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もう一つの「アウシュビッツ」 戦争と障害者

(2015.08.27) ブログ子は宇宙が大好きなので、当然ながら、地動説をとなえたポーランド人、コペルニクスをとても尊敬している。

 彼はポーランド南部の古都、クラクフの牧師だった。1980年代、そんな関係で友人のポーランド人の案内でこの美しい町を歩いたことがある。ちょっと暗い感じの街なのだが、どんより曇った天候など、暗鬱な日本海側の雪国育ちのブログ子としては、むしろ心が落ち着き、いい印象を持った。コペルニクスが歩いたであろう街角をうろうろと散策した日々を思い出す。

 だが、この街の西方、100キロぐらいのところに、アウシュビッツ(ポーランド語では、オシフィエンチム)ユダヤ人強制収容所があると知らされたときには、びっくりしたのを今も覚えている。なんともいえない、ドイツ現代史の不気味な暗さを感じた。

 ● ハダマー精神病院の地下室で

 ところが、先日、EテレのハートネットTV「戦争と障害者」というのを見ていたら、ナチス政権下のドイツ国内には、

 もう一つの「アウシュビッツ」

があるという趣旨のドキュメンタリー番組を放送していた。こちらは、ユダヤ人が対象ではなく、ドイツ人障害者が対象。医学的には誤ったナチスの優生遺伝政策に基づいた

 20万人虐殺(ガス安楽死)計画、T4

という内容だった。舞台となった施設のひとつ、ハダマー精神病院地下のタイル張りガス室が紹介されていた。ハダマーというのは、ドイツ中西部のフランクフルトの近く、コブレンツという都市の近郊にある小さな町らしい。日本の視覚障害者が取材に訪れるという趣向で番組は進行していた。

 ここでのさまざまな実験、リハーサルがやがてユダヤ人大量虐殺に利用されたという。

 先日はまた、この番組の続編として、

 ユダヤ人障害者の迫害

も紹介されていた。

 ● 弱い立場の人々側に立つ

 そして、ふと思った。こうした迫害はナチスドイツだけの遠い話だろうか。

 そう思っていたら、日本でも戦争末期、昭和19年に、伊豆大島にあった知的障害者の自立ための

 クリスチャン立の民間施設、藤倉学園

で、島の軍事要塞化のため強制立ち退きを迫られるという事件がおきていた。このことを、同じハートネットTV番組の姉妹編放送で知った。知的障害者の子供たちの施設だが、軍事要塞化に伴う軍の強い要請で山梨県清里に障害者が疎開させられるというドキュメンタリーである。

 いずれの番組をみても、結局、戦争の犠牲というのは、弱いものに押し付けられる、しわ寄がいくという現実を見せ付けられたように思う。

 これは、何も戦争中だけのことではない。戦後の差別、ハンセン病隔離政策でも、障害者や患者に対する人権無視、やっかいもの扱い、生きる価値の軽視などその根っこについては、平和の時代が訪れても今もって同じであると気づいた。

 健常者も障害者も、自ら自律して人生を切り開くためにひとしく教育を受ける権利があり、政府にはそれを実現する義務がある。多様性を受け入れる社会こそお互いにとって健全な社会である。一つの価値観だけが大手を振ってまかり通る社会は戦時にしろ、平時にしろ、思いもしなかった方向に、しかも制御不能の形で走り出すなど、とても危険な状態に陥るということに気づくべきだろう。

 そういうことにあらためて事実をもって番組は気づかせてくれた。Eテレのスタッフ陣(河崎賢二ディレクター)のその気骨に、弱いものの立場に立つというそのジャーナリズム精神に敬意を表したいと思う。

 今、Eテレは頑張っている。

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