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夷をもって夷に制せられる 「アウトレイジ」

(2015.04.12)  国際的な映画祭に出品された北野武監督の

 「アウトレイジ」(2010年)

と、そのまたさらに過激な続編(2012年)をBSジャパンで拝見した。

 暴力団同士の抗争物語であり、最初は、どうせ「夷をもって夷を制す」という上から目線の映画の類かと思った。しかし、続編まで見終わって、そんな正義もないことがわかった。

 夷を持って夷を制し、生き残った片方の夷が仕掛けた刑事という〝正義〟をラストで殺害する。生き残った夷がその後どうなったかについては描かれていない。あったのは勧善懲悪の完全な否定だった。どこにも正義のヒーローのいない映画というわけだ。

 仁義なき世界でも、任侠の世界でもない。そして裏稼業の必殺仕置き人すらもいない。とすると、この映画は反社会的な映画かということが問題になる。そうではない。いってみれば、月光仮面はいないというテーマの月光仮面映画なのだ。

 この映画によって、現実の社会は、極端なアウトロー世界と、ゆるゆるの勧善懲悪のインロー世界の中間だということに気づかさせられる。そういう意味で、こういう映画もあっていい。が、国際的な映画祭で評価されたり、劇場映画として一般の人々から評価を得ることはなかなかむずかしいだろう。

 とはいえ、ヤクザの抗争ではなく、また、インローのさりげない日常に忍び込む月光仮面なき世界を描いた映画であれば、評価はまた別なものになるだろうという感想を持った。

 それはそれとして、北野武監督が、ビートたけしという名で、なぜあちこちのオチャラケ番組にあんなに出ているのか。その理由がこの映画でわかった。自分が納得する映画をつくる資金づくりなのだろう。

  もしそうだとすると、月光仮面はいないという映画づくりのために、自らは月光仮面のような正義心で稼いでいることになる。

 そういう意味で北野武というのは監督としては、かつての黒沢明よりも偉大だ。

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