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動物の行動も進化論で決まるか

(2014.09.12)  たまには、昔の教養大学講義を聞くのもいいものだ。先日、動物行動学者の日高敏隆氏が、放送大学の「アーカイブス もう一度みたい名講義」 で、

 動物の行動と社会

というのを行なっていた。初回放送は、今から20年以上も前の1992年。そのなかの「行動のおこる仕組み」について、黒板を使って解説していた。黒板というのは最近ではほとんど使われておらず、なつかしい授業の気分を味わった。

 黒板を使ってくれると、あらかじめ用意されたパワーポイントスライドを見せられるのとは異なり、講義内容についてその場で考える時間が与えられるような感覚になり、理解が進む。

 ● 氏か、それとも育ちか

 授業のポイントは、動物の行動は、氏か、育ちかということ。つまり、遺伝的に決まっているのか、それとも、後天的な学習によるものか、というテーマ。

 結論的に言えば、この授業の初回放送時点では、

 動物の行動は生まれながら、つまり生得的にプログラムされたものに基づいている。が、そのプログラムされた行動のきっかけとなるのは後天的な学習や置かれた環境による

というものだった。つまり、動物の行動の半分は先天的に決まっており、残り半分は後天的というものだった。

 遺伝的な氏も、環境要因の学習(育ち)も大事

というわけだ。

 この授業ではふれられていなかったが、このことは、

 生きた昆虫の行動を調べたA.ファーブルのように、行動はすべて本能で決まっているというのでも、さりとて、C.ダーウィンのいうように、行動のすべては環境に振り回されているというのでもない

ということになりそうだ。

 両極端ではないとすると、

 遺伝と環境がどのように組み合わさって、動物の行動が決まるのか、専門用語で言えば、解発されるのか

ということが問題になる。

 ● 社会生物学の登場

 このことを解説していたのが、日高講義であった。

 さらにこれを推し進めると

 (人間も含めて)動物の行動も、ほかの肉体的な形質と同様に、(個体重視の下で、しかも遺伝的な変異と自然選択という環境を組み込んだダーウィン)進化論で決まるのだろうか

ということが問題になる。

 Image1988 後のテーマ設定は動物行動学のE.O.ウイルソンの浩瀚な著作で展開されており、その後20年にもわたる大論争を欧米で巻き起こした

 『社会生物学』(1975年)

のテーマである( 写真の本『社会生物学論争史』(原著=2000年、みすず書房邦訳=2005年)は、その論争史を克明に跡付けしたたもの)。

 結論を先に言えば、ウィルソンは、このテーマ設定に対し、人間の行動は遺伝的な変異の自然選択の結果だとして「YES」と答えたのだから、大論争に発展する。人間の行動も、個体の子孫を残すための身体進化論と同じ原理で決まる。これは、いくらなんでも飛躍がすぎる、極端なダーウィン原理主義として物議をかもした。

 肉体は進化論で論じられるかもしれない。が、行動を決める人間の心までもがダーウィン進化論では決まらないと人間、特にキリスト教信者は信じたいから、大反発が起きた。政治問題、あるいは宗教的、社会的問題にもなった。

 ● 遺伝と環境の組み合わせの4側面

 それは、ともかく、前のほうのテーマ(遺伝と環境の組み合わせ)についての日高講義は以下の通りだった。

  動物の「刷り込み」の発見者、K.ローレンツの動物行動を、きっかけ(リリーサー)から行動の解発までの、主として4つの側面に分けて手短に紹介していた。

 第一は、行動の仕組み。

 何がきっかけで生得的な解発機構が働き、それが行動となって現れるかを調べる神経行動学が大きく発展したという話。

 第二は、行動の生存価。

 これは、行動生態学あるいは社会生物学的にアプローチによって解明が進んでいる。動物のある行動はどういう得をするから怒るのかということの解明である。

 たとえば、種の維持という得なのか、それとも、個体の子孫を維持するという得なのか、という問題である。

 その得、つまり効用というのは、1960年代まではその動物の属する「種の維持」説が有力だった。ローレンツ自身もこの説に基づくモデル(心理流体学的モデル)で、刷り込みなどの観察結果を科学的に解析している。

 これに対し、1970年代のウィルソンは、種ではなく

 個体の子孫の維持

が生存価値であるという学説をとなえている。事実、『攻撃 悪の自然誌』(みすず書房、1970年)のローレンツの「種の維持」説を批判している。しかしながら、

 「動物の行動が生物のほかの形質と同様に進化(つまり、ある遺伝的変異が別の種に広まっていくこと)や自然選択の文脈で扱えることをわれわれに説得力をもって教えてくれた」

と高くその業績を『社会生物学』のなかでたたえている。つまり、ウィルソンはC.ダーウィン以上にダーウィン原理主義者だったのだ。

 第三は、行動の発達という側面からの研究である。個体の中で、行動様式はどのように発達するかという問題である。

 たとえば生殖に関係のない子供が、大人になるとどのようにして生殖に励むようになるのかという仕組みの解明である。具体的に言い換えれば、リリーサーによる行動はどのように発達するかということである。

 第四は、行動の進化の側面。

 行動はどのような仕組みによって、適応的な進化をしていくかという問題にあたる。つまり、進化の対象は個体か、それとも種かという進化生物学的なテーマの設定である。

 個体は種の維持ではなく、自分の個体をふやすように行動し、適応的に進化する。環境に適応的な行動をした種が維持される。これに対し、非適応的な行動をした種は滅びるというのが、ローレンツ流の考え方。

 これに対し、ウィルソンは、かつてのダーウィンに戻って、個体の子孫の維持説をとる。

 以上をまとめると、

 生存価=種の維持派。1970年代前半まで。K.ローレンツ

 生存価=個体の子孫維持派。1970年代後半以降。E.O.ウイルソン。C.ダーウィン。

ということになる。この間で社会生物学論争が起きるのである。

 進化の対象は種であるという『主体性の進化論』をかかげた今西錦司は、どちらかと言えばローレンツ派。ただ、同じ種維持派ではあっても、行動が遺伝と環境とで決まるとしたローレンツに対し、

 変わるときがきたら、種は変わるべくして一斉に変わる

という点で大きく異なる。種内の個体はどれも平等という考え方である。

 今西に言わせれば、動物の行動は、遺伝と環境がかかわるだけでなく、動物自身の主体的な働きかけで決まるという考え方である。自然選択などというものを否定した独自の今西自然学である。

 一言で言えば、動物が行動するとき、いちいち環境におうかがいを立てたりはしないということだろう。もっと主体性のあるものだというわけだ。

 第一、親から子へ、子から孫へ、遺伝的な突然変異が遺伝するなんていう悠長なことをしていては、種は絶滅してしまうというわけだ。

 これに対し、個体維持派のウィルソン学派は、個体は肉体的にも行動パターンにおいても平等ではないとする。そこに競争があるというのだ。このことは、基本的には人間の行動にも当てはまるというのである。

 ● 『今西錦司伝』( 斎藤清明、2014年)

 こうなると、上記の浩瀚な論争史を批判的に読み込むとともに、

 『今西錦司伝 すみわけから自然学へ』(ミネルヴァ書房)を読み解くことも必要になってくるように思う。いつの日か、これらの本を読破してみたい。

 ともかく、ブログ子は、この日高講義が行なわれていたころに亡くなった今西錦司といえば、独自の進化論者だと単純に思い込んでいた。が、ローレンツのように実は

 動物行動学者

だったともいえることに気づいた。動物の行動の進化論的な側面に、主体性の進化論という挑戦的な言い方で、生態学的な光を当てた人物だったのではないか。

 これが、『私の進化論』(思索社、1970年)や『主体性の進化論』(中公新書、1980年)の正体ではないか。

 ● 1970年代は一大転換期 今西進化論の再評価

 こう考えると、1970年代は、中立説の登場など生物の進化論や、ウイルソンの社会生物学の登場など、動物行動学=社会生物学の一大変革期、あるいは一大転換期であったことがわかる( 補遺参照 )。

 こう考えると、西欧流ではない今西進化論にあらためて光をあて、再評価する必要があるような気がする。

 偶然に拝見したのだが、日高講義はなかなか刺激的な授業だったように思う。

  ● 補遺 今西進化論への批判

 日本の生態学、とくに進化生態学に与えた悪影響なども含めて、今西進化論に対する厳しい批判については、今西錦司さんがなくなる直前にまとめられた

 「講座 進化」(東京大学出版会、柴谷篤弘・長野敬・養老猛司編)

のなかの

 第二巻 進化思想と社会

 現代日本の生態学における進化理解の転換史( 岸由二、1991 ) 

がある( 写真左 )。

 Image2070_2  岸氏の批判の厳しさの一例を、論考から挙げると、旧ソ連時代のルイセンコ理論と同列に論じた上で、今西進化論の時代背景には

 「個人主義と集団主義、競争主義と平和主義、等々の標語でしばしば表明される現代日本に深く浸透したショウビニスチックな対欧米(正確には対英米)ナショナリズムの構図に今西進化論が哲学的にも通俗的にも迎合しつつ喧伝された事実」

があり、これこそ今西論説の核心を構成していると〝断罪〟している。

 時代に迎合したとするこの断罪を、死の床にあったであろう今西氏本人はどのような思いで聞いただろうか。できれば聞いてみたかった。

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