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大量死のエベレスト悲劇はなぜ起きたか  

Imgp6536_2  (2014.11.28)  ブログ子も愛読しているビジュアルな科学月刊誌に「ナショナル・ジオグラフィク日本版」という美しい雑誌がある。この最新号(2014年11月号)には

 エベレスト 史上最悪の雪崩事故

というのが、特集されている(写真上)。事故は2014年4月18日のまだ明けやらぬ早朝に発生。シェルパ族が隊員の出発に先立ってベースキャンプから次のC1に向かって登高中、まだ若い人たちの命を奪った。シェルパ族13人を含め計16人が死亡する大事故だった。

 ● シェルパ族の事故、隊員の悲劇

 先日のこのブログで取り上げた登山家、實川欣伸さんも、登頂のためベースキャンプ(BC)にいて、BCとC1の中間6000メートルぐらいのところで発生したこの事故の模様を現地で目撃。巻き込まれはしなかったものの、長年あたためてきた登頂を断念せざるを得なくなった。

 特集によると、この数十年、シェルパ族の事故の多くは、標高6000メートル前後か、それ以下の

 クーンブ・アイスフォール

で起きているという特徴がある。

 これに対し、隊員の事故はどうか。

 この事故と同規模の遭難は、1996年5月10日夕方にも起きている。日本人の難波康子さんを含む12人の登山家が命を落としているのがそれだ。各国から顧客を募集し、民間ガイド会社によって組織された商業登山隊、いわゆる国際遠征隊の事故。

 1996年の遭難もそうだが、こうした登山隊員の事故は圧倒的に8000メートル以上のいわゆる山頂近くの「死のゾーン」で発生している。これは、シェルパ族の場合とは異なる特徴である。

 では、雇った多くのガイドやシェルパによって、安全が周到に確保されているはずの隊員による大事故はなぜ起きるのか。彼ら隊員は経験を積んでいる。ガイドも顧客の安全にはことのほか神経を尖らせている。加えて隊員は最先端の装備も整えている。なのに、なぜ事故は起きるのか。

 ● 人間の側に問題がある

 原因の一つは、当然予想されることだが、山頂近くの急激な天候の変化であることは間違いない。低温で低酸素など登山者にとって限界ギリギリの過酷な自然環境にある。

 Imgp6191_2 しかし、経験を積んでいるベテラン隊員が、しかもベテラン隊長も含め、いっぺんに多数が遭難する悲劇はそれだけでは説明がつかないのではないか。あらゆることを想定して周到に準備しているからだ。

 人間系になにか問題がある。商業登山に落とし穴や問題点はないのか。

 このことを検証するため自らも隊員として国際隊に参加、幸か不幸か、偶然にも大事故死に遭遇。かろうじて助かったジャーナリストのジョン・クラカワーはその体験とその後の調査を世界的なドキュメンタリー

 『空へ エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか』(文春文庫、2000年)

にまとめている( 写真上 )。1996年5月の大惨事を時間経過を追って克明に分析したものだが、この事故では、2つの商業隊の経験豊かな隊長がともに登頂直後に山頂近くで遭難死するという異常なものだった。

 このドキュメンタリーを読むと、経験や力量の異なる各隊員ごとの登頂成功前後の具体的な行動が詳細にわかる。そこからは国際ガイド隊のおそろしいまでの問題点、欠陥が浮かび上がってくる。これでは事故が起こらないほうがよっぽど不思議だと思うようになった。

 つまり、隊員大量死の悲劇は、自然相手の不測の、いわば不運なシェルパ事故死とは異なり、起こるべくして起こっていたのだ。

 ● 起こるべくして起きた人為事故

  いだいた感想をまとめて結論を言えば、こうだ。

 ガイドの顧客隊員に対するそもそもの役割とは、刻々変化する状況のなかで、あくまで冷静、適切で、しかも具体的なアドバイス、助言をすることだ。なのに、ギリギリの判断が求められる登頂間近になると、ガイドは顧客をなんとか登頂させることを、ビジネスとして優先させてしまう。そうなるとガイドの判断が甘くなる。ばかりか、無理をしてでも顧客全員をなんとか登頂させようとする。

 つまり、ガイドはコンサルティングの立場から逸脱し、ついには加害者になってしまう。

 顧客のほうも自己責任なのに、体調その他を総合してギリギリの判断を自らしなければならないのに、登頂させてくれることがガイドの本来の役割であるかのように思う。登頂したさに自己責任の原則を放棄し、ガイド頼みになってしまう。

 こうして事故は起こるべくして起こる。

 この互いの冷静さの欠如が安全なはずの国際隊の大量死を招いた原因なのである。

 ガイドと顧客とが、低酸素と低温の中で安全のロープを互いに切りあってしまうという問題があったのだ。

  この問題を別の角度から、厳しく言うと、次のようになる。

 シェルパ族のように、生活のためでもない。プロの登山家のように、名声のためでもない。

 つまり、国際隊に参加する隊員というのは、甘美な自己陶酔、あるいは自己満足の世界なのだ。いい意味の純なアマチュアリズムが生きていなければならないはずなのだ。

 なのに、それが崩れてしまっているところに問題があるといえる。はっきり言えば、

 悪い意味の、つまり堕落したアマチュアリズムがそこにはある。これが大量死を招いている。

 ● 不運な失敗はない

 冷静さの堅持を失わせたものを、それいけドンドンの高揚感、

 クライマーズハイ

という高山特有の高所症に押し付けるのは簡単だ。

 しかし、現実に目をそらさず、後ずさりする勇気こそ、アマチュアといえども登山家の真骨頂ではないのか。ここが、生活のために仕方なく無理をするシェルパ族とは異なるはずだ。少なくともそんな矜持が吹き飛んでしまっているのでは事故は、これからもきっと人為的な原因でまた起きるだろう。 

 この本では、大量死の大きな原因として、ガイドが顧客隊員の安全な登頂を助けるためにあらかじめ設置した固定ロープを使った登り降りの〝渋滞〟が挙げられていた。隊員のスムーズな行動を妨げたというわけだ。確かに、それもあるだろう。が、それは主因ではない。

 主因は、繰り返すが、ザイルというロープではなく、隊員とガイドとの役割分担の堅持という冷静さを保つ安全ロープが、8000メートル超えという登頂を目前にして切れてしまったことだ。このことがこのドキュメンタリーを読むとよくわかる。

 幸運な成功はある。

 しかし、不運な失敗はない。失敗には必ず合理的で、人為的な原因がある。

 ● 補遺 エベレスト版「氷壁」

 11_28_0 ナイロンザイルはなぜ切れたのかという実話をもとにした小説に

 『氷壁』(井上靖、1957年)

というのがある。映画にもなったが、エベレスト版とも言うべき映画にも

 「エベレスト 運命の山」(ヨゼフ・フィルスマイアー監督、2009年)

というのがある。ヒマラヤの大氷壁の登攀の話。地上8000メートルの真実というキャッチコピーもついており、当事者の世界的な登山家、ラインホルト・メスナーのメモをもとにした実話の映画化。

 ともに、映画は互いに信頼する二人の登山家同士で登攀中、一人が行方不明、一人だけが下山、何が起こったのかというストーリー。

 いずれも、自然の過酷さを描いている。これに対し、今回のドキュメンタリーは

 登山している人間の側にむしろ問題があった

という点で、優れた問題提起をしていると思う。

 Image2039_2 さらに、日本人で初めてエベレスト登頂に成功した植村直巳さんの

 『エベレストを越えて』(文春文庫、1984年)

も、面白い。隊を組んで、植村さんはエベレスト初登頂に成功した。しかし、この後、1970年代以降、なぜ単独でしか冒険に乗り出さなかったのか、その理由がわかる。人間関係のわずらわしさから逃れたかったのだろう。

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