« 身を削った逆境の画家、ゴッホ | トップページ | 落下物、どこから狙っても「百発百中」 »

人類はいつアートを発明したか

(2015.02.24)  以前、文明論として示唆に富む I.モリスの

 『人類5万年 東西文明の興亡』(筑摩書房)

というのを紹介した。ブログ子は、いかにも考古学と歴史学に精通した研究者らしい好著と高く評価した。のだが、少し心配だったのは、東西の区別は別にしても、ともかく、現在の私たちが文明とか、文化とかでイメージするものと共通したものを

 人類がつくり始めたのはいつか

Imgp6964201501_2 という点について、この本には具体的な証拠を挙げて、提示していなかったこと。モリスの場合、文明というのは、

 矢じりなどの道具制作

のことを示しているようにみえる。その差異などから、東洋、西洋という違いが出てきて、

 東西文明の興亡はおおよそ人類5万年

というのでは、現代感覚からして、あまりにアバウト、あいまいすぎて困ると引っかかっていた。

 5万年前といえば、氷河期がようやくピークを終えたころで、人類(ヨーロッパでは主として旧人ネアンデルタール人。新人クロマニヨン人もそろそろいたころ)にとっては、まだまだ厳しい環境だった。そんなときに文明といえるようなものがあったのかどうか、矢じり制作とはいえ東西の文明にそんなに違いがあっただろうかという問題意識を持った次第である。

 ● 4万年前にはアート発明

 学校では、数千年前のエジプト文明や黄河文明については、なかなか高度なものだったとは習った。しかし、これらをさらにさかのぼって人類文明の起源にまでさかのぼってはいない。日本でも縄文中期には見事な芸術作品のような縄文火炎土器がつくられていた。

 だから、

 人類文明の起源は5000年前よりは古い

ということはわかる。少なくとも、そしておそらくは長い氷河期が終わり、急激な温暖化の始まった今から1-2万年前くらいまでは、東西文明に共通した起源はさかのぼるのではないか 

 そんな気がする。

 しかし、そのことを証拠立てる具体的な手がかりがないか

とこの2週間ほど、暇なので、図書館などであれこれ探してみた。

 そして、

 「ナショナル ジオグラフィック(日本版)」(2015年1月号)が

 人類はいつアートを発明したか?

という特集をしているのを見つけた(= 写真 )。 

 仮に文明の定義として、アートの発明とすると、アートの起源からどんなことがいえるか。

 アートといっても、特集の大部分は、動物を見事に描いた洞窟壁画や、手の中に入るような小さな立体的な抽象・具象アート。これらをカラー写真で一覧できるようにしたコーナーがある。

 それによると、ヨーロッパでは

 4万年前から遅くとも2万年前には人類はこれらアートを通じて創造性を発揮していた

ことが明確にわかる。

 具体的には、動物たちを色鮮やかに見事なタッチで描いたスペインの「アルタミラ洞窟壁画」(39000年前)、赤い牛と馬のフランス「ラスコー洞窟壁画」(19000年前)がある。ドイツでは4万年も前の楽器、骨笛が見つかっている。

 予想通り、ヨーロッパでは5万年前の氷河期のピークを過ぎた4万年前あたりからアートは始まり、広がっていった(以下に示すように東洋でも同様)。

 ヨーロッパに現生人類(新人クロマニヨン人)がアフリカからやってきたのは、今から3-4万年前だからこうしたアートはヨーロッパでは現在につながる新人のクロマニヨン人によってつくられていたのだろう。

 ただ、特集では、初期アートの一部については現生人類ではなく、つまり今は絶滅してしまった旧人ネアンデルタール人によるものとも考えられるとしている。

 一方、ヨーロッパ以外でも、数は少ないが、約4万3000年前からアフリカとユーラシアでも抽象・具象アートが広がっていた。たとえば、4万年前のインドネシアの洞窟から顔料を吹き付けた手形模様が、ヨーロッパ同様、見つかっている。

 ● 2万年前以降、東西文明に差異

 モリスの本を紹介したときのモリスの結論は、まとめると、

 5-7万年前、東アフリカから世界に広がった現生人類(今の人類)の間には、東洋、西洋という文明の明確な差異はまだなかった(遺伝的な差異もない)。しかし、氷河期が終わり、代わって温暖化が顕著に現れた13000年前ごろになると、はっきりとした文明の差異が出てきた

というもの。だから、モリスとしては、あるいは和書では、東西文明に差異が出てきたのは、

 5万年前以降

というつもりで、人類5万年、東西文明の興亡というタイトルにつけたのだろう。

 アートからみると、それはもう少し下って2-4万年前まではほとんど東西文明に差異はなかったといえるのではないか。

 つまり、東西文明に差異が出てきたのは、氷河期から温暖化への移行が始まった今から2万年前以降である。

 モリスは、東西文明に差異が出てきた原因を、温暖化の影響の程度が東洋と西洋という地理的な位置の違いによって異なっていたからだとした。

 アートからみた場合、あえてモリスの著作のタイトルを修正するとしたら、

 人類2万年 東西文明の興亡

ということになろう。

  ● 注記 知性の発達はいつごろからか

 考古学的には、人類は約4万年前から多様な道具をつくりはじめ、そこにまだ東西の区別はないものの、急速に知性を発達させてきたと考えられている。

 アートも知性の表れととらえると、アートと考古学的なこの知見とはほぼ整合性がとれている。

 

|

« 身を削った逆境の画家、ゴッホ | トップページ | 落下物、どこから狙っても「百発百中」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/61183561

この記事へのトラックバック一覧です: 人類はいつアートを発明したか:

« 身を削った逆境の画家、ゴッホ | トップページ | 落下物、どこから狙っても「百発百中」 »