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胡蝶の夢  読書ノート

(2014.04.10)  年度変わりのこの2、3週間、少しひまをみて、以前から読んでみたいと思っていた司馬遼太郎さんの大長編

 『胡蝶の夢』(新潮社版、全5巻)

を読んだ。

 ● もうひとつの幕末史

 読んだ感想を一言で言えば、

 日本という「この国のかたち」がどのように出来上がってきたのかということを、蘭学や蘭方医学を通じて、幕末の身分制度の崩壊のなか、これでもか、これでもかというぐらいに鮮やかに描かれていた

Imgp3371_1 というものだった。

 司馬さんの小説の生涯のテーマ

 日本人とは何ぞや

という問いかけに、見事にこたえた作品だと思う。牢固として存在し続けてきた身分制度に焦点をあてた

 もう一つの幕末史

といってもいい小説だった。

 ペリー来航があったにせよ、なぜわずか10年であんなにも簡単に幕藩体制が崩壊してしまったのかということが、よくわかった。本当の崩壊の原因は社会が成熟するに連れて身分制度というものが逆に社会の不安定性を加速させ、機能不全に陥っていたという内部要因があったのだ。そこにペリー来航という衝撃波が日本を襲ったに過ぎない。世界に飛び出すことを夢見たその典型が脱藩浪士、坂本龍馬の活躍だったのだろう。

 もうひとつこの小説で、「この国のかたち」として浮かび上がらせたものに、今もそうだが、

 日本の学問スタイル

がなぜ暗記学問であり続けてきたのかということを描いている点がある。奈良時代以来、漢学、蘭学、西欧学に一貫して流れている日本人の共同思考として、

 優れた学問というのは海外から来るものであり、国内のものはまがいもの

という思考である。学問とは、あるいは研究というものの大枠は輸入されてくるものであり、日本人はそれにちまちまと改良する。これが学問であるという固定観念が「この国のかたち」として今も定着している。その遠因、淵源をつまびらかにしている。

 ● 卑屈さ生んだ精緻な身分制度

 以下は、読みながらメモしたその読書ノートである。

 第一。 タイトルの胡蝶とは、幕末の身分制度のなかで右往左往する蘭方医たちのこと。ひらひら舞いながら西洋医学という花粉をあちこちにまきちらしはした。しかし、それは身分制度を崩壊させる一因にはなったものの、その後肝心の運んだ花粉そのものの効果は何ほどのものであったかは、わからない。

 こうした胡蝶の夢ともいうべき事柄は幕末だけに限ったことではあるまい。今もある。

 第二。 未知の学問分野を自ら構築するという発想がない。このことを著者の司馬さんは伊之助という異能の人を通じて、日本人のある意味の典型として、痛烈に描いたのではないか。このことは決して幕末の学問に限らない。身分制度がなくなったはずの現代においても「この国のかたち」として牢固として残っているように思う。

 たとえば、学問とは輸入されてきた原書を暗記することだという考えは、奈良時代以降日本の学問の基本スタイルであった。やさしい例で言えば、英語を学ぶことは、英文解釈重視のことであり、何時の時代も英会話は軽視されてきた。

 暗記学問からは自らの発想を学問に付け加えて発展させるという姿勢が欠落してしまう。学問の成果は秘匿するものといういびつな通弊が根強くあった。本物の学問は何時の時代も、外からやってくるもの、輸入されてくるものという発想である。

 ● 主張しない日本人の原因

 第三。P.ローエルなど、明治以降の日本人論には、

 日本人には「自我」がない、個性がない

とよくいわれる。これは何故だろう。

 徳川幕藩体制の根幹の身分制度のなかで人々は

 世間が自分をどう思うかという「世間気(せけんぎ)」

に押しつぶされてしまった結果ではないか。対人関係である身分制度は、分、あるいは分際をわきまえることを前提とし、そのことを礼法にかなった美徳として成り立っている。精緻な身分制度の結果、世間気から卑屈さが生まれ、それが日本人から自我を奪った。個性とも言うべき自らを声高に主張することを、世間気を強要する身分制度が押し殺してしまった。

 日本人とは何ぞやと生涯問い続けた司馬さんは、この小説で、そのことを具体的に描いたのだと思う。幕藩体制の安定化のために編み出された精緻な身分制度が、つつましさを育んだが、同時にその後日本人に必要以上の卑屈さを身につける結果となり、それは現代にも根強く残っている。

 国際社会の中で自らを主張しない

 「顔のない日本人」

の不気味さ、卑屈さの正体とはこれであろう。 

  ● 補遺 江戸時代の身分願望

 江戸時代の身分願望については、研究書として、

 『江戸時代の身分願望 見上がりと上下無し』(深谷克己、吉川弘文館、2006)

がある。

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