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空想以外の何を愛せようか 久里洋二のこと

(2014.12.31)  この一年を振り返ってみたのだが、科学や技術、あるいはその社会との関係に興味をもっているせいか、どうも美術館に足を運んだというのが、とても少なかった。

 ただ、テレビなどの、たとえば日曜美術館(Eテレ)などはよく見る。のだが、本物を見にわざわざ出かけることは、少なかった。

 そんななか、足を運んだのは、秋の特別展

 デ・キリコ回顧展 ( 浜松市美術館 )

と、夏に出かけた常設の秋野不矩美術館 (浜松市天竜区)だけだった。後者については、7月のこのブログで書いたので、ここでは、イタリアの前衛画家、キリコについて、書いてみたい。

  出かけたのは、パンフのキャッチコピー、謎を愛した画家とか、ピカソが最も畏れたとかいう言葉につられたのかもしれない。

 いわゆるシュールな世界だったが、その感想を、本人の言葉で一言で言えば、

 謎以外の何を愛せようか

ということだった。もうすこし、その愛し方を噛み砕いて言えば

 不安を込めて

ということだろう。不安を込めて、その謎を愛した。

  そして、会場を見て回りながら、ふと、そのシュールさに、ブログ子の出身高校の大先輩の絵にどこか似ているところがあると気がついた。

 その大先輩とは、イラストレーターの久里洋二さんで、長い間、医学広報情報誌「SCOPE」(日本アップジョン)の表紙を飾るイラストを描いているのを、ブログ子は知っていた( 以下の「補遺」参照 )。

 たとえば、その事例として写真右を見てもわかるのだが、これまた、シュー Image2043scope199409_3 ル。

 友人から電話で、リンゴを送ったと言ってくると、受話器からそのリンゴが出てくるというイラスト。お金を送ったといえば、受話器からお札が出てくるというわけ。

 なのだが、

 空想以外の何を愛せようか

という雰囲気がある。ただ、キリコと違うのは、不安ではなく、

 ユーモアを込めて

その空想を絵にしている点。

 そんなことを考えながら、回顧展を見て回った。

 ● 補遺 久里洋二作品集

 この月刊広報誌の表紙になったもののなかから厳選したイラストが、後に

 『KURI YOJI 久里洋二作品集』(求龍堂、1991年、非売品)

として、まとめられている。久里洋二式「空想庭園」と書かれた腰巻がおもしろい。おもわず、「なるほど」とうなづき、にこりとしてしまうイラストがたくさんあって、たのしい。

 ブログ子の座右の書である。

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