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人間は考えない葦である

(2014.10.20)  かつて、ある人に、哲学者についてどんな印象を持っていますかと問われたことがある。どういうわけか、理系出身のブログ子は、その時正直に

 哲学者というのは、洋の東西にかかわらず、おしなべて言葉の詐欺師である。とくに、哲学の国、フランスの哲学者は。

というようにこたえたことを今も記憶している。1990年代、いわゆる「サイエンス・ウォーズ」という事件がアメリカで起こり、社会科学者や哲学者のインチキさを痛感していたときだったから、そうこたえたのだろう。

 ● 「知の欺瞞」としての哲学

 とりわけ、この事件の詳細を取り上げた科学者からの告発の書、

 『知の欺瞞 ポストモダン思想における科学の乱用』(アラン・ソーカル/ジャン・プリクモン、岩波書店。原書=1998年、邦訳=2000年)

を読んでからは、概念や言葉をもてあそぶ哲学者のうさんくささをとりわけ強く感じるようになった。

 そして、今も、正直に言えば、そう思っている。ブログ子だけでなく、科学者はたいてい、哲学者の言うことなんかは信じてはいないだろう。

 ● 哲子の部屋「人生を楽しくする哲学」

 そんな折、先日、

 哲子の部屋 人生を楽しくする哲学

というEテレ番組を見た。部屋といっても、周りの壁すべてを鏡張りにする。しかも三角テーブルにいる哲学者をはさむふたりの討論参加者の姿をいろいろな角度からゆがんだように映し出すように工夫したユニークなしつらえになっている。

 テーマは2つ。一つは思考という概念について。もう一つは「環世界」というもったいをつけた概念について。登場の哲学者は若い國分功一郎さん(こくぶん、高崎経済大学准教授)。

 ロゴスA  人は考えるのではない。考えさせられるのだ

というロゴスについて、討論していた。これは、現代フランス哲学者、ジル・ドゥルーズの指摘した言葉らしいが、人間にはもともと思考という意志があると思うのは、これまでの哲学の誤りだというのだ。明らかに

 人間は考える葦である

と言ったB.パスカルのアンチ・テーゼ(反対主張)だろう。パスカルは17世紀のフランス哲学者で数学者。

 ひとことでこのアンチ・テーゼを表現すれば、

 人間は考えない葦である

ということになる。実は、これは哲学者の指摘にしては珍しく真理なのだ。

 現代の脳科学によると、

 人間の脳は、あくまで環境から入力されてきた情報を受身的に処理するだけで、脳自身が積極的な意志で情報を処理しているのではない

ということがわかっているからだ。ただし、積極的な意志はそこにはないが、ただ反応しているだけとも違う。過去の記憶も脳は情報処理段階で活用している。この意味で脳は、脳内に入力されてくる情報を通じて環境に考えさせられているのだ。

 つまり、先ほどのロゴスAは脳科学的には正しい。

 このことを番組では、習慣的な行動では、人は思考を節約し考えなくてもいいようにふるまうと解説されていた。

 これまでの経験でよく似た場面に出合うと、つまり既視感(デジャブ)のある場面では、いちいち考えないで、過去の経験にしたがってふるまうというわけだ。

 この場合、脳は脳内に蓄積されていた過去の記憶を活用しているのだと考えられている。

 ● 生物ごとに異なる時間と空間の捉え方

 二つ目のロゴスは

 ロゴスB  私とあなたのいる世界は全然違う

というもの。これをもっと具体的に広げて言えば

 ロゴスB  生物はそれぞれ異なる時間と空間を生きている

ということになる。人間を考えさせてくれる時間と空間で構成される周りの環境のことを、哲学では格好よく

 環世界

と称する。生物哲学者、ユクスキュルの言葉らしいのだが、実は、このロゴスBも生物学的には正しい。このことは、名著

 『ゾウの時間 ネズミの時間』(本川達雄、中公新書、1992年)

でも知られている。

 だから、同じ人間でも、あなたと私の学び方の違いによって、周りの環世界の見え方はまったく異なる。また同じ個体でもその環世界の見え方は人生の時期によって、また脳の情報の処理方法そのものの変化、たとえば老化によって、変化する。

 ● 哲学者とは「言葉の詐欺師」

 以上のことから、人間は周りの環世界から考えさせられている。その結果、逆に周りの見え方も変化する。したがって考えさせる哲学は楽しいはずだ。として、この番組に登場した哲学者は

 ロゴスC  (概念を扱う)哲学には人生を楽しくする効用がある

と宣伝したかったのだろう。

 いかにも、言葉の詐欺師らしい問題の巧妙なすり替えである。ロゴスA、Bはともに正しい。だから、ロゴスCも正しいとはいえない。

 なぜなら、自分の今までの人生を思い浮かべてみればわかるが、環境世界の見え方が変化することが、楽しい効用であることもあれば、苦痛である場合もある。そのどちらでもないことも、大いにあるからだ。

 この番組を見終わっても、ブログ子は、依然として

 哲学者とは「言葉の詐欺師」のことである

という信念は揺らがなかった。ひょっとすると、これまでより強固になったかもしれない。

  ● 補遺 白熱教室 FBIとフランス哲学者 2014年10月25日記

 ブログ子は、哲学者、とくにフランス哲学者は「言葉の詐欺師」であると書いた。のだが、アメリカの連邦捜査局(FBI)は、そんな生易しい話ではない。戦後の冷戦のなかで、

 『存在と無』などで知られる実存主義のフランス哲学者、サルトルが知的な犯罪者

として扱われ、ファイルされていたことを、最近知った。2014年10月24日のEテレの

 ケンブリッジ白熱教室 FBI 対 フランス哲学者

の授業のなかで、講師のケンブリッジ大のアンディー・マーティン教授(実存主義哲学)が捜査局の記録文書を情報公開法の手続きを通して入手して突き止めたらしい。知的犯罪者というのは、その徹底した分析から得た捜査局の結論だという。当時のFBIはどうやら反哲学主義だったらしい。

 ● 補遺2 フランス哲学的幸福論 2014年10月31日記

 上のケンブリッジ白熱教室の次の週のテーマは、実存主義哲学が専門の同じ教授が

 フランス哲学的幸福論

というのを講義していた。

 幸せはどこにあるのかというものだが、中身はなにもなく、本が詰まったこけおどしの本棚ばかりが目立った。

 やはり、

 哲学者は言葉の詐欺師

だというブログ子の信念は、日本においても、フランスにおいても正しいと思う。

 この授業で面白かったのは、講義した教授自身、哲学は役に立たない学問だとみられていることを認めていたこと。だから、同教授は哲学は社会の役に立つものにしたいと奮闘しているというわけだが、あまりに俗っぽくて、途中で番組をみるのをやめてしまったことを付記しておきたい。

  実存主義哲学とは、社会迎合主義哲学とは知らなかった。サルトルも泣いていることだろう。

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コメント

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