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黒い秀吉 面白くなってきた大河ドラマ

(2014.09.26)  先日、日曜日夜久しぶりに

 NHK大河ドラマ、軍師 官兵衛 

 第38回 追い込まれる軍師

を見て、秀吉(竹中直人)がとびきりの悪役に変身していたのには、びっくりした。完全に主役の官兵衛を食っていた。

 ● なぜ利休は死を賜ったか

 Imgp564438_2 しかも、番組の最後のほうは、

 なぜ利休は秀吉から死を賜ったのか

という戦国時代の大きな謎を解く茶室シーンが描かれていた(秀吉が西日本をほぼ制覇した1590年前後の時期。当時の東日本はまだ徳川家康/小田原北条の勢力圏という微妙な時期でもある)。

 この席で秀吉の朝鮮出兵を思いとどまらせようとした官兵衛。これに肩入れする利休。そのことが秀吉の勘気に触れたから死を賜ったのではないかという、なんとも大胆な新説をにおわすような場面だった(写真上= 9月21日夜放送のNHK総合テレビ画面から)。

 利休が切腹したのは、1591年。つまり、出兵の前年であり、出兵をいさめ秀吉の勘気に触れたことが原因と考えてもおかしくない。見事に歴史のつじつまが合う。

 しかも、この茶席には、出兵推進派の石田三成も同席していたというドラマ設定。

 ここで官兵衛との確執が見事に描かれる。官兵衛・黒田長政父子がなぜ関ヶ原の戦いで石田三成の西軍につかなかったのかというその遠因をうかがわせるような仕掛けである。10年後、家康の東軍に長政がつく原因をそれとなくにおわす、にくい演出ともいえるだろう。

 ● 大胆な新説が2つも登場

 さらに、しかも、この茶席のあと、また利休の仲介で官兵衛と、なんと徳川家康が、同じ茶室で密会し、意気投合するという演出になっていた。

 いずれのドラマ設定も史実にはない、のだろうが、戦国好きのブログ子としては、

 十分ありえた設定

だと感心した。歴史のつじつまが合うのだ。

 ドラマでは、秀吉が負けた戦は、家康が勝った長久手の戦いだけであり、しかも、官兵衛はこの戦闘には関与してなかった。

 この史実をもとに、ドラマでは家康に

 「あの戦いは、官兵衛殿が軍師として従軍していなかったからこそ、勝てた」

と言わしめている。この歯の浮くようなせりふも大胆な新説だ。家康演じる寺尾聡の面目躍如の演技ぶりがすごかった。完全に主役の岡田准一を食っている。

 しかも、その伏せんとして、秀吉の正室、おねが官兵衛に、側室の茶々を溺愛する秀吉をいさめてほしいと何かと接近するという意味深長なシーンまで用意されていた。

 常識的にはありえない設定であり、これまたびっくりした。天下人になり、悪人に変身する秀吉への包囲網の中心に官兵衛がいるというストーリー設定だからである。

 ● 入れ知恵したのは誰 ?

 Imgp5629 こうなってくると、第39回「跡を継ぐ者」をぜひ見なくては、という気になる。

 それもこれも、今年の大河ドラマは、3、4月に大幅に視聴率が落ち、

 下手をすると10%を切る

のではないかという関係者の恐怖心があったからだろう。

 作・脚本を担当している前川洋一さんという人はどういう経歴かは知らない。しかし、当初の計画を大幅に、しかも大急ぎで書き替え、新説を取り入れ、最近ではようやく、10%台後半にまで持ち直したらしい。

 思うに、先ほどのような二つもの大胆な仮説を前川さんに入れ知恵したのはだれだろう。おそらく戦国史が専門の歴史家であろう。となれば、〝犯人〟はずいぶんと限られる。サービス精神旺盛な静岡大学名誉教授のあの人かもしれない。

 ● 低視聴率がバネに

 この番組を見ての感想的な結論は、

 大河ドラマの場合、視聴率が予想外に悪くなるというのも、いいものだ

というもの。それを跳ね返そうと必死になり、番組が引き締まるからである。この大河ドラマの前半のように史実を追うだけなら、退屈なだけであり、大河ドラマはいらない。

 もう一つ、豊前の宇都宮家の一揆で宇都宮鎮房(しげふさ)とその嫡男・朝房(ともふさ)とのごたごたを描いたこの回についての感想をいえば、黒い秀吉を描きたいがために、中津城主12万石という一地方のどうでもいいごたごたを

 大河ドラマという刺身のツマ

として上手に使っていたということ。

 こうなると、脚本の前川洋一さんというのは容易ならぬ切れ者ということになる。

 そうかどうかということは、上記の新説をどう組み込んでいくのか、それを見極めるこれからのドラマ展開でわかるだろう。

 (写真下= 利休はなぜ死を賜ったかという謎に挑んだ山本兼一渾身の『利休にたずねよ』2008年。利休の鮮烈な恋と美学が死を招いたとする新説。血なまぐさい大河ドラマの新説とはずいぶん異なるのが面白い)

 ● 補遺

 利休にまつわる今回の番組については、ブログ子が読んだ

 吉川英治『新書太閤記』(1941年)にも、司馬遼太郎『新史太閤記』(1968年)にも、また舟橋聖一『太閤秀吉』(1977年)にも描かれていない。事実かどうかはともかく、斬新な仮説であることはほぼ間違いない。

 ● 補遺の追記 『秀吉と利休』 2014年10月27日記

 上記で朝鮮出兵説という「斬新な仮説であることはほぼ間違いない」と書いたが、これはブログ子の勇み足、というか無知だった。

 というのは、文化勲章受賞の小説家、野上弥生子さんが

 小説『秀吉と利休』(中央公論社、1963年)

でこの仮説でもって描いているからだ。この原作に基づいて華道家の勅使河原宏さんは監督として

 映画「利休」(1989年)

を公開している。俳優は、利休を三國連太郎、秀吉を山崎務、北政所(おね)を岸田今日子という豪華さ。

 この映画で、利休は秀吉の朝鮮出兵について秀吉に面と向かって猛反対している。そのことが直接の原因となり、利休は秀吉から蟄居を命じられたり、死を賜ったりしたというストーリーになっている。ラストシーンは、人工的なしつらえの薄暗い竹林のなかを死に装束姿の利休がたった一人入っていくという設定だった。いかにも、草月流の監督らしい演出だった。

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