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鏡の中の世界 - 脳を錯覚させるイン浜松科学館

(2014.06.11)  先日、この欄で、脳はなぜ錯覚をするのかという

 思考の錯覚

について、話した(5月25日付)。人間の思考には、つまり脳の働きには、ある一定の前提をおくなど、クセがあるということを述べた。それを防止するには四分割法によって合理的に対応しようとも書いた。

 この話を逆にして、脳内の情報処理のパターンとも言うべき、そのクセを手玉にとって脳を錯覚させるには、どうすればいいか、考えてみた。

 Imgp4154_1_2 通常、脳は、現実の世界というリアル世界を前提として、目から入ってくる情報を処理、それに基づいて手足などの運動を司る運動神経に指示を出す。たとえば、机の上に置いた円などの図形を直接見ながら、絵をなぞる「お絵かき」は、幼稚児にも簡単にできるのはそのためだ。

 それでは、その円の絵を、あるいは星型でもいいのだが、鏡に映し、もとのリアルな世界の図を見ないで、鏡に映った絵だけを見て、絵をサインペンなどでなぞる「お絵かき」をしたら、どうなるのだろう。

 こんなイベント「試してみよう さかさまお絵かき」が先日、浜松科学館(浜松市)で小学生低学年や親子を対象に開かれた(写真上)。

 ● さかさまの世界を再現

 大勢の子供たちが押しかけ、大変な賑わいだったが、結論を先に言うと、

 そんなのは、簡単と思うかもしれない。が、大人も含めて、ほとんどの人は、にっちもさっちも行かなくなり、手が動かず立ち往生してしまう。みんな、アレアレレと大騒ぎ。その真剣なまなざしにはほとほと感心した。それを見たお母さんたちも子供に混じって挑戦したが、思うように手が動いてくれず、たじたじの様子。小さな子どもの中には、どうしても最後までできずに泣き出してしまった子もいたらしい。

 Imgp4167_1 詳しい仕掛けは右図。箱の前に、鏡を立てかけ、直接絵が見えないようにした覆いの下に置いた絵を、鏡だけ見ながらなぞる。

 ブログ子もやってみたが、いかなこれができない。

 悔しいので、下の図のようなメモをつくって考えてみた。

 つまり、種明かしは、鏡に写った図をなぞる場合、右、または左へなぞりたいときは、現実の絵同様、その通り、それぞれ右または左になぞればいい。

 しかし、鏡を見ながら上または下にサインペンを持った手を動かしたいときには、現実の場合とは逆、つまり、それぞれ下または上にペンを移動しなければならないのだ。

 なぜなら、鏡の中の世界は、リアルな現実とは、メモ図にも示したように「さかさま」だからだ。鏡の位置に対して、鏡に写った像は現実の絵(実像)とは対称の位置にはあるが、実は逆さまの虚像なのだ。

 Ok ボランティアとして、みなさんのお手伝いをしながら、観察したり、感想を聞いて、はたと気づいた。たいていの人は、メモ図の記号、C、D、E、Fといった角っこでにっちもさっちもいかなくなり、脳が大混乱に陥る。

 この謎は、この領域では、メモ図にも書いたように

 素直なリアルな世界と、逆移動を神経に指示しなければならない虚像の世界とがちょうど半分ずつ重なっていて、そのことが脳を最大限に錯覚させているのだ。脳は、鏡の世界を虚像であるとは思っていないのが原因。

 メモ図で、このような理屈をはじき出したブログ子だったが、円の図はともかく、それでも星型(写真下)のような比較的に難しい図形をなぞるのは容易ではなかった。

 赤いサインペンのギザギザは、大脳が目からの情報をもとに手を動かす運動神経に指示を出す場合の〝戸惑い〟の程度を如実に示している。

 Imgp4168_1 簡単な仕掛けではあるが、大変にショッキングな科学イベントであったと思う。なにしろ、家でも簡単にできる不思議な科学であり、子供たちの科学心を育てるのには格好といえそうだ。

 蛇足だが、参加した親子連れの若いお父さんは、ショックのあまり、右利きなのに左手にペンを持って、この困難を乗り切ろうと頑張っていた。

 いいアイデアとは一瞬思ったが、効果があったか、どうか、ブログ子には自信がない。

 (写真はいずれもダブルクリックで拡大できる)

  ● 補遺 朝永振一郎著作集

 ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎さんには、名エッセー

 鏡のなかの世界

というのがある。

 たとえば、『朝永振一郎著作集 1 鳥獣戯画』(みすず書房、1981年)である。初出は、今から50年も前の雑誌「数学セミナー」1963年1月号。

 今回のイベントとまったく同じ話やそのほか鏡の持つ不思議な性質が縦横に語られている。その不思議さを心理学も含めて、物理学者らしく、さまざまな角度から検討しているのが面白い。これを読むと、鏡に映った世界(鏡像)というのは、プロの物理学者も悩まし続けているまことに奇妙なテーマであることがわかる。

 古典力学の世界では、われわれの実像世界で起こることは、鏡の中の世界でもまったくそのまま通用する。しかし、極微の素粒子の世界では通用しない。

 つまり、このエッセーで朝永さんは「素粒子の法則は鏡映に対し不変性を持たない」と語っている。これが、素粒子物理学の大法則

 パリティ非保存

である。話をここまで持っていく力量の高さなど、朝永さんの「光子の裁判」と並んで、科学の不朽の名エッセイとして今も、親しまれている。かつてブログ子も読んで、いたく感心したのを今も覚えている。

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