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2014年12月

写真アルバムの活用 高齢者フォーラム 

(2014.12.30)  ブログ子も高齢者になったせいか、

 高齢者フォーラム

という催し物があったりすると、つい出かけることが多い。ましてや、「一人でも生きられる」というテーマなんかだと、余計である。

 最近、あるNPO法人が主催し、看護師、保健師、介護福祉士、社会福祉士などを講師にしたそんな催し物が浜松市内で開かれた。ブログ子も早速、ボランティアを買って出て、講演を聞きに出か けた。

 Imgp652420141127_2 なんと、会場はほとんど満員。

 会場で配られた

 高齢者入居施設の種類と利用料

というカラーパンフがとても、気に入った。自立型と介護型にわけて、それぞれについて、利用料の安いものから、高いものの順に絵入りで一枚の紙に、いわば二次元的に鳥瞰できるよう図示してあって、ありがたかった。

 これだけでも、出かけたかいがあったのだが、介護に悩む家族などからさまざまな質問が出た。これまたとても貴重な指針になった。

 たとえば、認知症などで介護が必要になる。施設に入ったのだが、介護するほうも、介護される家族も、本人とコミュニケーションがなかなかうまく取れない。何かいい方法はないか。

 そんな質問だったのだが、経験豊富な看護師で介護福祉士の講師が、

 それなら、写真アルバムを施設の部屋なり、ベッドの脇に置いたらいい

とアドバイスしていた。アルバムを通じて、本人と会話が成り立つのだ。専門的には、

 回想法

というのだそうだが、これだとかなりうまく会話ができるのだという。介護する側も、アルバムがあると、話の糸口がみつかり、大助かりらしい。

 ● アルツハイマー検診の時代も近い

 アルツハイマーや認知症については、これまでのところ根治は難しいとされている。発症をできるだけ遅らせたり、症状を緩和したりするのがせいぜい。

 そう思っていたら、最近では、

 アルツハイマー病の原因タンパク質、つまり脳内に長い年月をかけて少しずつ蓄積する

 アミロイドベータ

の量を測定できる装置(質量分析装置)が登場しているらしい。それも、わずか数滴の血液から割り出せるという( 以下の「補遺」参照 )

 その割り出し量から、将来、アルツハイマー病に、同世代に比べてどの程度なりやすいのか、なりやすい場合、発症まで道のりのどの位置に今いるのかということなどの判定が、おおまかではあるが、できるようになってきた。近い将来、検診などで実際に使われる見通しにまでなってきているらしい。

 そんな診断システムについては、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)で研究されているという。

  そんな話も聞けたフォーラムだった。

 会場を出るときには、すこし気が楽になっていた。

 出歩くというのは、そして、運動するというのは、血行を良くするという意味で

 一番の認知症やアルツハイマーの予防薬、緩和薬

かもしれない。

 ● 補遺 アルツハイマー病の検査法

 この分子を特定するための質量分析装置は、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さん率いる島津製作所研究グループによって実用化に向け開発が進められている。

 この装置を使った検診での検査方法がいかに優れたものであるかは、今の世界のアルツハイマー病検査方法の概要を知れば、よく理解できる。

 以下は、「日経サイエンス」2014年6月号のヘルス・トピックス、

 アルツハイマー病検査のジレンマ

という記事による。

 現在、アメリカでは、アルツハイマー病の先端的で確実な検査法として、アミロイド斑(アミロイドベータタンパク質凝集体)の脳内の量を推定する

 認知症患者向けの「アミビッド検査法」

が取り入れられている。しかし、これは、検査法そのものが健康被害を引き起こす可能性があることから、実施する場合、患者であるか、疑わしい場合に事実上限られている。

 この方法を簡単に言えば、さきほどの凝集体を着色するために、特殊な放射性色素を患者らに注射する。この色素が脳に運ばれ、凝集体に結合する。この状態で、脳をいわゆるPET(陽電子放出断層撮影装置)で撮影すると、脳内に注入され固着した色素が放射するガンマー線をとらえることができる。これにより、診断に必要なアミロイド斑の画像が得られる。

 このことからもわかるが、この脳スキャン検査法は、放射線障害など脳の健康への悪影響が否定できない。検査費用が数十万円と高価であるというデメリットがある。

 つまり、スキャンすべきか、せざるべきかということが悩ましい問題

になり、アメリカ医学界でもこの10年以上論争が続いている。

 第一、これでは、健康な人のための予防としての検診には当然、使えない。患者か、症状が疑われる人に限られるというのでは、致命的とは言わないまでも、検査法としては重大な欠陥のあるといえそうだ。

 それに比べれば、血液数滴で誰でも検査OKという田中耕一さんの検査法は、確立すれば革命的な診断方法になる。

 多少オーバーに言えば、

 もう一回、ノーベル賞、それも医学賞

がもらえるともいえる。

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空想以外の何を愛せようか 久里洋二のこと

(2014.12.31)  この一年を振り返ってみたのだが、科学や技術、あるいはその社会との関係に興味をもっているせいか、どうも美術館に足を運んだというのが、とても少なかった。

 ただ、テレビなどの、たとえば日曜美術館(Eテレ)などはよく見る。のだが、本物を見にわざわざ出かけることは、少なかった。

 そんななか、足を運んだのは、秋の特別展

 デ・キリコ回顧展 ( 浜松市美術館 )

と、夏に出かけた常設の秋野不矩美術館 (浜松市天竜区)だけだった。後者については、7月のこのブログで書いたので、ここでは、イタリアの前衛画家、キリコについて、書いてみたい。

  出かけたのは、パンフのキャッチコピー、謎を愛した画家とか、ピカソが最も畏れたとかいう言葉につられたのかもしれない。

 いわゆるシュールな世界だったが、その感想を、本人の言葉で一言で言えば、

 謎以外の何を愛せようか

ということだった。もうすこし、その愛し方を噛み砕いて言えば

 不安を込めて

ということだろう。不安を込めて、その謎を愛した。

  そして、会場を見て回りながら、ふと、そのシュールさに、ブログ子の出身高校の大先輩の絵にどこか似ているところがあると気がついた。

 その大先輩とは、イラストレーターの久里洋二さんで、長い間、医学広報情報誌「SCOPE」(日本アップジョン)の表紙を飾るイラストを描いているのを、ブログ子は知っていた( 以下の「補遺」参照 )。

 たとえば、その事例として写真右を見てもわかるのだが、これまた、シュー Image2043scope199409_3 ル。

 友人から電話で、リンゴを送ったと言ってくると、受話器からそのリンゴが出てくるというイラスト。お金を送ったといえば、受話器からお札が出てくるというわけ。

 なのだが、

 空想以外の何を愛せようか

という雰囲気がある。ただ、キリコと違うのは、不安ではなく、

 ユーモアを込めて

その空想を絵にしている点。

 そんなことを考えながら、回顧展を見て回った。

 ● 補遺 久里洋二作品集

 この月刊広報誌の表紙になったもののなかから厳選したイラストが、後に

 『KURI YOJI 久里洋二作品集』(求龍堂、1991年、非売品)

として、まとめられている。久里洋二式「空想庭園」と書かれた腰巻がおもしろい。おもわず、「なるほど」とうなづき、にこりとしてしまうイラストがたくさんあって、たのしい。

 ブログ子の座右の書である。

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「読書ゼロ」は悪いことか 立花隆の怪気炎

(2014.12.30)  前回、2015年の予測に関連して、本の話をしたので、ここでももう一つの予測

 広がる〝読書ゼロ〟

を挙げておきたい。具体的に言えば、週刊誌などをのぞいて、単行本、文庫本などを1か月に1冊も本を読まない大人は半数、50%を超えるだろうと予測する。1か月どころか、本はまったく読まないというのも、半数を超えるだろう。

 3週間ほど前の「クローズアップ現代」というNHK番組でも、

 広がる読書ゼロについて、どうしたらこうした深刻な事態を改善できるか

というテーマで番組を放送していた。

 ところが、ゲストとして登場した立花隆氏は、

 読書ゼロというのは、悪いことという前提が間違っている。必ずしも悪いことではない

などとキャスターをたしなめていた。20万冊も蔵書を持つ立花さんだけに、意表を突くコメントである。

 このネット時代、読書ゼロというのはいいことなのだ。読書でインプットというのはもう通用しない。(まどろっこしい)読書をスループット(パスするという意味?)するのが、ネット時代。スマホを否定的に考えるのはまちがい。ネット時代の良さもある。

 そんなコメントをまくし立てていた。

 ● 筆力高めるには読書は必要

 このコメントを聞いていて、一理あると感じた。立花さんは、70歳半ばに入り、だいぶボケてきたのではないかと、一時思っていたブログ子だが、そうでもないことがわかった。

 最後に、以下のようなことを力説していた。

 考える力をつけるには、読書よりも、書くことだ。これが一番。書くことで考えがまとまる。

 これは、真理だと、ブログ子も思う。

 ただ、大量の読書をすることで、つまり、いろいろな人の文章を読むことで、筆力が格段に高まる。それも、ある日、突然に。

 この書くことと、読書の関係を無視してはならない。読書しない人の文章は、すぐわかる。雑だからだ。

 書いて考えを論理的にきちんとまとめることができるようになるためには、実は読書は必要なのだ。我流ではダメ。

 これが、立花さんに対するブログ子のコメントである

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始まるセブン・イレブンVsアマゾン流通戦争  ------ 2015年予測 何が問題か

Imgp6643 (2014.12.30)  この時期になると、来年の予測がいろいろと話題になる。ブログ子が確実に予測できるニュースを一つ紹介しておきたい。

 それは、

 セブン・イレブン Vs アマゾン流通大戦争

だ。ブログ子も、ご多分にもれず、近くにあるセブン・イレブンの店を、ちょくちょく利用している。のだが、2週間ほど前、店の玄関先に写真上のような

 セブンイレブンは街の本屋 (送料・手数料ゼロ)

     店頭でご注文承ります。ネットでもOK

という広告を見て、仰天したからだ。

 ブログ子はこれまで、新本でも、中古本でもパソコンから直接、ネットショップのアマゾンHPにつないで注文していた。2、3日で届く。代金は玄関先で「代金引き換え」にしている。

 12_30_0_2 アマゾンのこの便利さにはほとほと感心している。しかし、アマゾンにも弱点がある。それはネットでしか注文できないのだ。つまり、店員のいるリアル店がない。

 セブンイレブンは、もともとリアル店だけしかない。しかも、取り扱い対象商品はセブンイレブンの開発商品かその関連商品のみである。それをリアル店で注文し、リアル店で受け取る。

 これに対し、品揃えした本を、店員のいるリアル店で注文するとリアル店で受け取れるのだ。本だけかと、思ったら、つい最近の店内には

 写真右上のような商品、つまり、西武や、そごうの靴、さらには口紅などの「コスメ」も、ネットで注文し、近くの店員のいるリアル店で受け取れる。こうなると、留守時の宅配の受け取り手間が大幅に、あるいは劇的に削減される。これは宅配するほうも、されるほうも大変に便利。ここに、消費者宅の近くに、しかも常に店員のいるリアル店のあるセブンイレブンの強みがある。リアル店のないアマゾンにはこれができないからだ。

 将来は、必要なら、消費者宅の玄関まで届けてくれる。

 なんと、この流通システムが出来上った暁には、逆に玄関口で商品の注文から配達まで、近くのリアル店の店員/スタッフが御用聞きをするというものだ。これはリアル店のないアマゾンには決してできない仕組みである。

 この仕組みだと、パソコン利用者もそうではない消費者も利用できる。おそらく、大幅な顧客の増加が、リアル店を持つセブンイレブンには見込める。アマゾンはPC利用者のみが顧客なのに対し、セブンイレブンはすべての消費者が顧客対象となりえる。

 ● オム二チャンネルでアマゾンに対抗

 Imgp6649vs こうしたことに気づいたブログ子だが、すでに「週刊現代」2014年11月22日号に写真したのような

 生きるか、死ぬか。この戦いを制したものが日本を制す

 セブン・イレブン vs アマゾン流通大戦争

 --- 「黒船」を日本から放逐せよ

で、かなり詳しくその舞台裏を紹介している。このオム二チャンネル構想は、鈴木敏文会長の息子、康弘氏( セブン&アイ・ネットメディア代表取締役)が10年も前から温めていたらしい。

  ● 価格競争のない独占の禁止か、それとも

   独占してもいいから便利さの魅力を選択すべきか

   ---- どちらが、最終的に消費者の利益か

 実は、アメリカではすでに、パソコンを利用する消費者にとって米アマゾン商法のあまりの便利さについて、さまざまな問題が浮かび上がってきている。

 そのことを、2014年11月7日付朝日新聞朝刊は、以下の写真のようにニューヨークタイムズ紙掲載のコラムを紹介している( NYタイムズ、10月14日付の抄訳)。

  米アマゾン商法 独占か 便利さの魅力か(写真)

 問題点のポイントだけを書くと、コラムニストが言わんとしていることは

 アメリカも日本の場合も、独占禁止法は消費者の利益にならないという立場で独占企業を排除する法律である。しかし、だからといって、そんなに便利なアマゾンを、仮に独占企業であるとしても排除しては、そもそもの法律の狙いである消費者の利益が損なわれてはならないという原則に抵触するのではないか(だから、この場合、独占はいいことだという論理)

ということ。もちろん、どちらがいいかという結論はコラムでは書かれていない。

排除すべきか、認めるべきか、それが悩ましい問題だ

というハムレット的問題だというわけだ。

 日本の場合、ネットだけの米アマゾン商法より、さらに消費者に便利になる。と予測できる。

 2015年は、こうした問題がクローズアップされてくるだろう。さらに数年のうちには、大手宅配業者も巻き込んだネットとリアルの大再編劇が日本で展開されるような予感がする。  Imgp6157nyt20141107        ( 2014年11月7日付朝日新聞から )

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今年の科学界、そのベスト1とワースト1 

12_30_0 (2014.12.30)  それほど見ているわけではないのだが、BS放送のBS11

 本格報道 IN side OUT 

を見ていたら、キーワードで振り返る2014年というのを特集していた。経済学者の金子勝さん、元共同通信記者のジャーナリスト、青木理さんが出演していた。

  ベスト10を選んで、10位から話を進めていた。

 10位は、小保方晴子さんのSTAP細胞「あります」騒動。

  9位は、安倍政権、2女性閣僚同時辞任。

 この2つのニュースで、果たして「女性の活躍」というキーワードに内実はあったのだろうか、と論じていた。

 ついで、

  8位は、朝日新聞、従軍慰安婦記事取り消しなど一連の不祥事で社長が引責辞任。

  7位は、事故から3年、原発再稼動、相次ぐ申請。

と続いた。あとは、経済学者の金子さんのことだから、だいたい想像がつく。

 ブログ子も、残りについて、順位はともかく、以下のような出来事を挙げておきたい。

 ● 7-9期実質GDP、前期比マイナス1.6%(速報値、年率換算)、改定値マイナス1.9%。

    2期連続マイナス成長ショック、より実感に近い名目ではマイナス3.5%。

   アベノミクスに黄信号。

 ● 8%に引き上げの消費税、10%への再引き上げは1年半先送り

 ● 総選挙で自民、2/3議席維持。国会は「一強多弱」時代に

 ● 集団的自衛権の容認、閣議決定。

 ● 特定秘密保護法、施行。

 ● デフレ脱却へ日銀、追加の量的緩和実施。

 ● サッカーW杯(ブラジル)、日本一勝もできず、予選敗退。

 唯一、明るいニュースは

 ● ノーベル物理学賞、青色LEDで枠3人とも日本人

 唯一、手放しで明るいニュースといえるのは、このノーベル賞だけだった。

 科学界では、

  ワースト1は小保方問題、ベスト1は青色LED

だろう。

 ブログ子がボランティアをしている浜松科学館(浜松市)でも、写真のような展示が行なわれる。ぜひ行ってみたい。

 この中で、国内トップは、いうまでもなく、今年の漢字1字にも選ばれた

 消費税の引き上げ/先送り問題

だろう。

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キトラ古墳はなぜそんなに重要なのか

(2014.12.27)  年末になって、ばたばたしていたら、NHKのBSプレミアムで

 飛鳥の大宇宙 「キトラ」に眠るのは誰だ

というのを見た。1か月ほど前にも、漫然と見たのだが、なぜ、そんなにキトラ古墳が大事なのか、ということがブログ子には、よくわからないままだった。

 それでも、見たのは、ブログ子の先輩、宮島一彦同志社大教授が番組に少しの間だが、出演、コメントをしていた記憶があったからだ。

 それで、あらためて初めから最後まで見てみた。

 それでようやく 7世紀末ごろの藤原京時代につくられたキトラ古墳がなぜそんなに重要なのか、もう一歩突っ込んで言えば、被葬者の特定が、なぜそんなに重要なのか、ということがわかった。

 盗掘されていたとはいえ、さまざまな残された手がかり、物証から、番組は被葬者が皇族なのか、あるいは有力豪族なのかというように被葬者を絞り込んでいく推理小説的な趣向になっていた。

 なぜ重要なのか、ということだが、古墳の天井には北斗7星が金粉で描かれており、被葬者は統治権者である可能性が高い。

 だから、特定された被葬者が皇族なら、藤原京時代の7世紀末ごろ、あるいは大宝律令の制定前後(701年前後)という時代はすでに天皇専制の時代だったことがわかる。一方、特定された被葬者が有力豪族だったとしたら、当時はまだまだ有力豪族による連合、あるいは共和制の下にあったことが推定できる。

 だから、キトラに眠るのは誰か

ということが大変に重要な意味を持つというわけだ。

 つまり、

 この問いかけは、大宝律令制定前後の古代日本の「国のかたち」に直接かかわる問題なのだ。

 手がかりの一つが、天井の天文図。

 そこから割り出された観測地点は、

 北緯37.6度

と奈良よりもかなり高緯度(宮島教授の鑑定結果)。日本で言えば、東北の福島県福島市あたりであり、朝鮮半島でいえば、百済の都あたり。現在で言えば仁川あたりに相当する。この天文図は、いわば〝外国製〟なのだ。

 番組の結論は、特定はできなかったというものだが、外国製であるということから、絞り込む段階で、

 豪族説として、阿倍御主人 (あべのみよし)が浮かび上がっていた。大陸事情に詳しいからだ。陰陽師、安倍清明の先祖でもある。

 これに対し、皇族説として、高市皇子 ( 天武天皇の息子で、勝利に導いた壬申の乱の総司令官)

を主な説として挙げていた。

 天皇の墓ではないらしい。これは、天皇の墓の外形は当時すべて八角形であり、キトラは、高松塚古墳同様、円墳だからだ。

 高松塚古墳を早い段階で見学したこともあるブログ子の感想をいえば、確たる根拠はもちろんないのだが、素直な説として

 キトラの被葬者は、高市皇子

ではないか。天皇を補佐する太政大臣にまでなっているからだ。

 特定できなかったこともそうだが、極彩色の人物像で飾られていた高松塚古墳(1972年3月発見、刑部皇子(おさかべのおうじ)説が有力らしいが、いまだ被葬者は確定していない)といい、その10年後に発見されたキトラ古墳といい、さらには邪馬台国の場所、さらには卑弥呼はどこに眠っているのかなどなど、古代史は、まだまだ謎は多い。

 年末のあわただしい、気ぜわしい中、そんな悠久の歴史を感じさせた番組だった。

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あれから4半世紀、超新星1987Aの現在 

Imgp66901987a20141223 (2014.12.26)  ブログ子は、夜空に輝く大マゼラン雲をあおぐ南米チリのアタカマ大型ミリ波/サブミリ波干渉計(通称、ALMA。複数の巨大電波望遠鏡群を国際共同で運用 )のサポーターをしている。応援団というぐらいの意味しかないが、そのせいか、毎月満月の日に、メールで最新成果を紹介する

  ALMAメールマガジン

が届く。サイエンスボランティアをしている浜松科学館でこの望遠鏡などを駆使した最新の

 超新星1987Aの現在

について、ロンドン大学の松浦美香子研究員が生で解説するというので、その講演会に出かけた( 写真上 = 浜松科学館、12月23日 )。

 この超新星は、1987年2月、400年ぶりにとらえられたもので、望遠鏡の発明後、初めて爆発のその様子が詳細にとらえられた。

 それだけでなく、なんと、ニュートリノでも観測されたとても貴重な星。つまり、地球上では決して実験できない素粒子のふるまいを詳細に知ることができた。

  12_27_0_1sn1987a この講演会で示された観測データをもとにした

 1987Aの現在の想像図(ALMA、左写真)

 大きな質量の星は最後に超新星として大爆発をおこすのだが、そのあとには、遠赤外線の光でみると、チリ(冷えた微粒子)が地球の重さの1万倍という大量さで散らばっていることがわかった。想像図の真ん中の赤い部分がそれだという。

  こういう壮大な話を年末に聞くのもまた楽しいものだ。

 ● 「次」の出現では重力波も

 なお、この超新星から、とくにニュートリノの捕獲から、どんなことがわかるのかについては、

 「日経サイエンス」2014年7月号

 ニュートリノ望遠鏡が待つ次の超新星爆発

というのが、面白い。ほかの銀河の統計的なデータから、もうそろそろ次の超新星が天の川に出現してもおかしくないという話である。

 もし1987Aよりはるかに地球に近い天の川内で出現すれば、前回よりはるかに大量のニュートリノが捕獲されるはずだ。そのほかに、日本をはじめ世界の重力波観測施設が待ち構えている

 重力波の捕獲も可能

かもしれないという期待があろう。そうなれば、現在の重力理論への貢献は計り知れない。宇宙の初期、つまり

 原始重力波の検知

という宇宙論への貢献も期待できる。

 これらのことは、30年前には、絵空事であったことを思うと、まさに最近の天文学の最前線は隔世の感がある。

 ● 注記 1987Aの位置と、ニュートリノ捕獲のデータ(1987年2月)

12_27_2sn1987a

 12_27_1  

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2つの市民科学をつなぐ              -  新著『科学・技術と現代社会』の実践

12_24_0 (2014.12.17)  高名な宇宙論研究者で、「科学と社会」の評論も手がけている池内了さんの長期連載に

 現代科学の見方・読み方

というのがある。

 もう20年以上も季刊誌「GRAPHICATION」(富士ゼロックス)に掲載されており、当初からブログ子は、楽しみにして読んでいる。それほど知られている雑誌ではない。だから、新聞などとは違って、著者の本心、本音が弱音とともに素直に屈託なく出ている。そこからは著者の変わらぬまじめな姿勢を垣間見ることができて、なかなか面白い。

 ● パブリックな市民科学に向けて

 連載のテーマは、その号の特集にあわせて、選ばれている。最新号 (9月号、写真上) のテーマは

 パブリックを問う

というものだった。そこで、連載では

 市民科学に求められること

について、論じている。冒頭は

 「この三月で大学を退職してフリーになり、しみじみと自分の人生を振り返っている。(中略。専門研究も評論活動も) いずれも中途半端なままで大した業績も残せなかったと思うと空しくなる」

と、ぼやいている。池内さんが取り組んだ専門研究、科学評論のいずれも、その内容について、少しは知っているブログ子としては、このぼやきを額面どおりには受け取れない。謙遜だろう。

 が、しかし、このぼやきのあと、評論活動について言うだけではなく

 「実際に市民科学者として見事な生涯を捧げた高木仁三郎の著作(『市民科学を目指して』(朝日選書)、『市民科学者として生きる』岩波新書)を参照しながら、市民の側に立った科学のあり方について考え、彼とは異なった市民科学の方向を検討してみたいと思う。」

と語っている。「科学と社会」について科学ジャーナリズムの側から長くかかわってきた者として、ブログ子も、

 問題解決型の高木流とは「異なった(もう一つの)市民科学の方向」

を模索していることに共感したい。理系の高木流に対し、対話不能の引き裂かれた「二つの文化」(C.P.スノー、「補遺」参照)をもう一度融合させる市民科学というアプローチである。池内さんは、この道を

 新しい博物学

と呼んでいる。新しい文化論といっていいかもしれない。

 ただ、この二つのアプローチが別々に歩んでいては、市民同士が互いに自覚的に世を治め、地域の市民同士の苦しみや悩みを解決し、心豊かに暮らすという市民科学の目的を達成することは、むずかしいだろう。

 池内さんは、最近、ライフワークともいえる浩瀚な

 新著『科学・技術と現代社会』

をものにした。総合研究大学院大学での講義などをまとめたものだが、既存の科学・技術の現状と、その過去についてさまざまな角度から検討を加えている。序章では、それらを集約する形で

 福島原発事故

を取り上げている。

 こうした既存の科学や技術に対抗し、市民の身についた形で自然に、この二つのアプローチをどのように収れんさせ、

 新しい市民科学のあり方

を実践していくのか。そう考えると、結果的に、この本は市民科学をめざすためのバックグランドを外観したともいえよう。

 ブログ子の結論を先に言ってしまえば、

 問題解決型と「新しい博物学」型の市民科学をうまく収れんさせるには、地域の問題解決をめざすパブリックジャーナリズムを介在させる

ということである。

 「科学と社会」を考えているのに、アカデミズムという閉じられた中だけの活動では限界があり、成功しないように思う。アカデミズムとは相性がよくないとはいえ、多様な視点をもつ社会の側からのパブリックジャーナリズムと組むのなら、そして、互いに市民だという当事者意識をもつなら、目指すところが同じであることもあり、むしろ自然に協調関係を醸成することができるだろう。

 この点について、ブログ子のこれまでの実践例なども紹介しながら、論じてみたい。

  ● 都市近郊の湖でシジミの再生

 先に、池内さんに共感したといったのは、ブログ子もまた6年前の60歳定年後、ジャーナリストとして言うだけではなく、研究者とともに市民の側に立って「科学と社会」のあり方について考えていたからだ。今、よりよい地域社会をつくるための実践的な活動がようやく軌道に乗り始めている。

 それは時流に超然卓立するという無責任さではなく、地域の切実な問題解決のためのパブリックジャーナリズムである。

 220140816cid_0a2c8f7709c34591a22c_2 たとえば実際に地域の湖、佐鳴湖(浜松市)に高校生ボランティアや地域住民とともに入り、絶滅したヤマトシジミをなんとか自然繁殖させて再生しようと、実験ハウスをつくって取り組んでいる。そこから都市近郊の小さな湖でシジミを再生するには「都市と湖」の関係はどうあるべきかが、浮かび上がりつつある。湖の健全性を持続させるには何が必要か。具体的にいろいろな分野の専門家を内部に取り込み、市民目線で環境について調査し、データをとる。それをもとに研究会で発表したり、高校生たちと考えたりしている。

 写真左上は、佐鳴湖シジミの自然繁殖適地を探す潜水調査の様子である( 左端がブログ子。2014年8月 )。

 最近では、毎年、地元大学の先生とともに近くの中学校の総合学習の時間に湖について出前授業もするようになった。実験も行なう湖畔授業である。地域の中学校の文化祭にも、シジミの水質浄化能力の高さを目に見える形で示そうと生きたシジミを持ち込む。そのことで中学生とともに地元のわが町の湖のあり方を考えてもらっている。

 ボランティアをしてもらっている高校へは、生徒たちが取り組んでいる卒業課題研究の選択やその仕方、あるいは成果発表について、具体的で突っ込んだ議論になるよう、こちらからも出向く。時には辛辣に、あるときは愛情をもって意見を述べたりもしている。

 シジミだけでなく、湖の野鳥、魚などの調査をしている倶楽部や仲間も集まり、毎年2月ごろ佐鳴湖交流会も開かれるようになった。湖の湖畔にある浜松市博物館(縄文人の捨てたシジミやアサリ殻の貝塚も管理している)からは、学芸員が佐鳴湖の名前の変遷、周辺地質の変遷などについて市民にその成果を解説するなどしている。しかも、毎年、発表の幅がさまざまなテーマにまで広がってきている。

 さらには、ハウスで育てたシジミの料理レシピづくりを料理研究家に依頼。それをもとに市民向けのメニューづくりも湖畔近くのコミュニティレストランで始まろうとしている。このような「おいしいプロジェクト」は、市民に都市近郊の湖の役割について具体的に関心を持ってもらう試みの一つである。

 湖の健全性は、湖に対する周辺住民のたえざる関心なくしては維持できないという意識が周辺住民に自然と受け入れられるようになってきた。行政頼みから、自分たちが積極的にならなければというように意識が大きく変わりつつある。

 ● 外部の目を取り入れる    

 さて、池内さんがめざそうという冒頭の「彼(高木)とは異なった市民科学の方向」とは、

 理系と文系を融合した新しい博物学

のことだろう。 

 それでは、その市民科学とは何か。そこで求められるものとは何か。これについて、池内さんの言わんとするところをまとめると、高木流の市民科学とは

 主として科学や技術のかかわる社会問題を、実践を通じて、そして自らも一市民としてそれぞれの専門性を批判的に生かし、その解決の道を探ること

ということになろうか。言い換えれば、政府の都合という既存の上から目線に代わり、市民の都合という目線からのアプローチが研究者に求められるということだろう。

 この考え方は、先にザッと紹介したブログ子たちの取り組みと大筋で方向性は同じであると考えられる。

 あえてその違いを言うとすれば、ブログ子たちは、よりよい「科学と社会」の関係を築くために、市民科学とパブリックジャーナリズムの融合を目指している。シビックジャーナリズムとも言うが、そこにはジャーナリストも一市民であるという意識があり、この二つには親和性がある。

 そこには、従来、「公の」という意味にとらえられている

 パブリックとは何か

という新たな問いかけがある。成熟社会においては、それは決して国家や政府の政策だけを意味しない。市民の参加による「新しい公共」というものが、「公」と「私」の間にあるというわけだ。

 このことを、この9月号の特集、とくに冒頭の対談「知の交差点」- 政治と公共性についてが、教えてくれていた。

 それをまとめると、

 パブリック、つまり市民参加による「新しい公共」の視点に立つということは、つまるところ外部の視点を取り入れることである。そこでは市民の間で行なわれる意見交換や意見形成がより重要となる。その利点は、議論を通じて共有するようになった規範や理由は国家の法や政策を評価するためのよりどころになる

ということである。これはまさに、上から目線のみせかけの公平・中立から抜け出すことであり、公正さを貫こうというパブリックジャーナリズムの目指すところとも一致する。

 そこで問題になるのは、市民科学がパブリックとなるためには、

 第一に、一市民でありながらも外部の目として研究者側にどのような意識が必要であるかという点、

 第二に、一市民でありながらも外部の目としてジャーナリスト側にどのような意識が必要なのかという点

である。

 第二については、従来のそらぞらしい公平・中立という名の、時流に超然卓立する主義では、およそ「新しい公共」に資するとはいえない。これは自明であろう。ではどうするか、については、後述する。

 ● 超然卓立をこえて 科学者の評価

 まず第一について。

Imgp6639  外部の目としての研究者の評価のあり方について、池内さんは、従来の超然卓立ともいうべき論文第一主義をこえて、新しい4つの具体的な評価基準を

 浩瀚な新著『科学・技術と現代社会』= 右写真

で提案している。

 それは、こうだ。

 第一。科学者は、さまざまな場で市民に科学を伝えているか。

 第二。科学者は、「等身大の科学」の具体的な試みを市民とともに実践しているか。

 第三。科学者は、シンクタンク的役割を果しているか。

 第四。科学者は、市民のための科学研究所を設立して、相談に応じているか

の4点である。

 第一については、ブログ子は、定年後は浜松科学館でシニアサイエンスボランティアをしているのが、その実例だろう。

 第二の「等身大の科学」とは、普段の生活の中でできる科学のことである。ブログ子たちの活動でいえば、年4回、市民を対象にした佐鳴湖の水質調査などがそれだろう。

 第三については、ブログ子たちの佐鳴湖シジミプロジェクト協議会(会長は静岡大学工学部大学院准教授)は、「浜名湖をめぐる研究者の会」(浜めぐ、東大農学部大学院附属弁天島水産実験所)に所属し、活動しているのが一例。

 私たちのメンバーには、生物免疫が専門の元東大教授(高木仁三郎基金「市民科学研究助成」選考委員)がいる。最近の市民のための「浜めぐ」発表会では、福島原発事故について、

 放射能汚染のコイ免疫系に及ぼす影響

について、福島住民とともに調査した結果を論文として発表している。このようにあちこちの研究会に出向いたり、発表したりしているものの、まだ、独自でシンクタンクの役割を果しているといえるまでには至っていない。

  シジミプロジェクトの参加メンバーには、ほかにも生物系、環境工学系の工学博士、理学博士、技術士など7、8人が活動している。ので、第一線の科学の成果を独自の視点から市民科学を地域に根付かせることは可能であるように思う。現在行なっている内部勉強会のあり方を開かれたものにする、ネットワークの強化などの工夫が、第四の目的のためにも今後の課題だろう。

 ● パブリックジャーナリズムとの親和性

 外部の目としてのジャーナリズムについて。

 池内さんのいう、研究者の新しい4つの評価基準をこのように具体的に考えてみると、そこには、パブリックジャーナリズムと、地域の問題解決のための市民科学との間には、お互いが補完しあえる親和性のあることがわかる。

 そもそもジャーナリズムとは

 ① よりよい社会をつくるために、

 ②  同時代におこっているありきたりではない出来事を、

 ③  批判精神をもって価値判断し、

 ④  その結果を5W1Hのニュースとして、

 ⑤ あるいはニュースにひそむ問題点を評論として

  ⑥  より早く、

 ⑦  より正確に、

 ⑧  より公正に、

 ⑨  社会に伝えていく、

 ⑩  言論活動

のことだからである。ここでのポイントは③の、批判精神をもって価値判断し、という点と、⑦の、より公正に、という点にある。

 パブリックジャーナリズムでは、③を

 市民参加による「新しい公共」の視点から批判精神をもって価値判断し

と言い換えればいい。既存の中立主義とは異なり、市民目線のジャーナリズムのこの議題設定の機能が、問題解決をめざす市民科学との親和性を生み出しているのだろう。

 ● 問題解決のための「新しい博物学」

 Imgp5980 かつて、ブログ子は、日本科学技術ジャーナリスト会議から

 求められる新しい科学ジャーナリスト像とは何か

と問われたことがある。これに対し、

 「被害を未然に防止したり、被害者や弱者の救済に活動を役立てたりするために、今後起きるであろう結果の的確な予見性であり、(科学的、合理的な)根拠を示してその内容を社会に警告していくことである」

と回答したことがある(『科学ジャーナリズムの世界』日本科学技術ジャーナリスト会議編、2004年、化学同人)

  おかしなことだが、従来、アカデミズムとジャーナリズムとは必ずしも相性は良くなかった。むしろ断絶していたというべきかも知れない。しかし、市民科学とパブリックジャーナリズムはとてもよい親和性があることに注目したい。

 社会をみる目をもった研究者、科学・技術の素養を身につけたジャーナリストという補完関係がそうした親和性を生んでいるようにみえる。

 パブリックジャーナリズムと市民科学が互いに協力し、地域の問題を取り上げる。そこから、「科学と社会」のこれまでとは異なる新しい関係、つまり

 問題を解決するための「新しい博物学」

という新しい市民科学が生まれてくるのではないか。市民をはさんで、自らも当事者意識を持ったアカデミズムとパブリックジャーナリズムの登場である。

 ブログ子のこれまでの取り組みから、二つの市民科学が収れんした

 あたらしい市民科学

にそんな大きな可能性を感じている。

 これが、池内さんの長期連載や新著にいだいたブログ子の感想である。

 ( 最下段の写真 = ブログ子も参加した「親子で楽しむ微生物の顕微鏡観察会」、浜松科学館、2014年10月 )。

 ● 注記 パブリックジャーナリズム

 パブリックジャーナリズムの具体的な実践事例の参考として、

 『シビック・ジャーナリズムの挑戦 - コミュニティとつながる米国の地方紙』(寺島英弥、日本評論社、2005)

を挙げておきたい。

 ただ、パブリックジャーナリズムには、非中立主義の弊害など大手メディア側からの根強い批判も少なくない。これに対しては、たとえば、幅広く異なる意見を求める市民フォーラムの開催など、外部の目を入れて合意形成を図るという「新しい公共」の視点を堅持することが、独善に陥らないためには大事であろう。

 「赤勝て、白勝て」の無責任な中立公平主義でも、さりとて思い込みの独善でもない。そんな「科学と社会」の関係を、アカデミズムにおいてもジャーナリズムにおいても模索したい。現代社会の科学・技術の部門でのその取り組みは、そのさきがけ、お手本に比較的になりやすい分野ではないか。

 ● 補遺 『二つの文化と科学革命』

 このスノーのリード講演とその批判、そして再考察については、

 『二つの文化と科学革命』(みすず書房、初版1967年)

に詳しい。文系と理系のぶつかりあいこそ、創造の機会をつくりだすであろう、と説いている。二つの文化の分離をなくするには、当時のイギリスの高等教育制度を根本から改革する必要があると主張し、知識人に大きな反響を巻き起こした。

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お手製の「第九」を歌う 音楽文化の街

Imgp667220141221 (2014.12.21)  ブログ子が暮らしている浜松市は、ピアノなどの楽器の街であり、いずれは

 音楽文化の街

となることを目指している。それには人材輩出のための音楽大学の創設を望みたいが、それはともかく、国際ピアノコンクールやいまでは、国際オペラコンクールも盛んになってきている。

 音楽文化といえば、そして12月といえば、楽聖、ベートーベンの「第九」演奏会。40年の歴史を持つ地元、浜松フロイデ合唱団(NPO法人)が今年も演奏会を浜松市中心部の大ホールで開いている。

 クラシックにはとんと縁のないブログ子も、年に一度のこの演奏会だけは出かけるようにしている。近くに住む友人がテノールパートを歌うからで、先日午後、仲間数人と出かけたというわけである。

 指揮は山下一史氏。管弦楽は日本センチュリー交響楽団。最後の第4楽章の合唱は、地元の浜松フロイデ合唱団。そのときの演奏前の華やいだ様子が写真上( アクトシティ大ホール、12月21日 )。

 ● 尺八とエレクトーンのコラボも  

 Imgp6650 実は、今年の「第九」に出かけたのには、友人に誘われたということもあるのだが、もう一つ狙いがあった。それは、本物の「第九」演奏に先立って、ブログ子の加わっている会員制の小さな会で

 お手製の「第九」を歌おう

という大胆な試みを行なったからである。十数人の会員が、伴奏のエレクトーンと尺八のコラボレーションの下、わずか数時間の練習で、ともかく第4楽章の「合唱」のさわりの、そのまたさわりの部分を歌うというものだった。

 どういうわけか、オンチのブログ子が指揮者になってしまったのだから、参加したたいていの会員は、

 まあ、成功は無理ではないか

と思っただろう。

 それでも、歌いやすいように、4拍子のテンポをずいぶんとゆっくりにした。当然だが、ドイツ語の歌詞を、日本人シニアにも歌えるように、一部省略したり、思い切って「丸め」たりした。さらに、テンポがずれないように、本物の合唱とは異なり、最初から最後まで、緩急はつけずに、大胆にもテンポは一定で通した。

 このように「編曲」したオリジナル日本語歌詞が写真下。

 演奏では、すこしでも本物に近づけようと、合唱だけでなく管弦楽の味をだすという意味で

 尺八の独奏

の部分も設けるよう工夫した。

 これを関係者による打ち合わせと練習に半日。当日は本番前1時間のリハーサルで実演した。

 予想に反して、初めて「合唱」を歌う会員ばかり10数人が、頼りない指揮ではあったものの、男女混声、ともかく、その場で初めてみた歌詞にそって見事に歌いきった。

 これには、指揮を担当したブログ子もびっくりした。

 ● 「音楽文化の街」づくりは市民参加で

 それはそうなのだが、このお手製の「第九」が、本物の「第九」とあまりにかけ離れてしまってはいないかどうか、それが心配で、確かめに演奏会を聴きに出かけたというわけだ。

 その結論だけを言うと、自画自賛だが、

 ベートベンも、笑いながら、何とか合格点

を出してくれたのではないかと思った。このことを、正直にここに書いておきたい。

 音楽文化を育む

というのは、音楽家だけでできるものではない。本物であろうと、お手製であろうと、市民の下からの盛り上げ、情熱があってこそ、その夢はかなう。しかも、それは、その気になれば、手が届くということが、今回、おぼろげながらもわかった。

 そんなことを思う演奏会だった。

 ● お手製「合唱」の歌詞と本物 (演奏会プログラム = 下 )

Daikukasi12_10_0

 12_22_0

  ( 浜松フロイデ合唱団 第九演奏「プロググラム」から)

 ● 新聞記事

 今回の「第九」、地元紙、静岡新聞記事

 2014年12月23日付朝刊

 12_23_020141223

   ● 追記

  以下は、聖夜の歌詞。

 Seiyakasi

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すてる神あれば助ける神あり

Imgp665420141222_2 (2014.12.20) 悪名高きノーベル賞科学者、という言い方をしたら、たいていの人は

 そんなバカな

と思うだろう。言語矛盾というべきか、それが常識というものだ。ブログ子も、これまでそう思ってきた。

 ところが、「アエラ」2014年12月22日号の冒頭コラム、eyes = 写真右 というのを読んでいたら、そうでもないことに、ふと気づいた。

 ● 30代でワトソン博士、ノーベル賞

 生物学者の福岡伸一さんが、100年にわたって謎のままだった生命の設計図、DNAの構造をものの見事に解明したJ.ワトソン博士( 現在、86歳 )について書いている。もちろん、この発見(1953年)で、1962年、博士は30代の若さでノーベル賞を受賞している。

 つまり20代で、はや栄光の人生が始まった。のだが、しかし、どういうわけか、せっかくもらったノーベル賞メダルを競売品として最近売りに出した。よほどお金に困っていたのだろうが、それはなぜなのだろうとたいていの人は思う。

 その結果、なんとそのメダル、予想をはるかにこえて5億円超で落札された。コラムではその落札者の名前は、競売の慣例としてどこのだれかということについては主催者側からは公表されないことになっている。だから、コラムではワトソン博士についてだけ、生物学者らしくいろいろと書いている( 写真下は最近のワトソン博士 = 出典不明 )。

 ところが、つい最近、落札者自ら、名乗り出たというニュースが報道された。ロシアの大手通信会社のオーナー、アリシェル・ウスマノフ氏という大富豪だった。

 _j79280294_50814900 ウスマノフ氏は、これまたなんと、せっかく落札したメダルをもとの持ち主、ワトソン博士にプレゼントとして無償で返還すると公言した。ノーベル賞のメダルはその受賞者にこそふさわしいというのが理由。

 もちろん、ワトソン氏は大喜びというか、恐縮しながらも、ありがたく申し出を受けるらしい。

 このうるわしい〝美談〟を聞いて、ブログ子は単純だから、コラムを書いた福岡氏と同様、ついつい、素直に

 ロシア人にも人間的にすごい人がいる、とりわけ、この大富豪の度量の広さは、すばらしい

と感心した。

 ● 美談話にはウラがある

 しかし、しばらくして、この話には裏があることに気づいた。

 コラムによると、ワトソン博士は、なにかと傲慢な人物、さらには人種差別的な発言などで研究社会、とくにアメリカでは危険人物として距離を置かれている。業界では

 悪名高きノーベル賞科学者

なのだ。が、それを払拭、あるいは名誉を挽回するために、大学などに研究資金として寄付をしようとしていたらしい。そのためにメダルを売りに出した。

 そこに登場したのが、ウスマノフ氏( だろう )。ワトソン博士にとっては、すてる神あれば助ける神あり、の大富豪。ただし、それはただの手助けではなかった。

 この大富豪、カネカネといわれて今ひとつ人物評価が思わしくない。ので、このうるわしい返還話で、これまた、

 自らの社会的な地位、それも世界的なステータス

を上手に、しかも一気に高めようとした。金の次には名声もほしくなったのだろう。大富豪にとって、5億、10億というのは、はした金。効果絶大な広告費と思えば、むしろ安すぎるとふんだのだ。

 ありあまる金はあっても、およそノーベル賞に縁などない大富豪。だが、千載一遇の売りに出されたノーベル賞メダルに目をつけた。宣伝効果抜群の、アッとおどろく無償返還というアイデアを思いついたのだ。さすがは目から鼻に抜ける世界的な大手通信会社のオーナーらしい計算である。

 もっとはっきり言えば、この大富豪、ありあまる金の使い方を知っているのだ。

 ● 上には上がある

 件のコラムは最後を

 早熟の天才にとって長い人生はつらい

と珍しく、辛らつなオチをつけていて、感心した。

 しかし、ノーベル賞の栄誉を手玉にとって、それとは無縁の自らの人生や名声をちゃっかり高める抜け目のない御仁もいる。という後日談を知ったら、コラムの作者は、はたしてどんなオチをつけただろう。

 ブログ子なら、

 世界は広い。というか、上には上がある。そういうことだろう。

とする。

 世の中、助ける神の側にも、それなりに事情がある。

 久しぶりにそんなことを知った科学美談だった。

 ● 補遺 もし受け取り断られたら

 このブログを公開したら、なんと、あるビジネスマンから

 もし、ワトソン博士が、一度売りに出したものを、受け取るわけにはいかないと大富豪の〝善意〟を拒否したら、どうなったかと詰め寄られた。

 ブログ子は意表を突かれたが、そんな場合を想定して、ただ返すというのではなく

 返す理由として、ノーベル賞のメダルは受賞者が持っていることこそがふさわしい

と、大富豪はあらかじめワトソン博士を「よいしょ」しているのだ。これでは、いくら博士でも断りにくいだろう。

 またたとえ万一、断ったとしても、それはそれで手元にあるメダルをダシに、さまざまなビジネスチャンスとして十分に生かせたであろう。なにしろ、ノーベル賞のなかでも飛び切り上等な、「モナリザ」ばりの一点もののメダルなのだ。

 このことを件の問い合わせの読者に伝えたら、十分に納得をしていただけたことをここに記しておきたい。

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「青色LED」の受賞、その光と不運な影と 

 Image204020141211 (2014.12.12)  スウェーデンでのノーベル賞授賞式の様子が各紙に華々しく報じられている。とくに今回は、青色LEDの物理学賞に光が当たっていたように思う(右写真 = 2014年12月11日付中日新聞夕刊)。

 ある意味では、つまり、社会に与えた恩恵が世界にあまねく届いているという意味では、これは、わかりやすいものであり、光があたるのも当然かもしれない。受賞者3人ともが日本人というのも、私たちにとっては誇らしい。とりわけ、その一人が、ブログ子の今住んでいる浜松市出身ということであれば、なおさらである。

 ところが、この日本人3人の受賞には、輝かしい光の部分のほかに、実は影の部分があることに、ブログ子は気づいた。

 ● 選考委員長のインタビュー

 気づかせてくれたのは、同じ12月11日付朝日新聞朝刊「科学」欄。物理学賞のパル・デルシング選考委員長(工科大教授)へのインタビュー記事が載っているのだが、今回、なぜ青色LEDに対象を絞ったのかというある意味、鋭い、意味深長な質問を、選考委員長にぶつけている。

 通常こういう微妙な質問には、選考委員長自らこたえることはないはずなのだが、デルシング委員長は

 「青色は実現がきわめて難しかったからだ」

と、これまた意味深長なこたえをしている。質問した記者の真意は、記事には書かれていないが、おそらく、LED(発光ダイオード)を世界で初めて発明した人をなぜ外したのかということだったろう。世界初のダイオードは「赤色」で、しかも発明は1962年だった

  ● なぜ外れた「赤色」のホロ二アック博士

  その発明者の名前は

 「発光ダイオードの父」といわれ、幾多の輝かしい業績をもつアメリカのニック・ホロニアック博士

である( 現在86歳 )。

 当然、今回、受賞してもいいはずなのにという意味が質問に込められている。

  あまつさえ、受賞者を決める選考基準について問われた選考委員長は、

 「その分野の新たな発見や発明に、だれが一番重要な貢献をしたかだ」

とも強調しているから、なおさらだ。青色LEDは世界初の赤色LEDの発明なくして、発明も実用化もなかったであろう。

 それを気にしてか、どうか、件の委員長は、インタビューの最後に、

 最終的に3人に絞りきるのは困難な場合が多いのも事実

と、その絞込みの難しさを正直に吐露している。

 今回の発光ダイオードの場合もそうだったことを、暗に言いたかったのだろう。

 青色LEDが実現したことで、光の三原色、つまり赤、緑、青がそろい、無限の可能性を引き出したことは事実である。

  だからといって、それぞれの波長を公平に扱うと、あまりに候補が広がりすぎる。重要な突破口を切り開いた業績に限ったとしても、絞りきれなくなる。

 たとえば、赤や(純)緑については、「光通信の父」とも言われている東北大の西澤潤一名誉教授も

 高輝度発光ダイオードの開発

という世界的にみても優れた業績がある。西澤さんは今年88歳である。

 ● 光通信の父、西澤潤一氏も

 こう考えると、今回の青色LEDの場合も、LED全体ではなく、開発が困難であり、社会への恩恵も多かった「青色」分野に、あえて授賞対象をしぼらざるを得なかった。

 言い換えれば、青色に限ったのは、いわば

 苦肉の策

だったと推測される。インタビューの最後の委員長の言葉にも、そのことがにじんでいるように思う。

 それにしても、そのせいで、誰が決定的に重要な発明、発見をしたのかという対象分野の源流の重視をめざしたハズの選考が、「赤色」のホロニアック博士を外してしまう結果を生んだ。これは、いかにも意外である。ホロニアック博士自身もふくめて、多くの研究者にはすぐには納得がいかないだろう。困難な発明かどうかよりも、重要な発明かどうかが、選考基準としてはまずは問題のはずだからだ。

 すくなくとも、苦肉の策とはいえ、今回の選考はバランスを欠いた乱暴な選考ではなかったか。ブログ子はそう思う。

 この「赤色」外しとなった背景には、結果としてそうなったというよりは、なんだか、もう一つ、科学的には必ずしも合理的ではない何らかの理由があるのではないかという疑問さえ残る( 注記2 )。このことを正直に書いておきたい。

 ● 天野さんも危うかった

 ホロニアック博士が3人のうちの一人に入るとすると、入れ替わりで外れるのは

 天野浩教授

だろう( 「注記」参照 )。

 この注記にある記念講演の要旨を読むと、窒化ガリウムの結晶化こそ本質的だと青色の実用化の方向性をはっきりと認識し、それに向かって具体的な方針を指し示した赤崎勇さんや、青色素子の基本となる窒化ガリウムの結晶づくりの「ツーフロー方式」が決定的に重要な発明であり、それで実用化に成功した中村修二さんを外すわけにはいかないことがわかる。

 バランスからすると赤崎さんの弟子、天野さんが割りを食うというわけだ。

 青色LED  ホロ二アック、赤崎、中村

 これが、〝正しい〟選考結果ということになろう。

 もっとも、それでは、余計なことではあるが、浜松市に暮らすブログ子としては、残念至極ということになる。

 ● 非情の不運

 それはともかく、今回の授賞式でもっともがっかりしているのは、ホロ二アック博士だろう。

 ノーベル賞授賞には、物理学賞にかぎらず、そして今回に限らず、毎回、受賞者や関係者にとって光だけではなく、悲運の影もまた、人知れずつきまとう。このことをもっと知っていいだろう。

 それを不運といえば、不運といえるだろう。しかし、それは、光の部分があまりにまぶしすぎるだけに、過酷なまでに非情といえよう。

  ● 注記 3氏記念講演の要旨

 このように結論したのは、3氏の記念講演要旨を拝見したからである。講演要旨は、たとえば、12月9日付中日新聞に、相当に詳しく掲載されている。

  ● 注記2

  たとえば、「アフターグロー」(2007年)に載ったホロ二アック氏の発言。

 周りの研究同僚たちが、(さまざまな国際的な栄誉賞に輝いた)あなたはノーベル賞に値すると述べた。このことに対し、ホロ二アック氏は

 「あなたは何かに値すると誰かが思うなんて、馬鹿げている。その番が回ってきたとき、生きていたら幸運ということだ」

と、いかにも受賞は当然という態度を示したらしいことがうかがえる。このことが、選考委員にある種の不快感を与えたからというのも、ひとつの見方だろう。不遜だというわけだ。この見方が事実だとするならば、ノーベル賞を受賞しようという気があるなら、長生きすると同時に、その間においては言葉に気をつける必要がある。

 これとは対照的な事例は、2008年に87歳でノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者の南部陽一郎さん。2005年、フランクリン・メダルを受賞したとき、まわりから

 「ノーベル賞に王手をかけた」

と言われたりした。南部さんは、それに対し、もの静かに

 「それはどうかな」

と、謙虚に笑っただけだった。そして、その3年後に受賞した。この「どうかな」発言は、2005年6月5日付読売新聞「顔」

ノーベル賞に王手 ? 「どうかな」

に載っている。

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ちょっと変わった冒険的人生論

Nasaorionfirsttestflightillustratio (2014.12.10)  今月に入って、日本の「はやぶさ2」が小惑星に向かって地球を飛び立った。東京オリンピック直後の秋には、たくさんの実物サンプル試料とともに戻ってくる6年間の宇宙の旅である。

 一方、アメリカも、一度は頓挫しそうになったが、有人火星探査機、オリオンの試作機をつい最近打ち上げ、試験機としての所期の目的は、これでほぼ達成したらしい。

 今後は、2010年代に月基地づくりのための無人月飛行、2020年代に月有人飛行、月基地からの有人火星探査を2030年代に実現するという壮大なプロジェクト( 写真上 = NASAオリオン新宇宙船 )。

 人間はなぜ未知に憧れ、あえて冒険に乗り出すのであろうか。資源探査、あるいは地球上での国威発揚なのだろうが、人間本来が持つおさえがたい好奇心もあるだろう。好奇心こそが人類の進化の源泉であり、好奇心にうながされた冒険心こそが人間の人間たる所以、あかしであるともいえる。

 そんな冒険心について、ブログ子は今年一年間、多くの本を読んだ。そこからは

 Imgp5281 ちょっと変わった冒険的人生論

が浮かび上がったように思う。

 その第一は、何といっても

 『大西洋漂流76日間』(S.キャラハン、早川書房)

である。以前、このブログでも取り上げたが、恐怖と孤独のなかで生きのびるには何が必要か。そんなことをまざまざと、しかも具体的に知ることができた。

 ブログ子の人生観を大きく変えた一冊である。

 第二は、

 『空へ エベレストの悲劇はなぜ起きたか』( J.クラカワー、文春文庫 )

である。冒険心にともなうリスクは、基本的に本人の自己責任において引き受けるものである。それを履き違えれば、そこに起こるべくして起きる悲劇が待っている。そんなことを痛切に物語っていた。

 人生という冒険も、そういうものであることをつくづく感じる。

Imgp6191  第三は、

 『エベレストを越えて』(植村直巳、文春文庫)。

 この二冊は、人間の心をコントロールすることが、いかにむずかしいか、そのことを思い知らされる。

 機械をコントロールすることは人間にできるかもしれない。しかし、本人を含めて人の心には深い闇が横たわっており、極限状態にあってはコントロールすることは至難。

 これらの本を読むと、それはよほどの幸運でもなければ不可能ではないかとさえ思えてくる。

  この三冊を、あえて

 Image2039_2 冒険的人生論の書

と書いたのは、そんな意味である。並みの人生論なんか蹴散らしてしまうようなすごみのある出来であることを、ここに書いておきたい。

 あえて付け加えれば、これらの三冊は、成功には何が必要かについて、火星などの有人飛行でも有益な示唆を与えてくれるだろう。 

 

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アメリカはなぜ火星に行くのか

11_26_3_3   (2014.12.01)  前回のこの欄

 2030年、火星の旅

というのを書いてから、まだ半日もたたないのに、ある読者から

 アメリカ人は、なぜそんなに火星に行きたがるのか

という質問を受けて、びっくりした。その第一の理由は、反応の早さ。ブログ子の書いたものにこんなに早く反応してくれたのは、異常。たいていは一カ月ぐらいあと。

 ● 開拓者精神の象徴、火星

 第二におどろいたのは、アメリカ国民の多くが火星に行ってみたい、あるいはそこまでいかなくても異常に関心のある理由などは、ブログ子にとっては、あまりにも自明だったからだ。

 これについては、少し説明が要るだろう。

 今から100年くらい前になくなった米天文学者で、大富豪でもあるパーシバル・ローエルが、火星には地球人より高度な文明を持った知的高等生物がいるという

 火星人説

をとなえていたからだ。彼らは火星規模の大運河を建設している。それが当時の大望遠鏡を使えば地球からでも観察できるというのだ。以来、彼の説は、天文学者の研究テーマとなっただけでなく、説が否定された後でも、火星人襲来というテーマで繰り返し映画化されたりした。

 ● P.ローエルの火星人説

 火星人説は、今日に至るまで常にアメリカのNASAを国民が支持する原動力として機能した。1990年代、アメリカで宇宙生物学が生まれたのも、ローエルの火星人説のおかげであろう。

 この宇宙生物学は、アメリカの知的生命体探しの土台を今も支えている。

 11_30_020010707 だから、アメリカでは、火星というのは、苦しい財政事情下にあっても、政府に資金を出させる説得のための

 魔法の言葉

でもあるのだ。

 このように、アメリカ国民の多くが火星に魅力を感じるのは、P.ローエルの火星人説のせいなのである。言い換えれば、火星人説はアメリカの開拓者精神のシンボル的存在であり続けている。

 ● 日本ローエル協会を設立

 そんな意味もあって、ブログ子は仲間たちと、日本にローエル協会を10数年前に立ち上げた( 写真 = 2001年7月7日付北國新聞夕刊 )。そして、協会の総力を挙げて、ローエル研究の成果を日本語に翻訳する事業を展開することもやってきた。その著作(彩流社、2007年)をここに紹介しておきたい。

 協会の立ち上げのときに、ブログ子が書いたコラムも以下にすこし紹介しておきたい。

( 写真はダブルクリックで拡大可能 。写真下= 新宇宙船のオリオン、試験機の打ち上げの様子2014年12月5日、NASAテレビ=時事 )

Nasa2014120500000069jijp000view

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