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6月18日大空襲 浜松の〝終戦記念日〟

Imgp4116_1 (2014.06.13)  一般に、終戦記念日というのは、8月15日(1945年=昭和20年)と思っているかもしれないが、戦後生まれで浜松市に暮らすブログ子としては、この写真展を拝見し、

 浜松の〝終戦記念日〟は6月18日

だと悟った。この写真展というのは、今、浜松復興記念館(浜松市)で開かれている

 昭和の浜松写真展

のことである。昭和20年のこの日の大空襲や遠州灘からの米艦船による艦砲射撃で、浜松は完全に廃墟となってしまった。

 ● 旧松菱デパートのみ残った廃墟

その時の廃墟の写真が大きく展示されていた(写真上=撮影者や出典はこの展示では明らかにされていないが、空襲に参加した米爆撃機B29からの爆撃直後の空撮だろう。写真のダブルクリックで拡大)。

 この空撮によると、左上のJR(旧国鉄)浜松駅周辺も廃墟であり、残っているのは右上近くの今もある旧松菱デパートビルのみ。中央の大きなビルは今の浜松中央郵便局であり、かろうじて残っているだけの惨状。

 戦前の赤レンガ造りのりっぱな浜松駅もこのとき、木っ端微塵になったのだろう。

 この写真を見ると、写真中央に川(新川)が流れている。現在はこの上に遠州鉄道(赤電)のレールが走っている。

 会場には、このとき使われた艦砲射撃の爆弾の残骸や、焼夷弾の残骸などが展示されているが、そのすさまじい破壊力にはたまげた。

 戦後生まれのブログ子などは、焼夷弾の仕組みや破壊力がどういうものかこの展示説明でようやく具体的に理解できた。

 ● 戦火潜り抜けたある古本屋で

 展示を拝見した後、そんな戦火を潜り抜けて、今月6月で創業80年を迎えた浜松市内の古本屋さんをたずねた。

 Imgp4112_12 ブログ子の行きつけの古書店で、池町(浜松市中区)にある親子三代続いている典昭堂(現社長=大石邦男、写真左)である。この店も戦中には浜松中心部(伝馬)に店舗を構えた。しかし、近所への気兼ねからおいそれとは疎開できず、結局大空襲で焼失。戦後は浜松市内には10数件の古本屋(一部は貸本屋も兼ねていたらしい)があった(現在は数件)。

 当時は、古本屋というのは、店先に電灯をつけた〝夜の商売〟だった。昼は別の商売をしていたというのだ。店舗の広さも今の半分くらいと狭かった。また、寺社のお祭りの日には露天商として古本を販売していたらしい。

 ● いくさの跡 いたましかりし

 戦中、戦後の復興を体験した70代の老社長によると、

 復興が始まったのは昭和30年代

という。そういえば、復興記念館には、昭和天皇の御製(浜松市、昭和32年)に

 Imgp4122 いくさの跡 いたましかりし この市も

 火影(ほかげ)あかるく にぎはへ(わえ)る 見ゆ

という歌がかかげられていた(写真右)。

 まもなく、そのいくさの終わった「6月18日」がやってくる。

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