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軍監直政、敵ト聞テ只居ラレルモノカ

Imgp7909 (2015.07.08) 徳川家康がなくなって、今年でちょうど400年ということで、ブログ子の暮らす浜松などの東海地方では

 家康公400年祭

が趣向をこらして、去年あたりからあちこちでにぎやかに開かれている。そんななか、先日、家康の、いわゆる四天王のひとり、

 戦国武将、井伊直政

に関する講演会が、直政の菩提寺、龍譚寺(りょうたんじ)のある浜松市北区で開かれた(写真上)。井伊家とか井伊氏といえば、今の滋賀県の彦根藩を思い出す。しかし、それは直政やその嫡男(次男)、直孝が出世し、大名になった後の話。もともとは、浜松市北区の浜名湖北岸井伊谷あたりの出らしい。だから、井伊家は滋賀県の大名というよりも、浜松市が〝本家〟というわけだ。

 講演は、家康の出身地、愛知県岡崎市で長年家康研究に従事し、現在は同市で歴史教室を主宰する市橋章男氏。

 ブログ子の関心事は、そんな二人がどういう経緯で出会ったか、ということ。

 Imgp7920 家康は、1568-69年にかけて岡崎から井伊谷を経由、浜松城というルートで遠州侵攻を成功させる。井伊谷城には直政の父親で城主、井伊直親がおり、どうやら反今川派としてこの侵攻を積極的に支援したらしい。直親はその後、今川方に殺されてしまう。家康も、その後、信玄との三方ヶ原合戦(1572年)で大敗する。そんな殺伐としたなか、やがて3年後の1575年、浜松城(曳馬城)から井伊谷あたりに鷹狩にきていた家康は、わずか15歳の直政と出会う。

 このとき直政は、井伊家の衰亡のなか、井伊家の嫡男ではあるもののすでに他家の養子になっていた。しかし、出会いでの名乗りは井伊万千代。遠州侵攻が首尾よく成功したのも直政の手引きその他の功績である。そう考えた家康は、このとき直政をただちに取り立て、井伊家再興を督励したという。

 それから9年後、秀吉軍に圧勝した家康の小牧・長久手の戦いで

 「先鋒の将として、赤備え隊を率いて参戦、武功をあげる。」(下記の著作年表)

 このように二人の出会いは、偶然であった。

 しかし、これが直政を一国人から戦国大名にスピード出世させる出発点となった(講演会で販売されていた著作(左上の写真)に基づき経緯を要約)。この著作は、

 井伊直政の生涯とその時代背景 家康との関連年表から

といった内容になっており、おもしろい。この著作の著者(編集者)は龍譚寺の前住職、武藤全裕氏= 写真下は講演会場で親しい参加者と言葉を交わす様子)。

 こうした出会いもおもしろいのだが、講演やこの著作からは直政の

 肉声

まではなかなか聞こえてこなかった。

 Imgp7916 ただ、一つ、著作年表には、家康とともに出陣した関ヶ原の合戦での肉声エピソードが載っている。

 戦うことを義務付けられていない軍監だったが、敵中突破で敗走する島津義弘大将に対し、

 「敵ト聞テ只居ラレルモノカ」

とばかり、軍監だというのも忘れ、自ら猛追撃したという(同著作より)。直政の行動の勇猛果敢さを物語るものだろう。

 そのほか、この著作には、こうした肉声ではないものの直政の生き方をほうふつさせる事跡が多く並べられている。

 たとえば、直政の嫡男、直孝もこの直政の性格を受け継いだのか、直政がなくなってから12年後の

 大坂冬の陣

では、

 「直孝率いる井伊隊、(大坂)城南の「真田出丸」に対峙、直孝、軍令に反し攻撃し、多大の犠牲を出す。」

とこの年表にある。

 年表をみていると、仮にこれが直政だったら、どうだったろうかと想像してしまう。

 おそらく、嫡男、直孝と同様、自慢の赤備え隊は、先陣を切っていたのではないか。そうなれば、秀吉方の真田軍をずいぶんと苦しめたことであろう。

 ひょっとすると、翌年の夏の陣はなかったかもしれないとさえ、思った。

  以下の写真は、講演した市橋章男氏= 講演会パンフより。

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