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「青色LED」の受賞、その光と不運な影と 

 Image204020141211 (2014.12.12)  スウェーデンでのノーベル賞授賞式の様子が各紙に華々しく報じられている。とくに今回は、青色LEDの物理学賞に光が当たっていたように思う(右写真 = 2014年12月11日付中日新聞夕刊)。

 ある意味では、つまり、社会に与えた恩恵が世界にあまねく届いているという意味では、これは、わかりやすいものであり、光があたるのも当然かもしれない。受賞者3人ともが日本人というのも、私たちにとっては誇らしい。とりわけ、その一人が、ブログ子の今住んでいる浜松市出身ということであれば、なおさらである。

 ところが、この日本人3人の受賞には、輝かしい光の部分のほかに、実は影の部分があることに、ブログ子は気づいた。

 ● 選考委員長のインタビュー

 気づかせてくれたのは、同じ12月11日付朝日新聞朝刊「科学」欄。物理学賞のパル・デルシング選考委員長(工科大教授)へのインタビュー記事が載っているのだが、今回、なぜ青色LEDに対象を絞ったのかというある意味、鋭い、意味深長な質問を、選考委員長にぶつけている。

 通常こういう微妙な質問には、選考委員長自らこたえることはないはずなのだが、デルシング委員長は

 「青色は実現がきわめて難しかったからだ」

と、これまた意味深長なこたえをしている。質問した記者の真意は、記事には書かれていないが、おそらく、LED(発光ダイオード)を世界で初めて発明した人をなぜ外したのかということだったろう。世界初のダイオードは「赤色」で、しかも発明は1962年だった

  ● なぜ外れた「赤色」のホロ二アック博士

  その発明者の名前は

 「発光ダイオードの父」といわれ、幾多の輝かしい業績をもつアメリカのニック・ホロニアック博士

である( 現在86歳 )。

 当然、今回、受賞してもいいはずなのにという意味が質問に込められている。

  あまつさえ、受賞者を決める選考基準について問われた選考委員長は、

 「その分野の新たな発見や発明に、だれが一番重要な貢献をしたかだ」

とも強調しているから、なおさらだ。青色LEDは世界初の赤色LEDの発明なくして、発明も実用化もなかったであろう。

 それを気にしてか、どうか、件の委員長は、インタビューの最後に、

 最終的に3人に絞りきるのは困難な場合が多いのも事実

と、その絞込みの難しさを正直に吐露している。

 今回の発光ダイオードの場合もそうだったことを、暗に言いたかったのだろう。

 青色LEDが実現したことで、光の三原色、つまり赤、緑、青がそろい、無限の可能性を引き出したことは事実である。

  だからといって、それぞれの波長を公平に扱うと、あまりに候補が広がりすぎる。重要な突破口を切り開いた業績に限ったとしても、絞りきれなくなる。

 たとえば、赤や(純)緑については、「光通信の父」とも言われている東北大の西澤潤一名誉教授も

 高輝度発光ダイオードの開発

という世界的にみても優れた業績がある。西澤さんは今年88歳である。

 ● 光通信の父、西澤潤一氏も

 こう考えると、今回の青色LEDの場合も、LED全体ではなく、開発が困難であり、社会への恩恵も多かった「青色」分野に、あえて授賞対象をしぼらざるを得なかった。

 言い換えれば、青色に限ったのは、いわば

 苦肉の策

だったと推測される。インタビューの最後の委員長の言葉にも、そのことがにじんでいるように思う。

 それにしても、そのせいで、誰が決定的に重要な発明、発見をしたのかという対象分野の源流の重視をめざしたハズの選考が、「赤色」のホロニアック博士を外してしまう結果を生んだ。これは、いかにも意外である。ホロニアック博士自身もふくめて、多くの研究者にはすぐには納得がいかないだろう。困難な発明かどうかよりも、重要な発明かどうかが、選考基準としてはまずは問題のはずだからだ。

 すくなくとも、苦肉の策とはいえ、今回の選考はバランスを欠いた乱暴な選考ではなかったか。ブログ子はそう思う。

 この「赤色」外しとなった背景には、結果としてそうなったというよりは、なんだか、もう一つ、科学的には必ずしも合理的ではない何らかの理由があるのではないかという疑問さえ残る( 注記2 )。このことを正直に書いておきたい。

 ● 天野さんも危うかった

 ホロニアック博士が3人のうちの一人に入るとすると、入れ替わりで外れるのは

 天野浩教授

だろう( 「注記」参照 )。

 この注記にある記念講演の要旨を読むと、窒化ガリウムの結晶化こそ本質的だと青色の実用化の方向性をはっきりと認識し、それに向かって具体的な方針を指し示した赤崎勇さんや、青色素子の基本となる窒化ガリウムの結晶づくりの「ツーフロー方式」が決定的に重要な発明であり、それで実用化に成功した中村修二さんを外すわけにはいかないことがわかる。

 バランスからすると赤崎さんの弟子、天野さんが割りを食うというわけだ。

 青色LED  ホロ二アック、赤崎、中村

 これが、〝正しい〟選考結果ということになろう。

 もっとも、それでは、余計なことではあるが、浜松市に暮らすブログ子としては、残念至極ということになる。

 ● 非情の不運

 それはともかく、今回の授賞式でもっともがっかりしているのは、ホロ二アック博士だろう。

 ノーベル賞授賞には、物理学賞にかぎらず、そして今回に限らず、毎回、受賞者や関係者にとって光だけではなく、悲運の影もまた、人知れずつきまとう。このことをもっと知っていいだろう。

 それを不運といえば、不運といえるだろう。しかし、それは、光の部分があまりにまぶしすぎるだけに、過酷なまでに非情といえよう。

  ● 注記 3氏記念講演の要旨

 このように結論したのは、3氏の記念講演要旨を拝見したからである。講演要旨は、たとえば、12月9日付中日新聞に、相当に詳しく掲載されている。

  ● 注記2

  たとえば、「アフターグロー」(2007年)に載ったホロ二アック氏の発言。

 周りの研究同僚たちが、(さまざまな国際的な栄誉賞に輝いた)あなたはノーベル賞に値すると述べた。このことに対し、ホロ二アック氏は

 「あなたは何かに値すると誰かが思うなんて、馬鹿げている。その番が回ってきたとき、生きていたら幸運ということだ」

と、いかにも受賞は当然という態度を示したらしいことがうかがえる。このことが、選考委員にある種の不快感を与えたからというのも、ひとつの見方だろう。不遜だというわけだ。この見方が事実だとするならば、ノーベル賞を受賞しようという気があるなら、長生きすると同時に、その間においては言葉に気をつける必要がある。

 これとは対照的な事例は、2008年に87歳でノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者の南部陽一郎さん。2005年、フランクリン・メダルを受賞したとき、まわりから

 「ノーベル賞に王手をかけた」

と言われたりした。南部さんは、それに対し、もの静かに

 「それはどうかな」

と、謙虚に笑っただけだった。そして、その3年後に受賞した。この「どうかな」発言は、2005年6月5日付読売新聞「顔」

ノーベル賞に王手 ? 「どうかな」

に載っている。

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