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戦後の政府は国民の生命財産守ってきたか

(2014.08.10)   集団的自衛権の閣議決定とからんで、政府は

 国民の生命財産を守る

という言葉を決定の理由としてお経の文句のように、くり返してきた。戦後の政権では、安全保障や外交が深く関係した場合、

 わが国民の生命財産か、米政府の利益か

となったケースでは、たいていはアメリカの国益を優先してきた。敗戦国日本の戦後史とは、そんな政府の悲しいまでの性が至るところであらわになった時代でもある。

 先日の「原爆の日」の夜、NHKで放送された

 広島が解き明かす「ビギニの埋もれた真実」

というスペシャル番組も、このことをはっきりと示してくれたドキュメンタリーだったと思う。

 ● 「死の灰」は100隻以上

 ブログ子は現在、静岡県に暮らしているので、同じ県内の焼津市で起きた

 第五福竜丸ビギニ「死の灰」事件(1954年3月)

については、関心が高い。最近のこのブログでも新藤兼人監督のドキュメンタリー映画を紹介したりもした。

 そのときも書いたのだが、実は当時「死の灰」をかぶったのは、当然だがこの船だけではなかった。高知県の漁船も沢山、死の灰をかぶっている。高知県の元高校教諭の長年にわたる追跡調査ですくなくとも100隻以上が被害にあっていることがわかる。

 しかし、当時の政府は福竜丸以外に被曝船は存在しないとして、強引に幕引きを図った。その後も被曝したことを示す記録は存在しないと、言い続けてきた(「注記」参照)。

 ところが最近の米公文書公開で、多数の漁船員が被曝していた様子を記録した秘密文書が見つかった。

 これにより、当時の政府が国民には知らせなかったが、アメリカにはひそかに調査報告を提出していたことが暴露された。

 番組ではその事情を具体的に伝えていた。

 ● 広島から埋もれた真実の全体像を

 番組では、ビギニ事件当時の被曝状況を具体的に検証しようと活動を始めた広島大学名誉教授の星正治さんの調査活動を追跡していた。被ばく者の歯や血液にその当時の状況が記録されている。このことを、星さんたちはこれまでの広島原爆の研究からわかっていたからだ。

 今から60年も前の出来事について、その全体像が調査研究の成果として浮かび上がるのはまだ先の話である。が、埋もれた真実の全体像を明るみに出すことは、当時の多くの被ばく者はすでにかなりの高齢者となっており、

 国民の生命財産を守るには、今何が必要か

ということを知る基礎となり、第一歩となるだろう。

 調査研究をできるだけ急ぐとともに、今後の成果に注目したい。

  ● 注記 被曝文書あった 2014年9月20日記

 第五福竜丸を含めた当時の被曝乗組員や魚の放射能検査の結果を示す文書が、厚生労働省の倉庫から発見されたと同省が発表し、2014年9月19日に公表した。この文書には、第五福竜丸の検査結果だけでなく、国や自治体が調べた556隻の結果もまとめられている(重複を差し引いた実際の船数は473隻)。当時の魚の廃棄基準をこえる放射線が検出されたのは、このうち12隻(実数10隻)。この文書によって、第五福竜丸のケースが飛びぬけて、あるいは桁違いに高濃度被曝だったことがわかった。

 この報道の記事は以下の通り(いずれもダブルクリックで拡大できる)。

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