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もはや「科学者の自由な楽園」はない

Imgp7748_2  (2015.06.03)  新聞社で科学や技術担当の論説委員を長くやっていたときには、

 謹呈 著者

というしおりの入った献本を、科学者からよくいただいた。高齢者になった今では、そういう機会は滅多にない。そんななか、先日、世界的にも高名な理論物理学者、佐藤文隆さんから

 『科学者には世界がこう見える』(青土社、2014年)

というのをいただいた(写真右)。同社の月刊誌「現代思想」に1年以上にわたって連載したものを中心に一冊にまとめている。佐藤さんの近著『科学と人間』をすでに読んでいたので、その続きが読めるとあって、ありがたかった。

 ただ、この本は専門家によって書かれているせいか、いわずもがなだとばかりの省略があり、それがつながりや論理の展開をわかりづらくしている部分が多々ある。また文章表現上でも意味のとりにくいところが散見される。たとえば、一つの文章に二つのことが書かれていて、しかもその間が「だが、」でつながっていて因果関係をあいまいにしているなど。極端な場合、否定しているのか、肯定しているのかが、前後をよく読まないと不分明というところも少なくない。

 しかし、言わんとしていることはおおむね正鵠を射ているように思う。

 だから、2回読み返し、以下の結論を得た。

 ● 一歩社会に踏み込む 

 本の「帯び」には

 「スリリングにして極上、身近だけど奥深い、科学の世界へようこそ」

として、「そこには、普段私たちが見ている世界とはまったく違った光景が広がっていた」

 さらには

 「科学に絶対はない」

とも書かれている。なんとか読者をひきつけようという編集者の苦心のあとがうかがえるキャッチコピーである。だが、

 著者が本当に主張したかったのは、

 まったく違った光景の話そのものではなく、そこから考察し、一歩社会のほうに踏み込めば、もっと科学者にできることがあるじゃないかということ

ではなかったか。

 つまり、普段私たちが見ている世界とはまったく違った光景が科学者の目のなかに広がっているという今の日本の垣根状況を、科学者はただ傍観しているだけで果たしていいのだろうかという問題提起の書だと思う。その場合の光景事例として第1から第12章までを具体的に並べた。この本はむしろ自分と同じ科学者仲間に向けたメッセージととらえてもいいくらいなのだ。

 そのメッセージをひとことで言えば、

 1990年代後半以降の科学技術創造立国、日本には、もはや科学者ののびのびとした「自由な楽園」などは存在しない

ということだろう(「科学者の自由な楽園」という表現は、戦前の理化学研究所に数年間在籍した物理学者、朝永振一郎さんの当時の理研の雰囲気を評した言い方 注記参照)。もう少し佐藤さんの言いたかったことを補えば、科学者は他人任せの科学に安住しないで、もっと積極的に社会に目を向ける。かつてのマッハ主義の役割を果たそうということではないか。自由な楽園という上から目線の守りの考え方が今の科学者に科学のあるべき姿として依然として根強く残っていることを危惧している。

 このことは1990年代後半、アメリカでも起きている。楽園が奪われるという危機感をもった科学者からのいじわるな社会科学者攻撃、誤解の多いいわゆる「サイエンス・ウォーズ」を引き起こしたというわけだろう。

 ● 民主主義に寄り添って

 ではどうすればいいか。

 この本の結論的な章ともいえるのが

 第15章 科学と民主主義

なのだが、佐藤さんは、こう書いている。

 「ここで筆者(佐藤)は、科学を何か独自の目標を持つものと考えるよりは、民主主義に寄り添って社会変革の一端を担うハートの運動だと考えたい。民主主義自体にも固定した姿はないが、個々人の研鑽、努力、自助、自由などを掲げる理想主義だと考える。教育の場面での科学がより大きな役割を担うべきだろう。(科学界にいる自分たちの)「何かを守る」のではなく(社会のなかに)「何かを創り出す」ことが科学的なのである。」

 これはまさに、冷戦下という異常な状況で論じられた

 物理学者、C.P.スノーの「二つの文化」(いわゆるリード講演)

の現代版あるいは再考察なのではないかとさえ思えてくる。理系と文系の対話の断絶を解消するためイギリス教育制度の抜本改革を提唱し、1960年代に世界的な論争になった。

 こう考えると、佐藤さんが自著『科学と人間 科学が社会にできること』(2013年)で学校教育について多くを語っているのもうなずける。

 ● 科学ジャーナリズムの不在痛感

 Imgp7747_2 以上が、ブログ子の読後感である。

 佐藤さんは、第15章の最後に、合理主義一辺倒への反発から

 「公衆と科学の関係は、科学を科学研究界の内部に閉じ込めて、そこが放出する知識やプロダクトを単に(公衆が)消費する(だけの)姿に萎縮した」

との見方を提示している。その上で、この関係を抜け出し、広い意味の科学を構築するには

 四つの科学

の活性化が必要だとして、左上写真のような図を示している。

 左上角に「純粋科学」とその下角に「科学技術」。右上角に自然観などの「ワールドビュー」、右下に「社会インフラ」の図の中側に広い意味の科学がある。科学者は右側については今ほとんど語らない「お任せ科学」になっているというわけだ。

 長方形の中の「広い意味の科学」全体を活性化させるには、右側のワールドビューとか、社会インフラの活性化が必要だとしている。

 成果を踏まえた科学者側からの接近と、社会の側からの大きな問いかけの相互対話の必要性を述べたものであろう。

 ここまで、考えてきて、はたと気づいた。

 この図の右側から左側への働きかけは、そもそも

 (科学)ジャーナリストの役割

でもあるはずだ。科学者側だけの問題ではない。

 なぜなら、

 ジャーナリズムとは、

 ① よりよい社会をつくるために、

 ② 同時代に起っているありきたりではない出来事を、

 ③ 批判精神をもって価値判断し、

 ④ その結果をニュースとして、あるいは評論として、

 ⑤ より早く、

 ⑥ より正確に、

 ⑦ より公正に、

 ⑧ 社会に伝えていく、

 ⑨ 言論活動

のことだからだ。このことからもわかるように、ジャーナリズムもまた民主主義とともに生まれ、そして今日まで歩んできた。

 ところが、謹呈された本の第1章から第12章までの事例を読んで、ブログ子もかかわった科学ジャーナリズムのひ弱さを思い知らされた。

 たとえば、第1章(言論力の黄昏か)で、言葉による証拠と論理よりも、行動力ともいうべき身体による表現力のほうが人々には説得力があるようになってきたという指摘。新聞社説がほとんど読まれなくなった原因がここにありそうだと納得した。

 第2章(災害実感力の喪失)では、異常と正常を行き来できる正気がなければ、異常を異常と見抜くことはできないという指摘。起きてから騒ぐだけの科学ジャーナリズムの弱点を鋭く突いている。

 第5章(数字は使い方次第)では、「数字ツールを増やして多様な見方を手に入れたと考えるよりも、数字に身を任せることがあたかも合理的判断であるかのような錯覚に落ち込む可能性もある」との指摘は鋭い。これは、ビッグデータ時代のなかで多様な見方と称してジャーナリズムが安易に提供する分析が、

 自分に都合のいいデータだけを抽出しているのではないか

という根本的な問いかけにもつながる。

  極めつきは、第4章の量子「スーパーポジション」。マスコミの科学報道のレベルの低さを嘆いている。これなどブログ子がこの10数年業界内で嘆いたり指摘したりしてきたことと完全に一致。失礼な話だが、読みながら、無理もないと笑ってしまった。

 ここで科学ジャーナリズムの今の問題点を論ずる余裕はない。が、つづめて言えば、事件記者ばりの特ダネ主義とそこから派生する極度の科学者依存体質である。その結果は、一過性のセンセーショナルジャーナリズムであり、あとは野となれ山となれの尻切れトンボジャーナリズムとなる。

 これを要するに、一息ついたときのトコトン取材がないということである。今ここだけという刹那主義におちいりがちなこの根底には、自律した専門記者を育てにくい独特の短期サイクル人事異動という慣行がある。

 佐藤さんが第4章で語った戸惑いの原因も、ここにあるように思う。

 こう考えてくると、この本は、原発報道がその典型だが、戦後70年、いまだ日本には

 科学ジャーナリズムは不在

とのブログ子のこれまでの主張をより確信させるものとなっている。それだけに読後、忸怩たる思いにさせられた。

 ● 注記 科学者の自由な楽園

 当時の理研の楽園ぶりについて、朝永は『朝永振一郎著作集』(みすず書房、1981)第一巻「鳥獣戯画」のなかで

 科学者の自由な楽園

と題して具体的に語っている。「研究意欲をそそる」という項目では

 「(義務は何もないのに、月給はちゃんとくれることはまことによい)というと、怠け者の言にきこえるかもしれないが、本当はかえってこれほど研究に対する義務心を起こさせ、研究意欲を煽るものはないのである」

と語っている。当時の理研は「(よい)人間を集める好い環境」とも書いている。

最後は、

 「その人間の良心を信頼して全く自主的に自由にやらせてみることだ。よい研究者は、何も外から命令や指示がなくても、何が重要であるかみずから判断できるはずである」

と結んでいる。この文章の初出は1960年。『科学者の自由な楽園』(岩波文庫、2000年)にも所収。

 ● 補遺

 本の中で、とてもゆかいな話は

 雲はなぜ落ちてこないのか

という肩のこらないテーマだったことを正直に書いておきたい。つまり、

 雲のなかで雨粒ができ、それが雨となって降ってくるのに、雲自体はなぜ落ちてこないのか

というわけだ。これとの関連で、

 そもそも雲を浮かべている空気はなぜ落ちてこないのか(投げ上げたボールは落ちてくるのに)。

というのも、おもしろい。

 これには理系出身のブログ子も正答をつかむのにずいぶんてこずった。これらは決して

 雲をつかむような話

などではない。目に見えるものだけではなく、見えないものにも思考が行き届く。わかりやすい例で、科学的とはそういうものだということを具体的に指摘していたのには、ほとほと感心した。 

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