人類が生き残っていないかもしれない
(2015.02.04) たまには、最近の宇宙の本でものんびりと楽しもうと、図書館で本を探していたら、やたらタイトルの長い
『広い宇宙で人類が生き残っていないかもしれない物理学の理由』(C.アドラー、青土社、2014)
というのを見つけた。28文字の長いタイトルにはびっくりした。中身をみるとハリー・ポッター物理学という章立てもあり、原題は、ファンタジーSFといったぐらいの意味。
● 探査機ボイジャーの脱太陽系
最初は、SFは非科学的ということをあばこうとする無粋な本だと思った。が、むしろその逆で、SF、ファンタジーおおいに結構、とファンタジー好きの著者の物理学者がノリノリで応援しているような愉快な仕上がりになっている。
一読に値する。
タイトルにある「生き残っていないかもしれない」話というのは、たとえば、こんな話なのだ。
米NASAの太陽系探査機、ボイジャー1号が1977年、地球を飛び立って、今年で38年。ようやく最近、太陽の重力の支配の及ばない場所、つまり太陽系を脱出、銀河系の仲間入りを果した。それでも光の速度だったら、わずかに1日もかからない距離なのである。
それでは、太陽系に最も近い星まで行くにはどのくらいかかるか。太陽系の広さよりも、ざっと1000倍も遠い。宇宙船に乗って光の速さで旅行したとしても、4.3年もかかる。往復して地球に戻るのに、10年仕事である。
以上は、常識の話。
この本のおもしろいところは、光速は無理にしても、光速に近い速さの宇宙船ならば、乗っている人にとっては、行くのに4.3年もかからない、と解説してみせていること。
たとえば、光速の99%のスピードならば、その約7分の1しかかからない。つまり、4.3光年の距離をわずか半年で到着するというのだ。宇宙船の中では時間がこんなにゆっくりとしか進まない。
逆に言うと、アインシュタインの理論により、光速に近い速さでは、乗っている人から見てその距離は約7分の一に縮まる(空間のローレンツ収縮)。
仮に、光速の99.9%の速度で飛べば、距離は約22分の1に縮み、星までの距離はその分近くなる。
もちろん、地球上の人たちにとっては、いずれの場合も、その宇宙船は4.3年かけてようやく到着したと観測するだろう。立場を代えて、逆に宇宙船の乗員からみれば、地球時間の進み方は、それほどゆっくりしていると思うだろう。
● 「宇宙の果て」旅行はわずか50年
この本のおもしろいところというか、鋭いところは、以上の話を、
「宇宙の果て」旅行
にまで拡張していることだ。
宇宙船は、乗員のために地球と同じように1Gの重力がかかるように刻々と加速しながら、宇宙の果てに向かって飛び続けるとする。これなら、乗員も無重力状態にならずに健康に宇宙旅行ができる。加速していても、光速を超えるということは原理的にはないので安心。
しかし、宇宙の果てに到着して、〝果て〟に上陸できるためには、到着時には宇宙船のスピードはゼロである必要がある。そこで、果てまでの真ん中の距離になったら、宇宙船を反転して、今度は刻々と1Gで減速する。このときも、地球と同じ重力が観光客にはかかり続ける、快適、楽ちんであり、安心だ。
このような宇宙観光旅行をしたら、どうなるか。先ほどの話をベースに考えてみるのもおもしろい。
こうなる。
先ほどの話から、地球に近い星には、数年で通過する。直径10万光年の銀河系を脱出するのは、観光客の時計で出発から25年後。
アンドロメダ大星雲など銀河系の隣りの銀河までは40年もあれば、到着する。そして、地球時間だと、光速で行っても130億年もかかる宇宙の果てには、
なんと、50年もあれば十分
なのである。地球を出発したとき、20歳の観光客は、宇宙船内で70歳の誕生日を迎えるまでには、宇宙の果てに到着。適当なところで果てに降り立ち、あちこち観光できることになる。
ここまでは、件の本に出てくるのだが、
さて、「宇宙の果て」に降り立った観光客はどんなすごい光景を見るのだろうか。
この点については、この本は何も語っていない。
地球上から見上げた星空とほとんど変わらない光景を観光客はその果てで目にするだろう
というのが、ブログ子の予測。
観光客が期待したような宇宙の始まり「ビッグバン」などはどこにも見えない。ビッグバンは、果てにいるはずの観光客の130億光年先にしかない。時空という意味の宇宙はどこからみてもマクロ的には地球上から眺めたものと同じなのだ。
● 余計な補遺
余計な話。
この50年で行ける「宇宙の果て」観光旅行の難点は、
① 刻々と1Gの加速度で宇宙船を加速するための莫大も莫大なエネルギーをどこから得るのかという点
② 光速に近い宇宙船をどのような強固で軽い材料で建造するのかという点
にあり、実現のハードルはとても、とても、さらにとても高い。
余計のついでに、もうひとつ、以下に注記する。
光に近い速度での宇宙観光旅行中にも、宇宙はどんどん(加速しながら)膨張し、大きくなっている。つまり、果てまでの距離は遠くなる一方なので、実際には、果てに到着したときには、現在の距離130光年の数倍遠くなっているはずだ。
それでも、観光客の時計では、50年もたてば、十分果てに到着できる。光速にちかくなればなるほど、時間の進み方は宇宙船内ではどんどん遅くなるからだ。
もちろん、地球から観測すると、その宇宙船の果て到着までには現在の宇宙の果て130億年をはるかに越えて、数100億年の歳月が流れているだろう。
そうなると、当然だが、観光客が宇宙の果てに着いたときには、この「広い宇宙で人類が生き残っていないかもしれない」どころか、地球も太陽系ももはや、跡形もなくなり、存在していないだろう。
その間、宇宙船内の時間ではわずか50年しかたっていないのに。
時間の進み方は、どこでも同じではない。場所によって異なる。つまり、ニュートン以来の
時間の絶対性
は幻想なのだ。
そんな現代物理学の常識を教えてくれる愉快な本だった。
その意味で繰り返すようだが、一読の価値は十分にある。
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