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わが芭蕉への旅 イン 大聖寺

Imgp5650 (2014.10.07)  1カ月も前のこの欄(9月4日付)に

 芭蕉の義仲寺を訪ねて

というのを書いた。どこでこの記事を読んだのか、金沢でのサラリーマン時代の友人が、

 加賀・大聖寺にも芭蕉が「奥の細道」で詠んだ句碑がある

と知らせてくれた。

 最近、加賀市に出かけるちょっとした機会があったので、早速、その句碑を拝見しに出かけた。句碑は今年2月につくられたもので、写真がその様子。

 俳聖 松尾芭蕉句碑

と書かれており、北陸線のJR大聖寺駅構内にひっそりと建っていた。

 Imgp5652 句は

 やまなかや菊は

    たおらじ

       ゆのにほひ   元禄二 仲秋月

という「おくの細道」に載っているものと同じだった。仲秋月というから、旧暦では8月、今の新暦では9月の季節を詠んだもの。いかにも名湯、山中の秋にふさわしい。

 自宅に戻って、やおら

  芭蕉自筆「奥の細道」(草稿本、岩波書店、1997)

で調べてみたら、この部分は、草稿では

 山中や菊はたをらぬ湯の匂

となっていた(写真最下段)。漢字とひらがなとの違いを別にすると

 たおらじ

というのが、草稿では

 たおらぬ

と変更されている。芭蕉自身による推敲の跡であろう。現地の句会では「たおらじ」だったのが、数年後に書かれた草稿本では「ぬ」に変わった。

 そして、貼り紙の多いこの草稿本をいったん清書。それに芭蕉自身が再び書き込みを加えた最終的な定稿本でも、そのまま「ぬ」となった(「注記」参照)

 こういうことも、やはり現地に取材しなければわからない。そんなことを学んだ

 わが芭蕉への旅

だった。 

  ● 注記 「じ」と「ぬ」の違い

 小学館の『古語大辞典』によると、

 「じ」というのは、打消しの(主観的な)推量を表す。一方、「ぬ」というのは、打消しの助動詞「ず」の(体言にかかる)連体形。

 芭蕉は、こうした微妙な違いを独特の言語感覚で使い分け、紀行後も、推敲していたことがうかがえる。

Imgp5651_3

Image2012

( 写真はいずれもダブルクリックすると拡大できる )

 ● 補遺 北陸路 芭蕉句碑一覧

 JR大聖寺駅前近くの全昌寺にも、「奥の細道」句碑があるが、北陸路に限っても、松尾芭蕉の句碑は130箇所以上もある。具体的な一覧は

 http://po6.nsk.ne.jp/asuwataxi/hp.bashyo.html 

で、閲覧できる。ちょっとここをのぞいてみると、以下の通り(ダブルクリックで拡大)。

 10_07_0

  10_07_1

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