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科学ジャーナリズム「草野球」論

Imgp75502015.05.08)  BSフジの夜の情報番組「プライムニュース」が今年を昭和90年ととらえ、先日5日、

 大宅壮一が残したもの

という切り口で、昭和メディアのあり方についてゲストともに語り合っていたのがおもしろかった。ゲストは大宅さんの三女、大宅映子さん(大宅壮一文庫理事長)や、大宅壮一門下生で、「週刊読書人」編集者の植田康夫さん(写真右= 5月5日「プライムニュース」テレビ画面より)。

 ● 大宅壮一の名言

 大宅さんは、昭和90年の前半に活躍した評論家であり、なくなったのはちょうど昭和45(1970)年。自らテレビに盛んに出演していたのにテレビ批判の「一億総白痴化」(昭和31年)という流行語を生み出したりした。昭和31年といえば、白黒テレビといえどもまだまだ普及するずいぶん以前。そんな時代にもかかわらずテレビは国民を白痴化すると喝破したその感覚の鋭さには感服するほかない。

 そんななか、門下生だった出演の植田さんが、大宅さんに

 「書評というのは、ジャーナリズムの草野球」

と軽く扱われたというあまり知られていない苦いエピソードを披露していた。当時、草野球がはやっていたが、この大宅さんの言わんとする、その心は

 プロのジャーナリストのすることではない

ということ。二流の仕事ということだろう。時代をズバリ読み解いたうまい表現である。植田さんも、苦笑いしていた。

 もっとも、翌々年の流行語に

 一億総評論家(昭和33年)

というのが登場し、評論家、大宅壮一を揶揄する返り討ちもあったらしい。

 ブログ子自身の大宅壮一像はつぎの通り。

 大衆の心に立つ。しかし、大衆とつるむのが嫌い。権力に迎合するのはもっと嫌い。もう少し、きちんとした言い方をすると、思想という主人持ちを嫌い、是々非々の「無思想の思想」( 補遺 )を貫き通そうとしたジャーナリストであり、無節操とは遠い人だった。真正面から袈裟がけに切る人だったが、そこには相手への心にしみる愛情もあった。

 こんなことを考えながら、話を聞くともなしに聞いていた。のだが、ふと、もし昭和90年の今、大宅壮一が生きていたら、科学ジャーナリズムの情けない惨状について、なんと皮肉るだろうと想像した。

 たぶん、

 科学ジャーナリズム「草野球」論

を展開しただろう。もちろん、何がしかの愛情は見せただろうが、二流の仕事、科学者のすることじゃあないと切り捨てたと思う。

 確かに、ジャーナリズムでは一流のコラムニストがいろいろと輩出したのに、科学評論では登場しなかった。

 『無思想の思想』(1972)の大宅壮一は確かな社会批評眼を持つジャーナリストであり、コラムニスト。匿名巻頭人物クロニクル「紳士と淑女」連載30年で、大宅と同時代を歩んだ徳岡孝夫(元毎日新聞記者)、辛口コラム「産経抄」25年の石井英夫、「週刊新潮」に激辛口の「夏彦の写真コラム」を連載し続けた山本夏彦、少し路線は違ったが「天声人語」のリベラル派、深代惇郎、あえていえば、元産経新聞記者の司馬遼太郎も『この国のかたち』でもわかるが、りっぱなジャーナリストである。

 これに対し、昭和の90年を通じて、科学ジャーナリズム分野に優れたコラムニストは登場してこなかった。のも、科学ジャーナリズムの草野球論の正しさを裏付けているようにも思う。

 ● 市民の不安を共有する

 Image2167 今回のプライムニュースの企画に刺激されたわけでもないのだが、あらためて

 あなたが考える科学とは

という400ページ近い大々特集を組んだ「科学」(2001年4+5月合併号、岩波書店。写真)を読み返してみた。創刊70年を機会に、科学分野のさまざまな識者数百人に意見を求めたものである。この科学月刊誌は、1999年3月号でも

 いま、科学の何が問われているのか

という創刊800号特集を組んでいる。2001年のほうの特集にはこれといった意見は乏しかった。ふと気づいたのだが、当然登場していい市民科学を一貫して実践してきた高木仁三郎さんの論考がどこにもなかった。おかしいと思って調べてみたら、2000年10月にがんで死去していた。

 幸い、1999年の特集号では、巻頭コラムを書いていて、ハッとした。

 市民の不安を共有する

という主張である。高木さんの最後の、そして昭和90年の後半において市民科学を実践した者として到達したメッセージ、つまり

 「社会と科学の関係は、今後もっと多様化するだろう。科学者と市民が直接手を取り合って、社会的課題に取り組むというケースも増えてくるだろう」

と予測し、科学のあり方の新しい可能性を切り開く作業への挑戦を呼びかけて、論考を結んでいる。

 ● 野獣のように振舞う天使

 この場合の市民の不安とは何か。

 この1999年の特集号には、長谷川真理子さんの

 野獣のように振舞う天使

というのがある。科学はそんな天使であり、高木さんのいう「市民の不安」とはそんな科学の振る舞いを指したものだろう。

 3.11の原発事故は、その野獣のように振舞う天使がどんなものかということをまざまざと私たちに見せてくれた。

 市民の科学・技術に対する不安を、科学ジャーナリズムが共有するとは、具体的には「疑わしきは、その非の根拠を示して警告する」という警告原則にしたがった行動であり、「疑わしきは、市民の安全側に立ち、予防する」という予防原則を貫くことだろう。

 この二つの原則が、野獣のような天使をコントロールする。そして予見性のある科学ジャーナリズムの中身であると、ブログ子はこの10数年言い続けてきた。

 この原則で行動すれば

 科学ジャーナリズム草野球論もいずれ消えていくだろう。

 これこそが、

 大宅壮一や高木仁三郎が残したもの

であり、いま生かさなければならない教訓である。

  ● 補遺

 この無思想の思想という考え方、立場を

 無思想人宣言

という論考で表明したのは月刊誌「中央公論」(1955年5月号)。思想にふけらずに生活実感を第一とするという大宅壮一の「人間宣言」というべきものだ。これには、戦前のにがい体験もあったろうが、米ソ冷戦が水爆実験などを通じて苛烈になっていた時代と無縁ではなかっただろう。

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