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人類の進化、人間の歴史          ---  偶然と必然、そのあいだの選択

(2015.02.10)  ブログ子は現在、浜松市に暮らしているのだが、同じ浜松には歴史家の磯田道史さん(静岡文化芸術大学教授)がいる。ということもあり、コーディネーター役で毎週出演している討論形式の

 BSプレミアム「英雄たちの選択」

をときどき拝見している。歴史の転換点のそのとき、英雄たちはどんな思いで、決断し、行動したのかということをあれこれさまざまな角度から、後知恵ではあるが、つまり結果を知った上で専門家同士が〝安心して〟話し合う番組である。いわば知的エンターテインメントである。

 ● BS番組「英雄たちの選択」

 たとえば、関ヶ原の戦いを前に、家康はどんな思いで、さまざまな選択肢のなかからある一つの選択をし、行動したのか。

 時は勝利なり

という判断の下、家康は遅れている秀忠主力軍の到着を待たずに決戦する。磯田さんは「 if (もし) 」という別の選択を家康がしたとしたら、その後の歴史はどうなったか、想像し推理するといった具合。

 英雄たちとは限らないが、歴史とは人間の行動の選択である

とはいえるだろう。歴史を生きている生身の人間には現在進行形のその選択の結果がどうなるのか、わからない。そんな中での、いわば〝苦渋の選択〟なのだということがよくわかる番組であると思う。

 歴史には、天体の運動のような決定論的な必然の法則などというものはない。さりとて、サイコロを振った時のような予測不可能なまったくの偶然に支配されているというのでもない。

 偶然と必然、そしてその間の選択。それが歴史だ

ということだろう。歴史家の未来予測がほとんどといっていいほど当たらないのも、学問の未熟さゆえというよりも、偶然と必然の間で人間が行なう選択の予測が難しいという歴史学の根本的な性格のせいなのだと思う。

 難しさについてさらにいえば、その場合、選択するのは誰かという主体の問題がある。番組のように、かけがいのない一人の特定の英雄なのか、はたまたいくらでも取替え可能な名もなき大衆なのかという問題だ(これは、進化論でいえば、淘汰圧がかかるのは個体なのか、種なのかという問題である)。

 物理学にはこの種の難点はない。というか、物理学は初めから、選択のないような分野に限定した。偶然と必然のみの世界なのだ。

 一人の英雄にしろ、民衆にしろ、決断として、あるいは総意として人間にその選択をさせた主因、あるいは背景とは何なのか

という問題もある。というか、逆に言えば、そこの分析が、過去と現在の対話だと言われる歴史学の、物理学にはないおもしろさであろう。

 ● 人間、文明、進化の共通性

 歴史番組を見ていて、いつも思うのは、時間軸にそって、偶然と必然、その間の選択の因果関係にかかわる学問には、日本史、世界史といった人間の歴史だけでなく、もっとスパンの長い、たとえば数千年のスケールでは

 人間の集団としての文明の興亡

もあるではないかという点。選択という点では互いに共通の基盤を持っている。

 もっと長い時間スケールでは、たとえば、10万年、100万年というスケールでは

 人類の進化

というのも、そうだろう。数百万年、数千万年といった地質学的な時間スケールでは、生物種の進化という言い方が一般的である。

 タイムスケールが違うとはいえ、生物、動物としてのヒトであれ、文明を持ったホモサピエンス(現生人類)であれ、文字で書かれた歴史を持つ人間であれ、その中身は偶然と必然の間で、ヒトや人類や人間がある種の主体的な選択と行動にかかわ.る。しかもそこには不可逆性という共通性もある。その歴史や進化はいずれも似たパターンはあっても、偶然性があり、厳密には繰り返すことはない。

 分析する手法でも、いずれの場合も、生物学と社会学、さらには環境としての(自然)地理学がかかわるという共通性を持っている。

 ● ダーウィン進化論は正しいか

 こう考えてくると、ひとつの疑問が出てくる。

 種は変化する、どう変化するのかということを決定するのは周りの自然による選択であるとするダーウィン進化論は本当に正しいのだろうか

という疑問である。

 彼の説は、偶然や必然だけで成り立っている。むしろ、あえてそうしたといえる。人間を含めた生物自身の、現在進化中という現在進行形的なある種の主体的な選択と行動というものがいっさい出てこない。まったくの偶然と、決定論的な必然性、つまりランダムな突然変異とそれによる自然選択(自然淘汰=その具体的な中身は、後の洗練されたネオダーウィニズムでは数学的に定式化された繁殖率)のみが登場する。

 輝かしい成果を上げつつあった当時の物理学の手法を見習って、進化論を神にも人間にも頼らない客観的な理論にしたい。そこでダーウィンは種の変化のメカニズムに自然選択という科学的な装いをほどこし、いかにも恣意性のない展開であるかのように進化論を仕立て上げた、ようにみえる。

 これが、過去については何でも、そしていかようにも説明できるが、未来については何も予測できないというおよそ科学理論としては認められない結果論的なものに進化論がなってしまった原因ではないか。

 ● 人類5万年、文明の興亡

 そこで、人間の歴史として「英雄たちの選択」をもっとさかのぼって

 人間集団としての東西文明の興亡をみてみたい。

 その格好の材料が、このブログでも先日取り上げたベストセラー

 『人類5万年 文明の興亡』(I.モリス、筑摩書房、2014年)

である。サブタイトルは

 なぜ今、西洋が世界を支配しているのか

というもの。補足すると、

  今から約20万年ほど前にアフリカ東部に暮らしていたホモサピエンスのなかの現生人類が約10万年前にアフリカから、気候変動などをきっかけに壁となっていた広い砂漠を乗越え、世界各地に移動しはじめた。これにより、それまでのホモサピエンスは、すべて現生人類に入れ替わった(何度かの氷河期を乗越えられなかったのかもしれない)。ともかく、ホモサピエンスのなかでは現生人類、つまり今の人類のみが、厳しい環境を生きのびることができた。

 ただ、それでも、5-7万年前くらいまでは、世界に散らばった現生人類の文化には、たとえば石器のつくりかたなどには大きな差異はなかった。ここまででは東西文明には差異はない。

 ● 文化依存性の進化

 (人類学者、尾本恵市氏(2014年1月の放送大学「進化生物学入門」講義)によると、20万年前に誕生した現在につながるホモサピエンスとしてのヒトは、

 文化依存性の進化

の結果として、約7万年前から急速に文明を持つようになった。

 これには、おでこの前頭葉がこのころ急速に発達し、抽象化能力を身につけたことと関連があるのかもしれないという。この能力は現生人類のみに見られるのであり、ほかのネアンデルタール人などではみられないという。このことが、食料調達の工夫に劣るなどネアンデルタール人が氷河期を生き残れなかった主因かもしれない。

 逆に言うと、新人類の現生人類も最初の20万年前から5-7万年までは、なぜかこの文化依存性の進化はほとんどなかったということになる。

 ブログ末に、この講義で示された「現生人類の登場」と、その世界拡散の様子を具体的に示した図を掲載)

 差異が出始めるのは、温暖化で第4氷河期がピークをすぎた今から2万年前。

 その後、急速に温暖化が始まる今から13000年前から10000年の間では西洋と東洋の文明には、洞窟の壁画や出土品などでもわかるように、明確に差異が出てくる。芸術が花開くなど西洋の優位が、脳容積や遺伝子構成には双方に有意な違いはほとんどないのに、はっきりする。

 これは、地理的な違いが、当時の温暖化の影響の受け方に大きな違いを生んだためである。幸運な緯度地帯だった地中海を持つ西洋にとって当時の温暖化は幸いした。それだけなのだ。要するには、西洋の人種的な優越性などというのは、偏見であり、幻想なのだとモリスは結論付けている。

 まとめると、5-7万年前から世界に広がった現生人類(今の人類)の間には東洋、西洋という文明の明確な差異はまだなかった。しかし、氷河期の終わる13000年前ごろになると、はっきりとした差異が出てきた。

 この結果、

 温暖化による地理的な優位が、東洋に対するこのころの西洋のリードの主因

となった。

 そして、

 10000年前になると、西洋という地理的な概念が分析ツールとして有効性を発揮する

とモリスは、その著書で強調している。

  分析ツールとしての地理について、注意しなければならないのは、

 「地理が社会発展の道筋を決定する一方で、その社会発展が地理の意味するところを変える」

ということである。 

 たとえば、ある時期までは西欧にとって地中海の海は決定的に重要だった。地理的な優位性があった。当時としては大西洋という地理はむしろ、地理的には後進性を示すものだった。しかし、その後の社会の発展で、大西洋に突き出ているイベリア半島は、地理的な優位性を獲得し、大航海時代という発展の時代を獲得する。地理的な優位性が発揮されたというわけだ。

 これは言ってみれば、

 動的な「文明の生態史観」、あるいは動的な「文明の海洋史観」

ともいえるだろう。

 余談だが、こうした観点から、現代のスーパーパワー、アメリカの文明的な立ち位置を分析することができるようにもみえる。何が、7つの海の大英帝国から超大国アメリカへと、西洋文明の重心を移動させたのかというテーマである。

 S.ハンチントンとは異なる史観がみえてくるような気がする。

 ● 温暖化で人類に新しい選択肢

 文明の興亡においては自然地理が大変に重要だとするモリスのこの著書で、注目したいのは、

 人類、あるいは人間の選択

という視点。たとえば温暖化が13000年前のチグリス・ユーフラテスの「河沿いの丘陵地帯」に暮らす人々の選択を、分析ツールとして取り入れていることだ。

 具体的には、こう書いている(同書上巻、p142ページ)

 「地理が西洋人の仕事を容易にしたのだろう。それでも、気候や種子の大きさだけが歴史ではない。仕事を減らす、もっと食べる、大人数の家族を養うといった個々の選択も大きな意味を持つのは確かだ」

 これを、ブログ子なりに要するに

 怠惰と貪欲と不安の中、人間は、自分の選択がどんな結果を招くのかわからない。しかし、生き残るために、あるいは今までのところに定住するのか、あるいは移住するのかを主体的に判断、行動してきた。この主体はまぎれもなく人間であり、人類なのである。環境が一方的にその選択を押し付けたものではない。いわんや環境が判断したり、行動したのではない。

 リスク覚悟で、生存確率の高い新しい選択を主体的に行なったのは人間である。人間はひたすら環境に鼻づらを引きずり回されるだけの哀れな存在ではなかった

ということであろう。

 この意味では、選択肢のない科学理論をよそおった結果論的なダーウィンの進化論は誤りであり、進化の実態とはかけ離れている。

 ● 人類が初めてサバンナに立ったとき

 さらに踏み込んでいえば、

 数百万年も前、チンパンジーから別れた猿人は、森の樹上から地上へ、そしてサバンナに食料をもとめて旅立ったとき、これまでの動物にはなかった共感力で社会性を発達させ、身につけた。つまり、人間性を身につけ、

 サバンナへと2本足で分け入っていった

のではないか。その結果がどうなるのかは、当時の猿人にもわからなかったはずである。それでも、サバンナに出るという決断と行動があった。

 歴史とは、そういう選択と行動の積み重ねなのだ。

 選択の結果の行動が、人類などのその生物の脳の働く環境を決めている。脳の働きはあくまで受身であり、脳自身が主体的に行動を決めているのではない。

 決断と行動の主体は、ある特定の勇敢な英雄猿人かもしれないし、あるいは、小さなこどものチンパンジーだったかもしれない。

 このことは、生物全体、たとえば、数億年前、魚がある日、気候変動、あるいは地球環境の変動で陸上に上がろうとしたときの選択と行動でも言えるのではないか。

 その時の選択と行動が、魚たちの体内に蓄積された偶然の産物である突然変異を呼び覚まし、生体分子機構という必然のメカニズムでテストされ、ふるいにかけられる。この生き残りのための合目的性のテストに合格した魚たちだけが陸上で両生類へと進化していった。

 進化といい、歴史といい、偶然と必然、その間の生物の主体的な選択なのだと思う。

 ダーウィン進化論とは、いってみれば

 勝って生き残れば官軍、敗れれば賊軍の淘汰

であり、結果論なのだ。

 何でも説明できるが、未来について何も予測できないダーウィン進化論の適応主義の正体は、勝てば官軍思想にすぎないと思う。

02_11_020043

  ( - 氷河期と温暖化の様子 2004年3月号「ナショナルジオグラフィック」日本版大特集より)

 ● 補遺 文明を行き詰らせるもの

 モリスの著書では、文明を行き詰まらせるものとして、次の5つを挙げている。

 飢餓、疫病、移住、国家の失策、そして気候変動

である。ここで述べた気候変動同様、ほかの要因も人間の選択をせまるものであることを忘れてはなるまい。ローマ帝国衰亡史も、こうした視点と地理学という分析ツールから再考察することが求められるのではないか。

 つまり、西洋の支配はずっと数万年の昔から続いており、今もそうなのは当然であるという偏見の長期固定論でもなく、今の支配は一時的なものとする短期偶然論でもないパターンのある分析が必要だと思う。

  ● 補遺2 J.モノー『偶然と必然』

 フランスの分子生物学者でノーベル賞受賞者、J.モノーの名著に

 『偶然と必然』(みすず書房、1972)

というのがある。

 「進化の要因は、不変な情報(DNAなど)が微視的な偶然によるかく乱(突然変異のこと)をうけることにある。このように偶然に発した情報は、合目的な機構により、あるいは取り入れられ、あるいは拒否され、さらに忠実に再生・翻訳され、その後、巨視的な自然の選択を経て必然のものとなる」

としている。さらに、具体的な本文から引用すると、

 「(偶然によって起こった生殖細胞の核内の突然変異のうち)受け入れられる突然変異というのは、(まず第一に進化の結果として持つ個体の生存という)合目的装置の(合理的な)首尾一貫性を低下させてはならない。だけでなく同時に、むしろすでに起こっている変化の方向に即してこれをさらにいっそう強化するか、あらたな可能性を開くものでなければならない」(同書p139ページ)

としている。この二つの条件は自己複製と遺伝という完全に決定論的な必然性の下で遂行されるという。

 引用の中の合目的装置とは、複製と遺伝の分子機構のこと。

  ● 補遺 人類の大いなる旅

 約20万年前に東アフリカ登場した現生人類の、その後の大いなる旅については、

 「ナショナルジオグラフィック」2006年3月号

に大特集がある。人類の移住ルートという美しいカラー地図は貴重である。

 それによると、7-5万年前にアフリカを旅立った現生人類はヨーロッパには今から4-3万年前に移住している。これに対し、中央アジアには約4万年前に到着している。さらにそこからベーリング海峡を渡ったのが、2-1.5万年前。南アメリカの南端には、今から1.5-1.2万年前に達していた。地球温暖化が本格し始めたころである。オーストラリアには、東南アジアの島伝いに旅を続けて、5万年前にはもう到着していたらしい。

 こうした多いなる旅で、現代人からさかのぼった現生人類の遺伝子構成は、アフリカ人を別にすれば、西ユーラシア人も東ユーラシア人も、くっきりと分離できるほどの大きな違いはないことがわかっている(たとえば、国立遺伝学研究所教授の斎藤成也(集団遺伝学)氏の研究、第25回(2008年)浜松コンファレンス講演録)。

 ● 進化生物学入門

 2014年1月14日に放送された放送大学講義「進化生物学入門」(尾本恵市教授)の現生人類の登場と、その世界拡散の様子を次に挙げておく。同日のテレビ画面から。

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