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もうひとりのシェイクスピア  常識を疑う

(2015.01.11) イギリスの劇作家、W. シェイクスピアの「ハムレット」の中のもっとも有名な台詞といえば、

 「生きるべきか、それとも死ぬべきか(To be or not to be)」

だろう。このあと、それが問題だと続く。この劇の全体をかんがえれば、これは、

 復讐をするべきか、それともするべきではないか

という決断を表現したもの。

 この正月の3が日のNHKBS放送を見ていたら、深夜の世界のドキュメンタリーで

 「シェイクスピアの正体」(アメリカ、2012年)

というのを放送していた。ほろ酔い気分で見ていたのだが、ふと、これは、シェイクスピアの実人生における決断のときの本人の思いをそのまま劇作に取り入れたのではないかと気づいた。

 自分の本名そのままに一連の体制批判の劇作を発表すべきか、それとも「シェイクスピア」という架空の人物に仮託して発表するべきか

という問題である。本名そのままでは自分の命は危ういかもしれない。生きるためには架空の人物に託して、世に発表するしかない

 そう決心して、発表したのが、いわゆるシェイクスピアのあの一連の劇作群なのではないか。

 ● オクスフォード伯という別人説

 ドキュメンタリーでは、シェイクスピアの正体は誰なのか、さまざまな人物にインタビューして、まとめていた。

 つまり、通常いわれている通り、イギリス中部の都市、ストラトフォード(・アポン・エイボン)出身の実在した穀物商人で、本名、W.シェイクスピアなのか、

 それとも、その正体は、当時、文才もあり、ヨーロッパ情勢や上流社会にも詳しい貴族だったオクスフォード出身のエドワード・オクスフォード伯爵なのか

という問題設定で、番組は進行した。番組をみた限りでは、どうやら後者の第17代オクスフォード伯らしいと思った。シェイクスピア別人説の主張である。

 というのも、実在した商人の経歴やその生活行動からは、とても、一連の作品を生み出せるとは思えない、作品群には当時の外国の貴族社会やヨーロッパ情勢に詳しくなければ書けないのに、商人にはそうした下地があったとは思えない、さらに、当時のエリザベスI世の後継をめぐる近辺の政治情勢に精通していなければあれほどの体制批判などできない、しかもあれだけ体制批判をしても、ほかのひとは次々と逮捕され投獄されていたにもかかわらず商人自身はなにごともなく生涯を終えているなどなど

 実在したロンドンの商人が一連の作品の作者だとするには、整合性がとれない現実の状況証拠がありすぎて、信じがたいというわけだ。

 ● ダーウィン進化論を疑う

 シェイクスピアほどの世界的な有名人でもその正体が謎であるというのも、なんだか不思議な気がした。

 こうなると、日本でも聖徳太子は存在しなかったという話もあるが、まんざら、あるいは端からでたらめと決め付けることはできない気がしてきた。

 常識は、寄りかかるには便利だが、くつがえされることがある。一度は疑ってみるという習慣を身につけたい。

 そこで、思う。

 ダーウィンの進化論は本当に正しいか

という問題だ。信じるべきか、それとも新しいテーゼを出すべきか、それが問題だ。

 ブログ子の意見は、後者で

 主体性の進化論

だと思う。

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