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ゴッホはなぜゴッホになったか

Imgp6961 (2015.02.27)  2週間ほど前、この欄で

 身を削った逆境の画家、ゴッホ

というのを書いた。そのなかで

 『ゴッホはなぜゴッホになったか』(ナタリー・エニック、藤原書店)

というのを紹介した。プロの研究者の好著であると 書いた。しかし、ある読者、たぶんゴッホファンから、どういう点でプロの仕事といえるのか、という詰問風のメールが届いた。もっと詳しくということだろう。コラムにいわばカチンときたのかもしれない。

 あらためて図書館から借り出して、読んでみた。

 翻訳のせいか、もともと気取ったレトリックがすぎるせいか、やや意味のとりにくい論旨だったが、好著である理由は、以下の点であることを追加しておきたい。

 第一は、ゴッホ神話という芸術の擬似宗教化のプロセスを、定量化など実証的かつ社会学的に考察していること。

 第二は、ゴッホの死の直後からちょうど100年間を研究の対象にしており、しかもゴッホ以外の人間の行動と心理を直接の考察の対象にしていること。

 第三は、社会の中の芸術という視野の広い芸術社会論になっていること。

 この3点である。

 一言で言えば、ゴッホ自身のことには一言も言及しないゴッホ論である点である。

 ● 『悪魔の辞典』から

 この機会に、ブログ子の芸術に対する意見を、以下の有名な『悪魔の辞典』(A.ビアス、こびあん書房、1982)の言葉を借りて、述べておきたい。

 芸術 (名詞) ART この語に定義なし

として、以下芸術至上主義に対する痛烈な皮肉をビアスはつづっている。

 その意味を、作家の筒井康隆版『悪魔の辞典』(講談社、2002)の翻訳でわかりやすく紹介すると、こうなる。

 この言葉はいかなる定義も受けつけない。ただし、創意工夫に富んだイエズス会のガッサラスカ・ジェイプ神父が、芸術の語源をこう述べている。

 ある日、評判の道化者が、どうした加減か、

 「RAT」(ネズミ)の文字を入れ替えて

 「こいつは神様の名前だ!」と言った。

 すると、奇妙な聖職に仕える者や、その予備軍がわらわらと胃集(注記)してきたのだ。

 (艶ショウや、秘教儀式や、暗黒劇や、酸鼻歌(さんびか)や、

 おのれの手足もぎ取らんばかりの酸鼻な論争を一緒に持ち込んで)

 その神殿に仕え、ファイヤを守り、

 教典を説き、人形劇のワイヤをあやつった。

 やってきた群集はあっけにとられ、

 理解できぬからこそこれを信じたのだ。

 そのうち教えはどんどん徹底され、

 (芸術こそがなし得る)髪の毛をふたつに引き裂いてもとに戻して、

 なんとかかんとかしたものの方が霊験あらたかとするするような、

 こまかい教義に教化されてしまい、

 ついには凄惨な聖餐のため、珍味とワインを持ち寄って、

 自分の衣服を売り飛ばしてまで、司祭たちに貢ぐのだ。

 

 なお、最後の司祭というところは、ビアス原著(の翻訳)では、聖職者(芸術家)となっている。これでよくわかるが、芸術と宗教は相性がいい( 補注 )。

 注記 胃集の胃は、「虫」偏に、つくりが「胃」である。はりねずみと読むらしい。筒井さんの(駄)洒落だろう。

  ● 補注 

 芸術と宗教がいかに、今日、相性がいいか、元のN.エニックの同書から抜き書きして、ここに紹介しておきたい。

 (生身の)ゴッホはなぜ(殉教者の、そして聖人の)ゴッホに(死後)なったか。

 それは、たとえば、同時代人の無理解、若すぎる自殺といった倫理的な希少性、特異性からであり、それに比べたら生前の芸術性などとるにたりない。芸術性とは人々に喜びを生み出す作品の質という普通の意味である。

 「ごくわずかな価値しか持たなかったものが、突然どんなものよりも高価になるという(ハイパーインフレという)出来事」(同書p222)。それが聖人の聖人たる資格のなによりの証拠になる。この意味の奇跡性こそが不遇の画家を突然世界的に称揚される英雄に押し出させた理由であり、作品の質は二次的なものといえる。

 N.エニックによると、オランダ人、ゴッホは三位一体のカトリック的な聖性ではなく、「プロテスタントの聖人のようなものを体現していると言ってよいくらいである」。

 だからだろう、ゴッホの作品はいまや聖遺物であり、ゴッホ現象は、芸術とは宗教であることを、白日の下に示しているのかもしれない。

 事実、芸術の社会学的考察というサブタイトルのついた同書。そのゴッホ死後のゴッホ現象を分析した結論として

 「人は教会を去って美術館を埋め尽くし、(かつてそうだったように)芸術は聖化のための道具であることを止めて、その(宗教の)対象」(p244)となった

と書いて、同書を締めくくっている。

 ゴッホは、死後、世俗的な聖人、つまり反抗者(プロテスタント)の聖人として、カトリックの国、フランスで生まれ変わったのである。芸術の力ではなく、世俗的な力によって-。

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