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2015年9月

それはメロドラマから始まった -        アメリカの戦争プロパガンダ

(2015.09.27)  ブログ子のような団塊世代の好きな映画のひとつに、イングリッド・バーグマン/ハンフリー・ボガート主演の

 「カサブランカ」(1942年11月、アメリカ国内公開)

というのがある。ドイツ占領下のモロッコを舞台にしたいわばメロドラマ。なのだが、粋な台詞やその主題歌「時の過ぎゆくままに」で今もよくテレビなどで放映されている。

 ● 戦争の大義描いた「カサブランカ」

 しかし、この映画は、孤立主義を捨ててアメリカがドイツ、イタリアに参戦(宣戦布告は1941年12月=真珠湾攻撃時)したとき、のんびり構えたアメリカ国民の戦意高揚を目的として製作された。アメリカ政府も肝いりで後押しした。なにしろ米英軍がモロッコなどドイツが占領していた北アフリカに上陸した1942年11月、そのタイミングにあわせてこの映画は公開された。製作日数はわずか半年。

 だから、俳優たちは脚本もまだ完成しないうちに、急げ、急げでともかく演技をさせられたらしい。あの有名なラストシーンだって撮影がかなり進んでいた段階になっても決まっていなかった。

 戦意高揚のためのプロパガンダ映画がメロドラマというのも今から考えると変な話なのだが、メロドラマ仕立てだと国民は戦争中でも劇場に足を運んでくれるだろうという計算が政府にも映画会社にもあった。そうなれば映画をみることで国民に前線について実感を持ってもらえると踏んだのだ。そして、事実、このメロドラマは当時の政府の思惑通り、プロパガンダ映画として成功した。

  もちろん、この映画は戦争プロパガンダを意図してつくられた作品だったから、どこにも戦場やそこで繰り広げられていたであろう悲惨な殺りくの映像は出てこない。あくまでメロドラマ仕立てであり、その中でドイツやイタリアのやり口をなにかと非難する映像があちこちにちりばめられている。

 ともかく、戦争の大義をメロドラマの訴求力で国民に伝えようという、その程度のプロパガンダなのだが、大戦中、アメリカが約200本も製作公開したプロパガンダ映像フィルムのはしりとなった作品として、映画「カサブランカ」は、その名を映画史に残した。

 もっとも、主演のバーグマン自身は、台本もなにもなく、急いでつくったこんなドタバタ映画は失敗作だと思い、公開後、数十年にわたって一度も見なかったというから驚きだ。

 ● 占領硫黄島の星条旗〝事件〟

 そして、大戦も終盤になると、激しい戦闘シーン、凄惨なシーンもアメリカ国民に知らせることで米政府は国民の敵愾心をあおりたてた。そのプロパガンダ映像を戦時国債の調達達成に結び付けようとした。勝った勝ったでは、国民から戦費は集まらない。危機感を醸成するためあえて国民にアメリカ兵の戦っている悲惨な戦場の現実を公開した。

 そうした中でつくられたのが、〝捏造〟の

 硫黄島占領の星条旗事件(1944年2月)

である。悲惨な現実を紹介すると同時に、もうひと踏ん張りすれば、日本に勝利するというメッセージを、あの硫黄島の山頂に今まさに掲げようとしていた星条旗に込めた。ここには泥沼の戦場の現実は巧みに隠されていた。

 プロパガンダ映画の目的というのは、映像が活字やラジオよりも直接的で、わかりやすいメディアである点を巧みに利用し、不都合な真実を切り貼りで操作、もって世論を一定の方向に操作すること

であることがよくわかる。戦後、アメリカの大学などで、社会学の一分野としてメディア論が盛んに研究されるようになったのも、こうした背景があった。

 ● 劇場映画から茶の間のテレビへ ベトナム戦争

 「映像の世紀」といわれる20世紀だが、劇場のニュース映像、映画から一般家庭のテレビが情報源として一般的になった1960年代。

 アメリカの戦争映像戦略は当時のベトナム戦争により大きく変化した。リアルタイムで戦争の悲惨な現実が家庭に、ほぼ検閲なしに、映し出される時代になってきたからだ。

 しかし、それでも、米国民がベトナム戦争の最前線で何が起きているのか、深く想像することはなかなか難しかった。 

 米国民がベトナム戦争の凄惨さとその真実を知ったのは、これまた変な話だが、古いメディアと思われていた1980年代の映画だった。具体的には、ベトナム戦争の実態は、その終結から10年以上も後に、参加した元兵士の実体験をもとに製作された

 「プラトーン」(O.ストーン監督、1986年)

だった。表面的ではない兵士たちの戦場心理にまで立ち入ってジャングルのなかの戦場を描いた。このことが米国民に大きな反響を呼んだ。

 米国民がベトナム戦争の現実を知ったのは、戦争終結の10年もあと

だったのだ。

 こうしたことから、アメリカの映像戦略はふたたび大きく変化し、1990年代の湾岸戦争以後、ジャーナリストに対し、情報操作にことのほか神経を使うようになる

 ● 映像の世紀のむずかしさ

 一時、バーグマンの恋人でもあった戦場カメラマン、ロバート・キャパが戦場で地雷を踏んでなくなって60年、この現状をどう思うだろう。

 きっと、

 「オレのついたウソなんて、ウソのうちには入らない」

というだろう。

 彼を一躍世界的に有名にしたスペイン内戦の一枚

 「崩れ落ちる兵士」(1937年)

のことだろう。映像の世紀においては、むしろ真実を伝えることのむずかしさ、真実を嗅ぎ分けることの困難さを痛感させる。

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斬りたいから斬る 「大菩薩峠 完結編」

(2015.09.25)  中里介山の未完の超々大長編時代小説『大菩薩峠』を原作とする映画

 「大菩薩峠 完結編」(森一生監督、市川雷蔵主演、大映、1961)

をBSプレミアムシネマで、先日見た。三部作のうちの最後なのだが、大正時代から30年近くも書き続け、真珠湾攻撃が始まろうとしていたときになってもなお書き終わらなかったといういわくつきの作品である。

 原作は名だたる作家たちも高く評価していたというのだが、連載中の、しかも未完の小説が高く評価されるというのもおかしな話。しかも、原作は未完なのに、映画のほうは完結編となっているのも変。それなのに、戦前から1960年代までの戦後を通じて、4回も映画化されている。

 暇なこともあり、何がこの作品を引き付けているのか、映画の完結編から探ってみたいと思った。

 完結編では、盲人になってしまっていたが、音無しの秘剣の使い手、机(つくえ)竜之助を中心に物語が進行する。「斬りたいから、人を斬る」というのが机の考え。

 物語は、幕末の山梨県の大菩薩峠での机の人斬りから始まる。そして、そのかたき打ちをめぐって、おいつおわれつで全国を駆け回る。

 そして、途中には新撰組の話も出てくるのだが、完結編では、再び笛吹川の上流、大菩薩峠の故郷に戻ってくる。そこで最後の果し合いが行われる。のだが、突如、川が大氾濫。机は、果し合いの最中、わが子の名前を叫びながら、その濁流にのまれ、消えていく。

 ● 業や業苦を描いたのか

 単純に考えれば、そのあわれな姿に、人斬りという原因と、その報いという結果、つまり仏教思想の

 因果応報

を象徴させたともいえる。具体的に、そして矮小化して言えば、

 敵討ちの無意味さ

を象徴させていたともいえる。

 ただ、それだけのことを言うのに、30年もの間書き続けなければならなかったというのも、おかしな話。この作品にはそうした勧善懲悪をこえた何かがあるようにも思えたが、映画を見ている間にはそれが何であるかはわからなかった。

 ただわかったのは、この映画は、単なるチャンバラ映画、ヤクザ映画ではないということぐらいだった。このことは、机がついに盲人になってしまったこと、そして、虚無僧として敵討ちから逃げ回っていたことでもわかる。

 では、何だといわれると、正直、よくわからなかった。映画を見た翌日思いついたのだが、あるいは原作者は、あるいは映画監督は

 理性ではどうにもならない心の動き、つまり仏教に言う「業」、それに伴う業苦

を、机を通じて描きたかったのかもしれない。

 ● ドストエフスキーの『罪と罰』か

 もしそうだとすると、この作品は、ひょっとすると、キリスト教世界での

 『罪と罰』(ドストエフスキー)

のテーマに通じるのかもしれない。ラストで濁流にのまれていく机は、孤独で罪深いラスコリーニコフにあたる。大菩薩峠のラストの意味は、仏教の世界に生きる主人公に再生はあるのかということを読者に考えさせる点にあるのかもしれない。

 これが人々をして、この作品に引き付けられる理由かもしれない。こう考えていると、小説のタイトルも作品のテーマを暗示しているかのようにも思えてきた。

 ストイックな中里にはロシア文学に傾倒した時期もあった。とはいうものの、『罪と罰』に通じるというのは、少し買いかぶり、あるいは考えすぎかもしれない。

 少なくともいえるのは、くどいようだが、この作品は単なるチャンバラ映画ではないということだ。

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ナチスドイツと現代日本

(2015.09.23)  このブログの反響というのは、たいていはあってもずいぶんとあとからである。

 なのに、昨日(9月22日)に書いた

 再論 人生に生きる価値はないか

というのの反響がきょう23日午前に届いていたのには、びっくりした。奇怪な断種法などを制定したナチスドイツについて書いた。そこではブログの中ほどに

 「番組では、それなのになぜこうした法律が堂々とまかり通ってしまったのか、そしてそれが実際にこれといった抵抗もなく、大真面目に実行されていったのか。その社会的な背景を暴きだしていた。」

と書いた。のだが、その社会的な背景について、届いたお便りにはきわめて具体的に背景が指摘されていた。

 そして、丁寧に、きちんとした文献まで届けてくれていた。講談社読書人の雑誌「本」2015年9月号の巻頭特別企画

 ナチスドイツと現代日本

という石田勇治さん(東大大学院総合文化研究科教授)の論考である。

 石田さんには近著『ヒットラーとナチスドイツ』(講談社現代新書)がある。この特別企画はそのことを念頭に、安倍政権のきな臭さを指摘させていた。

 背景について、たとえば

 「ヴァイマル憲法は大統領の大権について「詳細は、共和国の法律でこれを定める」(第48条第5項)としながら、結局それを定めず、(国会から立法権を全権委任された)時の権力者の恣意的な解釈を許しました。それが大統領の大権の(全権委任された政府による)濫用につながり、国会の形骸化を招き、ひいてはヒットラー政権をもたらしたのです。」

と書いている。大統領大権を定めた憲法を、ヒットラーは改正手続きをせずに恣意的解釈で骨抜きにし、独裁への道を突き進んだというのだ。

 こうした事実を踏まえ、論考は、次のような文章で締めくくっている。

 「憲法の条文を時の政府が勝手に解釈して、憲法の実質的な骨抜き=形骸化をはかることなどあってはならないことです。戦後70年、道を誤って独裁と戦争を招来することがないよう、過去の人類の失敗の歴史をふりかえることは、大切なことのように思います」

 はっきり言えば、

 今回、安倍首相のやったことは、1930年代のナチス政権下でアドルフ・ヒットラーがやったのと同じ巧妙な手法だった

と言っているのだ。

 これからの安倍政権の動きとともに記憶にとどめたい指摘であろう。

 ご教示いただいた読者に感謝したい。

  ● 補遺 2015年9月24日 記

 上記のブログを書いた、その翌日、24日にも、なんと次のような反応(要約)が読者から帰ってきた。

 成立した安保法では、海外派兵をはじめから目的するような集団的自衛権の発動は安倍政権といえどもできない。ものの、派遣した先において結果的に海外派兵となり得るということまでは否定していない。派兵含みの派遣である。この点については国会は今回時の政府に「白紙委任」している。国会の判断で発動をコントロールできない。これは、ヒットラー政権下のやり口と同じである。

  ジャーナリズムについて時々は掲載するものの、この理系ブログにも、これほど素早い反応が表れるとは思ってもみなかった。

 なお、この読者は、歴史修正主義の「安倍首相は軍服を着ていないか」と指摘している現代史家、保坂正康氏の近著も紹介してくれていた。

 『安倍首相の「歴史観」を問う』(講談社)

である。一度、読んでみたい気持になった。

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「私は死なないと思う」 久しぶりの名言

(2015.09.22) 一週間ほど前なのだが、こじんまりとした会合で、御歳91歳というから、ブログ子よりも二回りも先輩の一人暮らし女性の話をうかがった。

 歴史好きで史跡を訪ねる。それも一人、山歩きをするという話だった。それもしばしばだという。

 歴史は好きだが、臆病で悲観症のブログ子など、つい、クマなどが出てくるかもしれない、恐くないのですかとかなんとか、質問をしたりした。

 すると、なんと

 「私は死なないと思う」

と笑顔で答えてくれた。集まった皆さんも、あっけに取られた風だった。

 ブログ子も、久々に聞いた

 生きた名言

だと感心した。いかにも人生、楽天的に生きたいという大正生まれのおおらかさがあり、心にしみた。

 人生、こうありたいものだ。

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再論 人生に生きる価値はないか 

(2015.09.22)  ずいぶん以前だが、

 『人生に生きる価値はない』(新潮文庫)

を紹介したことがある。人生、所詮暇つぶしというなど、かなりひねくれた哲学者、中島義道氏の著作。くだくだと持って回った言い方を端折って、言っていることを簡単にまとめると、

 人は人、オレはオレ。ジタバタせず、短い人生「明るいニヒリズム」で行こう

というものだ。気楽な哲学者のたわごとと言ってしまえば、それまでの他愛ない本だともいえよう。

 確かに、人生に、だれにでもあてはまるような、そしていつの時代にもあてはまるような価値なんかないかもしれない。

 しかし、これとは別に、人生に生きる価値はあるか、ないかという問題には、実は哲学論争とは別の深刻な現実があること気づかされるような番組を見た。

 最近見た「戦後70年 障害者と戦争」(Eテレ)である。

 〝生きる価値がない〟命の選別

という番組で、具体的な事例として1930年代のナチス・ドイツ政権下における障害者に対する

 強制断種法の現実

を取り上げていた。これは、よい遺伝子を残し、悪い遺伝子を子孫に残さないための優生学的な手術を強制する法律である。遺伝病、ろうあ者、精神障害者、そううつ病患者などは労働力にならないのだから、生きる価値がないとして、ドイツ人、ユダヤ人約20万人とも言われる人々が毒ガス室送りにされたという。

 今から考えると、社会にとってよい遺伝子とか、悪い遺伝子というものがあるわけがないのは自明であり、優生学の誤りは明らか。だが、たとえ仮に、そんな遺伝子があるとしても、人間の価値が労働力のあるなしだけで決められるものではないことも自明。

 番組では、それなのになぜこうした法律が堂々とまかり通ってしまったのか、そしてそれが実際にこれといった抵抗もなく、大真面目に実行されていったのか。その社会的な背景を暴きだしていた。

 そのなかには、健常者だけでなく、障害者自身にも問題があり、時の政権にすり寄らざるを得なかった事情にまで番組は踏み込んでいた。

 こうしたことを考えると、現代でも、悪い遺伝子を持って生まれてくることのないようとの医療側の善意あふれる考えで普及し始めている

 出生前診断

の是非が問われるだろう。こちらのほうは生まれてくる前にきちんとした医学に基づいて選別できるというだけに、なお恐ろしいとも言える。

 命の選別は過去の話ではない。そんなことにも気づかせてくれた番組だった。 

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馬鹿が戦車(タンク)でやってくる

(2015.09.22)  しばらくこのブログを書かずにいたら、いつのまにか、安保法案が参院を通過、成立してしまっていた。違憲性の強い安保法は難産だったが、これからも事あるごとに訴訟が提起されるなど、のろわれたというべきか、難業苦行の連続だろう。

 ● 山田洋次監督の喜劇

 そんななか、先日、BSフジだったと思うが、

 喜劇「馬鹿が戦車でやってくる」(山田洋次監督、主演ハナ肇、1964)

というのをみた。少し乱暴だが打算のない元少年戦車兵(ハナ肇)が故郷の村人に馬鹿にされ続けたせいで怒り狂う。挙句の果て、戦車で村人を追い掛け回すというストーリー。劇画調タッチである。それだけにペースソスというか哀感があった。

 虐げられた好人物が繰り広げる大騒動だから、村人の共感もあった。意表を突くおもしろさもあった。

 しかし、もし、国民の前に権力をもった「首相が戦車でやってきた」となれば、どうだろうか。

 それは喜劇ではなく、きわめて深刻な悲劇であろう。とても国民の共感などは得られまい。

 今から、50年も前の映画だが、論議の乱暴さ、粗雑さ続きに終始した安保法の成立という大騒動のニュースを聞きながら、聞く耳持たぬという怒りに任せ、

 権力者が馬鹿になる

ことの恐ろしさを知った。

 砲身を国民に向けた戦車のわだち(轍)の先には、何があるのだろう。

 ● 映画「博士の異常な愛情」

 もう一本、おもしろい映画をBSプレミアムシネマで最近見た。

 サスペンス仕立ての喜劇「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか」

である。この映画もさきほどの映画とほぼ同じ時期、1963年に公開されており、これまた有名なスタンリー・キューブリック監督の初期作品。キューバ危機(1962年10月)直後の作品であることから、共産主義との闘いという現実味のある映画に仕上がっていた。

 軍拡競争の無意味さ、核抑止力の欺瞞、核先制攻撃への誘惑、全面核戦争への歯止めのもろさなどが描かれている。

 これらが重なって、双方の指導者がともに意図していないのに戦争に巻き込まれるという恐ろしさを遺憾なく描いていた。喜劇風に描かれているだけに、余計に恐怖心が漂ってくる。

 この映画には、

 いくら事前に何重にも歯止め策があるといっても、それには限界があり、結局は全面戦争に引きずり込まれてしまう

という様子が、現実感をもって描かれていた。

 歯止めがあるとする安保法だが、それにも限界がある。

 ● 注記 「破滅への二時間」

 この「博士の異常な愛情」という映画には、

 『破滅への二時間』(P.ブライアント、早川書房)

という原作があるようだが、忠実な映画化ではないようだ。

 ● 補遺 

 「博士の異常な愛情」はフィクションだが、現実の

 核先制攻撃

の実態については、アメリカの核兵器開発技術者が告発した

 『核先制攻撃症候群』(岩波新書、1978)

があることを付記しておきたい。これによりキューブリック監督の映画が単なる絵空事ではないことが十分にうかがえる。

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能登はやさしや人はなし 国勢調査の月に

(2015.09.15)  この9月は、5年に一度の「国勢調査」の時期に当たっている。ブログ子の家にも、初となるネット国勢調査のお願いが届いた。日本の人口が本格的に減少しはじめてからはじめて実施される点でも、注目される。

 かつてブログ子は金沢暮らしを20年経験したのだが、能登半島についてよく聞いたのが、

 能登はやさしや土までも

という地元の言い方。なんども能登を訪れたが、そうだなあ、と今も思っている。

 しかし、ちょっと意地悪な加賀人(加賀市など石川県南部地域)のなかには

 能登はやさしや人殺し

と言い換えている。この言い方の文脈は、人生なれの果て、

 越中(富山県)強盗、加賀乞食、能登はやさしや人殺し

というものであり、どっちもどっちというところだろう(現に、今ブログ子の暮らす静岡県にも、似たような駿河乞食、遠州強盗、伊豆詐欺という言い方がまだ残っている)。

 ● 県内9つのうち能登半島には8つの消滅都市

 先日深夜、日テレ系のテレビを見ていたら

 能登消滅 9分の8の衝撃

というのを放送していた(再放送。製作は地元のテレビ金沢)。

 ブログ子もずいぶんとお世話になったテレビ局なのだが、この番組をみて、

 能登はやさしや人はなし

という衝撃を受けた。というよりも、正直に言えば、そうだろうなあという寂しさを覚えた。いまや能登半島は人殺しすらできない状況に陥っているのだ。

 なんと、石川県の、いま話題の「消滅可能性都市」は9自治体。このうち、加賀市を除けば、すべて能登半島にある。

 去年秋口から全国的に話題になっている消滅可能性都市とは、このままでは

   2010年を起点に、2040年までの30年間に、子供を生んでくれる若年女性(20代、30代)の数が半分以上も減ってしまう自治体

のこと(増田寛也『地方消滅』(中公新書、2014)。

  石川県について言えば、加賀市を除けば、消滅都市はすべて能登にあり、減少率を具体的に書けば、

 七尾市(59.5%減)、輪島市(66.6%減)、珠洲市(71.0%減)、羽咋市(69.6%減)、志賀町(54.8%減)、宝達志水町(63.1%減)、穴水町(73.3%減)、能登町(81.3%減)

という状況である。

 能登の自治体はほぼ〝全滅〟なのだ。とくに能登町の8割強の減少というのは、衝撃的であり、番組でも最初にその現状ルポが紹介されていた。

 ● このままでは秋田県はほぼ全滅

 和倉には日本一の優良温泉旅館があり、夏には石崎(いっさき)のキリコ祭りでにぎわうあの能登の中心都市、七尾市でさえ、このままでは25年後には消滅しかねない。その意味は、自治体として事実上、もはや後戻りのきかない脳死状態に陥るということだ。それはまた、このままでは自治体は行政機能を停止せざるを得ない日が来ることを意味する。 

 上記の『地方消滅』によると、石川県内に限らず、全国約1800自治体のうち、半数の約900が消滅都市になる可能性がある。

 なかでも秋田県では、石川県よりも事態は深刻で、大潟村を除けば、このままではすべての自治体が今後25年で〝消滅〟することになる。つまり行政が機能を停止せざるを得ない事態に陥る。

 このままでは25年後には石川県は能登半島がほぼ〝全滅〟だが、秋田県では県庁所在地、秋田市もろとも全県が全滅しかねない。

 ● 100年後の日本の人口、今の3分の1 

 日本の人口は2008年に約1億3000万人とピークに達した。その後人口は減り続け、このままでは2050年前後には1億人を切る(中位推計)。さらに今から100年後には約4000万人。なんと、これは今の人口の3分の1である。

 今回の国勢調査を

 地方創生

にいかに生かすか、そんな思いがしてならない。とくに、若年女性のしっかりしたデータを把握したいものだ。

 こどもを生むことのできるこの世代の女性は、すこしオーバーに言えば、日本を生かすも殺すもできるかぎを握っている。

 日本はやさしや人はなし

では、日本は本当に滅亡する。

  ● 補遺 静岡県では

 静岡県内には35自治体がある。上記の『地方消滅』によると、そのうち、11自治体、つまり3分の一が消滅可能性自治体。

 こどもの産める若年女性の減少率の筆頭は

 川根本町(71.1% 減少)

である。消滅都市はまぬがれたが、政令指定都市で県庁所在地の静岡市ですら、減少率は40.1%。政令市の浜松市も38.3%。かろうじて50%以下にとどまっているに過ぎない。伊豆半島の南部も相当深刻。

 逆に消滅とは無縁の自治体は、静岡県内では長泉町(減少率7.1%)ただひとつしかないというのは衝撃的である。

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公開から1年、「吉田調書」の教訓とは何か

(2015.09.14)  BS-TBS週刊報道LIFEで、先日、9月13日日曜日夜

 専門家と読む「吉田調書」

という特集を放送していた。福島原発事故で所長というか、原発事故の対応本部長として、吉田昌郎所長はどのような指示、行動、決断をしたのかについて、非公開を条件に政府が詳細に聞き取った調書の検証である。A4の大きさにして400ページ以上もある証言記録から、何を学ぶかというのがテーマ。科学ジャーナリストがゲスト解説者役をしていた。

 ● 見ごたえのあったTBS検証報道

 事故対応にあたった吉田さんは、事態の深刻さから死を覚悟したほどだから、この証言には、記憶の混乱はあったとしても、意図的なウソはないだろう。それだけに、教訓も多いはずだ。

 事故直後に複数発表された事故調報告とは違い、事故対応に直接かかわった当事者の証言という別の角度からの検証であり、何が問題だったのか、調書をもとに冷静にしかし生々しさをもって考えることができていた。

 さらに調書公開から1年というさまざまな観点から検討のできる時間的な余裕があったことから、放送に先立って2人の専門家に取材するなどの周到さも発揮している。吉田さんの対応の限界も指摘するなど、総じて、見ごたえ、聞きごたえのある誠実な番組だったと思う。

 専門家として、

 『メルトダウン』の著書もある田辺文也氏(元原子力研究所主幹、社会技術システム安全研究所主宰)

と、

 原子炉設計技術者の田中三彦氏(元国会事故調委員=黒川委員会)

だった。スタジオに科学ジャーナリストをゲストとして招くなども含めて、メリハリのある人選だったと思う。

 ● 正常時と異常時の対応、区別を  2つの教訓

 結論として、二人の専門家によって指摘された教訓は以下の通り。

 第一。

 吉田さんは、事故当時所長をしていたが、所長をしていたがゆえに、全電源喪失という異常事態にもかかわらず、通常通り、自動的に、つまり規則どおり、災害対策本部長として指揮を執り続けざるを得なかった。しかし、これは適切ではなかったのではないか。

 アメリカ、ロシアなど諸外国では、原発事故については、原子炉事故に精通した危機管理の専門家が法的に整備され、対応している。

 吉田さんは補修課(正常時のメンテナンスを担当する部署)出身であり、シビアアクシデントという異常時の危機対応が担える専門家ではない。航空機が飛行中に何らかの異常事故に遭遇した場合、地上の整備士では対応できない。すくなくとも危機対応の能力のあるベテラン機長でなければ、墜落を食い止めることは無理。

 事実、吉田さんは調書で復水器(IC)の存在を知らなかったと証言している。知っていれば、全電源喪失であっても、少なくとも2号機、3号機のメルトダウンはなかった可能性が高いという。

 また、本部長が危機対応の専門家ではなかったことは、事態を深刻さの度合い別に3段階に分けてあらかじめ定められていた危機対応のマニュアルがあったのに、無視するという事態につながってしまった。その結果、この無視は事故をより一層深刻化させた可能性が高いという。

 第二。

 原発の安全性を確保するハード技術は数十年前に比べて、格段に向上した。しかし、それだけでは原発の安全を確保することは困難という認識を持つべきであるという教訓が第二。

 深刻な危機に立ったとき、安全を確保するためのオペレーション技術と、それを的確に運用できる人材の育成が不可欠であり、急務である。

 ● 吉田さんが訴えたかったこと

 以上の2点をまとめると、

 正常時と異常時とは、組織論的にも、人材論的にも明確に区別し、対応する。これが吉田調書から学ぶことだろう。正常時の専門家が異常時も的確に対応できるというのは誤解である。死を覚悟したという吉田さんは、そんなことを調書で語りかけているといえる。

 しかし、再稼働が始まろうとしている今になっても、その区別が組織論的にも、人材論的にも確立していない。

 吉田さんが、この事態を知ったら、なんといって嘆くだろう。 

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異次元的に劣る原発の再稼働は賢い選択か

(2015.09.04)  まもなく、鹿児島県の川内原発が再稼働する。

 ひさしぶりに、ジャーナリストの柳田邦男さんとともに、福島原発の政府事故調査・検証委員会(政府事故調)の委員だった吉岡斉(ひとし、九州大大学院教授、科学社会学)さんの

 視点・論点(Eテレ、9月2日放送)

を拝見した。もちろん、主張は

 再稼働などもってのほか

という内容の主張だ。が、事故から4年半がたち、事故前の原発54基から43基に11基も減ってしまった現時点において、どういう理由で再稼働に反対するのか、という点にブログ子は興味をもった。

 ● 素性の悪い劣った電源

 10分間の話の結論は、

 比較にならないほど極端に劣ったという意味で、異次元的といってもいいほどに劣った技術の原発を、(原発比率の国策設定目標20%強を維持するためと称して)わざわざ税金を投入してまで再稼働させるのは、国策としてとうてい賢い選択ではない

というものであった。

 異次元的に劣った技術というのは、具体的にはほかの電源とは比較できないほど被害が大規模で、また多岐にわたること、廃炉などバックエンドまで考慮すると、1KWh当たり10数円と、ほかの電源に比べて、かなり高コストであること-などを挙げていた。比率の設定目標を今後維持するためには現行の原則40年運転規制を、危険な老朽原発と知りつつもだましだまし60年に延長せざるを得ないという非常識な点も指摘していた。

 このことから、吉岡さんは

 原発は素性の悪い、劣った電源技術

と明確に言い切っていたのが印象的だった。

 当然ながら、ブログ子もこの主張に賛成したい。

 それというのも、以下のような事実も最近明らかになっているからだ。

 ● 太陽光、いまやピーク時の約1割賄う

 日本においては太陽光の年間を通じた発電量は、欧米、とくにドイツに比べてかなり低く全電源をあわせた総電力量のわずか2%程度しか賄えないのが現状。

 ところが、

 9月3日付朝日新聞1面の記事

 今夏ピーク時の電力供給

によると、ピーク時に限れば、

 太陽光による最大賄い電力量は合計で約1500万KW

だった。ピークの時期は9電力会社とも8月上旬(時間帯はその日の正午前後)だった。この時期は太陽光の発電能力が強い日差しなどで当然ながら、年間で一番高まるのだが、この発電量は大型原発10数基分の能力に相当する。廃炉になった11基分を、天候に左右されるなどの一部制約はあるものの、太陽光発電で基本的にカバーできる発電量である。

 別の見方をすれば、この賄い分は、9社全体のピーク時の電力需要の約1割。

 成績のよかった九州電力では、ピーク時間帯だけに限れば、なんと約25%も賄えたのだ。

 つまり、一番、出力に余裕がなくなり、逼迫するときに太陽光は頼れる電源として、その存在をアピールできることが、実績値で確かめられたといえる。

 ちなみに、ブログ子の暮らすエリアをカバーする中部電力では、

 8月上旬における太陽光発電カバー率は約11%。

 日照条件のよさ、あるいは太陽光発電設備に都合のいい広い好適地の確保のしやすさなどで、その賄い比率にばらつきが出たといえる。

 電力が逼迫する夏こそ、太陽光発電の出番

という素性のいい太陽光発電の時代が、もうそこまで来ている。

 この面でも、

 基幹電源に不可欠な安定供給といういい面はあるものの、原発はそれほど魅力的な技術

といえないかもしれない。劣った技術というのも、言いえて妙である。

 太陽光の賄い、2%という思い込みを、ブログ子もこれからはあらためたい。10%時代なのだ。

 ● そろそろ太陽光発電の買取制度の見直しも

 ただ、問題もある。

 太陽光で発電した割高の買い取り電力については、すべての利用者が、割高分の負担を連帯して支払っている。この制度では電力会社の買い取りに伴う負担はすべて利用者負担としているため、ない。

 調べてみると、ブログ子の家では、使用電力料金に上乗せされて電力会社に支払うこの

 再エネ発電促進賦課金は毎月200円台

であることが、支払い明細書でわかる(電力会社ごとに少しずつ異なるが、全国平均では400円台)。3、4年前にこの制度がスタートしたときには、たしか毎月100円台以下だったから、倍増である。

 促進を前提に、適切な水準に向けて賦課金のあり方を再検討をする時期に来ていると思う。

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インチキ疑惑のきっかけはネット指摘    - 五輪エンブレムとSTAP論文

(2015.09.04)  ネットの威力をまざまざと見せ付けたインチキ疑惑が

 最近の五輪エンブレム辞退騒ぎと、昨年のSTAP論文取り下げのドタバタ劇

である。いずれも論文やイラストが公表されてわずか1か月かそこらで、ネットからの疑惑指摘が殺到。原作者がせっかく射止めたエンブレム採用を辞退したり、執筆者が国際的に一流の学術誌に掲載されたのにその論文を取り下げざるを得なくなったりするなどその方向性がみえてしまった。

 ここからいえることを一言で言えば

 うすらぐ専門家の存在意義

ということだろう。もはや専門家であるという上から目線は通用しなくなった。素人にはわからないのだから、専門家に任せなさいともいえなくなった。

 ネットの功罪はいろいろある。ようだが、透明性の確保という点では、ネットはきわめて有用であることを事実でもって示したといえよう。

 採用決定前に一定期間、ネット公開するなど問題がないかどうかなど、不正を排除する透明性確保の具体策が本気で必要になってきたといえそうだ。

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