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一人語り、インド「バウルの歌」イン天竜

(2015.02.02)  ブログ子もシニアになったせいか、ぎっくり腰が気になりだした。近くの医療センターで診てもらったら、

 長時間、同じ座り姿勢は避けよ。腰に負担がかかりすぎる。ときどき散歩を

と医師に言われてしまった。そこで去年あたりから、すこし遠出の散歩をしている。

 Imgp683820150201 先日、そんな散歩も兼ねて、浜松市中区中心部に近い佐鳴湖のほとりの高台にある自宅から、天竜区の秋野不矩美術館に電車で出かけた。美術館前のゆるやかな上り坂がぎっくり腰対策にはとてもいい。写真のように快晴だったが、天井の高いとんがり帽子(写真中央奥の小さな三角形)の展示ホールで本田和さんのひとり語り、

 秋野不矩を語る

という楽しいイベントが、こどもたちのミュージカルのあと開かれた。チェロの演奏にあわせてのコンサートだった。

 ● 謎の民の、謎のベンガル歌

 会場に着くまでは、何を語るのかは知らなかったが、なんと、

 不矩の画文集『バウルの歌』(筑摩書房、1992)

の語りである。

 バウルとは、インド・ベンガル地方の一地域の呼び名。そこの謎の民がうたうなぞのベンガル歌というぐらいの意味。それにであった不矩さんの感動とともに、民がうたう具体的な様子が今回、いきいきと語られていた。この歌は、要するに自分自身を見つめる歌であり、インドの心を歌ったものなのだと、話を聞きながら気づいた。

 初演は、ブログ子が20年暮らした金沢の21世紀美術館だったらしい。石川県に暮らす親しい友人があとで知らせてくれた。

 ● 魅せられた根源的な生命力

 秋野不矩という、ひとりの画家が魅せられたインドという国について、そしてそこから得た不矩の絵の背後にあるものとは何かについて、本田さんの語りは淡々としてはいた。ものの、それだけに抑えの効いた情感が伝わってきたし、叙情的でもあった。

 その伝わってきたものとは、悠久の時間が流れる大自然に身をゆだねて生きようとする、なにかしら根源的なインドの生命力だった。日本にはないそんな力強さを画家は色に託してなんとか表現しようと、その生涯をかけた。

 たとえば、本田さんの座る語りの真横には、語りに出てきた

 「渡河」(1992年、インド)

という不矩さんの大作が飾られていた。黄色っぽい大河を10数頭の水牛が一列に並んで泳いでいる。おそらく河向こうの放牧場に向かうのだろう。人間も水牛と一緒に泳いで渡るという。別の機会にブログ子が見たものでは、不矩さんには、もう一点、

 「沼」(1991年)

というのがある。緑色の沼の真上からこれまた黒々とした泳ぐ水牛の群れを見たときの様子を描いたものである。いずれも、インドとは何か、現地で感じたものをキャンバスにとらえたのであろう。

 ● 天竜川の流れに

 それを一言で言えば、動物も、また人間も

 ガンジス川のほとりに生まれ、ガンジス川のほとりで生涯を閉じる

ということではないか。いかにも自然の豊かな天竜二俣生まれの画家らしい感性だと思う。ひるがえって秋野不矩もまた、

 天竜川に生まれ、天竜川で生涯を閉じた

ということができる。

 快晴の夕刻、秋野不矩美術館の近くの冬の天竜川をバスで渡りながら、そんな感慨を持った。 

 

 「描く行為は祈りである」  -- 『バウルの歌』

  語りもまた、そうではないかと確信できた。

 それにしても湖の近くの自宅に戻ったとき、とても豪華な日曜日の散歩だったと感謝した。

 

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