« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

論より証拠 ミジンコの目はいくつ あるか

Imgp5974 (2014.10.29)  ブログ子は、浜松市の郊外にある佐鳴湖のほとりの高台に暮らしている。だから夏が近づくと、茶色い卵をしっかり抱え込んだ繁殖期のテナガエビを採りに夜出かけることがある。

 夜のエビ採りでは、水中に隠れているエビにライトをそっと当てると、二つ並んだ目がチカッと光る。そこに素早く網を入れる。だから知っているのだが、どんなに小さいエビでも目は必ず二つ、と思い込んでいた。

 たとえば、池や沼にいるミジンコは1ミリくらいの大きさだが、れっきとした甲殻類、つまりエビの仲間。だから、ミジンコも目は二つのはずだ。

 本で読んだりしたものではなく、実際に自分の目でエビ類を身近に確かめているから、この思い込みは信念にまでなっている。

 しかし、それは間違いだった。

 ● 目に見えない、1000分の1の世界

 先日土曜日、浜松科学館(浜松市)で、日本微生物生態学会などと協力して

 Imgp5980 目に見えない小さな世界をのぞいてみよう

という親子で楽しむ顕微鏡観察

というのが開かれ、ブログ子も参加した。ミジンコの姿をのぞいてみようというのだ。

 私たちが生活する世界は、おおざっぱに1メートルぐらいの世界。その1000分の1の世界にミジンコは暮らしている。

 果たしてそのミジンコが暮らす世界は私たちの世界と同じであろうか。

 ミジンコの目も必ず2つあるに違いないという、さきほどのブログ子の思い込みは、暗黙のうちにこの二つの世界にそう大きな違いはないということを前提にしている。

 ● ミジンコは1つ目小僧

 10_27_0_2 論より証拠、40倍ぐらいに拡大できる顕微鏡でミジンコを観察すると、おおざっぱに言うと人間と似たような姿、形はしているものの、いくら目をこらしても、目らしいものは一つしかなかった。

 くやしいので頭の部分を400倍に拡大。だが、やはり目は1つだった。

 ドキドキと忙しく鼓動している心臓も1つ。これは人間と同じ。しかし、その形は平らな葉っぱ状で、真ん中が開いたり、閉じたりしていた。両肩らしいところから2本の腕や、その先に手らしいものが生えてはいる(右の観察スケッチ写真参照)。しかし、指は両方とも2本だけ。いわば、両手で、ピース、ピースしている格好なのだ。その指は盛んに動いている(右写真は、それをスケッチしたブログ子のメモ)。

 飛行機の尾翼というべきか、尻尾のようなものはあるが、足のようなものはない。ミジンコの小さな世界では、重力よりもむしろ水力、水流が問題なのだろう。

 さらに血管もない。栄養分は管を通さずに体内の細胞に直接届けられているらしい。人間世界の1000分の1の宇宙では血管がなくても、十分に効率的に栄養が行き届くらしい。スケールの違いが、器官などの体制をきめていることに気づいた。

 10_27_1 ただ、面白いのは、ブログ子の観察したのはオスだが、なんと丸い卵をたくさん持ったメスもいる。人間同様、有性生殖をしているのだ( この点について、最下段に重大な「注記」)。

 ただし、卵は背中に背負われている。言ってみれば、メスは赤ちゃんを背中にオンブしている。ここが、同じエビの仲間でも、テナガエビのように内側の腹の部分に卵を抱え込むのとは違う。

 20年ほど前に、ジャズミュージシャンの坂田明さんは

 「ミジンコの宇宙」(テレコムスタッフ、1996年、写真)

というおもしろいVHS(カセットテープ型記録媒体)を発行している。その中でも顕微鏡観察(動画)をしているが、

 ミジンコに愛は通じないが、脳もある

と講義している。愛こそ通じないが、同じ生物であるといいたかったのであろう。

 ● 1000分の1の、そのまた1000分の1

 このミジンコの世界に対し、さらに100分の1、あるいは1000分の1の世界を顕微鏡で拡大してみる。すると、もうそのカビ(たとえば、麹菌)や細菌(=バクテリア、ヨーグルト菌)の世界では、

 Imgp5983 まったく人間世界とは異なる宇宙が広がっていた。

 言ってみれば、ここは原子や分子という無生物世界(= 10-100オングストローム。10のマイナス9乗ないし8乗メートル)により近い。

 つまり、生きものと、生物ではない世界との境目は

 おおよそ、1メートルの1000分の1の、そのまた1000分の1の、そのまた10分の1

くらいなのだ。つまり、10のマイナス7乗(つまり、一千万分の一)メートルが境

ということになる。別の言葉でいえば、1000Å(オングストローム)が境目。これは、原子の大きさの1000倍の大きさ。

 この境目あたりにいるのが、生物なのかどうかわからないウイルスということになる。

 このように、微小世界は10の7乗のスケールで、その風景がガラリと変わるということがわかる。

  Mijinko_1_1 (  卵を背負った雌ミジンコ  - 浜松科学館 )

 ● 人間より、10の7乗倍大きい宇宙

 こう考えてきて、ふと、仮に、人間より大きい世界にこの話を延長したらどうなるか、ちょっと考えてみた。

  1メートルより10の7乗倍も大きいのは

  何と、おおよそ地球の差しわたし1万キロメートル

ということになる。人間世界が地球から宇宙に飛び出る境目。

 ここで、地球重力圏を離れるなど、ガラリと周りの様子が変わる。

 そして、その境目よりもまた、10の7乗倍も大きい世界とはどこか。

 それはなんと、

 太陽系の端

なのだ。これはだいたい太陽の重力勢力圏の広さで、太陽と地球の距離の約1000倍。

 ここから先は太陽系とは、まったく別の星々の世界。言い換えれば銀河系の中心が支配する世界である。

 いま、その境に向かっている太陽系探査機、米ボイジャー1号もまだこの太陽系の端までの10分の1くらいのところにまでしか至っていない。

 さらに、その太陽系の境の10の7乗倍先というのは、

 まあ、もうこれはよそう。気が遠くなるばかりだ。

 ミジンコの驚くばかりの小宇宙から、壮大な天界の大宇宙までには階層構造があり、それを一望させてくれたり、想像させてくれたりした1日。そんなひとときを過ごさせてくれたことに感謝したい。

  生物の世界にも、無生物の世界にも共通した同じスケール倍率で階層構造がある。

 その縮小率、あるいは倍率は、一千万分の一、あるいは一千万倍。

 これが、今回参加したブログ子の結論である。

 ● 重大な注記 ミジンコのオスとメス

 本文では、オスとメスがいると書いたが、実は、

 通常の環境では、ミジンコはすべてメス

ということが、このイベントの後でわかった。メスはメスしか産まない。クローンである。環境が悪化すると、たとえば雌ミジンコが増えすぎたりすると、どういうわけか(これ以上メスを産むとますます環境悪化が加速しマズイというわけか、お義理で)オスを少し産む。ミジンコのオスとは、そんな悲しい存在。

 こんなことからしても、人間世界の1メートル世界に比べて、その1000分の一の世界は、人間と似たような姿、形ととはいっても、やはりずいぶんと「変」なのである。

 ● 補遺 余談の余談 階層構造の行き止まり

 結論に出てくるこのスケール倍率や縮小率をさらに、大宇宙に、あるいはミクロ世界に適用したら、どういうことになるか。

 面白いので、あえて考察し、計算してみた。

 ○  まず大宇宙へ。太陽系の大きさ(1000AU)を、一千万倍すると、

 だいたい銀河系の大きさ、約10万光年

になる。およそここを境にこれまで銀河系の中心の重力圏だったものが、それより先は、ガラリと変わり、銀河系の勢力圏の支配から離脱する。つまり、宇宙誕生、ビックバンの世界に変わる。

 さらに、この10万光年の一千万倍先の境というのは、約1兆光年(1×10の12乗光年)。

 つまり、これは現在の宇宙の観測可能な大きさ、450億光年のざっとみて10倍から100倍も大きい。

 この境をすぎると、またまた宇宙はガラリと変わる。どう変わるか。

 われわれの住む宇宙の外、つまり、

 もう一つ別の異次元宇宙という超宇宙

の新たな階層(いわゆるパラレル宇宙)に突入することを意味する。

 こうした別の異次元宇宙というのは、無限に続くのかどうか、現在の宇宙論でも確定的なことはなにも分かっていないらしい。

 ○  今度は、ミクロの世界へ。

 10のマイナス7乗メートル(一千万分の一メートル)が生物と無生物の境と書いたが、この一千万分の一というのは、

 陽子(水素原子核、約10のマイナス15乗)の大きさ

である。原子核の世界から、さらにガラリと変わり、それらの構成要素の素粒子の世界に突入する。

 そして、さらに3回の階層構造の変化を経る

 L =  1×10のマイナス36乗メートル

になると、時間や空間が量子力学的にゆらぎ、不確定になってしまう(このLのことをプランクの長さという)。

 超弦理論の世界

である(『大栗先生の超弦理論入門』講談社ブルーバックス2013年)。大栗博司先生のこの本によると、

 ここLが階層構造の理論的な終着点

ということになる。 

 Imgp5988

 Imgp5990

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

現在の宇宙の年齢と、現在の観測可能な宇宙の広さとの関係は、どうなっているか

(2014.10.25)   先日、ちょっとした縁で、ブログ子の近くにある浜松大平台高校(浜松市)の物理室に午後うかがった。生徒たちの授業を参観させていただいたのだが、この教室の入り口に

 宇宙の進化を一目でながめられる宇宙図

というのがあるのに気づいた。見開き2ページの新聞くらいの大きな紙に、宇宙の始まりのビッグバンから現在までの様子が詳細な説明と関連カラー写真を付して鳥瞰図のように見事に描かれていた。

 ● 浜松大平台高の物理室で

 その真ん中の部分が下段の写真。下のほうがビックバン。上に行くにしたがって宇宙は進化し、現在の姿になっていく。

 見ての通り、いやはや細かい文字でぎっしり書かれており、目のいい生徒たちでも、全部を読むのには、丸1日はかかるだろう。そしてまた、その意味を理解するには、さらに1週間はかかりそうだ。

 宇宙好きのブログ子もこれほどの詳細を書き込んだ1枚ものの宇宙図を拝見するのは初めてである。

 この宇宙図をみて、一番驚いたのは、細かいことは別にして、

 縦軸に目盛られた「現在の宇宙の年齢」は約138億年であるのに対し、横軸の

 「現在の観測可能な宇宙の広さ」は約450億光年

と、宇宙の年齢を大きくオーバーしていたこと。

 この違いを、最初はとても不思議なことに思われた。

 なぜなら、宇宙が大爆発し生まれたビッグバンの光が、膨張する空間のなかを約138億年かけてようやく今の地球にやってきたのだから、

 宇宙の今の広さは、現在の宇宙年齢と同じ138億光年の大きさ

であることは自明のような気がしたからだ。今、大きな巻尺で地球からビックバンの起きた地点まで一気に測ったら、まちがいなく光の速さで測って138億年、つまり、138億光年になるのは当たり前だからだ。

 しかし、それはまちがいで、なんと450億光年と、3倍以上も現在の宇宙は広いのだという。どういうことなのだろう。すっかり宇宙図のある物理室の前で考え込んでしまった。

 ● 風船の膨張とは違う

 家に帰って、あれこれと図を描いて考えてみた。そして、ようやく翌日、そのからくりの謎が解けた。

 宇宙が爆発し、膨張しているという言い方に問題があったのだ。

 宇宙の膨張というのは、たとえとしてよく言われるように、風船のなかの空気が膨らむイメージとは全然違うのだ。宇宙の膨張は、風船の場合とは異なり、空間自身がボコボコ湧き出てきて、それで小さな宇宙だったものが段々大きくなる。

 ビッグバンの光源から出た光は、光速で138億年かけて地球に届くのだが、その間にも、刻々と光源と地球の間の進路空間では空間が至るところ湧き出ているのだ。そのため地球とビッグバンの光源は、そこから出た光が地球に向かって出発したあとも、どんどん離れ続けているのだ。

 だから、光が地球に届いた138億年後には、光源は約450億光年もの先に遠ざかってしまった。宇宙年齢と、光の速さで測った宇宙の広さとは一致しないのはこの理由があるからだ。

  蛇足かもしれないが、付け加えておくと、今、地球から写真などを撮って物質世界の観測ができるのは時間にして138億年前までなのだが、その宇宙は、やわらかいモチを引き伸ばしたように現在の観測可能な宇宙の広さにまで引き伸ばされている。

 言い換えると、宇宙を眺める時期によって、つまり後になればなるほど、宇宙は間延びして見えるのだ。このままでは、かつて狭苦しくにぎやかだった宇宙は、大きな閑散とした離れ離れ風景の宇宙に、たぶんなるだろう。

 ブログ子にも、宇宙が膨張しているという本当の意味がこれでようやくわかった。風船がふくらむというのと全然意味が違うのだ。

 ● 宇宙の果てをめぐる最新宇宙論

Imgp5925  この考え方、解釈が正しいことは、ビジュアル月刊科学誌

 「ニュートン」2013年5月号

 村山斉博士が語る

 宇宙の果てをめぐる最新宇宙論

の中で詳しく説明していることと一致した(写真右)。東大教授の村山さんは、日本の宇宙論研究では最先端の科学者。

 村山さんのこの記事によると、現在の膨張する宇宙が観測可能なのは、現在では450億光年先まで。ここから先は、遠ざかる膨張後退速度が光速をこえてしまうので、たとえその先に宇宙が存在していたとしても、その観測は原理的に不可能ということになる。

 観測可能な宇宙の〝外側〟には、

 端のない宇宙が存在している

という。

 ここで、想像する。もし、仮に今の宇宙が突然、膨張をやめてしまったらどうなるか。そのときは、宇宙はどこまでも観測可能になり、宇宙の全貌が観測可能になるはずだ。

 ● 宇宙の果ては異次元につながる

 それでは、もう一つ、その先を想像する。その先の

 端のない宇宙の果てはどうなっているか

という想像である。

 村山さんは、この点について明確には答えていない。ブログ子は、この点については、

 私たちの住む空間3次元とは異なる別の異次元宇宙とつながっている

とこたえたい。

 Imgp59922 別の異次元宇宙というのは、いわば

 パラレル宇宙論

である(写真左= このような宇宙論を紹介した解説書。左は講談社ブルーバックス、右はNHK出版)。

 また、この宇宙には端がないということを考えると、その果てとは、450億光年以上先ではなく、意外にも、

 私たち地球の周りのすべての、ごくごくごくごく微小な空間

において通常の空間3次元構造が壊れており、そこから宇宙の〝向こう側〟に行けるのではないかと思う。この3次元空間の破れの領域(やぶれ穴)の大きさは、原子核や素粒子よりもはるかに小さい。

 とまあ、このようにいろいろと考えさせてくれた物理室の宇宙図だったように思う。

 学校というのは、このようにワンダーランドなのだ。 

 ( 写真はいずれもダブルクリックで拡大できる )

 Imgp5853

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

生水の郷 川端  続びわ湖サマースクール

Imgp5886 (2014.10.24)  今夏、こどもたちと、びわ湖へサマースクールに出かけた話は、このブログでも紹介した(9月5日付)。主に、魚の話を書いたのだが、これを読んだある女性から、最近、コメントをいただいた。その最後に、

 びわ湖の湖西、針江地区(高島市)には

 生水の郷 川端( しょうずのさと かばた )

という美しい水文化があると教えてくれた。実は、知ってはいたのだが、そして、訪れてみたいという気持ちもあったのだが、サマースクールという団体行動の制約のため、あきらめざるを得なかった。

 Imgp5892 ところが、なんと、その女性が、わざわざ、まもなく

 ぐるっと1周 びわ湖水辺紀行

というのが、BSプレミアムで再放送されると親切にも知らせてくれた。そのなかの一部に、この針江地区の様子が紹介されているというので、早速、先日、見てみた。

 10年ほど前に、NHKスペシャル(総合テレビ)として放送された映像詩

 里山 命めぐる水辺

Imgp5903_2  以来、この針江地区は、つとに美しい水文化が残っている地域として、世界的にも注目されている。その今を訪ねたのが、今回知らせてくれた番組だった。

  いつも一定の温度(13度前後)を保って湧き出てくる豊富な地下水で野菜を洗う様子がよくわかった。壺池、そこから流れ出る端池には、野菜くずなどを食べるため集まってくる大きなコイが数匹映っていた( 写真上 = いずれも同番組のテレビ画面から )。 

 この映像をみて、日本の水文化の伝統、川端が日常生活のなかに今も受け継がれ、また生かされていることに、驚いた。あらためて針江地区を訪れてみたいと思ったことを報告しておこう。

 そして、そのことを、続びわ湖サマースクールとして、この欄でまとめてみたい

Imgp5904_2  

 Imgp5893

| | コメント (0) | トラックバック (0)

浜松市の「家康み」  磯田道史

 (2014.10.21)  先日、毎月発行される浜松市の「広報 はままつ」(2014年10月号)を見ていたら、

 磯田道史の「ちょっと家康(いえやす)み」

という歴史コラムの第一話が出ていて、びっくりした( 写真 )。

 ● 広報誌に歴史コラム

 Imgp5763jpg 浜松の発展は信長の命令から始まる

という話なのだが、話の内容については、ブログ子は大筋は知っていたから、それほどびっくりはしなかった。しかし、

 家康み

というタイトルが気に入った。自治体の広報誌にこんなユニークな家康物語を書くというのは、『武士の家計簿』で一躍有名になった磯田さんらしいタイトルのつけ方である。市民のみなさんが家で一休みしているときにでもお読みくださいというシャレとみた。

 内容的には、若き日の浜松在住時代の家康の事跡こぼれ話というところだろうか。

 鈴木康友浜松市長もこのコラムには力が入っているらしく、冒頭の

 「市長コラム」

で、最強助っ人との不思議なご縁

というのを披露していた。

 歴史好きなブログ子としては、またひとつ楽しみがひとつ増えたといっておこう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

人間は考えない葦である

(2014.10.20)  かつて、ある人に、哲学者についてどんな印象を持っていますかと問われたことがある。どういうわけか、理系出身のブログ子は、その時正直に

 哲学者というのは、洋の東西にかかわらず、おしなべて言葉の詐欺師である。とくに、哲学の国、フランスの哲学者は。

というようにこたえたことを今も記憶している。1990年代、いわゆる「サイエンス・ウォーズ」という事件がアメリカで起こり、社会科学者や哲学者のインチキさを痛感していたときだったから、そうこたえたのだろう。

 ● 「知の欺瞞」としての哲学

 とりわけ、この事件の詳細を取り上げた科学者からの告発の書、

 『知の欺瞞 ポストモダン思想における科学の乱用』(アラン・ソーカル/ジャン・プリクモン、岩波書店。原書=1998年、邦訳=2000年)

を読んでからは、概念や言葉をもてあそぶ哲学者のうさんくささをとりわけ強く感じるようになった。

 そして、今も、正直に言えば、そう思っている。ブログ子だけでなく、科学者はたいてい、哲学者の言うことなんかは信じてはいないだろう。

 ● 哲子の部屋「人生を楽しくする哲学」

 そんな折、先日、

 哲子の部屋 人生を楽しくする哲学

というEテレ番組を見た。部屋といっても、周りの壁すべてを鏡張りにする。しかも三角テーブルにいる哲学者をはさむふたりの討論参加者の姿をいろいろな角度からゆがんだように映し出すように工夫したユニークなしつらえになっている。

 テーマは2つ。一つは思考という概念について。もう一つは「環世界」というもったいをつけた概念について。登場の哲学者は若い國分功一郎さん(こくぶん、高崎経済大学准教授)。

 ロゴスA  人は考えるのではない。考えさせられるのだ

というロゴスについて、討論していた。これは、現代フランス哲学者、ジル・ドゥルーズの指摘した言葉らしいが、人間にはもともと思考という意志があると思うのは、これまでの哲学の誤りだというのだ。明らかに

 人間は考える葦である

と言ったB.パスカルのアンチ・テーゼ(反対主張)だろう。パスカルは17世紀のフランス哲学者で数学者。

 ひとことでこのアンチ・テーゼを表現すれば、

 人間は考えない葦である

ということになる。実は、これは哲学者の指摘にしては珍しく真理なのだ。

 現代の脳科学によると、

 人間の脳は、あくまで環境から入力されてきた情報を受身的に処理するだけで、脳自身が積極的な意志で情報を処理しているのではない

ということがわかっているからだ。ただし、積極的な意志はそこにはないが、ただ反応しているだけとも違う。過去の記憶も脳は情報処理段階で活用している。この意味で脳は、脳内に入力されてくる情報を通じて環境に考えさせられているのだ。

 つまり、先ほどのロゴスAは脳科学的には正しい。

 このことを番組では、習慣的な行動では、人は思考を節約し考えなくてもいいようにふるまうと解説されていた。

 これまでの経験でよく似た場面に出合うと、つまり既視感(デジャブ)のある場面では、いちいち考えないで、過去の経験にしたがってふるまうというわけだ。

 この場合、脳は脳内に蓄積されていた過去の記憶を活用しているのだと考えられている。

 ● 生物ごとに異なる時間と空間の捉え方

 二つ目のロゴスは

 ロゴスB  私とあなたのいる世界は全然違う

というもの。これをもっと具体的に広げて言えば

 ロゴスB  生物はそれぞれ異なる時間と空間を生きている

ということになる。人間を考えさせてくれる時間と空間で構成される周りの環境のことを、哲学では格好よく

 環世界

と称する。生物哲学者、ユクスキュルの言葉らしいのだが、実は、このロゴスBも生物学的には正しい。このことは、名著

 『ゾウの時間 ネズミの時間』(本川達雄、中公新書、1992年)

でも知られている。

 だから、同じ人間でも、あなたと私の学び方の違いによって、周りの環世界の見え方はまったく異なる。また同じ個体でもその環世界の見え方は人生の時期によって、また脳の情報の処理方法そのものの変化、たとえば老化によって、変化する。

 ● 哲学者とは「言葉の詐欺師」

 以上のことから、人間は周りの環世界から考えさせられている。その結果、逆に周りの見え方も変化する。したがって考えさせる哲学は楽しいはずだ。として、この番組に登場した哲学者は

 ロゴスC  (概念を扱う)哲学には人生を楽しくする効用がある

と宣伝したかったのだろう。

 いかにも、言葉の詐欺師らしい問題の巧妙なすり替えである。ロゴスA、Bはともに正しい。だから、ロゴスCも正しいとはいえない。

 なぜなら、自分の今までの人生を思い浮かべてみればわかるが、環境世界の見え方が変化することが、楽しい効用であることもあれば、苦痛である場合もある。そのどちらでもないことも、大いにあるからだ。

 この番組を見終わっても、ブログ子は、依然として

 哲学者とは「言葉の詐欺師」のことである

という信念は揺らがなかった。ひょっとすると、これまでより強固になったかもしれない。

  ● 補遺 白熱教室 FBIとフランス哲学者 2014年10月25日記

 ブログ子は、哲学者、とくにフランス哲学者は「言葉の詐欺師」であると書いた。のだが、アメリカの連邦捜査局(FBI)は、そんな生易しい話ではない。戦後の冷戦のなかで、

 『存在と無』などで知られる実存主義のフランス哲学者、サルトルが知的な犯罪者

として扱われ、ファイルされていたことを、最近知った。2014年10月24日のEテレの

 ケンブリッジ白熱教室 FBI 対 フランス哲学者

の授業のなかで、講師のケンブリッジ大のアンディー・マーティン教授(実存主義哲学)が捜査局の記録文書を情報公開法の手続きを通して入手して突き止めたらしい。知的犯罪者というのは、その徹底した分析から得た捜査局の結論だという。当時のFBIはどうやら反哲学主義だったらしい。

 ● 補遺2 フランス哲学的幸福論 2014年10月31日記

 上のケンブリッジ白熱教室の次の週のテーマは、実存主義哲学が専門の同じ教授が

 フランス哲学的幸福論

というのを講義していた。

 幸せはどこにあるのかというものだが、中身はなにもなく、本が詰まったこけおどしの本棚ばかりが目立った。

 やはり、

 哲学者は言葉の詐欺師

だというブログ子の信念は、日本においても、フランスにおいても正しいと思う。

 この授業で面白かったのは、講義した教授自身、哲学は役に立たない学問だとみられていることを認めていたこと。だから、同教授は哲学は社会の役に立つものにしたいと奮闘しているというわけだが、あまりに俗っぽくて、途中で番組をみるのをやめてしまったことを付記しておきたい。

  実存主義哲学とは、社会迎合主義哲学とは知らなかった。サルトルも泣いていることだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

自らもデータと実験の時代  - 科学報道の新しい可能性 

(2014.10.15)  今年の科学界の重大ニュースでは、STAP細胞騒動は確実に上位に位置づけられるであろう。この悪い意味のニュースは、ひょっとすると、青色発光ダイオードで日本人3人が今年のノーベル物理学賞を独占したという、うれしいニュースよりも上位かもしれない。

  STAP騒動はそれほどの衝撃があった。

● STAP騒動の何が問題なのか

 その衝撃度のなかで最も深刻だったのは、論文中の多数の写真の使いまわしなど、ねつ造、でっち上げの事実が研究者、あるいは科学報道にたずさわるマスメディア界からはまったく指摘されてこなかったことだ。なのに、一般の人の間からは論文発表とほぼ同時に「おかしい」との声が次々と上がったという事実は、異様だった。

 それどころか、マスメディア界では、論文絶賛一色だった。いかに科学ジャーナリズムには自律性がないか、またその裏返しである科学者依存体質が染み付いているかが、このことからもわかる。Image1984 もっと広く言えば、マスメディア界は、発表ジャーナリズムに浸りきっている。

 福島原発事故でも、科学報道はずっと戦後一貫して、根拠薄弱な「安全神話」を振りまいていた。政府や電力会社の太鼓持ちだったことは言うまでもない。

 これに対し、科学報道はどう変わるべきかという大特集を組んだところもあることは、以前のこの欄で紹介した( 右写真= 「Journalism (ジャーナリズム) 」2014年8月号 )。

 ここで高名な科学史・科学哲学者の村上陽一郎氏は

 「メディアは専門家からの過度な働きかけに対して合理的に対応できるだけの見識を備えよ」

という長ったらしいタイトルのトップ論考を書いている。

 その通りなのだが、問題は「見識を備えよ」というが、日々のスクープ合戦のなかで、具体的にどうすれば見識を備えられるのかということである。

 記者クラブで出されるニュースリリースの引き写しである発表ジャーナリズムが堕落であることは記者たちにもよくわかっている。起きてから騒ぎ立てるセンセーショナルなジャーナリズムがいかにも愚かであるかということも自覚している。いつの間にか問題がうやむやになる尻切れトンボジャーナリズムが報道の欠陥であることも、もちろん承知している。

 夜討ち朝駆けの古臭いスクープ合戦から科学記者はこの環境からどう抜け出したらいいのか、それが具体的にわからないのである。

 Imgp5839200604 宵越しのニュースは持たない

というその日暮らしのヤクザ商売さながらの体質からどう抜け出したらいいのか、それがわからない。

 そんなことから、アメリカでも、この10年、たとえば右写真のように

 「回復不能」に至る米ジャーナリズム

というような解説記事まで頻繁に出される始末なのだ( = 3万人のための情報誌「選択」2006年4月号 )。 

 ● アメリカから 活路のデータジャーナリズム 

 そんな折、BS1で

 メディアの明日 データジャーナリズム

という番組が先日10月13日夜放送されていた( シリーズ3回目、左下写真 = 右端がデジタルメディアに詳しい藤代裕之法政大准教授 )。

 この10年、ネット、地上デジタル放送などデジタル技術の急速な進展で、今、米ジャーナリズムにどのような環境変化が起きているのかということを取材したドキュメンタリーである。テレビはデジタル化されたが、伝え手の記者たちの頭、意識は相変わらず昔のままのアナログでいいのかという問題意識である。これでは回復不能なのも無理はない。

 Imgp5827_2 ところが、アメリカで起きている現実についての結論を先に言えば、回復不能どころか、急速に活況を呈し始めているというのだ。

 こうだ。

 番組では、「プロパプリカ」の取り組みを紹介していたが、記者の問題意識にしたがって、質や目的の異なるさまざまな公開データ群のなかから必要な情報を検索し、その解析が自社でできるよう独自のプログラミング技術を解発し、導入している。

 その実践内容を一言で言えば、記者の持つ問題意識にそってすでに公開されているデータから収集、そこから新たなデータを自ら生産する、いわば

 データジャーナリズム

の台頭である。

 記者自身がプログラミング言語を身につけ、市民が判断できるよう、わかりやすい形でデータを読者に提供するジャーナリズムである。つまり、どこからか特ダネをどこよりも早く取ってくるスクープ合戦ではなく、自らわかりやすく料理したデータをあらたに生産し、提示する。

 視点の提示ではない。判断する、あるいは問題解決のためのわかりやすいデータの提示である。

 こうした取り組みが進んでいるのは、情報のデジタル化の進んでいるアメリカだけではない。アルゼンチンの「ラ・ナシオン」でも、権力を監視する、あるいは巨悪をあばく強力な武器としてデータジャーナリズムが急速に進んでいる現状も紹介されていた。

 そこではデータ入力で市民ボランティアが協力するなど一般市民も巻き込んでいる点が注目される。権力の監視や巨悪に立ち向かうには、メディアだけに任しておけばいいというような他人事ではなく、わが事として真剣に問題に向かう意識なくしては事はならない。

 ボランティアの参加は、経費節減策ではない。広く問題への関心を高めるための手段なのだ。この意味では、地域のコミュニティとかかわり、主体的に問題解決に参加するパブリックジャーナリズムの一分野ともいえよう。

 ● ジャーナリズムの科学化

 いずれのケースでも、解析されたデータをほかのメディアも自由に使える

 解析データの共有化

がすでに始まっていた。

 こうなってくると、夜討ち朝駆けのアナログ記者というイメージは消え、

 プログラミングのできる記者、解析能力を身につけた記者、そして問題意識を持った記者

というのがこれから求められるジャーナリスト像ということになりそうだ。靴底をすり減らして足で稼ぐ記者から、頭脳と指先で稼ぐ記者像へ、今、

 ジャーナリズムのデジタル化

はその環境を否応なく大きく変えようとしている。このことが、番組から強く伝わってきた。

 どう変わるのか、予測はなかなか難しいが、一言で言えば、

 これまでのように主として人に取材するから、データへも取材する

という変化であろう。

 従来も、これからもジャーナリズムの本旨は権力の監視、巨悪をあばくことにある。その場合、情報のデジタル化にふさわしい、つまり情報の受け手、読者が当事者意識をもてるような伝え方の時代に、ジャーナリズムは入ったといえるだろう。

 裏を返せば、小回りの効かない大手メディア、あるいはそこで働く〝おじさん記者〟たちにとって辛い時代が始まろうとしていると言ってもいいだろう。

 以上をまとめると、データジャーナリズムとは

 問題意識にそって仮説を立て、それを証明するために、つまり、問題解決をするために、デジタル技術を駆使し、既存公開データ群から自ら新たなデータを掘り起こすというデータ取材をし、それを社会にわかりやすく提示する言論活動

ということになる。この意味で、データジャーナリズムは実証科学の一分野であることを目指しているとも言える。

 こう考えると科学ジャーナリズムはその先駆けとなれる分野であろう。

 ● 東北大震災から 実験ジャーナリズム

 Imgp5789 こうしたデータジャーナリズムをより積極的に、というかメディア側がより能動的に問題解決のために駆使しようという取り組みが

 専門家と組んだ実験ジャーナリズム

の試みである。

 この件では、日本は福島原発事故を契機に世界に先駆けているように思う。

 たとえば、

 NHKシリーズ「メルトダウン」(2013年3月総合テレビ放送)

である。この欄でも逐一紹介したが、原発事故の調査資料をもとに関係者の証言インタビューや、原子炉設計者や放射能などの専門研究者とNHKがチームを組むことで事故の深層に迫るシリーズ。事故の原因を推定し、仮説を立てる。それだけでなく、実験装置を組み立ててて、実際にシュミレーションし、仮説の検証までジャーナリズムが関与していた。

 これは、いままでなら尻切れトンボで終わるのに、事故後も原子炉で何が起きていたのかという問題にメディア自身が関わる、

 いわば実験ジャーナリズムである。

 この点をいち早く指摘したのが、ジャーナリストの田部康喜氏である( 写真 )。

 ●日本ではメルトダウンの原因解明で

 本来、こうした原因に関する再現実験は日本原子力学会が事故報告書作成の前提として行なうべきことだった。が、それを学会が安易に放棄したことにともなってメディア側が積極的に乗り出したことからできた成果だった。

 その結果、メルトダウンはどのような原因で起き、どのように進行していったのか。このことを具体的に解明することは、事故の再発防止には絶対に欠かせないものだ。この点については、従来は

 冷却できなくなった核燃料は燃料自体がもっていた崩壊熱で融けたと説明されている。しかし、最近では複数の原子炉設計者や研究者から、

 核燃料を溶かしたのは燃料自体ではなく、燃料をおおっている被覆管のジルコニウム合金と水の化学反応で生じた熱によってメルトダウンが起きた

とする重大な指摘が出ている。

 Image2017 たとえば、日本原子力研究開発機構上級研究主席だった田辺文也氏(指摘は著書『メルトダウン』(岩波書店、2012) = 写真)や日本原子力開発研究機構の前身、日本原子力研究所の元東海研究所副所長の石川迪夫氏( 著書『考証 福島原子力事故炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』で指摘 )

  こうしたことやメディア側の積極的な実験検証を受け、日本原子力開発機構は、最近、

 冷却できなくなった炉心の溶融過程を検証する実験

に着手した。これは事故再現のシナリオに異論が出ているからだろう。

 実験ジャーナリズムにもさらにこうした検証実験に、密着した取り組みが期待されるのではないか。  

  ● 「公平中立」こえ実態あばく 凋落から再生へ

 これまでのメディア、とくにどの新聞では超然卓立

 公平中立

を旨としている。しかし、何度もこの欄で指摘したように、このもっともらしい不偏不党主義は部数拡大のためのものにすぎない。「赤勝て、白勝て」では真実を暴き出すのは、よほど難しい。問題解決するためには、公平中立では限界がある。

 データジャーナリズムや実験ジャーナリズムには、公平中立をこえ、巨悪をあばいたり、真相をあぶりだす大きな可能性を持っているといえるだろう。

 一言でいえば、公平中立の無責任な時代から、自ら客観データを提示したり、仮説の検証をしてみせる時代に入ったといえるだろう。

 その意味では、デジタル化や実験化でジャーナリズムは日本でも

 凋落の時代から再生と活況の時代

に入ろうとしているのではないか。

 Imgp5841_2 かつて、今から30年近く前、

 ジャーナリズム危機の中の客観報道論争

というのが起きた(「新聞研究」1986年)。戦後、ジャーナリズムが危機に陥るたびに客観報道とは何かが論争となっていることは、

 『客観報道とは何か』(中正樹、新泉社、2006 = 写真右)

に詳しい。

 そして今。かつての客観報道論争とは次元の異なる

 デジタル化時代における客観報道のあり方論議

が必要なように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

岡本太郎の水爆版「ゲルニカ」 

(2014.10.14)  息子が東京で働いている関係で、また親戚が住んでいたせいで、ブログ子はJR渋谷駅を時々乗り降りに利用している。だから、その渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅の連絡通路に、横幅が30メートルはあろうかというバカでかい壁画があるのは知っていた( 写真 )。

 ● ビギニ事件がモチーフの「明日の神話」

 Imagejr2008 しかし、どこかで見たことがある絵とは思っていたものの、それが誰の作品で、何の絵か、またなぜこんなところに抽象画が描かれているのか、その経緯は何も知らずに過ごしてきた。

 それがなんと、大阪万博の「太陽の塔」などでも知られる前衛画家、岡本太郎さんの作品だとは、つい先日知った。また、「明日の神話」と名づけられたこの壁画のテーマが

 米ビギニ水爆実験(1954年3月)で被ばくした第五福竜丸事件

をモチーフにしたものとは知らなかった。

 これは、ピカソを尊敬した岡本太郎さんの、いわば

 水爆版「ゲルニカ」

ともいえる作品だったのだ。

 スペイン出身のピカソは1930年代、ヒットラーの全体主義と戦ったスペイン内戦を体験している。その内戦をテーマに、巨大な虐殺反戦絵画「ゲルニカ」を描いている。おそらく、太郎さんはそれにならったのだろう。

 ● 「太陽の塔」とは対照的な運命

 さて、その大壁画は、岡本さんが今から45年以上も前にメキシコのホテル経営者に依頼されて現地で制作され、大阪万博の前年の1969年に完成した。正面玄関に飾る予定だったが、それが、いつの間にか、公開を待たずに行方不明になってしまった。

 Imgp5745 だから、

 幻の大壁画

だったことになる。いかにも、若い時期、ピカソの作品に強烈に感激した岡本さんらしい作品であるが、しかし同じ時期に完成し、大反響を呼んだ大阪万博の「太陽の塔」とは対照的な運命をたどった太郎さんの代表作といえる( 写真左 = BSプレミアム「日本の巨人」放送テレビ画面から )。

 それがどうして渋谷駅の連絡通路に飾られているのだろうか。

 その全貌を知ったのは、先日のBSプレミアム

 アーカイブス 日本の巨人

というハイビジョン特集番組を偶然に見たからだった。それも、番組終了に近いところでわかった。番組の多くの時間は「太陽の塔」( 写真 )にまつわる話だった。

 番組によると、渋谷駅に飾られることになったきっかけは、行方不明の壁画が妻、岡本敏子さんの努力により、2003年、メキシコのある会社の倉庫で眠っていたこの壁画が発見されたこと。だが、相当に痛んでおり、2005年に修復プロジェクトがスタート、2006年にほぼもとの姿によみがえった。

 その後、お披露目のための展覧会が開かれた後、一般の人に末永くみてもらいたいという遺族の願いから、2008年、人通りの特に多いJR渋谷駅連絡通路に恒久的に設置されたものらしい。

 ● 対極主義の壮大なる結晶

 岡本さんが、この大壁画をその場の思いつきで制作したのではないことは、ビギニ事件後の1950年代、60年代の絵を見ればわかる。大壁画の原画の一部ではないかと思わせる「燃える人」、あるいは「瞬間」といった人間と原爆、水爆とは相容れない、つまり対極にあるということをテーマにした作品を何枚も描いている。

 一言で言えば、たどった運命は大きく違ったが、太陽の塔も、明日の神話も対極主義という芸術観の壮大なる結晶だったといえるだろう。一方は三次元の結晶であり、もう一方は二次元の結晶という違いがあるに過ぎない。

 そして、結晶のそれぞれの中身は「人類の進歩と調和」という大阪万博の崇高な理念に対するアンチテーゼだったということでは一致している。

 ● 原発版「ゲルニカ」

 そして、ふと思った。

 20年近く前に亡くなった岡本さんだが、福島原発事故後の今、生きていたら、どんな対極主義の作品をつくりあげるだろうかと思った。

 きっとそれは原発版「ゲルニカ」として歴史に残る大作になったと思う。ここでも「人類の進歩と調和」に対するアンチテーゼが表現されていただろう。

 そう考えると、太郎さんの抽象作品は、きわめてリアルでエネルギッシュな社会性を持ったものであることに気づく。けっしてシュールレアリズム(超現実主義)などではない。

( 写真下= 太郎さんの自宅兼記念館に今も残る「明日の神話」の下絵の原画。- BSプレミアム「日本の巨人」2014年10月放送テレビ画面から )

Imgp5740

 ● 補遺 岡本太郎とは 2015年5月13日記

 5月12日の夜のBSフジ「プライムニュース」は、昭和の90年間を代表するというか、特筆する芸術家の肖像として岡本太郎を取り上げていた。ゲストは岡本さんと親しかった元東京都知事で作家の石原慎太郎さんと、岡本さんの沖縄文化論など同氏の再評価に取り組んでいる明治学院大学文学部教授(山下)。

 まとめると、岡本太郎とは

 前例とか「常識を突き破る創造力」(教授)を生涯持ち続けた男であり、芸術界の「反乱」(石原)者

ということになる。同感である。時代に反逆するその代表作品が

 太陽の塔

である。進歩と調和をかかげた国家プロジェクトに自ら乗り込み、そのテーマに反乱してみせた。何が進歩だ、何が調和だという憤怒があの縄文土偶をかたどった太陽の塔なのだ。大喧嘩の末、丹下建三のお祭り広場の大天井を突き破って立つ憤怒の太陽の塔こそ、岡本太郎そのものだったのだろう。

 生前、岡本太郎さんがある人から、あなたの肩書きは、と問われて、

 オレの肩書きは人間だ

とこたえたという逸話も紹介されていた。そんな岡本太郎を今の政界にもほしいが、もう出てこないような気がする。ゲストの石原さんは、最後にさびしそうにそう語っていたのが印象に残った。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

酒場詩人の「一杯の水」 

(2014.10.14)  毎週1回、BS-TBSが放送している

 吉田類の酒場放浪記

というのをときどき拝見している。ブログ子も吉田さんと同様酒好きだが、これを見ていると、ついつい、金沢中心部のヤキトリ横丁(木倉町)の赤提灯「島やん」を思い出す。今は、浜松市に暮らすブログ子だが、サラリーマン時代の20年は金沢暮らしだった。

 Image201620141004_2 その吉田さんが、週刊現代2014年10月4日号の

 わが人生最高の10冊

というのを披露している( 写真 )。タイトルは

 酒場詩人にとって読書は「一杯の水」

というもの。読書で「喉の渇きを癒し、元気を取り戻したら、また次の目的地に向かう」というわけだ。

 なかなか簡潔で、うまい表現である。さすが酒場詩人と名乗るだけはある。

 さて、その最高の10冊だが、どんな本を読んでいるのだろうと興味を持った。三島由紀夫『金閣寺』やドストエフスキー『白夜』、太宰治『人間失格』がいきなり出てきたのには驚く。

 『人間失格』のコメントでは

 本当の自分をさらけ出せない男の物語。誰でも持っている、心の脆さを巧みに描いている

と書いている。10冊のなかには夏目漱石の『夢十夜』もある。かと思うと、精神の老化を防ぐため、折にふれてランボオの詩集を手にとるようにしたいとも語っている。

 最高の10冊のベスト1は10代で読んだ『金閣寺』。なまじっかな読書歴では、こうは書けまい。小生もまじめにもう一度読んでみなければと思わせてくれたエッセーだった。

 そして、しみじみとブログ子の赤提灯通いとはレベルが違うと痛感した。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

再論 春樹氏はなぜ文学賞をとれないか

(2014.10.09)  昨年のいまごろも、村上春樹氏はなぜノーベル文学賞を取れなかったのかというテーマでブログを書いた。書いたのだが、その後しばらくして、これを読んだある若い女性の春樹ファンからこっぴどく反撃され、ほとほと困ったとも書いた。

 ブログ子の主張が正しいかどうかは、次の発表でわかると「捨て台詞」風に書いた。のだが、案の定、今年も受賞しなかった。

 ● 取り巻きが障害に

 Imgp5810 しかし、だからといって、春樹文学の表現方法の独創性は認めるが、作品のなかに出てくる「謎」のなかに含まれているはずのメッセージ性が不明確というブログ子の指摘は正しかったとまでは言わない。言わないが、今年もかまびすしい「文学賞なるか」という発表直前のメディア騒ぎ( 写真= 10月7日付中日新聞 )を見ていると、

 取り巻きのミーハーファンがなくならない限り、受賞はムリ

と強く感じた。ひいきの引き倒しになっていて、さらし者の春樹さんが、ちょっとかわいそうな気がしないでもない。もっと辛らつに言えば、

 このままでは、ひいきのひき殺し

になりかねないのだ。

 ● 思わせぶりな「謎」

 同時に、春樹氏も、思わせぶりに「謎」にもったいをつけるだけでなく、その中身をきちんと文学的に昇華した形で表現することが、受賞には不可欠だろう。このことは春樹ファンを覚醒させるのにも役立つはずだ。

 独創性に優れているだけでは、アンパンマンのやなせたかし氏にも、宇宙戦艦ヤマトの松本零士氏にも、すでにおよびがかかってもいいはずだ。が、いっこうにそんな風はない。

 それとも、ひょっとすると、ノーベル文学賞の古い体質の選考基準と村上文学の新しい表現基準とは大きくズレているのかもしれない。つまり、ノーベル賞の評価基準は社会性とか、歴史性という現実との苦闘を評価において大事にする。これに対し、村上文学はそれらが希薄というズレだ。希薄というか、「謎」かけでごまかしている。そんな気がする。

 それはともかく、何につけても、とかく取り巻きというのは、傍若無人で厄介なものだ。

 今回も、そのことを痛感する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幻の浜松計画 バブル崩壊20年

Imgp5791 (2014.10.13)  今から20年前の今月10月、JR浜松駅前に

 官民共同の複合施設「アクトシティ浜松」

がオープンした(1994年の開業)。オフィス、ホテル、専門店などの入居する民間所有のアクトタワーと、浜松市所有のホールなどのあるアクトシティ浜松で構成されている。構成されているというが、構成されていたのは1990年代のことであり、その後は高級ブランド店は次第に撤退していったのが実情。

 いわば、アクトシティ浜松は、バブル経済の絶頂期に計画され、バブル崩壊後にオープンした

 見事なまでの「バブルの象徴」

と言っていいだろう。具体的に言えば

 土地など日本経済のバブル期(1986年-1990年)の、そのまた絶頂期の1988年に浜松市が当時の国鉄清算事業団から用地を取得。崩壊直前の1990年にコンペで今のアクトシティ案が決定した。着工が1991年、完成は1994(平成6)年10月。つまり完全にバブル崩壊期(1991年-1994年)と重なる。

 一時は入居率は7割というひどい状況にまで追い込まれた。が、最近では9割をこえるまでに改善しているという。

 ● 幻のアクトシティ模型展

 今、そのアクトシティ浜松で、20周年を記念して、1階ホール前でひっそりと

 幻のアクトシティ模型展

というのを開いている( 写真 )。訪れる人もほとんどないが、なかなか面白い。

 要するに、どんなシティにするかという箱物の設計提案競技、コンペティション(通称、コンペ)で、採用された今の案以外にどんな提案があったのか、その具体的な模型を展示している。

 Imgp579320 実現した今の提案(第一生命グループ案)のほかに2案があったが、いずれも時代を反映して超高層ビル案だった。その2案のうちの1案は今の丸みのある提案と似てはいるのだが、やや角張った、いわば普通の堅実な超高層ビル。

 2案のうち、もう一つは、奇抜。なんと今のアクトタワーの2倍近い、400メートルに近い超・超高層ビルで、これまた、なんと形はすそ野のひろがった富士山型だった(写真)。当時としては、堂々たる日本一高い超高層ビル(民間施設部分は88階建て)の大構想だったのには、ブログ子も驚いた(超高層都市研究株式会社案)。

 浜松市民の当時の意気込み

がここに感じられる。

 奇抜さの中を取って、今の実現した提案に落ち着いたのだろうが、もし仮に、思い切った富士山型の超高層シティを採用案として決定した場合、その後の浜松市の発展はどうなっていただろうかと想像した。

 Imgp579620 確たる根拠はないのだが、大きく変わっていたかもしれないという気がした。

 都市建築は、強く時代を反映する。

 そんなことを知った「幻のアクトシティ模型展」だった。

 ● 補遺 幻の東京海上都市計画1960

 バブル期には、浜松だけでなく、たとえば、今の東京都庁舎も計画されるなど、全国的に高層建築ブームだった。

 都庁舎の場合、バブル経済が始まった1986年にコンペで現在の案(丹下建三案)が決定されている。1988年着工、完成はバブル崩壊直前の1990年12月。

 金沢に長く暮らした個人的な思い出でいえば、当時としては金沢一の高層ビル

 北國新聞会館(高さ約100メートル、21階建て)

が完成したのも、バブル崩壊が始まった1991年(平成3年)。

  余談だが、先日、BSプレミアムを見ていたら、

 幻の東京計画

というのを放送していた。東京湾海上に格子状に発展する巨大海上都市をつくる計画であり、これまた丹下建三氏の提案だった(東京計画1960)。1964年の東京五輪を意識したものであったのだろうが、もちろん、これは実現することなく幻となった。のだが、このあとも、高名な建築家、黒川紀章氏の

 東京計画1961

などが提案されている。

 こうしたことを考えると、都市の建築というのは、時代の影響を強く受けるということがわかる。その意味では、美しい建築を目指した丹下氏に対し、一見無骨にみえるコンクリート打ちっぱなしの建築を目指した磯崎新氏の登場にも、超高層ビル時代の中、注目したい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

もう一つのノーベル物理学賞

Imgp6010346 (2014.10.13)  今年のノーベル物理学賞は、身近にその技術が生かされている青色発光ダイオードの業績で日本人3人が受賞した。

 そのうちの一人、天野浩さんは、浜松市出身ということで、ブログ子の暮らす浜松市では大いに話題になっている。光技術の浜松というキャッチフレーズにふさわしい受賞であることから、浜松市の市庁舎にも祝福の垂れ幕が垂れ下がっていた。

 Imgp5805 ブログ子は浜松市の佐鳴湖のほとりの高台に暮らしている。のだが、なんと、その町内、しかも同じ丁目に天野さんの母親が住んでいるりっぱな実家があり、あちこちで話題になっている(写真上)。

 その話題の中心は、町内にある出身の広沢小学校、あるいは蜆塚中学校、あるいは地域の出身県立浜松西高校に在籍していたときの様子が中心。

 もう一つの話題は、最近、名古屋大学の受賞者が目白押しなこと。今回の2人のほかに、2008年受賞の物理学賞2人(益川敏英さん、小林誠さん。素粒子論)、2001年の化学賞を受賞した野依良治さんなどだ。

 ● イグ・ノーベル物理学賞も名古屋出身

 おまけにといっては、失礼なのだが、米ハーバード大で毎年9月に授賞式が行なわれる

 イグ・ノーベル物理学賞

の今年の受賞者も名古屋市出身の馬渕清資さん(北里大教授)。人工関節の研究者なのだが、その研究の必要性から生まれたユーモアのあるユニークな受賞研究は

 バナナを踏むとなぜよく滑るのか

というもの。

  Imgp5807_2 患者の痛みの改善につなげるために、バナナの滑る原因を追究した。そして、バナナが滑りやすいのも、関節を滑らかにするのも同じ仕組みであり、粘液の働きによることがわかった。バナナの皮の内側には粘液の入った粒が沢山ある。踏むとつぶれ、中から粘液が出てくるというわけだ(10月7日付中日新聞「この人」欄)。

 この欄によると、馬淵さんは

 「粘液は遺伝子にしか作れない。生命の本質に関わる問題」

と熱く語ったという。

 ひざ関節痛に悩むブログ子だが、感謝したい成果だと思った。

 LED研究といい、バナナの研究といい、そのユニークさがうれしい

 ● 補遺 科学技術の文化的価値 2014年11月10日記

 件の馬渕教授は、Eテレの

 視点・論点

で「科学技術と文化」というテーマで10分ほど話していた(2014年11月10日)。回りくどいなど、やや意味のとりにくい話だったが、要するに

 科学技術の文化的価値とは何か

ということだったと思う。文化の最たる音楽などからもわかるが、

 それはおもしろさだ

ということだった。この意味では、

 「研究のための研究には(文化的)価値がない」

と話していたのが印象に残った。バナナの摩擦を面白がって研究し、そこから成果を引き出した馬渕さんは、きっと

 役に立つ「おもしろさ」、それが好奇心を刺激する科学だ

といいたかったのだろう。

 ただ、そんな話を、にこりともせず、ある意味、仏頂面で話していたのには閉口した。ユーモアたっぷりに笑いながら語ってくれていたならば、文化的な主張にもっと説得力を持たせることができただろう。 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

重い巨大ブーメランでも戻るのだが

Imgp5784 (2014.10.12) 最近、このブログでなぜブーメランは戻ってくるのか、ということを書いた。

 無重力状態、たとえば、宇宙ステーションで試してみても、地上とまったく同様にきちんと宇宙飛行士の手元に戻ってきた。その実験映像もYouTubeに公開されている。

 このことから、戻ってくるかどうかということには重力は関係しないことがわかる。

 ところで、その公開映像をじっくり、そして3回も「リプレイ」して見たのだが、少し気になることがあった。それは、重力がないので当たり前なのだが、地上に比べて左へ左へとカーブするそのカーブがほとんど沈み込まない。

 ということは、もし仮に地上で紙ブーメランではなく、もっと重い巨大木製ブーメランを飛ばしたらどうなるのだろうということを想像させる。

 もちろん、もどってくることには変わりはないのだが、重力のある場合、巨大ブーメランが紙の場合に比べてあまりにも重い。だから戻ってくる前に重力で地面に激突してしまうのではないか、という心配がある。

 ● 重力に打ち勝って戻ってくるか

 Imgp5781 そんな大掛かりな実験を、先日の

 大科学実験(Eテレ)

でやってみせてくれていた。重さ5キログラム。差し渡し3メートルの巨大ブーメランを軽トラからやや上向きの前方に回転させながら、勢いよく射出した。ただ、あまりに重く、したがって回転力がつかないので、射出は

 たて投げではなく、たて(垂直)投げと横(水平)投げの中間にし、左に傾けるように

行なっていた。

 Imgp5787 その一連の射出瞬間までの様子は写真の通り(2014年10月10日Eテレ放送のテレビ画面から)。

 予想通り、巨大ブーメランはゆっくり自転しながら体を起こし右へ右へとカーブする。するのだが、完全に戻ってくるまでに地面に衝突してしまった。

 想像するに、巨大ブーメランの回転数をもっともっと上げれば、揚力差が大きくなり、もとの軽トラのところまで、重力に打ち勝って戻ってくるだろう。

 ただし、ブーメランが大きすぎて手でつかむことができない。ので、これは大変に危険。

 大科学実験のキャッチフレーズは、

 だから、やってみなくちゃー、わからない

というのだが、今回に限り、

 やってみなくても、およその予想がついた。

 Imgp5788

| | コメント (2) | トラックバック (0)

統計でウソをつく方法 政府の場合

(2014.10.11)  消費税をさらに2ポイント上げて予定通り来年10月から10%にするかかどうか、その決断の時が迫っている。その判断の重要な材料なのがGDP(国内総生産)の伸び率や、物価や消費動向の政府統計である。

 先日発表されたGDPの4-6月期の政府二次速報が前期比マイナス7.1%と、一次速報のマイナス6.8%より大幅に下方修正されたことが、今、消費動向の変化を探る上で話題になっている(「注記」参照)

 エコノミストの間で、それは想定内、想定外と論議がやかましい。

 ● 消費増税の影響がはっきり

  そんななか、「週刊現代」2014年10月4日号の

 Image2015z20041004_2 ドクターZは知っている

というのが鋭かった。今週のテーマは、

 現実を知る政府統計の正しい読み方

というようになっている( 写真 )。要するに、たとえば、7月の消費低迷について政府は

 この原因は「天候不順」

と説明している。しかし、そんなばかなことはありえないというのだ。

 なぜなら、総務省の4月以降の4-7月の4カ月平均の消費動向(いわゆる家計調査)はこの30年間で最低。4か月というそんな長い期間の、しかも過去最低水準の大幅落ち込みは、天候不順では説明できないというわけだ。消費増税の影響なのだ。

 この例では、

 欠けている、あるいは隠されている統計資料はないか

という考察をすれば、過去の家計調査の比較から、ただちに政府のもっともらしいウソはばれてしまう好例である。そんなことは言えはしないというわけだ。

 誤った原因は、示されたデータはそういえるために必要な統計結果なのだが、そういえるための十分条件ではなかったのだ。都合のいい必要条件だけを見せられて、たいていの人はコロリとだまされる。

  この事例でもわかるが、GDPについても、政府発表の一次データを見た上で、自分でGDPという二次統計を弾き出す努力が報道各社に求められている。今のマスコミ報道のように、役所の発表資料をそのままなぞっていては、動向の本当の原因はわからない。経済の現実が見えてこないというこの深刻な事態には、発表ジャーナリズムの欠陥がそのまま見事なまでに露呈している。

 ● ウソを見破る5つのポイント

 ブログ子のこの40年にわたる愛読書の一つに

 『統計でウソをつく方法』(D.ハフ、ブルーバックス、1968)

というのがある。この名著の著者は作家。だけに読みやすく、しかもわかりやすい。ということもあり、今も世界的なロングセラーである。

 このなかに、ウソを見破る5つのポイント

というのがあるので、この機会に紹介しておきたい。

 第一。だれがそう言っているのか(統計の出所に注意)

  第二。そのことがどういう方法でわかったのか(適切な調査方法かどうかに注意)

 第三。そう言えるためにはデータが足りなくはないか(隠されている資料に注意)

  第四。言っていることが間違っていないか(意図的な問題のすり替えがないかに注意)

  第五。そもそもデータを公表する意図は何か(公表の真の狙いは何かに注意)

以上である。

 政府統計、とくにそれらを加工して得られる二次統計に、都合のいい意図的な誘導がないかどうか、それをチェックするのが真のジャーナリズムの姿だろう。

  ある意図の下に、そもそもの一次データを改ざんするのは論外であるが、今の安倍政権の危うさをみていると、これすら日本の現状ではありえるのではないか。と、ブログ子は危惧している。杞憂であれば幸いである。

 ● 注記 日銀の消費動向調査(10月11日付中日新聞経済面)

 Imgp580610_2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

わが芭蕉への旅 イン 大聖寺

Imgp5650 (2014.10.07)  1カ月も前のこの欄(9月4日付)に

 芭蕉の義仲寺を訪ねて

というのを書いた。どこでこの記事を読んだのか、金沢でのサラリーマン時代の友人が、

 加賀・大聖寺にも芭蕉が「奥の細道」で詠んだ句碑がある

と知らせてくれた。

 最近、加賀市に出かけるちょっとした機会があったので、早速、その句碑を拝見しに出かけた。句碑は今年2月につくられたもので、写真がその様子。

 俳聖 松尾芭蕉句碑

と書かれており、北陸線のJR大聖寺駅構内にひっそりと建っていた。

 Imgp5652 句は

 やまなかや菊は

    たおらじ

       ゆのにほひ   元禄二 仲秋月

という「おくの細道」に載っているものと同じだった。仲秋月というから、旧暦では8月、今の新暦では9月の季節を詠んだもの。いかにも名湯、山中の秋にふさわしい。

 自宅に戻って、やおら

  芭蕉自筆「奥の細道」(草稿本、岩波書店、1997)

で調べてみたら、この部分は、草稿では

 山中や菊はたをらぬ湯の匂

となっていた(写真最下段)。漢字とひらがなとの違いを別にすると

 たおらじ

というのが、草稿では

 たおらぬ

と変更されている。芭蕉自身による推敲の跡であろう。現地の句会では「たおらじ」だったのが、数年後に書かれた草稿本では「ぬ」に変わった。

 そして、貼り紙の多いこの草稿本をいったん清書。それに芭蕉自身が再び書き込みを加えた最終的な定稿本でも、そのまま「ぬ」となった(「注記」参照)

 こういうことも、やはり現地に取材しなければわからない。そんなことを学んだ

 わが芭蕉への旅

だった。 

  ● 注記 「じ」と「ぬ」の違い

 小学館の『古語大辞典』によると、

 「じ」というのは、打消しの(主観的な)推量を表す。一方、「ぬ」というのは、打消しの助動詞「ず」の(体言にかかる)連体形。

 芭蕉は、こうした微妙な違いを独特の言語感覚で使い分け、紀行後も、推敲していたことがうかがえる。

Imgp5651_3

Image2012

( 写真はいずれもダブルクリックすると拡大できる )

 ● 補遺 北陸路 芭蕉句碑一覧

 JR大聖寺駅前近くの全昌寺にも、「奥の細道」句碑があるが、北陸路に限っても、松尾芭蕉の句碑は130箇所以上もある。具体的な一覧は

 http://po6.nsk.ne.jp/asuwataxi/hp.bashyo.html 

で、閲覧できる。ちょっとここをのぞいてみると、以下の通り(ダブルクリックで拡大)。

 10_07_0

  10_07_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄のこころ、日本の心 

Imgp566520141004_2 (2014.10.06) 今年開館して20年になる硲伊之助美術館(はざまいのすけ、石川県加賀市)が記念のリサイタル&講演会を開くと親しい友人が知らせてくれた。

 開館時以来というから、ずいぶんと久しぶりなのだが、同美術館で開かれたそのリサイタルと講演会に先日、浜松市から出かける( 写真上 = 和風建築の硲伊之助美術館。右端の青い服が色絵磁器画工、海部公子さん)。

 リサイタルは、沖縄出身で世界的なオペラ歌手、翁長剛(おなが つよし)さん、講演は元沖縄県知事の大田昌秀(おおた まさひで)さん。共通のテーマは

 沖縄のこころ

だった。

 ともに協力して美術館を運営する館長の硲紘一さんや伊之助氏に師事していた海部公子(あまべきみこ)さん。彼らを慕う地元ファンや、全国から駆けつけた300人近い参加者が、木造の高い天井に渡された美しい梁の下で歓声と喝采の3時間を過ごした(プログラムは左下。ダブルクリックで拡大)。

 ● なぜ演歌「函館の女」か

 結論を、少し硬い言い方で先に言ってしまえば、

 沖縄のこころとは「日本人になりたいのだが、素直にはなり切れない」(大田氏)という、日本人に対するうらみとも、もどかしさともいえる心情

ということだろう。

 Imgp567820141004 このことを、やわらかく参加者の心にしみこむように訴えた、いわば軟派的に歌い上げたのが、翁長氏。沖縄激戦地に想いを寄せた有名な「さとうきび畑」や、イタリアオペラ「泣かない君」の後に、ちょっとしたパフォーマンスとして、最後に突然

 北島三郎の演歌「函館の女」

をやおら上着を脱いで、笑顔で歌った。

 歌詞「はるばるきたぜ函館へ」の出だしに、会場は爆笑と大喝采につつまれた。沖縄のこころが日本人の心に届いた瞬間だった。なぜなら、この歌の中の「函館」を沖縄に言い換えれば、歌はそのまま沖縄の人々が本土日本に悲しいほどに期待する

 日本人の心

になるからだ。翁長さんは、同じように海に隔てられている函館に対してはできて、なぜ沖縄にはそれができないのかと訴えたかったのだろう。

 以下、この結論に至った理由について、いくつか具体的に語ってみたい。

  ( 写真右上 = 開催の趣旨を述べる硲紘一館長(マイクを持つ右端) )

 ● イタリアの歌「泣かない君」

 10_05_0_2 硲伊之助さんの絵や九谷焼が飾ってある会場のステージに最初に立ったのは、翁長ご夫妻。奥様は巧みなリサイタル司会で会場を盛り上げた。

 オペラ歌手が本場のイタリアの歌オペラをイタリア語で歌うのは当たり前なのだが、今回のプログラムには

 「泣かない君」(L.ボヴィオ作詞、E.デ・クリティス作曲)

というのがあった。プログラムによると

 「何と美しい今夜の山、白い月明かりに包まれ、いったい君はどこにいるのだろう。僕のために泣いてくれない君が、僕を泣かせる」

というもの。いかにもドンファンの国、イタリアらしい。司会の翁長照子さんの解説によると、夫、剛さんがとても好きな歌。そんな「失恋の歌」(照子さんの言葉)のどこがいいのだろうと、歌を聞きながら思っていた。のだが、この歌の歌詞で気づいた。

 泣かない君というタイトルは、泣かない本土日本人という意味の謎かけなのだと気づいた。

 そして、上記の歌詞の「僕のために泣いてくれない」の僕とは沖縄のことであり、次の「君が、僕を泣かせる」の君とは本土日本人と言い換える。そうすれば、この歌はまさに、沖縄の人々の日本を恋しく思うが、振り向いてくれない

 失恋の歌

ということになる。うらみも含んだ「沖縄のこころ」がここにある。だから、歌った翁長剛さんも好きなのだろう。そのことを声高に言わないというところが、いかにも芸術家らしい。

 そして、翁長さんは、最後に演歌「函館の女」を上着を脱いで歌った。

 「見果てぬ夢と知りながら」「一目だけでも会いたかった」と、そのせつなさを〝熱唱〟。しかも、三番まで歌いきった。その間、顔は笑っていたが、心の中では泣いていたのではないかとも思う。

 ● 差別の北緯30度線をこえて   

 Imgp568920141004 しかし、次に壇上に立った元沖縄県知事(現在は沖縄国際平和研究所理事長)の大田さんは、冒頭の結論で述べたような「沖縄のこころ」の鬱積について明確、かつ具体的に話してくれた(写真右 = 奥の絵は伊之助作油彩「パオロ君」、1952年)

 沖縄地上戦のあった戦争末期、戦後70年近い過酷な沖縄の現実を踏まえ、また自らの沖縄戦の体験を踏まえており、話には説得力があった。

 その訴えていたところは、 

 沖縄のこころといい、日本の心とはいっても、人の命はみんな等しく平等であり、尊さでは同じじゃないか。平和を願う気持ちも同じ。

 なんすれぞ、今もって「差別の北緯30度」を設けているのか

ということに、尽きるだろう。そんな壁など、その気になれば、すぐにも越えられるではないかというわけだ。

 差別の北緯30度というのは、日本本土は屋久島、種子島まで。それより南の奄美大島や沖縄本島は南西諸島であり、(大和民族とは異なる)琉球民族という差別意識のこと。

 この差別意識によって「沖縄県民は人間扱いされてこなかった。物扱いされてきた」(大田氏)といううらみ節を醸成してきたとも講演で話していた。この差別意識こそ、日本人になりたいのだが「日本人になりきれない」正体なのだ。

 差別の実態として、大田さんは、戦前の明治憲法下でも沖縄は差別され、戦中も差別され、戦後の日本国憲法下ですら沖縄施政権が返還される1972年までの24年間差別され続けてきたと具体事例を挙げて、強調する。戦争末期の慶良間諸島の住民集団自決もその具体例である。

 だが、そうしたしいたげられた歴史を持つだけに、沖縄県民は人権を大切にしよう、憲法を守ろうという意識は強い。観念ではない経験に裏打ちされた「命こそ大事」という皮膚感覚も鋭いという。

● 芸術と政治の共鳴

 Imgp569220141004_3 しかし、普天間基地の辺野古移設を焦点とする来月11月の沖縄知事選挙を前に、沖縄独立論すら沖縄では再び聞かれるようになっているという。このままでは、だれを知事にするかという本土と沖縄の確執の中で、さらにはせめぎあい、軋轢の中で、あるいは

 流血が起きる可能性もある

と太田さんは強く危惧する。 

 その真意は、戦後ずっと繰り返してきた沖縄に対する差別意識を再びここでも繰り返すようなら、という意味だろう。

 大田昌秀さん、88歳。沖縄のこれからの未来については多くを語らなかったが、

 老兵はいまだ去らず

という印象を強く持った。 

 美術館という色彩の調和空間で開かれた今回のリサイタルと講演会には、軟派と硬派の絶妙なハーモニーがかもし出されていた。

 もっとはっきり言えば、芸術と政治の響きあい、共鳴があった。

 ● 過去に目をつぶる者は

 しかも、そのハーモニーや共鳴にはおしなべて哀調を帯びていた。このことが、今焦点となっている基地移設問題に限らず

 戦後の日本全体をもう一度考え直す新たな機会

をブログ子に与えてくれたように思う( 写真右は、しめくくりのあいさつをする海部さん )。

   過去に目をつぶる者は、

          未来に対しても盲目である

    -  R.ワイツゼッカー  ドイツ連邦議会演説( 補遺2 )

  Imgp569020141004

Imgp566120141004

( 美術館に隣接して建つ九谷吸坂窯工房兼住居。約350年前の古九谷窯跡近くにあった民家を移築したもの。いずれの写真も、ダブルクリックすれば拡大できる )

 ● 補遺 井上ひさし「木の上の軍隊」  2015年1月5日記

 沖縄の心というものが、どういうものか、翁長さん、大田さんそれぞれが歌ったり、語ったりしたのだが、実は、演劇でも、

 沖縄のこころ

を上演したものがあることを、つい最近知った。亡くなった劇作家、井上ひさしさんの遺作

 「木の上の軍隊」(BSプレミアム)

である。本土出身の上官と、沖縄出身の新兵ふたりが、終戦を知らないまま2年間、沖縄の小島の木の上で米軍の動きを監視しながら生活したという実話をもとにした芝居(こまつ座)である。2014年春に上演されたもので、小島というのは、実話では沖縄本島からすこし離れた伊江島のこと。

 芝居の最後で新兵(藤原竜也)が、上官に向かって

 「(本土に)守られているはずなのに、(それに)おびえ、おびえているのに、信じようとする」

というせりふをぶつける。

 「にくみながら、信じる。信じながら、にくむ。もう、(沖縄の心は)ぐじゃぐじゃなんです」

というのもある。これに対し、上官のほうも

 「2年間、お前(新兵)を理解できなかった。それがしんどかった」

という心情を吐露している。

  しんどいテーマを、深刻ぶらずにおもしろく演じていたと思う。

 知ったのだが、井上ひさしさんの信条は、

 むずかしいことをやさしく

 やさしいことをふかく

 ふかいことをおもしろく

 おもしろいことをまじめに

というのだそうだ。その通りのまじめな公演だったと思う。

  ● 補遺2 ワイツゼッカー死去 2015年1月31日 記

  このワイツゼッカー演説について、ある読者から次のようなコメントが寄せられた。

 ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺に対する深い反省の演説として有名だが、この言葉は正しくは、 

 過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目である

というものではないかという指摘(戦後40年にあたる1985年5月の演説)。

 よくよく調べてみたら、その通りだった。訂正したい。

 同時に、この読者からは、この名演説の意義は、この言葉のあとに続く次のような文言を省略しては、成り立たないとのお叱りを受けた。

 その言葉とは、

 (だから)われわれは、若かろうが、年を取っていようが、等しく過去を受け入れなければならない。

というもの。

 その通りで、ブログ子もこの言葉を追加したい。

 東西分断の状況のなか、この言葉で元大統領は、根拠のない民族差別意識が生んだ過去の悲劇について国民に向かってあらためて強い反省と現在における団結を呼びかけた。

 それは、日本人の場合も同様で、根拠のない民族差別意識が生んだ沖縄の悲劇は、戦後70年の現在、国民が等しく受け入れなければならない現在の団結問題だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

保護される百獣の王、ライオン 環境倫理

(2014.10.03)  パンダのロゴで知られる世界自然保護基金(WWF)が先日、

 報告「生きている地球レポート2014」

を公表した。

 この40年、人類の人口はほぼ倍増したのに、ほかの約3000種の脊椎動物について調べたところ、多くの場合、個体数が半減した

という内容。絶滅の危機を回避する有効な対策は保護区の設定であるという。

 ● この40年で動物の個体数、半減

 かつて繁栄を極めた百獣の王、ライオンも今では、アフリカのその保護区でしか生きながらえられない。それでも密猟が絶えず、絶滅の危機にある。いまでは、かつての繁栄は「見る影もない」(放送大学の現代生物学、松本忠夫東大名誉教授)らしい。

 Imgp5647 密猟といっても、ゾウなどでは、今ではオートバイに乗った密猟者が機関銃をぶっ放して殺し、象牙だけを盗み出すというのだから、荒っぽい。

 今回の報告の概要を読むと、危機に直面しているのは、ライオンやゾウだけではない。ライオンですら、もはや保護区のなかでしか生きながらえないのだから、この報告内容はある意味当然の帰結かもしれない。なんと罪な人類なのだろうという感慨を持たざるを得なかった。

 ● 天罰のメカニズム  

 問題なのは、こうした危機が、回りまわっていずれ人類自身にも降りかかってくるという事実だ。

 というのは、個体で構成される種は種として単独では生きながらえることはできず、ほかの種と相互に依存しながら、種の維持を図っている。これは進化の結果、すべての種は相互に依存していることを意味する。言い換えると、生物は生物からだけしか生まれないという自然の摂理の結果を意味する。

 Image2011 それが種の絶滅などで依存関係が崩れると、それがいわゆる食物連鎖のピラミッドに大きく影響する。その結果、食う、食われるのピラミッド頂点にいるはずの種の絶滅が危惧されるようになる。

 すると、その頂点に立つ種を底辺とするもう一つ上の階層の食物連鎖も崩壊。その頂点に立っていたライオンなどの大型肉食動物も危機に陥る。すると、そのまた上の階層の食物連鎖が崩壊、その頂点に立つとされている人類の食料危機が深刻になるという構図の連鎖反応をおこす。

 これが天罰の働くメカニズムである。

 ● なぜ生物の多様性が必要なのか

 こうみてくると、客観的な事実のみの記述を離れて、生物の多様性の価値とは何かという人間にとっての価値を伴う問題に立ち至る。この問いに対するこたえは、次の通りで、少なくとも二つある。

 一つは、今言った「天罰のメカニズム」を回避する価値があるからだろう。

 もう一つは、水質の浄化など生態系サービスが、多様性の高まりとともに、より豊かになるという価値。生態系サービスというのは、最近流行の言葉で、

 自然が人間に与える恵み

という意味である。

 ● プリマック(2000年)の環境倫理

  生物多様性を根幹にすえた倫理的な考え方に、

 R.プリマック(2000年)の環境倫理

というのがある。プリマックは保全生物学者。種の絶滅は悪、進化は善であるとした上で

 すべての種は相互に依存している

という考え方を環境倫理の根本として提示している。

 ブログ子は、絶滅は悪というのは信じたい。ただ、進化が善であるかどうかなどということは判断できない。

 絶対的な善ではないが、

 生物多様性の保持が人類自身をも永続させる

という意味で、善と捉えたい。

 生物多様性の保持という〝情け〟はほかの動物のためならず

つまり人類のためであり、善であることを警告したものとして、今回のWWF報告を真摯に受け止めたい。 

(写真上は、種の多様性の理解について述べた放送大学「現代生物学」テレビ画面より。写真下は、E.O.ウイルソンの大著『生命の多様性』(原著=1992年、邦訳=1995年)。社会生物学論争から離れて、脅かされる生物の多様性に目を向け、警告した名著。この報告を機会にあらためて再読してみたい)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続 ブーメランはなぜ戻ってくるか

(2014.10.02)  先日、この欄(9月28日付)で

 ブーメランはなぜ戻ってくるか

というブログを書いた。その最後のほうで、大阪経済大学の西山豊さんのブーメランについての見事な解説を紹介した。

 ● もっともらしい原因いろいろ

 ご教示のお礼のメールをお送りしたら、その返信で、理科系大学生でも、戻ってくる理由として

 野球のカーブ球の原理(マグヌス効果)

と考えている人が多いという。

 これは、球の進行方向に対して、球の自転がどのような向きになるかにより生じる空気力学的な揚力差(だけの)効果。カーブ/直球、スライダー/シュートの原理だ。これだと、球のスピードや投げ方次第では、再びピッチャーに球形の球が戻ってくることになる。説明力としては明らかに間違いか、きわめて不十分である。

 Imgp5603 そのほかの理由として、自転する台風の進路が北半球では右へ右へとカーブする台風のコース原理、つまりコリオリの力だという学生もいるらしい。南半球では左、左へと台風はコースをとるからもっともらしい理解だ。

 しかし、これだとブーメランの原理というのは、空気力学的な揚力差には無関係ということになる。この話が本当なら、揚力差の生じない真空中でも、ブーメランはりっぱに〝ブーメラン〟することになる。本当だろうか。

 最後には、古典力学の初歩で習う

 遠心力

という説も飛び出すらしい。

 地球という重力の中心の回りを周回する宇宙ステーションやスペースシャトルでは重力と、周回で生み出される遠心力とがつり合う。だから、船内では無重力状態になる。周回中のスペースシャトルが地球からどこかに飛んでいってしまわないのは、一定方向、重力のもとである地球の中心の方へ、地球の中心の方へと落下するように旋回しているからだ。

 この意味では、ブーメランのカーブする動きを説明しているように一見みえる。しかし、ブーメランの場合、重力の中心にあたるものはどこにもないという点を見落としてはなるまい。この説は質点の力学にとらわれており、問題のありかを捉えてはいない。つまり、アナロジーが適切ではない。その上、「コリオリの力」説同様、揚力差と無関係というのが致命傷。

 ● 戻る原因は、回転物体の歳差運動

 では、ブーメランする理由を説明する原理とは何だろうか。

 西山さんの論文を読んでわかったのだが、クルクル自転する回転体の歳差運動がポイントなのだ。手首のスナップを効かせてブーメランをたて投げにすることが、戻ってくるためには欠かせないのはこのためなのだ。

 重力のような保存力の場では、クルクル自転する物体は、自由度がある場合、その角運動量(ベクトル)を保存しようとしてその自由度にそって変化する。歳差運動である。

 もう少し具体的に言うと、次の二つの運動AとBが同時に起こる。

 A  羽根の表側と裏側の揚力差による横倒し運動

 B  回転体が角運動量を保存しようとする(歳差)運動。

 Aという流体中の物体の回転力(いわゆるモーメント)と、Bという角運動量のモーメントが合成される。それがブーメランを左へ左へと連続的に〝ひねり〟つづけ、ブーメランを元に戻す効果を生んでいる。

 これは、遠心力でシャトルが重力の中心地球へ、地球へと落ち込むのと似てはいる。しかし、戻り現象は外力の重力のせいではない。回転体自身が持つ角運動量(ベクトル)の保存という制約のせいなのだ(「補遺」参照)。

 ● 正確には戻らない原因

 理屈はこれくらいにして、ブログ子のブーメランの観察も十分ではなかったことが、西山さんの返信で明らかになった。

   ブログ子の楽しんだ三枚羽根の風車型ブーメランでは、投げたときの最初の位置に正確には戻ってこなかったはずだ。手元より、もっと手前のはず

との指摘を受けた。

 ブログ子も、繰り返した観察を通じて正確には元に戻ってこなかったことを知っていた。だいたい戻ってきただけだ。しかし、これは、〝誤差〟の範囲と根拠もなく切り捨て、ちゃんと戻ってきたと書いてしまった。

 これは間違いだった。

 今回のような三枚羽根の場合でも、羽根の中心線が重心を通るようなブーメランでは、理論的には、投げたときの高さを保って手元にきちんと正確に戻ってこないというのだ。できるだけ揚力を抑える工夫が要るという。

 具体的には、どうすればいいか。

 西山さんの解説論文の最後には、その作り方が、懇切丁寧、しかも具体的に掲載されている。高さを保ち、正確に投げた手元に戻ってくるよう重心をいずれの翼の中心線からも少しずらすという巧妙な考案が述べられている。

 この論文を読んで、ブーメランの面白さを知ったと同時に、その観察の難しさ、思い込みの恐ろしさをつくづく思い知らされた。

 そして、ブーメランを贈ってくれた友人もときどき仕事の合間に参加しているという本物のブーメラン大会を、一度見てみたいとも思った。

  ● 補遺 宇宙ステーションでブーメラン成功

 ブーメランの戻り運動は、外力の重力のせいではなく、角運動量の保存という制約が原因というこの結論を支持する実験ある。

 2008年4月、宇宙飛行士の土井隆雄さんが無重力の宇宙ステーション船内で、三枚羽根のブーメランを、地上と同様に、見事成功させているのがそれ。船内には地上と同じように空気があるのだから、上記のA、Bともに満たしている。だから、成功して当たり前なのだ。

 この動画映像は、YouTubeの

 http://www.youtube.com/watch?v=fyj9m8mVR0Y

で見ることができる。このことから、最初に述べたように、重力が関係する遠心力は戻り運動には無関係なことがわかる。

 ただ、映像を見るとわかるが、重力がない分、ほとんど水平に戻ってくる。左へ、左へとゆっくりカーブを描いても、無重力の船内では〝下〟には落ちないからだ。

 この実験は空気のある船内で行なわれたから成功した。しかし、宇宙服を着て、無重力で、しかも真空の船外で行なったらどうなるか。

 当然、揚力差がないので、いくらスナップを効かせて押し出しても戻り運動はない。ブーメランしない。ガリレオの法則どおり、そのまま宇宙のかなたにまっすく等速直線運動し、消え去ってしまうだろう。ただし、ブーメラン自体は、最初の状態を保ったまま、何時までも一定の速さでクルクルと自転しながら、角運動量を保存し続けるだろう。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »