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ティンバーゲンの4つの「なぜ」

(2014.08.09)  先日、このブログで

 ファーブルは何を語ったか(8月3日付)

というコラムを書いたら、なんと生物の行動に詳しい方から、コメントをいただいたのには恐縮した。

 ブログでは、イギリスの進化論のC.ダーウィンと、フランスの昆虫記で知られるA.ファーブルを対立的に書いたのだが、その人によると、その後の研究の方向は、この二人の考え方を統合するようなものになっているという。

 ● 行動の直接的、進化的な要因

 具体的には、ファーブルに影響を受け、ノーベル医学・生理学賞(1973年)受賞の業績を上げたN.ティンバーゲン(イギリス人)は、1950年代にアメリカで行なった講義をまとめた名著『本能の研究』で、次のように書いている。

 つまり、動物行動の科学的研究(エソロジー)においては、同時に成り立たなければならない

 4つの「なぜ」という問いにこたえること

が重要である、と。その4つとは、

 行動の直接的な要因

   ①  (行動の仕組み) ある動機(解発刺激)がきっかけとなってある行動が引き起こされるその生理的、心理的、社会的なメカニズムとは具体的にどのようなものか

   ②  (行動の発達) その行動は、個体の一生において、どのように習得され、発達するか

 行動の進化的な要因

   ③  (行動の価値)  その行動は、環境との関係において、どのように適応的か、つまり行動の進化的な機能は何か

   ④  (行動の進化)  その行動は、系統的進化の過程において、どのように祖先型の行動から出現したか

である。

 直接的要因がファーブルの関心事であり、進化的要因がダーウィンの関心事であることがわかる。この両方に同時に、そして整合性をもってこたえるのが、動物行動学の研究目的だというわけだ。

 ダーウィンとファーブルの考えを、あれかそれともこれかというような二項対立的に捉えるのは、その後の学問の発達を考えると、適切ではないとのご指摘に、そのとおりであるとブログ子は大いに納得した。

 ①においては、その生物種の脳の構造と機能とが密接にかかわる問いかけである。どういうことが動機となって、解発刺激がもとになって構造を持つ脳はどういう機能を働かせるのか。その具体的な仕組みの解明がその生物の行動を理解する第一のかぎとなる。

 ● 昆虫と人間とは対極的な進化戦略

 外側からの観察と実験だけでなく、昆虫の脳の構造と機能にまで立ち入った研究では日本はなかなかすぐれた研究があることも、件のコメントの方は教えてくれた。

 たとえば、水波誠さん(東大教授、脳神経生物学)の

 『昆虫 驚異の微小脳』(中公新書、2006年)

である。これを読むと、旧口動物の進化の頂点に立つ昆虫の微小脳と、新口動物の進化の頂点に立つ人間の巨大脳の違いや共通点がおおむね理解できる。

 つまり、カンブリア紀に共通の祖先から分かれたであろう昆虫と人間は互いに対極的な進化戦略を採用することによって、今日の繁栄を築いてきたということが大筋でわかる。

 ● 小さな昆虫と、大きな人間の未来

 本人が気づいていたかどうかは別として、ダーウィンとファーブルはその観察と実験を土台にこの問題に迫ったことになる。すくなくとも、仮説としてその土台は築いた。

 だから、ここからいえることは、微小脳の昆虫と巨大脳の人間とは、どちらが進化的に優れているかという議論はナンセンスということになる。単に選択の問題に過ぎない。

 巨大な大脳を持ったから、人間は、あるいはホモサピエンスは、今日、地球上で最も繁栄できるようになったというのは、人間が陥りがちな虚妄だろう。

 仮にそうではないとしても、この思い込みが正しいかどうかは、これから、たとえば1億年後、どちらがこの地上で繁栄しているかで決まるだろう。

 ちなみに、それぞれの個体種数で言えば、約100万種の昆虫に対し、哺乳類のそれはせいぜい5万種で圧倒的に昆虫が繁栄している。

 こんなことにも思いを馳せることができたことで、今回のコメント者に深く感謝したい。

 そして、ふと思った。

 もし、ファーブルがあと60年長生きしていれば、ティンバーゲンらとともにノーベル医学・生理学賞を、本能の研究で受賞していたかもしれないと。

 ● 注記 ドイツ人、K.ローレンツ

 ティンバーゲンとともにノーベル医学・生理学賞を受賞したK..ローレンツは、鳥類の刷り込みといった本能の研究などで知られる動物行動学者。彼はダーウィンの進化論にも影響を受けたと自著で回想している。

   ● 補遺 ゾウの時間、ネズミの時間

  これも、ある知人から教えていただいたのだが、ファーブルの話で、

 昆虫には、未来も過去も存在しないのではないか。あるのは今、現在だけではないのか

と書いたことに対して、

 いや、ほかの動物にも時間はあるとのコメントをもらった。

 その証拠として、本川達雄さんの『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書、1994年)を紹介してくれた。それで思い出したが、確かにこの本には

 哺乳類の心臓の鼓動を時間の指標にした場合

 時間は、その動物の体重の4分の1乗に比例する

ということが書かれている。この式によると、体重が16倍も重い哺乳類は、心拍数では2倍ゆっくり鼓動することになる。逆に小さな哺乳類の心拍はこきざみに震えるように激しく動くというわけだ。確かにそうだろう。

 しかし、だから哺乳類には人間同様に、時間感覚がある、とまではいえない。なぜなら、これは生物のサイズにかかわる話。

 問題なのは、脳の情報処理において、未来や過去という時間のファクターはあるか、ということだ。昆虫の脳には時間の観念があるかという疑問である。

 人間には時間感覚はある。だから、ほかの哺乳動物にも人間同様かどうかは別にして、ともかく時間感覚はあるはずだ。ほかの哺乳類はもちろん、昆虫にだって未来や過去の感覚はあるのは当然だ。そんなことをストレートにいえるか、という問題だ。

 このコメントを知らせてくれた知人には悪いが、それは見当違いの指摘だ。

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