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再論 宇宙に地球人しか見当たらない

(2015.02.05)  3年くらい前、このブログで、大変に哲学的でおもしろいと

 『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』(S.ウェッブ、青土社、原著=2002年、日本語訳=2004年)

というのを「注記」の形で紹介しておいた(2012年4月6日付)。

 この間、数通の宇宙人好きの方々からメールをいただいた。

 この本は、宇宙人が存在していれば必ずあるはずなのに、この50年間、現実にはまったく宇宙人から連絡がないというパラドックスに対する合理的な解答として

 この広い宇宙に(知的な生き物として存在して)いるのは、われわれ地球人だけだ

という単純明快な結論をくだしている。

 ● 地球はありふれた存在

 単純明快でわかりやすいが、致命的な欠陥がある。それは、

 地球というのは宇宙においてありふれた惑星にすぎない

という一般原則に反することだ。というのは、ウェッブ説では、地球は(神に選ばれた)特別な存在ということになってしまう。これでは、科学ではない。宗教だ。 

 この一般原則が間違っているという反論が聞かれそうだ。が、科学史を紐解けば、人間中心、地球人中心主義がいかに驕慢(きょうまん)であり、誤りであったかが、何度も何度も白日の下にさらけだされている。

 宇宙生物の平等

という基本原則に従わない科学理論は、歴史からいずれその偏狭さを指弾されるだろう。

 知的な宇宙人が存在するとすれば、第一近似としては、地球と似た環境の惑星にこそ存在していると考えていいだろう。太陽のような星そのものに生息しているとはとうてい考えにくい。

 最近では、太陽系外に多くの惑星が発見されるなど、地球がありふれた惑星だという考え方を強く示唆する観測データが、ウェッブ説以降、この10数年ぞくぞくとわかってきている。

 米NASAの太陽系外惑星探査機、ケプラーの活躍など天体観測技術の飛躍的な進展で、星の周りを回るさまざまなタイプの惑星が2000個近くも見つかっている。これは、10年前のウェッブ時代までの50倍以上の多さであり、今後もさらに急速に増えるだろうと予想されている。

 また、そのデータを整理してみると、惑星タイプの中では、まさに

 地球は、ありふれたどころか、むしろありふれすぎた上に少数派にすぎない

ことも浮かび上がってきている。

 これほど短期間でこれほどの成果が上がったことを考えると、少しオーバーに言えば、

 惑星は、晴れた夜空の星の数ほどある

といっても、あながち間違いではないだろう。

 そのなかに、地球人よりもはるかに高度文明をもった宇宙人があちこちにいても、なんら不思議ではない。むしろいないほうが、不自然でさえある。

 つまり、上記の本の著者、ウェッブが扱っている1990年代までの観測データの状況とはこの10数年、がらりと変わっている。

 ● 国際天文学連合が惑星名を公募

 こうしたにぎやかな状況のなか、国際天文学連合(IAU)が、これまで見つかった膨大な太陽系外惑星のうち、比較的に研究のすすんだ数10個について、惑星の正式名称を、昨年夏から公募している。

 450pxexoplanet_discovery_methods_ba 系外の惑星名を応募する手続きはさまざまなルールがあり面倒だが、採用された惑星名のなかから、それを発見されたどの惑星につけるのがふさわしいかという一般投票については、メールなどで簡単に応募できる。その投票は来月3月に行われる予定だという。

 こうした動きの背景には、太陽系内にはいなくても、系外には知的な宇宙人、そこまでいかなくても宇宙生物がきっといるに違いない、それはどんなものだろうかという心躍る期待がある。

 ● 宇宙生物多様性条約で保護

 そんななか、最近、前回のブログでも取り上げた

 『広い宇宙で人類が生き残っていないかもしれない物理学の理由』(C.アドラー、2014年)

を、知的宇宙人はいると信じているブログ子としては、とても心強く読んだ。

 とくに、「惑星とエイリアン」という章がおもしろかった。

 いるはずなのに、なぜ宇宙人は〝大沈黙〟を守っているのか

というテーマに、10年前のウェッブ同様、挑んでいる。このフェルミのパラドックスの謎解きのポイントは、そして、ウェッブが見落としているのは、

 宇宙人は動物に違いないという思い込みであり、植物なのかもしれない

というもの。動かない植物なら連絡してこなくても不思議ではない。高度文明の宇宙人はすべて植物に進化してしまい、光合成だけをしているという発想だ。

 この発想の優れているところは、宇宙人からのあてにならない連絡など待っている必要はないという点。星の周りを公転している植物宇宙人のすむ惑星からのスペクトルを分析すれば、反応性に優れた酸素を出す光合成の様子が観測ができるというわけだ。

 この検証可能性により、すでにNASAはじめさまざまな機関で研究が始まっている。研究資金が集まり始めている。

 もうひとつ、この本で注目されるのは、パラドックスで一番問題になる大沈黙の動機である。 

 いるのに、知的な宇宙人はなぜ沈黙しているのか、その動機とは何か。

 著者のアドラーによると、連絡したり、コンタクト(接触)すると、それは低レベルの地球文明にとって致命的な有害が発生するからだとしている。絶滅の危険がある。

 だから、高度文明の宇宙人は、接触禁止の宇宙協定を結んで、意思統一しているのだという。しかし、そんな協定、たとえていえば、宇宙生物多様性条約が仮にあったとしても、ちらちらと宇宙人の存在をうかがわせる証拠が見え隠れしてもいいはずではないか。そうブログ子は思う。

 ちょうど、百獣の王、ライオンはかつては無敵を誇ったらしいが、今では人間が完全に保護している地平線まで見える広大な保護区でしか生きられないようになっている。ライオンにしてみれば、

 なぜ人間がもうやってこないのだろう

と、人間の〝大沈黙〟をいぶかしく思っているだろう。それと同じなのだが、ちらちらと保護官などの姿ぐらいは見えてもいいではないか。

 高度文明に達した動物宇宙人はその本能的な倫理観から、保護宇宙人など余計なものは設けず、

 宇宙生物多様性条約

を厳格に適用、地球人を保護している(のかもしれない)。

 ● 生物進化の未来は植物か

 Gasgiantplanetrisingalienwaterworld とてもおもしろい。皮肉がきいていて、ブログ子もこの説に賛成したいほどだ。ただし、高度文明の宇宙人が、どのようにして協定を結んだかが、気になる。地球人の浅知恵からすると、そう簡単ではないだろうと思うからだ。

 この説のおもしろいところは、ほかにもある。絶滅の危険があるのにコンタクトしたがるのは、レベルの低い地球人のほうだけだということだ。

 対して、宇宙人のほう、たとえば高度に進化した植物宇宙人の場合、超寿命、たとえば数千年という悠久の時のなか、ただゆったりと身を時に任せて生きている。ちょうど今の地球の縄文杉のように。

 そう考えると、もしかすると、生物進化の未来は植物かもしれない。

 意外にも、そんなことを想像させる本だった。 

 ( 写真上 = 太陽系外惑星の一覧(自由百科事典ウィキペディアから)。7、8年前から増えだし、2014年に爆発的に増加。写真下 = 系外惑星に対するブログ子のイメージ(写真の出典は不明。乞うご教示) ) 

 以下の写真は、M.クローの『地球外生命論争史』(工作舎、2001年)。人間がいかに熱心に宇宙生命について考えてきたか、また想像してきたかについて、西洋を中心につぶさに検証した貴重な著作。

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