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丸山眞男とは何者だったのか

 (2014.08.06)  先日、ブログ子の暮らす団地内のごく親しい仲間との飲み会で、何の拍子か、

 丸山眞男とは何者だったのか

という話になった。みんなひと年とっているので、高名なこの政治学者を全然知らないという人はいなかった。

 が、その評価となると、これが、リベラルナな政治学者、東大教授だとほめそやす人もいれば、いい加減な知識人という人もいたりして評価がまちまち。というべきか、真反対に分かれた。

 ● リベラリスト ?  それともいいかげん派 ?

 団塊世代のブログ子は、東大闘争を知っているだけに「いいかげん派」である。 1967、8年の東大紛争のときの丸山氏の優柔不断というか、言葉巧みな転向ぶりが脳裏にこびりついている。

 似非(エセ)政治学者とまでは言わないが、当時、所詮学者とはこんなものかと、自分のことはさておいて、さっさと生意気にも切り捨ててしまったのを思い出した。

 しかし、本当にそうなのか、もう一度、丸山眞男について吟味してみてはどうか。当時東京在住で、東大紛争の様子をつぶさにみてきた飲み会の友人が諭してくれた。

 諭してくれただけではなく、最近、Eテレで放送された番組

 日本人は何を目指してきたのかということをテーマにした戦後史証言プロジェクト

の録画DVDまで貸してくれた。

 ●まやかしの「永久革命」論

 見てみたが、案の定、東大闘争における丸山氏の態度について、丸山氏の周辺にいた教授陣の内部からも批判する人が登場していた。

 番組の内容は、要するに、丸山氏は一貫して戦後のものも含め民主主義とは何かということを考え続けてきたというものだった。その答えの結論部分を要約すると、

 民主主義「永久革命」論

だった。もう少し敷衍すれば、たとえ戦後のそれはスカスカの民主主義であったとしても、またたとえ虚妄であったとしても、それは対話を通じて人間同士が横につないで永遠に改善していくプロセスであると考えればよいという主張である。

 だから民主主義には完成形などというものはない。また、だから上意下達でもないし、下からの下意上達というものでもない。民主主義は常に現在進行形というわけである。

 一見もっとものような気がする。しかし、これは民主主義とは何かという点から目をそらさせる

 ずるい「まやかし」

だと思う。なぜなら、これだと運動が挫折しても明日があるとして当面の失望はまぬがれる理屈になるからだ。もっと言えば運動の結果がどのような結果に終わろうとも、この考え方では次があるということになり、民主主義とは何かということにこたえたことにならない。元気の出るお話ではあるが、問題の先送りである。これでは精神的なマッサージ器とはなっても、政治理論ではない。

 丸山氏としては、かたい制度の下の民主主義にあっても、時々の政治状況にあわせて、理念や運動を柔軟に対応させていけばいいではないかといいたいのだろう。しかし、そんな融通無碍な無原則運動というのは、民主主義とは何かということを真正面から取り組まなければならない政治学のまっとうな理論でであってはなるまい。

  厳しい言い方だが、民主主義「永久革命」論は、皮肉にも民主主義「永久現状肯定」論に惰してしまっている。民主主義を否定する強権政治がまかり通っていてもなんら問題はない。明日があるからだ。これではご都合主義の逃げの〝理論〟ということになる。

 そもそも、プロセスの何が原因で失敗したのか、何が原因で成功したのかということについて、如何ようにも説明可能というのでは、科学的な理論ではない。

  ● 政治思想史研究では鋭さ

 これが、DVDを拝見した後も変わらぬブログ子の丸山「いいかげん派」の根拠である。

 ただ一つ、DVDを見て驚いたのは、社会運動家としての丸山氏は「いい加減」かもしれなかったが、政治思想史研究という政治学者の仕事の点では鋭かったと感じ入ったことである。これについては、ブログ子は無知だったし、また不明でもあったと反省した。

 具体的に言えば、江戸時代以来の君臣関係など儒教的な思想がその後の日本人の自由な政治思想形成をさまたげてきたという指摘。この点は実証的でもあり、鋭いと思った(『日本政治思想史研究』(1983年、東大出版会))。この著作で丸山氏は政治思想史研究に科学的で新しい方法論を打ち出したといえるだろう。

 もっといえば、この反儒教主義に着眼した点は『日本の思想』(岩波新書)でも貫かれており、日本の政治思想の根底というべきか、歴史の古層を掘り起こしたものとして高く評価したい。

 この点を考えると、なぜ丸山氏が、人の上にうんぬんで知られる福沢諭吉を高く評価していたのかという理由がよくわかる。

 以上まとめると、思想史という基礎研究では鋭かったが、政治思想の社会への応用という点ではまやかしがあった。

 このまやかしと思想史研究との整合性をとるために、民主主義「永久革命」論をとなえ、つじつまを合わせようとした。が、失敗した。

 これが丸山眞男の限界であり、また彼が何者だったかという点におけるブログ子の結論である。

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