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「紙も鉛筆もいらない」の天才物理学者

(2015.07.19)  さまざまな分野の10年先の未来を切り開く「物理学の予言者」と言われた南部陽一郎さん(94歳)がなくなった。世界的な理論物理学者であり、7年前にはノーベル物理学賞も受けている。

  Image2200_2 生まれは東京都。だが、戦前、戦後と時代はことなるが青春時代をブログ子同様、福井市内で過ごしたということで、尊敬とともに、なにかと親しみも感じていた(南部さんは旧制福井中学 = 現県立藤島高校出身)。

 一度も直接お会いしたことはない。しかし、それでもいつも気になる存在だった。

 ● 「中日」評伝が、わかりやすくベスト

 そんな関係で、7月18日付朝刊各紙の南部さん「評伝」を読んだ。各紙、大筋では似たような書き方であり、評価だった。物理学の予言者、物理学の巨人という見出しが多い。

 もちろん、それで一応は当たっているのだが、何かもう少し物足りないというのがブログ子の感想だった。

 ともかく、一般読者にとって理解しやすいという意味で、出来のよいものから順位をつけてみた。

 記者の体験を交えた「中日」が1位(注記参照)。評伝の見出しも「10年先見通す「予言者」」とわかりやすい。2位が優等生らしいバランスのとれた「朝日」。

 意外な出来だったのが、3位の「日経」。

 見出しは常識的だったが、中身では「日本人が生んだ最高の物理学者。湯川秀樹先生や朝永振一郎先生よりもすごいと思う」と湯川さんの弟子だったノーベル賞の益川敏英さんの正直な印象をそのままズバリ、引用している。さらに「ノーベル賞を2、3回取ってもおかしくなかった」とこれまたノーベル賞の小柴昌俊さんのコメントも引用している。

 わかりやすい表現である。説得力もある。ブログ子もこの評価は正鵠を射ていると思う。

 第4位は、物理学の巨人とした「読売」。具体的な業績を上げてバランスよく解説している。しかし、一般読者にはその解説内容はチンプンカンプンだろう。せっかくの評伝がいくぶん無味乾燥になった。正確ではあるが、一般読者には理解しにくい評伝だった。

 むずかしいことを、核心をつかんでわかりやすく解説する。これが記者の腕の見せ所という観点から少し辛い点数になったかもしれない。

 しっかりした科学記者、科学担当の論説委員/編集委員の多い毎日新聞には期待した。のだが、ブログ最後にその評伝を掲載しておくので、その出来についてはブログ読者自身にお任せしたい。

 ● ブログ子の南部「評伝」

 これらの評伝を少し物足りないと書いたが、それではお前は南部さんに対してどういう評価をするのか、言ってみろといわれそうだ。

 一晩考えたのだが、その結果はこうだ。

 手足が不自由でほとんど動かせない

 「車椅子の天才物理学者」

というのはイギリスの高名なS.ホーキング博士。南部さんは

 手足が不自由でなくても、

 「紙も鉛筆もいらない」という天才物理学者

といえる。なにしろ、ある記者が紙と鉛筆でどのようにして(アイディアを)考えているのかと質問。これに対し

 「紙の上で考えるより、数式を頭の中だけで操作、(新しいアイディアを)考えている。そのほうが正確ですから」

と語ったというエピソードが残っている。複雑な理論物理の計算を頭の中だけで処理しているというのだ。理系出身のブログ子だが、これはおどろくべき才能だと断言できる。

 「中日」評伝のサブ見出しには

 不出世の物理学者

とあったが、これを具体的に、かつ一本見出しで表現してみた。

 ● 南部さん「最後の予言」

 そんな不出世の予言者の「最後の予言」を紹介しておく。

 今の現代物理学の基礎理論、つまり素粒子の標準理論が予想する超対称性粒子の存在についてある記者から問われた南部さん、

 「超対称性粒子は存在しないと思う」

と、多くの物理学者の予想とは異なる大胆な確信を公の場で語っている。10年先が見通せる予言者の面目躍如たる発言ではないだろうか。

  こうした粒子の探索はすでにヨーロッパでは始まっている。存在しないということを証明するのは厳密にはむずかしい。しかし、10年ぐらい先には、この確信が正しいのかどうか、その方向性はわかるだろう。

 予言が当たっていれば、大統一理論への新たな道が模索されることになる。それとも、意外な方向から示唆を得て、今の標準理論が完成するのだろうか。

 それはともかく、南部陽一郎さんのご冥福を祈りたい。

  ● 『素粒子の宴』(初版1979年)から

 この最後の予言に関して、おもしろいのは、対称性の自発的破れや研究哲学などを語った南部陽一郎インタビュー『素粒子の宴』(工作舎、1979年。上記写真は2008年発行の新装版)。南部さんはインタビューにこうこたえている。

 「(物質というのは)本当に究極的なものがあるかどうか私は疑問ですねえ。」「現在知られているもの、それだけで世界観を閉じてしまう考え方はきらいなんです。世界はどこまでいっても無限に前進する螺旋構造で、経験的に言ってもそうなっている。」(いずれも同書p149)

 35年も前の発言だが、現在の標準理論がほぼ確立した時期のものだけに気になる。標準理論の螺旋構造の「次」とも考えられる超対称性粒子は存在しない、つまり行き止まりだという最後の予言とは整合性は取れていないからだ。

 それとも、この最後のメッセージは、素粒子は「点」ではないという弦理論の創始者としての深遠なる予言なのであろうか。

 このほか、南部さんのすごいところは、こんな発言もしていることだ。

 「ハイゼンベルグの立てた理論はあまりにもおそまつだった。新しいことは何も予言できなかったし、いままでに知られている現象をすべてひとつの方程式で説明できるんだと主張したけれど、結局全部失敗した。彼のやったことは手品にすぎません。ひとつの方程式で、と言いながら、そこには根本的原理などなかったし、美しさもなかった。」(同書p173)

 いかにも「物理学の予言者」らしい堂々たる主張である。

 ただ、

「(素)粒子がいくつも発見されて、それがいろいろな質量を持っていること、これがいまの私の最大の疑問」(同書p172)

としながらも、「それをいったいどう解決するか」については、ついに何も予言することなくこの世を去ったのは惜しまれる。

 これについてブログ子の感想をひとこと言えば、最大の関心事なのに、ついに予言できなかったこと自体、いまの標準理論がかかえる根本的な問題点を鋭く突いているのではないかと思う。

 このことと、予想される超対称性粒子が存在しないという予言とは矛盾しない。

 ● 「評伝」クリップ 

 以下の写真(= 2015年7月18日付「毎日」朝刊)、ダブルクリックで拡大できる。

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 ● 7月18日付「中日」評伝(社会面)

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