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SF映画「ゴジラ」 第1作の歴史的な意義

(2014.07.11)  先日、BSのプレミアムシネマで

 日本初のSF映画「ゴジラ」(東宝、1954年11月公開)

を見た。60年回顧映画だ。志村喬や宝田明が登場する。長い眠りについていた巨大怪獣、ゴジラが水爆実験で目を覚ます。それが突然、東京湾に現れ、そして都内に上陸し放射能まみれになって暴れまわるというストーリー。傲慢な人間への自然界からのしっぺ返しを描いた映画だろう。

 原作はないのだが、映画づくりの準備は、なんとビギニ水爆実験で第五福竜丸が被曝した1954年3月直後の4月から準備に着手。4か月ほどの撮影でその年10月に完成。11月に公開、大ヒットした。

 この映画の結末は、人間が発明した科学・技術、一瞬にして水の中の酸素を取り除いてしまう物質によって、ゴジラは海中で窒息死してしまう。

 そして、古代生物学者役の志村喬が、映画の最後で

 「あのゴジラが最後の一匹とはいえない。このまま水爆実験が続く限り」

というような台詞で終わる。ゴジラの逆襲があるかもしれないと予言しているのだ。その第一作は、明らかに第五福竜丸事件を材料にした冷戦を背景とした反戦映画なのだ。

  日本初のSF映画は冷戦映画だった。

 ● 世界初は「月世界旅行」

 『世界SF映画全史』(北島明宏、2006年)によると、世界初のSF映画は

 「月世界旅行」(1902年、フランス、米映画)

 ストーリーは、砲弾型ロケットで月に行くというはちゃめちゃな話。つまり、夢のあるというか、宇宙ものだった。このことが、海外では「宇宙戦争」(1953年)、「2001年宇宙の旅」(1968年)など宇宙や宇宙人をテーマにした壮大な脱地球映画がSFの大きな分野、あるいは主流を占めるに至る。

 これに対し、日本のその後のSFは、現実を背景にしたゴジラ映画や「日本沈没」(1973年)など地球映画にとどまってしまった。宇宙にまで目が届かなくなってしまった。

 つまり、米映画は壮大な見上げる未来ビジョン映画をつくり続けたのに対し、日本は現実から目を離すことが出来ずこじんまりとした現実重視の四畳半SFに終始したという違いが生まれたように思う。

 日本のSFには、海外のような知的センスのあるはちゃめちゃがなかった。このことは自由に想念を広げることが出来るというSFの最大の魅力を大幅に損なう結果を生んだように思う。

 一言で言えば、日本のSF映画は、アニメ映画をのぞけばあまりに現実的であり、まじめすぎた。極論すれば、SF映画の名に値しなかった。

 ● 1990年代まで地球怪獣に終始

 ゴジラを生んだ日本SFだが、残念に思うのは、これを発展させて、

 なぜ地球外怪獣、エイリアンを生み出せなかったか

ということである。地球で暴れまわる地球怪獣映画に堕してしまった。島国根性から抜け出せなかったし、抜け出そうとしなかったといえそうだ。

  ゴジラのシリーズ映画は、ゴジラ誕生30周年( 補遺 )、40周年を経て、なんと1990年代まで続いた。そこには新しい可能性を開く試みや哲学はなにもなく、ただただ地球怪獣の第一作をそのまま踏襲しただけであり、惰性の制作だった。

 ここでも極論を言えば、日本のSF映画は、人情映画「男はつらいよ」寅さんシリーズと基本的に同じだった。日本のSF映画には、SF的なことは何もなかった。

 これには、この間、斜陽化する一方の邦画界だったため、一定の興行成績が確実に期待できることから、それにしがみつき、新境地に挑むあるいは打ち切る勇気がなかったのだろう。

 ● 世界に通用する出色の出来

 この意味で、1954年の第一作は、技術的にはともかく、哲学的には問題点をしっかり捉えており、SF映画として世界に通用する出色の出来だったといえるだろう

  ● 補遺 制作30周年「ゴジラ」(1984)

 この映画では、伊豆大島の三原山にゴジラが出現し、都内を暴れ回るというストーリー。途中、稼働したばかりの静岡県の浜岡原発(映画では井浜原発)を襲い、原子炉から出る放射能をすべて吸い取ってしまう。どうやら、ゴジラは放射能をエネルギー源としているらしい。

 さらに、第一作ゴジラが本格的な冷戦がスタートした時につくられたのに対し、16作目に当たるこの映画では、冷戦末期とあって、米ソがなんとなく、協力しあっているような雰囲気があった。

 この映画もまた地球怪獣映画であることには変わりがない。

 ブログ子が唯一、注目したのは、20代の沢口靖子が登場していたことである。この映画の制作された時期に、ブログ子は彼女を大阪で一度だけ取材したことがあったからだ。彼女の父親は当時、大阪市交通局に勤めていたことを今も覚えている。 

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