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もう一人の勝海舟  読書ノート

Imgp3972 (2014.05.23)  作家、子母澤寛の『勝海舟』(全6巻)を読んだ感想を先日、この欄で書いたが、その関連で、幕末という同時代を江戸城大奥に生きた御台所の生涯を描いた

 『天璋院篤姫』(宮尾登美子、上下2巻、講談社、1984)

を読んだ。

 読んだ感想を一言で言えば、

 女の生き方として「清く、正しく、美しく」という言い方があるが、

 清く、正しく、武家の生まれらしく

生きた運命の女性だった

というもの。短く、幕末を駆け抜けた、もう一人の勝海舟とも言えるだろう。

 「表」の勝、大奥の天璋院という構図であり、動乱のなか、開国派の勝、攘夷派の天璋院という違いはあるものの、ともに徳川家の存続に最後まで腐心した。

 天璋院の場合、ある意味、

 千歳、青史に列するを得ん

の覚悟の志を遂げ得た美しい人生だったともいえる。ただ、それが、愛されるという女の幸せに結びついたかどうかということになれば、それはまた別の話だろう。

 そのへんの天璋院の心のゆらめきを宮尾さんは、この長編で見事に掘り下げて描いていたと思う。女でなければ描き得ない小説だと感じた。

 ただ、一つだけ、作品に注文を付けるとするならば、上下2巻ではいかにも短すぎたということ。当然描写すべきところを、駆け足の解説風に端折っているところが、散見されていたのは残念。たとえば、薩摩藩の分家時代から、ずっと付き添った付き女中「しの」。大奥でも下女中として働いていたが、小説家として想像力豊かに描いてみてほしかった。

 なぜなら、宮尾さんは「書き終えて」で、日本の男社会の中では、歴史に女の実績をほとんど記していない。女が如何に無視されてきたかと、しみじみと語っているからだ。そのことを読者に気づかせ、代弁するように、しのの胸中をも書き込んでいけば、そして、そのために全4、5巻の大長編になっていたら、と惜しまれる。

  その意味で、ラストシーンも、天璋院がしのを思いやる、あるいは回想するものにすれば、失礼な話だが、作品の完成度はより高まったであろう。

  ● お輿入れと慶喜継嗣問題がリンク

 それはともかく、この小説を読んで驚いたのは、薩摩藩主、島津斉彬が強力におし進めた篤姫の将軍(家定)お輿入れが、一橋慶喜の将軍継嗣問題(家定の次を慶喜にするかどうかという)とダイレクトに結びついていた点。

 斉彬は篤姫に、将軍家定の御台所になったら、一橋家の慶喜を次期将軍にするよう進言せよと重大使命を嫁ぐ前夜に指示している。しかも、斉彬は、時の朝廷と図って、新幕府政権樹立に向けてクーデター計画を練っていたという設定。その先兵として篤姫を江戸城大奥に送り込んだというのだ。

 ブログ子は、篤姫お輿入れと慶喜継嗣問題とは本来無関係だったと信じていた(芳即正氏の1994年論考で、今では定説らしい)。それによると、輿入れの狙いは、薩摩藩の家格低下に歯止めをかけることと、薩摩藩が禁じられている琉球密貿易を行なっている実態を封印あるいは表沙汰にならないようもみ消し不問にすることだったとされている。

 そもそも薩摩藩にお輿入れを申し込んだのは、大奥からの要請であり、しかも、それは家定将軍以前からしばしばあったという。だから、そもそも無関係となるという按配だ。

 小説はこうした分析が出る10年も前の作品だから、仕方がないのかもしれないが、朝廷を巻き込んだ琉球+薩摩藩による幕府への軍事クーデター計画が伏線となって展開している。

● 嫁いだ家が女の死に場所

 斉彬の時代にお輿入れの目的が大きく変質したのかもしれないが、ちょっとミステリー風になっているのが、面白かった。このことに嫁いでから気づいた篤姫はその後、自らも徳川家転覆に加担してきたことにおおいに苦しむことになる。

 この苦しみの結果が、天璋院が嫁姑(皇女和宮)の不和の中で

 嫁いだ家が、即ち女の死に場所

といい続け、幕府瓦解後もついに薩摩には戻らなかった理由であると小説は描いている。

 戻らなかったのは事実であるが、その理由の真実は、

 今もなお藪の中

なのではないか。案外、大恩あるとはいえ、自分をあざむいた斉彬藩主の、というか、男の身勝手さに女として言いようのない怒りを持ったからかもしれない。

 また、斉彬が推した慶喜の子供たちを、天璋院が生涯、そして未来永劫嫌った歴史的な事実があるが、それは斉彬への恨み、もっと言えば男どもへの女の意地の表れだったように思う。

 いずれにしろ、暗殺や毒殺など幕末の動乱には、さまざまな思惑が交差し、とても一筋縄ではいかない。このことを宮尾さんは、社会から隔絶された大奥という視点から描いて見せた。つまり、歴史の真実は、表の視点、それも男の視点だけではわからないということを描いてくれた。

 作品を読んで、その通りだと感じた。

 最後に、慶喜に二心があったとする宮尾作品に対して、慶喜側はどうだったのか。もう少し突っ込むと、こうなると、言われるように、慶喜はそんなにも稀代の英傑だったといえるのだろうか、という疑問だ。そんな感慨が残った。

 司馬遼太郎『最後の将軍  -徳川慶喜』(文藝春秋、1967)

が読みたくなった。

 ● 補遺 

 研究書には、NHK大河ドラマ放送前年に発行された

 寺尾美保『天璋院篤姫』(高城書房、2007)

がある。女の鋭い視点が光る論考である。

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