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「自転車泥棒」にみるイタリア・リアリズム

(2015.03.17)  ブログ子も参加しているこじんまりとした学習会で、先日、敗戦直後の生活苦にあえぐローマ庶民の生活を描いたイタリア映画

 「自転車泥棒」(デ・シーカ監督、モノクロ、1948年)

というのを見た。ブログ子が生まれた年の公開というので興味を持った。のだが、イタリア・リアリズムの映画として、つとに有名なのだという。

 主人公は仕事に必要な自転車を仕事中に盗まれる。このままでは再び失業しかねないというので、息子と二人で泥棒を捕まえ、自転車を取り返そうと街中を駆けずりまわる。

 なかなか見つからないので、思い余って今度は自分も他人の自転車を盗んでしまう。しかし、こちらのほうは、息子の見ている前で、つかまってしまうというストーリーである。

 筋の展開はごく単純なのだが、見たあとの討論で、

 どこがイタリアリアリズムなのか

という点が話題になった。言い換えれば、当時の映画界で、なぜこの映画が高い評価をうけたのかという問いかけである。

 ● 当時の日本映画との比較

 辞書によると、文学、芸術上のリアリズムとは

 主観を交えず、現実をありのまま認識し、表現しようとする写実主義

のこととなっている。これは、観念論の社会主義リアリズムのように

 主観を交えて現実を理想化する

ことはしない立場であるともいえよう。

 討論ではなかなか結論が出なかった。家に帰って、晩酌をしながらいろいろと考えていたら、当時の日本ではどうだったかということが気になりだした。

 当時は日本も敗戦直後であり、生活苦にあえぐ大衆風俗を描いた映画としては、やくざと反骨の医師の交流を描いた

 「酔いどれ天使」(黒澤明監督、1948年)

とか、公務員が定年を前にその使命に目覚める

 「生きる」(黒澤明監督、1952年)

というのが公開されている。いずれも志村喬が主演している。

 これらと、「自転車泥棒」とは、どこが違うか。

 そして、気づいた。

 「自転車泥棒」には、ストーリーに起承転結のうち「結」というのがなく、見る人を安心させるようなヒューマニズムなどは描かれていない。めでたし、めでたし、というのがない映画であり、「結」は、日々現実と向き合っているみなさんそれぞれが考えてくださいというもの。

 これに対し、日本の作品は2本とも、起承転結がそろっていて、「結」として予定調和的なヒューマニズムが描きこまれている。監督の言いたいことがラストに描かれている。

 一言でいえば、「自転車泥棒」は映画館のスクリーンと映画館の外の世界とが同じで、上映テーマはどこにでもあることとしてスムーズにつながっている。これに対し、黒澤映画のほうは、スクリーンと館外とは別世界で、外の世界では滅多にないヒューマニズムなテーマが描かれている。

 そういえば、タイトルもデ・シーカ監督のほうは、自転車泥棒というように即物的(同監督の1950年の「靴みがき」もこのタイプ)。のに対し、黒澤映画は、タイトルが観念的、ヒューマニズム的な抽象的なものになっている。黒澤監督の主観が込められているからだ。

 イタリアリアリズムとは、監督の主観を排除した映画なのだということにようやく気づいた。別の表現をすれば、観念的な社会主義リアリズムの対極にある考え方なのだ。

 ● エンターテインメントの時代に

 いまでは、この両対極は、いずれもすたれている。ハリウッド映画に代表されるように、現実とは無縁のエンターテインメントの時代なのだ。

 現代では、現実から逃れたいから映画を見に行くという傾向が強い。とすれば、イタリアリアリズムに則って今風の「自転車泥棒」を公開しても、誰も見に行かないだろう。わざわざお金を払ってまで、毎日いやというほど見ている現実を見に行きたくはないからだ。

 こう考えれば、イタリア・リアリズムが、やがて世の中が豊かになるにつれ、1950年代省みられなくなったのも、よく理解できる。

 片方の社会主義リアリズムだけが生きのびた。しかし、それも1990年代になると、ヨーロッパを中心に放棄される。

 観念的な社会主義リアリズムが今も残っているのは、今もって貧困にあえぐ北朝鮮だけになってしまった。北朝鮮がなぜ今も貧困にくるしんでいるのかという理由が、戦後リアリズムの一方をになった今回の映画でよく理解できた。

 現実を豊かにするのは、イタリア・リアリズムでも、社会主義リアリズムでもない。そのことを、ハリウッド映画の今の繁栄は物語っているのかもしれない。 

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