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「思考の錯覚」が擬似科学を生む 

(2014.07.04)  このブログでは、これまでに何回か、思考の錯覚という面白い心理学について、語ってきた。BS放送大学の心理学講義「錯覚の科学」(菊池聡担当)というのに刺激されたのだが、先日も

 Imgp4421_2 科学的思考と錯覚

というのが面白かった。

 特に、

 思考の錯覚が擬似科学を生む

というのだ。この考え方で科学と非科学の関係を図に示していた(右図= 同放送大学テレビ画面から)。

  この図の詳しい説明はなかったが、言葉で少し補足すると、こうなる。

 ● 科学知とは何か 反証可能性と予言性

 まず、図左側の科学知というのは、

 知の内容が正しいかどうか、客観的に検証できる反証が用意されていること、つまり反証の可能性の明示があることと、内容が四分割法(フレーム)などが駆使されているなど論理・合理的であるもの

ということ。講義ではこれだけだったが、通常はこのほかに、予測ができる予言性や実験での再現性が求められる。

 Imgp4428 何でも説明可能な〝理論〟は意外に思うかもしれないが、反証例を明示できないので科学理論ではないことになる。

 非科学知というのは、このうち1つでも欠けている知のことを指すことになる。

 だから、こう考えてくると、意外にも、何でも説明できるダーウィン流の進化論(『種の起源』)は科学理論ではないことになる。こういう事実が明らかになれば、私の理論は間違っていることになるという検証可能な事例を挙げることができていないからだ。

 ● 地震予知はどうか

 予言性がないという点では、

 大学などで取り組んでいる地震予知などは科学知ではない

ことになる。せいぜい図のなかにあるように、いずれは科学知の仲間に入るであろう

 プロトサイエンス

の地位にとどまっている。当たるも八卦、当たらぬも八卦のレベルなのだ。その予言が当たることもあるが、当たらないこともあるというのでは科学の名に値しない。

 それでは、地震雲という前兆現象をとらえての予知というのはどうだろう。

 これは明らかに科学知ではない。

 講義でも論じられていたが、四分割法というフレームでその論理性や合理性を検証してみると、根本的に科学知ではないことがわかる。

 わかりやすく言うと、前兆であるはずの地震雲が本当に地震を予知する前兆であるかどうかは、地震が起こった後にしかわからないからだ。そういえばというようなあいまいな現象を前提にしたのでは、科学知とはなり得ない。つまり、

 地震雲予知は擬似科学、せいぜい人間の思い込みからくるものであり、悪意のない擬似科学 

ということになる。血液型性格判断も、人間の思い込みからくる

 バーナム効果

が働いた結果であり、なんら予見性はないので、疑似科学である。講義では、このことを実証する実験を紹介していた。

 ● グレーゾーンはりっぱな科学の対象

 図にある、科学的な外観を備えてはいるものの意図的な詐欺科学というのは

 人間が持つ「思考の錯覚」を巧みに悪用、つけこむ場合

である。科学的な外観を採りながらの詐欺商法と変わらない。科学的な外観を備えていないオカルトサイエンスも科学的な根拠が明確ではないので、疑似科学であるが、霊感商法など詐欺商法とすれすれの関係だ。

 ただ、注意すべきは、科学知と非科学知の間には、幅のあるグレーゾーン領域があること。

 これは科学知ではないが、科学知になり得る領域であり、グレーゾーンは研究者のホットな研究対象には十分なり得る。UFO研究、テレパシー研究などの超常現象はこれであろう。

 ● 反証可能性提唱した泰斗、K・ポパー

  Imgp4430_2 この講義を聞きながら、久しぶりに

 科学哲学の泰斗、K・ポパーの

 『実在論と科学の目的』(岩波書店、2002)

を読み返してみたくなった。放送でもポパーが紹介されていた。

 また、科学的な装いをまとったインチキな社会科学に対する科学者(物理学者)たちの奮闘を劇的に描いて見せた歴史的な著作

 『「知」の欺瞞 ポストモダン思想における科学の乱用』(アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン。2000)

もなつかしい本である。

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