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強要されたわけでもないのに、人はなぜ無実の「自白」をすることがあるのか 記憶の錯覚

(2014.05.23)  先日、最高検察庁は、全国すべての裁判所において、重大犯罪を裁く裁判員裁判を対象に、取り調べ段階での録音・録画の部分的な可視化を正式に導入することを決めた。

 部分的というのは、自白調書作成段階のことを指すのだが、これまで不祥事相次いでいた検察改革の一環として試行してきた。警察捜査も同様に正式採用となる見通し。

 これに対し、日本弁護士連合会は全面可視化でなければ、足利事件など相次ぐ冤罪はなくならないとしている。可視化のあり方については、現在、国の法制審議会の部会論議が大詰めを迎えている。

 Imgp3977_1 この問題には、可視化は何のために行なうのかという目的によって、二つの側面がある。一つは、裁判員裁判における自白調書の任意性を迅速に、かつわかりやすくするためというのがある。もう一つは、近年相次いた再審無罪事件では強引な取調べによる自白の強要という背景がある。可視化はそうした強要に歯止めをかける強力な手法というわけだ。

 ● 放送大学「記憶の錯覚」から

 ところが、先日、BS放送大学の錯覚の科学という番組のなかの「記憶の錯覚」(2014年5月16日放送)を見ていたら、可視化だけでは、冤罪を防止することはなかなか難しいということに気づいた。

 つまり、

 別に強要されたわけでもないのに、面接者(取調官)とのやりとりをくり返すうちに、人は知らず知らずのうちにやってもいない無実の「自白」をしてしまうことがある

という記憶の錯覚について、解説していたのだ。

 ● 記憶の植え込み効果

 どういうことか。こうだ。

 具体的に経験していないのに、それを想起し、何回か面接者と応対しているうちに、最初は当然ながら、まったく経験したことを語ることができない。しかし、なんと、それが、次第に本気で経験していないことを詳細に語るようになる

ということをさまざまな実証実験で示していた。

 記憶の植え込み、インプランテーション効果というらしい。意訳すれば、

 偽りの記憶効果

という恐ろしい現象である。誘導とは違い、本当に被験者は体験したと信じてしまうのだ。

 ● 目撃者の誤情報効果

 また、放送に登場した認知科学者は、目撃者が見ていないものを思い出すという

 誤情報効果

も紹介されていた。目撃者への質問内容が、目撃者の記憶をゆがめてしまうのだ(写真=同放送大学番組テレビ画面から)。

  目撃者の証言には、証拠採用に当たっては、よほど注意が必要なことをうかがわせる。

 これらは、たとえ取り調べ段階の全面可視化を実現したとしても冤罪がなくならない可能性を強く示唆している。

 取り調べの可視化はどこへ向かうのか

ということが今後注目される。しかし、どの方向に向かうにしても、こうなると、取調べ段階の自白調書作成では、最新の認知科学の知見を取り入れた慎重な質問の仕方など工夫が冤罪防止に不可欠と捜査関係者は銘ずるべきだろう。

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