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加速する冷戦下の映画「ケイン号の反乱」

(2014.06.22)  定年後は暇なので、ブログ子は、ときどきBS放送の昔の外国映画を見ることがある。たとえば、最近では

 米映画「ケイン号の反乱」(E.ドミトリニク監督、1954年6月公開)

というのを観た。

  ところが、見ていて、なぜ1950年代のアメリカでこのようなストーリーの映画が制作され、そしてそれがまたヒットし、翌年のアカデミー賞で数々の賞をとることになったのだろうという疑問がわいてきた。

 ● 国防総省の本当の狙いは何か

 1944年という大戦中の古い米駆逐艦が舞台。細かいことにいちいち口を出す新艦長の言動に不満を持った副長などの部下が接近する台風の下、その力量に疑問を持ち、このままでは艦は沈没してしまうと判断する。そこで意を決してその指揮権を奪って〝反乱〟、見事台風を乗り切るするというストーリーである。反乱は正しかったかどうかをめぐる後半の軍法会議がこの映画のポイントなのだが、原作(1951年)はピュリッア受賞作(1952年)。

 その後、ベストセラーとなったことから、小説の映画化となったのだが、舞台が舞台だけに、当時の映画技術では米国防総省や国務省の協力がなければ制作は不可能。ところが当初国防総省は映画化には協力しない方針を示していた。なにしろ、こともあろうに戦争中の艦船での部下の反乱をテーマにしているのだから、国防省としてはとてもじゃないが協力しましょうとはならないのも無理はない。

 ● ハリウッドスターをターゲット

 ところが、国防総省は受賞(1952年)を機に一転協力することになる。

 わずか2年で映画は公開に漕ぎ着け、それがまたヒット作になる。国防総省のこの心変わりは何故起きたのだろう。そして、アメリカ国民の心をとらえ、なぜヒットしたのだろう。心をとらえた要因とは何か。

 そのことがとても映画を見ていて気になった。

 軍法会議では、どんでん返しのどんでん返しというスリリングなものになってはいたものの、結論を先に言ってしまえば、

 国防総省の狙いは国民の愛国心を今一度かきたて、団結心を強める反共映画に仕立て上げること

だったと思う。その狙いはヒットで見事に成功した。なぜなら、1955年のアカデミー賞の多くの部門で賞を獲得している。

 こう考えれば、1950年から始まったマッカーシー赤狩り旋風がハリウッドをターゲットに吹き荒れていた中、新艦長役のハンフリー・ボガードなどハリウッドの豪華一流スターが総出演といってもいいほどこぞって、しかも自ら安いギャラで積極的に出演を申し出ているのも理解できる。愛国心を示し、自分たちが共産主義者ではないことを積極的にアピールしたかったのだ。

  そして、映画制作が進む中、1953年1月、ダレス国務長官が

 巻き返し政策(反共政策)

を内外に向かって大々的に打ち出す。

 映画が公開される直前の1954年3月には、ビギニ環礁でアメリカの水爆実験が成功する。ようやく水爆開発でソ連に追いついた(日本ではこの成功で第五福竜丸事件が起きる)。いよいよ熾烈なソ連との冷戦がスタートする。

 ● 愛国心と団結心の鼓舞

 映画のラストシーンは、無罪になったものの被告席に立たされた副長が、新艦長の前任艦長の下で再び副長として互いに新たな任務に就くというもの。これは、

 ソ連との厳しい冷戦を乗り切るために団結しよう

と暗黙のうちに国民に呼びかけている。新艦長の心身の疲労も、こまごまとした指示も、愛国心から出たものであるということをうかがわせてもいる。

 国防総省の意図を明確に理解するために、あえて露骨な言い方をすれば、アメリカを愛するがゆえに、やむなく反乱したのである、新艦長の心が病んだのもそもそもは愛国心が強いがためである

というストーリーに映画化にあたって原作を多分に意図的に〝すり替え〟たのだ。

 要するに、この映画制作では、国防総省の協力の見返りとして、愛国心と団結心を訴える反共映画に仕立て上げさせられた。映画のヒットには、吹き荒れる赤狩りも大いに貢献したことだろう。こう考えれば、この映画は始めから、映画関係者が選ぶアカデミー賞の各部門賞が多く取れることが、ほぼ確実に約束されていた作品だったといえる。

 裏を返せば、そんなにしてでも国防省に迎合したのは、当時のハリウッド関係者が赤狩りの対象にされることを極度に恐れていたということでもある。

 〝名作〟はこのようにして生まれたのである。

 映画はその内容だけを見ていては、本当のことはわからない。この反乱映画はその典型例であろう。

 つまり制作された時代背景を見極めた鑑賞が欠かせない。この点が、今も配給会社の宣伝太鼓持ちに過ぎない幼稚な日本の映画批評の多くに欠けている点であると思う。

 たまには、意味不明の〝名作映画〟を観るのもいいものだ。

  ● 補遺 「マイレージ、マイライフ」

 この反乱映画に対して、最近の映画

 米映画「マイレージ、マイライフ」(J.ライトマン、2009年12月公開)

の背景は、すぐに気づく。この映画の主人公(G.クルーニー)がリストラ首切り通告請負人であることから、1年前にアメリカで起きた

 リーマンショック(2008年9月)

が背景にある。映画のテーマは、

 人生を生きるとは、人とつながることというものである。ましてや、不安の時代にあっては。わずらわしいからといって人間関係を絶ち、マイレージをため込み、活用するだけでは、人生は生きられない。

 そのことを、この映画はカラッとしたスマートさで伝えている。

 このように、最近の映画については、制作の社会的な背景は外国映画であってもすぐに気づく。が、古い映画ではなかなか気づかない。

 気をつけよう、甘い言葉と古い映画。

  ● 注記 映画「カルメン故郷に帰る」

 邦画にも、時代背景を知らないと、なぜこんな映画が、その時期につくられたかがわからないものがある。たとえば、以前にも書いたが、ストリッパー役の高峰秀子が主演して大ヒットした

 「カルメン故郷に帰る」(木下恵介、1951年)

である。戦後、日本人の価値観がガラリと変わった転換点の映画である。清純派の高峰がストリッパー役をやるのだから、国民の価値観の大転換なくしてヒットする映画化はむずかしい。また木下監督が日本で初めて総天然色カラーをこの映画に導入した理由もこの転換点を、見る人に十分意識させようとした結果なのだ。カラー映画にしたのには、それ自身に必然性があった。

 だが、転換点を明るく描いてはいるが、監督の制作意図は、そんな戦後民主主義の軽薄さを、疑問を投げかける形で静かに描いている。告発調でないのがいい。木下監督の持ち味である。ここが、青春映画でも、無条件に、そして底抜けに明るい映画「青い山脈」(原節子主演、今井正監督。白黒、1949年)とは質的に違う。

 こう考えると、つまり、時代背景を考慮すると、ある意味、カルメン映画は山脈映画よりも〝上等な〟映画だといえよう。

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