタンリー・キューブリック監督の初期作品。キューバ危機(1962年10月)直後の作品であることから、共産主義との闘いという現実味のある映画に仕上がっていた。

 軍拡競争の無意味さ、核抑止力の欺瞞、核先制攻撃への誘惑、全面核戦争への歯止めのもろさなどが描かれている。

 これらが重なって、双方の指導者がともに意図していないのに戦争に巻き込まれるという恐ろしさを遺憾なく描いていた。喜劇風に描かれているだけに、余計に恐怖心が漂ってくる。

 この映画には、

 いくら事前に何重にも歯止め策があるといっても、それには限界があり、結局は全面戦争に引きずり込まれてしまう

という様子が、現実感をもって描かれていた。

 歯止めがあるとする安保法だが、それにも限界がある。

 ● 注記 「破滅への二時間」

 この「博士の異常な愛情」という映画には、

 『破滅への二時間』(P.ブライアント、早川書房)

という原作があるようだが、忠実な映画化ではないようだ。

 ● 補遺 

 「博士の異常な愛情」はフィクションだが、現実の

 核先制攻撃

の実態については、アメリカの核兵器開発技術者が告発した

 『核先制攻撃症候群』(岩波新書、1978)

があることを付記しておきたい。これによりキューブリック監督の映画が単なる絵空事ではないことが十分にうかがえる。

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