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村山談話は日本の「ワイツゼッカー演説」?

(2015.03.10)  BSフジの夜の2時間討論番組「プライムニュース」がおもしろい。3月9日のテーマは、

 村山談話について村山富市元首相自身に聞く

Imgp7028 というもの(写真右 = BSフジのテレビ画面から)。ほかのゲストは、元外務省条約局長の東郷和彦氏(現在は京都産大教授で同大の世界問題研究所長)>

  のんきな誕生秘話の裏話程度かと思っていたら、生放送の意外性で、

 村山談話は、戦後アジアに向けた日本の「ワイツゼッカー演説」にも勝る

という展開になっていた。こう評価したのは東郷氏。

 この演説は、このブログでも何度か取り上げたように、戦後40年の1985年に西ドイツ議会での大統領演説として、つとに有名(ポイントは「注記」参照)。

 ● 東郷和彦氏の評価

 ワイツゼッカー演説の場合は、最悪のホロコーストをやらかしたことに対する深い反省を込めたものである。これに対し、村山談話は、ホロコーストを行なってもいないのに、アジアの国々に対し

 国策を誤り、日本が植民地支配と侵略を行なった歴史的事実に対する 

 痛切な反省と心からのおわび

を戦後50年にあたって表明したからだと、出演した東郷氏はこの談話の意義を高く評価した。その上で、当時、自民党閣僚も含めて全閣僚によって署名、閣議決定されたこの談話を今後もそのまま引き継ぐべきだと強く主張した。

 Imgp7041 東郷氏によると、この村山談話の基本的な考え方には

 『禅と日本文化』などで世界的に知られる仏教哲学者、鈴木大拙の(禅の)思想

があるとまで評価。対して、それは知らなかったと隣りに座っていた村山氏を驚かせていた。

 ブログ子は、金沢市で20年仕事をしていたから、金沢市出身の大拙については、ある程度知っている。最近、金沢市内の生地、本多町に鈴木大拙館もできた(開館は2011年)。

 それにしても、戦前、東洋思想の研究に打ち込んだ大拙が村山談話と関係しているとは、ブログ子も知らなかった。

 ● 70年談話は正々堂々の陣で

 この番組の定番となっている最後でのゲストの提言では、

 村山氏は「歴史的事実ははっきりすべきだ」

と、単純明快にしたためた。村山氏は、今の安倍首相が「全体として村山談話を引き継ぐ」としているものの、その趣旨を、今夏の安倍70年談話でなんとか「薄めようとしているのではないか」との危惧を、番組で何度も述べている。安倍首相の隠された意図にクギをさす意味を、この提言に込めたものとブログ子は受け取った。

 村山元首相の危惧は、ブログ子も、ズバリ正鵠を射ていると思う。

 要するに、安倍首相は、村山談話の意味するところを、正攻法ではなく、姑息な手段でなんとか薄めたいのだ。それを歴史的な歪曲といわれないようにどのように巧みに行なおうとするのか。その行ない方によっては、安倍さんの首相としての器量や資質が問われる70年談話ともなるように思う。

 国際社会が相手である。ここは、正々堂々、正攻法で望むべきであろう。これまでのような国内に向けた重箱の隅をつつくようなレトリックにすぎるやり方では、それこそ、首相として末代までの禍根を背負うことになるだろう。

 また、東郷氏は「(アジアからも当時高く評価された)村山談話をそのまま引き継ぎ、(むしろ、その上に今後の)文化大国としての世界ビジョンを」と訴えていた。2020年の東京五輪を念頭に置いた戦略として提言したものだろう。

 ● 歴史認識の見直し

 東郷氏には、出演中にも紹介しているが、

 『歴史認識を問い直す』(角川「oneテーマ21」新書、2013年)

というのがある。ここでは、靖国問題との関連で村山談話を取り上げている。

  また、村山談話の意義を広く世界に向けてアピールしようとした英文の

 『Japan and Reconciliation in Post-War Asia : The Murayama Statement and its Implications』( Palgrave Pivot 、2012 )

本を見せながら、番組でも東郷氏自身が紹介している( 写真左上 )。

 こうしたことからも、うかがえるが、東郷氏の指摘や、提言は必ずしもその場限りの口からでまかせではない。きちんとした分析結果に基づいていることに注目したい。

 その意味で、東郷氏の提言に、ブログ子も賛成したい。

  Imgp7037

  ● ワイツゼッカー演説(敗戦50年の1985年、ドイツ議会演説)

 「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目である。(だから、)われわれは若かろうが、年をとっていようが、みな過去を受け入れなければならない」。

 この場合の「過去」とは、ナチスドイツのユダヤ人の根絶やしというおぞましい大虐殺、つまりホロコーストのことである。

  ● 「荒れ野の40年」の論旨 2015年3月13日 記

 上記のポイントをアップしておいたのだが、ある読者から、ここは大事な点なので、

 『言葉の力 ヴァイツゼッカー演説集』(永井清彦、岩波現代文庫、2009)

を演説全文を紹介しておくべきではないか、とご教示をいただいた。また、ブログ子のポイントは要約のし過ぎで、厳密には正しくないとの指摘も受けた。

 というのは、後半の

 (だから、)われわれは

の以下は、演説そのものにはそのままの文章としては出てこない。そういう趣旨のスピーチが終わりのほうに出てくるだけだと、お叱りを受けた。

 そこで、以下、この演説「荒れ野の40年」を抄録しておきたい。

 演説の冒頭は

 「及ぶかぎり真実を直視する力がわれわれ(ドイツ)には必要」

というところから始まる。

 演説の最後も、この言葉で締めくくっている。

 その上で、歴史的な事実を心に刻むことの重要性を具体的に語り始めている。

 そして、次の言葉が出てくる。有名な部分なので、そのまま引用する。

 「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。あとになって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし、過去に目を目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしないものは、またそうした危険に陥りやすいのです」

 つまり、

 「心に刻むことなしに(ユダヤ人との心からの)和解はない、という一事を理解せねばならぬのです」

 このことを演説全体の前三分の一のところで結論付けている。

 この「心に刻む」という言葉が演説中に何度もというべきか、頻繁に出てくることに注意すべきであろう。

 そして、慎重に言葉を選んで、婉曲ながら 

 ドイツ再統一の確信

について語っている。具体的には、

 「平和への意志という点で(今は分断されている東西ドイツ国民は)一体感を持って」

いるという表現を使っている。

 演説は最後に、年長者も若者も

 「歴史の真実を冷静かつ公平に見つめるために互いに助けあおう」

と団結を呼びかけている。

 そして、演説冒頭の

 「真実を直視する」

という言葉を繰り返し、演説は終わっている。

 付言すると、この演説集には

 水に流してはならない

   ドイツと日本の戦後50年

というのも収められている。元大統領として1995年8月、来日し、東京で演説したもの。当時の首相がまさに村山富市氏。

 この東京演説では、口先だけの〝謝罪〟は不信解消に役立たない

とクギを指している。

 この東京演説が村山談話の「痛切な反省と心からのおわび」につながったと思う。とすれば、東郷氏の

 村山談話は日本のアジアへのワイゼッカー演説

と高く評価したのも、単なるリップサービスではないことになる。

 ただし、番組では、この件については、村山氏自ら「つながった」との直接の言及はなかった。

 結局、村山氏の言いたかったのは、歴史的な事実については、

 水に流してはならないし、水で薄めてもならない

ということだったのだろう。正解だったと思う。 

  ● 補遺 村山「過ち、ごまかすな 

        -- 2015年3月14日付「中日」朝刊

 このテレビ番組と同様の発言を上記紙面でも展開している。2015年3月21日記。

 Image210120150314

 

 

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